当時のトランプ陣営内部の話(インサイドストーリー)は、じつに面白い
ーー以下「頂門の一針 宮崎正弘書評」より抜粋編集
スティーブン・ムーア、アーサー・B・ラッファー著、藤井幹久訳
『トランポノミクス アメリカ復活の戦いは続く』(幸福の科学出版)
4年前(2015年)の6月、不動産王のドナルド・トランプがNYのトランプタワーに内外記者を集めて米国大統領への立候補宣言をしたとき、メディアの殆どが彼をピエロ、泡沫候補として扱かった。
ただし、当時、立候補を噂された共和党16人の候補者の中でトランプはテレビに出て顔を売っていたからダントツに有名人だった。
その記者会見でトランプは報道記者らに1冊の自著を配布した。
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「障害を背負ったアメリカ」という著作には、以後にトランプが打ち上げる政策のすべてが網羅されていた。
ところが真面目に通読した報道記者(ジャーナリスト)はいなかったらしく、内容は話題にもならなかった。
日本でも当該書を取り上げたのは、じつは評者(宮崎)だけだったような記憶がある。
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2016年があけて予備選で、本命視されていたのは
保守本流のブッシュ(弟)マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)
茶会系からはテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)
ウォール街が期待したのはケーシック(オハイオ州)知事だった。
前回に負けたミット・ロムニーの名前も欄外にあったが、だれ一人としてトランプに眼をやる報道記者はいなかった。
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すなわち米国の政治環境は既得権益者(エスタブリシュメント)を基盤に、地球主義(グローバリズム)に酔っており、それを否定するようなトランプを部外者(アウトサイダー)とみなしてまともな候補とは見ていなかったのだ。
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著書のラッファーらは振り返る。
「選挙運動の支援(コンサルタント)業者を通じて、政治評論家、選挙スタッフ、世論調査会社、広告会社などに大金を払うというやり方を、(トランプは)完全に覆してしまった」
「(だから)共和党の職業政治家たちは、トランプを嫌っていた」
「そして、現在でも嫌っているのだ」
「(共和党選挙関係者は)自分たちの存在を脅かす危険な前例とならないように、徹底的にトランプを叩きつぶそうとした」(p40)
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トランプは選挙屋(プロ)に頼らないで素朴な人々、底辺の人々に訴える。
トランプは草深い牧場、農場、そして教会を重要視した。
トランプ氏はまた、雪深い奥地の村に出かけ、その村始まって以来の大集会を開催するようなことをした。
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このトランプ氏の田舎での集会に注目したのは週刊誌『TIME』だった。
人口2万足らずの村に1万近い村人が雪を構わずに集まりだした。
雪が降る中、村人たちは寒さに耐えながら、じっとトランプの到着を待っていたのだ。
そうした中から自然発生的に、村始まって以来の動員がなされ、トランプ旋風のうねり、奇跡の驀進劇が始まろうとしていた。
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以後、トランプが来るというので、中西部のキリスト教福音派( Evangelicalエバンジュリカル)の集会には、2万人、3万人と集まりだした。
奥地の町や村がトランプ旋風を起こしだした。
予備選がスタートするや選挙屋達の想定になかったことが起きた。
意外、トランプがトップに躍り出たのだ。
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「まさか、こんな莫迦なことがおこるなんて」
保守本流はブッシュ擁立を諦め、ルビオ議員に集中して支援した。
ネオコンはクルーズだった。
ウォール街はケーシック知事だった。
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トランプ氏が予備選で次々とリードしはじめると、共和党は焦り、ネオコンや保守本流、ウォールストリートが、本命候補そっちのけでトランプ批判を始めた。
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共和党あげて、トランプ候補に冷淡だった。
党は、とうとう最後までトランプ氏に冷たく、予備選に勝利しても、選挙協力をするどころか、トランプを落選させよう、ヒラリーに投票しようという呼びかけまでしたのだった。
それもブッシュ政権の幹部だった人々が五十名の連名でこのような声明をだしたのだった。
つまり共和党もいつしか、民主党と通底する利権を持っていたことになる。
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共和党の分裂と大混乱の事態を喜んでいたのはヒラリー陣営だった。
多くの報道記者らは、共和党が分裂したのでトランプが選挙される目はなくなったと考え、ヒラリーの当確と予測した。
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評者(宮崎)は現地へ飛んで街の表情と庶民の反応を探った。
例えばNY42丁目に有名なお土産屋(みやげや)がある。
トランプ人形は飛ぶように売れているのに、ヒラリー人形を買う人はいなかった。
書店にはいると、トランプの著作は買う人がいるのに、ヒラリー本はだれも買わない。
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さて本書である。
予備選直前からトランプ選対に集合し、経済政策の助言(アドバイス)をしていた3人の男たちがいた。
自弁で飛行機代を支払い、手弁当でNYのトランプタワーに集合し、予備選から本番にかけての経済政策の公約を煮詰めていた。
トランプと何回も会合を重ね、大型減税や、規制緩和、失業対策、オバマケアの廃止など、アメリカが復活に向かうシナリオが用意された。
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それが本書の著者スティーブン・ムーアとアーサー・B・ラッファーの二人、それにラリー・クドローだった。
クドローは経済番組をもつ有名人で、トランプによって国家経済会議の委員長となったため、本書執筆の連名から降りた。
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ムーアは保守系シンクタンク・ヘリテージ財団の理事(フェロー)、元ウォールストリートジャーナルにいた。
ラッファーはレーガン政権の参謀(ブレーン)として活躍し、税率と歳入のグラフを描いたラッファーカーブで知られる経済学者である。
彼らはトランプの選対本部の実態をつぶさに見てきた。
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あまりに少ないスタッフ、素人の選挙軍団。
ヒラリー陣営の二十分の一しか戦力がないのだ。
テレビCMをうつ予算もなければ、大口の寄付は限られていた。
目に見える劣勢にあったという。
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本書の魅力のひとつは、このトランプ選対内で何があったのか(インサイドストーリー)を当事者が語っていることである。
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とくに、トランプに極度に冷たかったのが投資家やエコノミストが愛読するウォールストリートジャーナルだった。
投資家やエコノミストはトランプ氏に反感を持っていたことになる。
私(宮崎)たちは「それには何等かの理由があるのではないか」という印象を抱く。
著者らもそのことを指摘する。
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後に大統領となったトランプ氏は、その理由について、ディープステイトの存在を明らかにすることになる。
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トランプ氏の選対では「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」などの力強く印象的な(パンチの効いた)標語などが決められていく。
ほとんどの米メディアは本番がはじまっても、ヒラリー優勢の報道を流し続けた。
例外はフォックニュースだけだった。
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トランプ氏は社会ネットSNSのツィッターを利用して直接、米国民への伝言(メッセージ)を連続発信した。
トランプのメッセージがTVニュースや新聞種になった。
トランプの集会は立錐の余地がない。
一方ヒラリーの集会は会場が埋まらなかったのだ。
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テレビは小細工して、ヒラリー集会では、全景を撮影せずにヒラリーだけをアップに、トランプ集会では熱気に満ちた会場風景を意図的に撮影せずに、トランプの失言だけを報じる情報操作、印象操作に明け暮れた。
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予備選たけなわの頃、評者もアメリカへ行って、日本の報道と実態との、あまりの格差に唖然となった。
そして、すぐに『トランプ熱狂、アメリカの反知性主義』(海竜社)を急いで上梓した。
またトランプ氏当選後は、景気が回復するだろうとして『トランプノミクス』(同)を書いた。
『トランプノミクス』は、本書とは「プ」と「ポ」の一字違いだ。
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日本語のトランプはカードゲームだが、アメリカの語感には『切り札』という意味がある。
今やトランプ氏はアメリカにとっての切り札になりつつある。
当時のトランプ陣営内部の話(インサイドストーリー)は、じつに面白い。
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