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経済・政治・国際

2018年2月24日 (土)

記紀の作者らは、後世の日本人に、日本の原点を知らすことを意図していた

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

ベストセラーとなった本であっても、わずか30年足らずで忘れ去られている。

記紀は、千年という時の選別の中で生き残った。

生き残るには、理由が必ずあるはずです。

ーー

その書物がもし千年以上も読み継がれているとしたら。

多くの人々がそこに、読むに値する価値があると考えたからでありましょう。

それでは、記紀に書かれた「読んで学ぶに値するもの」とは何なのか。

ーー

人が書いたものである以上、書物には書き手の思い、意図が必ずあるはず。

記紀の作者らは、後世の日本人に、日本の原点を知らすことを意図していた。

それが記紀が生き残った理由であると(ねずは)考えているのです。

では、記紀の作者らが後世の人々に伝えようと意図した「日本の原点」とは何でしょうか。

ーー

それは、「日本が天皇のシラス国である」ということが書かれていることに尽きようかと思います。

ーー

日本書紀には天壌無窮の神勅が記されています。

ーー以下wikipediaより抜粋

天孫降臨の段で天照大神(アマテルカミ)が孫の瓊瓊杵尊(ニニギネノミコト)らに下した神勅のことを指す。

天壌無窮の神勅 - 葦原千五百秋瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ。

さらに

宝鏡奉斎の神勅 - 吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。与に床を同くし殿を共にして、斎鏡をすべし。

斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅 - 吾が高天原に所御す斎庭の穂を以て、亦吾が児に御せまつるべし。

ーー

瓊瓊杵尊の曾孫・磐余彦(イワレヒコ)が神武天皇として即位して以来、日本は皇孫によってシラされてきた。

そのシラスについて、古事記は漢字で「知」と書き、日本書紀は「治」と書いています。

いずれも読みは「シラス」です。

ーー

つまり、もともと大和言葉にある「シラス」を、単に漢字に置き換えただけですから、漢字が異なるわけです。

そして、大和言葉を漢字で表記する際には、これは当然のことですが、大和言葉の意味と、漢字の意味が等しいもしくは近いということができます。

そうであれば、現代ではすでに死語になっている「シラス」について、漢字の意味や成り立ちから、逆に大和言葉の「シラス」の意味を知ることができる。

ーー

古事記が用いている「知」は、「矢+口」、この場合の「口」は、盃を意味します。

つまり「知」は、矢と盃で成り立っている。

矢と盃は、神棚に供えるものです。

昔は、神棚を造って、そこに供えたのが、矢と盃であったわけです。

そこから「知」という字は、神々の知恵を授かる意であることがわかります。

ーー

古事記には、諸命以(もろもろのみこともちて)とか、修理固成(つくりかためなせ) などの記述が見えます。

神々の命じるままに統治をすることが「シラス」の意味であることが示唆されているのです。

知恵も知識も、神々が私たちに授けてくださったものです。

その神々というのは、私たちの祖先でもあります。

ーー

知恵も知識も、私たちの祖先が悩み苦しみ必死に考え行動したことによって、長い歳月の間に育(はぐく)まれたものに他なりません。

つまり「シラス」は、神々の知恵を授かり、神々の命ずるままに統治するという意味を持つ語であるわけです。

ーー

その「神々の命ずるままに」ということを、別な言い方で、「神の随々(まにまに)」と言います。

これを漢字で書くと「随神」で、その「随神」を大和言葉で「かんながら」と読みます。

そしてその「かんながらの道」のことを「神道」と言うのです。

ーー

神々の知恵を授かるためには、神々と繋がるお役目の人が、ひとりは必要になります。

国であれば、国を代表して神々と直接つながるお役目の人が必要です。

そのお役目をするのが、神々の世から万世一系のご子孫である天皇です。

そしてその天皇は、同じく神々の子らである国民を「おほみたから」とします。

その「おほみたから」たちが、豊かに安心して安全に暮らせるようにする役目を担うのが、政(まつりごと)をする権力です。

当然のことながら、その権力には責任がつきまといます。

ーー

日本においては、責任のない権力など、存在してはならないと考えられてきたのです。

ーー

ですから律令制度における国家の組織図を見ると、政治を司る太政官の他に弾正台(だんじょうだい)と呼ばれる警察機構が置かれています。

これは太政官が所轄する刑部省とは、まったく別な機構です。

刑部省がいまでいう司法警察機能です。

弾正台は、そうではなくて、国家機関の監察機構です。

ーー

現代社会でいうならば、国会・内閣・裁判所の他に、天皇直轄機関として国家三権の監察機構が置かれているようなものです。

ーー

たとえ衆参両院の政治家であっても、外国から金をもらって反日活動をするような不埒な政治家は、弾正台がその監察機能をもって、逮捕し処罰するのです。

弾正を名乗った有名人に、織田弾正忠・平信長がいます。

そうです。織田信長のことです。

信長の織田家は、代々「弾正忠」を自称していました。

つまり、たとえ朝廷であれ、幕府将軍であれ、その職務をまっとうしないならば、それらを堂々と処罰する権限を有する者という自覚が、幼い頃から信長の頭のなかに叩き込まれていたわけです。

ーー

天皇は政治権力を行使することをしません。

神々とつながり、神々の命じるままに、太政大臣や弾正尹、神祇伯などを任命するだけです。

太政大臣は、左右の大臣らとともに、政治に責任をもって国の統治を行います。

ただし、その政治権力は、常に弾正台によって監視されている。

ーー

権力者が自ら責任を取らない場合は、弾正台が、これを逮捕し処罰するのです。

ーー

一方、おほみたからとなっている民は、全員が、神社に帰属しています。

昔は、神社が苗と、非常時の備蓄米の管理をしていたのです。

その神社には、村の全員が、老いも若きも毎月集合し、そこでともに食事をし、村の運営を話し合いました。

だから神社は、村の鎮守様です。

その鎮守様には宮司がおいでになります。

その宮司は、上位の神社から派遣され、宮司は毎月その上位の神社に集合して、村の状況報告などを行います。

そしてその上位の神社は、一宮と呼ばれる、いまでいうなら県庁にあたる神社に集まり、そこでもまた状況報告が行われます。

その状況報告は、中央の朝廷にある神祇官にもたらされます。

神祇官は、天皇の祭祀を補弼(ほひつ)します。

ーー

つまり天皇に最も近い存在です。

要するに、民の現況は、常に天皇の御耳に入る仕組みになっていたわけで、政治が責任ある政治になっているかどうかについての民の思いは、常に朝廷に筒抜けとなっていたわけです。

これが政治に責任を課した我が国独自の統治の仕組みです。

ーー

そして神々にもっとも近い存在である天皇のもとで、こうした統治が行われる国のことを「天皇のシラス国」と呼んだわけです。

ーー

一方、日本書紀は、その「シラス」に、「治」という字を当てています。

「治」は、「水+農機具のスキ(ム)+口」でできています。

つまり、水辺で稲作や畑を営んで、誰もが豊かに安心して安全に食べていかれる国を意味します。

そしてそのような国つくりをしていくことを、国を「をさめる」と呼びました。

これが「治」の訓読みの「おさめる」となって、いまも使われています。

ーー

日本書紀が「しらす」に「治」の字を当てたことには理由があります。

ーー

日本書紀の創生の神々は、  國常立尊(くにのことたちのみこと)  國狭槌尊(くにのさつちのみこと)  豊斟渟尊(とよくむぬのみこと) の三神です。

「くにのことたち」の「とこ」は、床の間の「床(とこ)」で、一段高いところです。

そこに立たれているから「とこたち」です。

ーー

「くにのさつち」の「さ」は神稲、「つち」は土のことです。

つまり国の稲と、それをはぐくむ土のことです。

ーー

「とよくむぬ」の「くむ」は、水を汲むの「汲む」、「ぬ」は低地の沼を意味します。

つまり、水田のことです。

要するに造化三神のお名前は、そのまま国の中心に稲作を置くことを意味しています。

その稲作農家を「おさめ」るのに、日本書紀は水辺で稲作や畑を営んで、誰もが豊かに安心して安全に食べていかれることを意味する「治」の字をあてているのです。

ーー

そしてその読みが「しらす」です。

つまり「しらす」とは、造化三神の御意向を受け、我が国の民が、豊かに安心して安全に食べて暮らしていけるようにしていくことを意味する用語として使われていることがわかります。

ーー

現在の日本では、なんでも好き勝手にできるだけの財力や権力を持つことが豊かさであると思われています。

しかし、豊かさというものは、相対的なものです。

いまでは普通に乗られている乗用車。

これは、かつては、大金持ちでなければ乗れなかった物です。

ーー

つまり、相対的な豊かさよりも、大多数の人々、それは数十世代を遡れば誰もが親戚となるわけですが、その誰もが愛と喜びと幸せと美しさのある人生を送れる。

そして、その喜びを次の世代につなげていくことができるようにしていく。

そんな国造りをするための道具(ツール)として、実は、記紀は存在しているのです。

そのような史書を持っている私たちは、とっても幸せであると思います。

2018年2月23日 (金)

なぜ稲作かといえば、収量が大きく、民を養うことができたからです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

神武天皇の神武は、奈良時代になってから付けられた諡号(おくりな)です。

もとの「おくりな」は、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレヒコノミコト)です。

『古事記』では「伊波礼毘古」は「以音」と記されている、つまり「イワレヒコ」。

「ひこ」は男性を意味しますから、この諡号は「神倭」と「言われた男」という意味だとわかります。

つまり、「ヤマトの神」と讃えられた人であったわけです。

ーー

漢字で「神」は、生贄を捧げる台に雷が落ちる象形で、そこから天の神を意味する字となりました。

ところが日本語の「かみ」は、例えば「越前のかみ」とは、「越前の国の守護者」を意味します。

つまり、「ヤマトのかみ」とは日本の守護者を意味するのです。

ーー

また川の「かみ、しも」で流れの方向を表しています。

かみは上流を示し、家系についてはご先祖様を示す。

しかしその土地に先祖代々暮らし、600年ほど経過すると、すべての家系のご先祖がかぶってしまいます。

そのかぶってしまったご先祖、人々の共通のご先祖を「かみ」と呼んだのです。

ーー

ですから、その村に住むすべての人は、同じ血筋だったりしますから、村人たちの共通のご祖先が鎮守の神様として祀られました。

ーー

伊邪那岐・伊弉冉(イザナギ・イザナミ)
  ↓
 天照神(アマテルカミ))
  ↓
 天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)
  ↓
 迩々芸命(ニニキノミコト)
  ↓
 火遠理命(ホヲリノミコト)
  ↓
 鵜草葺不合命(ウカヤフキアエズノミコト)
  ↓
神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレヒコノミコト)

つまり天孫降臨された迩々芸命が初代天皇でも良かったわけですし、同様にそれは火遠理命でも、鵜草葺不合命でもよかったはずです。

それなのになぜ神倭伊波礼毘古命が「初代」天皇とされてきたのか。

これは、神倭伊波礼毘古命が、天照神から迩々芸命に授けられた天壌無窮の神勅に基いて、稲作を中心とした我が国を開いた御方になるからです。

このことは、アマテルカミ以来、皇孫がずっと稲作を中心とした国を経営されてきたことを示します。

なぜ稲作かといえば、収量が大きく、民を養うことができたからです。

ーー

それが天照神以来の神勅によって示された我が国の形です。

ーー

そして、その稲作を営む人たちが、黎元(れいげん、民)とされ、「おほみたから」とされました。

「黎」の字は、「禾」が実った稲の象形、「刀」みたいなところが鍬(くわ)や鋤(すき)、「八」みたいなところが、その鍬や鋤の刃、その下にあるのが「水」です。

つまり「黎」という字は、これ自体が稲作を意味するのです。

2018年2月22日 (木)

元婚約者にも 「サポートしてください、10万円」とか言いながら お金せびってたんでしょう?

ーー以下「丁寧語とか」より抜粋編集

【悲報】小室圭さんの母「騒動を収めるために皇室でサポートしてもらえませんか?」 と皇室に要求★3 https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1518820466/

15 名前:名無しさん@涙目です。(茸) [ニダ][sage] 投稿日:2018/02/17(土) 08:08:37.29 ID:5lEsVv+m0

なんかここまでくると、さすがにウソ臭いというか… 無理やり悪者を作り出そうしてるだけのよいな気が…

21 名前:名無しさん@涙目です。(大阪府) [US][] 投稿日:2018/02/17(土) 08:30:10.42 ID:CDaWkFRB0

破談になったらうちの息子が報道で傷ついたとかゴネそう

33 名前:名無しさん@涙目です。(奈良県) [NL][] 投稿日:2018/02/17(土) 08:43:56.98 ID:5/bB9UBp0

これ女系天皇容認論の連中と裏でつるんでンとちゃうか?

NHKも全部知っててわざとスクープして後に引けんように企んだんやろし 小泉内閣当時もうちょっとで愛子天皇擁立の道が開けるときに紀子さまご解任で 吹っ飛んだから未だに秋篠宮家を恨んでんのやろなぁ…

… とか、陰謀論の妄想止まらんわ、俺病気やろか

104 名前:名無しさん@涙目です。(香川県) [GB][] 投稿日:2018/02/17(土) 10:53:53.65 ID:qdco6yes0

サポートってどういう意味だよww

108 名前:名無しさん@涙目です。(内モンゴル自治区) [US][sage] 投稿日:2018/02/17(土) 11:03:16.95 ID:qzV41SmCO

週刊誌の誌面とweb記事で文面が違うんだな 週刊誌の方では金銭的なサポートって書いてあった

139 名前:名無しさん@涙目です。(家) [MX][] 投稿日:2018/02/17(土) 12:06:21.55 ID:rpoV0QsX0 [1/3] 177陽気な名無しさん

ーー

2018/02/17(土) 01:03:26.54ID:AicMZ0ao0

KKって元カノの社長令嬢に電車賃たかって しまいにはクレジットカード貸してって言い出したんですって!! とことん卑しいわ~

180陽気な名無しさん2018/02/17(土) 01:06:42.28ID:uqbasZyT0

クレジットカードかしてとか、普通の人間は決して言わないことの一つよね

ーー

143 名前:名無しさん@涙目です。(家) [MX][] 投稿日:2018/02/17(土) 12:12:14.72 ID:rpoV0QsX0 [2/3]

ーー

58陽気な名無しさん2018/02/15(木) 18:14:54.77ID:swvlYKAp0

圭ママは宮内庁に 「騒動を鎮静化させるため、借金を返す金を出して欲しい」って言ったそうね 大したタマだわ

ーー

152 名前:名無しさん@涙目です。(家) [MX][] 投稿日:2018/02/17(土) 12:33:30.69 ID:rpoV0QsX0 [3/3]

4230. 匿名 2018/02/16(金) 09:35:46

KKってさ、眞子さまと付き合う前は、某企業の社長令嬢と付き合ってて、 その別れた原因が、やはり金がらみ。

帰る電車代、貸してー! あれ買ってきて、これ買って! 最初は、その子もワガママ聞いてお金出していたけど 付き合ってく中でワガママがエスカレートしていったみたいだよ。

最後には女の子のクレジットカード貸して! って言われたから、こいつヤバイって別れたって。

でも、別れ告げらたのに、しばらくは、 その女の子のこと追いかけてたって言う危険人物だよ。

※この社長令嬢は週刊誌取材を受けていますw

ーー

156 名前:名無しさん@涙目です。(東京都) [US][] 投稿日:2018/02/17(土) 12:43:05.59 ID:vWBil9tW0 [1/2]

やっぱりな。 タカり癖のある人の常套句は 「サポートしてください」 これだ。 これが決定打になって破談になったんだろう。

この人、元婚約者にも 「サポートしてください、10万円」とか言いながら お金せびってたんでしょう? 気持ち悪いね。

188 名前:名無しさん@涙目です。(禿) [US][] 投稿日:2018/02/17(土) 13:53:05.34 ID:DiQIp/c70 [2/2]

156今まで関わったボダの口癖。 〇〇してくれませんか?

私、どうなっちゃうんですか?

〇〇やってくれませんか?〇〇に付き合ってくれませんか? ぜ~んぶ頼み事だった。

しかも平気で浮気する。

イロイロさせられた挙げ句、 感謝するどころか役に立たなくなると文句までいう。

貢がされたおっさんは、利用されるだけされて絶望と怒りを感じてるんだろうな~。

157 名前:名無しさん@涙目です。(庭) [US][sage] 投稿日:2018/02/17(土) 12:45:27.12 ID:/I04MCtx0

この2年の延期は小室家からの辞退待ちの猶予期間だから、 辞退しないと何が起こるかわからない怖さがある。 本気の国家権力の凄さは、怖いよ。

201 名前:名無しさん@涙目です。(やわらか銀行) [NL][] 投稿日:2018/02/17(土) 14:16:26.64 ID:N5+N/hyM0

157 辞退するか否かで図々しさと言うか本性が分かるな 俺は辞退しないに一票

397 名前:名無しさん@涙目です。(庭) [FR][sage] 投稿日:2018/02/18(日) 16:34:16.92 ID:fSjGTfY00

夏にタレコミあり

2018年2月21日 (水)

新羅は、まるで新しい羅刹のようであった

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

半島の歴史をまとめると、次のようになります。

まず、紀元前37年に、満洲のあたりに高句麗が起こります。

高句麗は、国ではなく馬賊や匪賊の集団でした。

3世紀に支那北方に魏が興ると(あの三国志の魏です)、高句麗は、実態は馬賊匪賊の類ですが、進んで魏に臣属して国家を自称するようになります。

しかし高句麗は魏領に侵入して略奪を行ったため、2度にわたって魏に攻められています。

このとき高句麗は2万の兵を率いて魏軍と対峙するのですが、連戦連敗で、一度目は高句麗の千人が斬首、二度目は三千人が斬首されている。

ーー

4世紀になると、高句麗は半島へ進出をするようになる。

いまの平壌は、昔、楽浪郡と呼ばれ、西晋の郡庁が置かれていました。

高句麗は、西晋が混乱すると、この地を占拠。

これに脅威を感じた百済は、高句麗を攻め高句麗王の首を取っている。

ーー

ついで、即位したのが第19代の好太王で、一時はソウルのあたりまで迫り、百済・新羅を臣従させています。

ところが百済も新羅も、もともと倭国に臣従していた国です。

そこで倭国は5世紀のはじめに、半島に兵を送り、高句麗を撃退して、百済・新羅の領土を保全しています。

ーー

6世紀の終わりに支那に隋が興ると、度々高句麗に軍を送って、臣従を求めるも朝貢しようとしない。

3度の出兵で、隋は疲弊し、わずか37年で同じ鮮卑人が建てた唐に滅ぼされてしまう。

ーー

唐は、平城の南に位置する新羅と手を結び、大軍を送って、高句麗を滅ぼす。

まず百済を滅ぼしますが、実際に戦ったのは唐軍でした。

援軍を送った倭国も、3倍以上もの兵力を持つ唐軍との3年半も戦い、白村江の決戦に敗れ半島から完全撤退します。

勝った唐は、半島内に郡庁を置いて、形式的にも実質的にも、半島を唐の支配下におさめます。

しかし唐軍が引き上げたと見るや、新羅は半島内の唐の行政組織に奇襲攻撃を仕掛け、唐の役人たちを皆殺しにして、半島を完全に手中におさめてしまった。

ーー

つまり「唐が白村江の戦いで倭国に勝利して半島を支配下に置いたけれど、唐軍が吐蕃との戦いのために不在になると、それまで何もしなかった新羅軍が、唐の役人たちを皆殺しにして半島を手中に収めた」のです。

ーー

では、なぜ、唐の役人を皆殺しにした新羅を、唐は放置したのでしょうか。

実はこれには新羅の事情が深く関係しています。

新羅というのは、もともとは倭人の国家でした。

紀元後、支那中原が戦乱に明け暮れるようになると、その中原から、様々な民族が半島に押し寄せています。

たとえば『魏志東夷伝』は、秦・燕・斉・趙の流民が数万口で朝鮮に逃避した」と書いています。

半島南部は、もともと倭人の国で、たいへん豊かであったわけです。

また新羅は、倭人を王に立てることで成立した国でもあります。

高麗17代仁宗の命を受けて金富軾らが作成し1145年に完成した三国史記は、新羅の王の名を、居西干、次次雄、尼師今、麻立干などと蒙古人を思わせる表記をしている。

(干は蒙古人の王を意味する)

ーー

ところが豊かであった新羅に、粛慎、挹婁、靺鞨、沃沮、濊、濊貊などの諸部族が、次々とやってくる。

しかも朝鮮半島南部で鉄が取れたため、倭人たちは、彼らをその労働力として雇った。

倭人は彼らを養うのですが、やがてそうした人たちのほうが、人口が多くなります。

すると、次第に倭人集団ではなくなり、人を殺してでも自分の利益だけを得ようとする輩が跋扈するようになった。

ーー

もともとこの地での富は、倭人たちが持っていた。

倭人は、みんなの幸せが自分の幸せと考えますから、富を皆に分け与えます。

これに対し、流民たちは、俺の富は俺のもの、お前の富も俺のものという思考です。

気がつけば国が乗っ取られてしまっていた。

ーー

その国では、恥も外聞もなく、我が富だけが求められるようになります。

新羅が唐軍を皆殺しにして、半島を支配して以来、10世紀に高麗によって滅ぼされるまでの200年間で、新羅の国内は、食料生産さえできくなっていた。

倭国にやってきた海賊は、捕らえられると、「すでに国内に食べ物もなく、自分は新羅国王の命で海賊となった」と答えたと記録に残っている。

ーー

半島の権力者は民の生活に責任を持たなかった。

こんな状態で食物が無くなると、権力(武力)をもつものが、持たない者を捕食しだしたのです。

ーー

半島人は、はじめ倭人が国家経営をしていたので、菜食でした。

それが肉食になったのは元支配以降のことだとされているのですが、そうではなく、新羅の圧政で食べるものが亡くなり人肉を食べるようになったからでした。

ーー

郡庁の役人たちを皆殺しにされた唐が、半島に報復しなかった理由も、これで説明がつきます。

食べ物もないような貧困地帯を支配しても得るものは何もなかったからです。

ーー

羅刹(らせつ、人を食う悪鬼)は、地獄の獄卒のことをいいます。

10世紀、延暦寺の僧・源信は、『往生要集』の中で、羅刹を亡者を責める地獄の怪物として描いている。

新羅は、まるで新しい羅刹のようであったのです。

ーー

6〜7世紀までの新羅は、倭人が王を勤める、平和な国だった。

このことは、各種資料が証明しています。

けれど新羅は、倭国を裏切り、唐をも裏切って半島を統一したあたりから、国名は同じでも、その内情は別物に変わってしまった。

ーー

これを古代の話として片付けることはできないと思います。

敗戦を契機に、占領軍に協力することで、敗戦利得者となった在日・反日勢力が、政財界、教育界、言論・メディア、それに法曹界まで支配してしまったからです。

そして彼らは政権の奥深くまで入り込んでいる。

かつて半島では、そうした人達によって、国土は荒れ果て、人々はもはや強盗をする他に、生きるすべがなくなった。

人々は羅刹のようにお互いを食料にした、まさにそこはこの世の地獄であったのです。

平安以来日本の政権が、そのような半島とのかかわりを断っていたのには理由があったということになります。

私たちはいま、皇室にまで入り込んだ彼らによって、とんでもない不幸に誘導される可能性が出てきているのです。

2018年2月20日 (火)

読者も在日・反日勢力ばかりなのだとすれば、朝日記者は、もう日本人に気を使う必要など感じないのだろう

ーー以下「ttensanブログ」より抜粋編集

産経のこちらの記事から。

安倍晋三首相、朝日新聞の“誤報”列挙し批判

13日の衆院予算委員会で、安倍晋三首相が朝日新聞の過去の“誤報”を列挙し、誤りをなかなか認めない同紙を批判する場面があった。

首相は、学校法人「森友学園」をめぐり学園側が「安倍晋三記念小学校」との校名を記した設立趣意書を提出したと報道した朝日新聞を「全く違ったが、訂正していない。(趣意書の)原本にあたり、裏付けを取るという最低限のことをしなかった」と批判した。

ーー

朝日新聞は6日付朝刊で、記事掲載に至った経緯を検証した。

ーー

首相は、この記事を取り上げた自民党議員のフェイスブックに「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした」とコメント。

予算委で、希望の党の今井雅人氏に首相自身が書き込んだのか問われて「私が書いた」と認めた。

その上で、検証記事について「裏付けを取らなかったことへの言及がなく、あきれた」「今まで(の朝日新聞の姿勢)をずっと見てきて、予想通りだったということを述べている」と語った。

ーー

首相は、自民党幹事長代理だった平成17年、NHK番組の放送前に政治介入したと報じた朝日新聞の記事にも言及。

「かつてNHKへ圧力をかけたという捏造(ねつぞう)報道をされたことがある」「彼ら(朝日)が間違っていたと一度も書かない。私に一度も謝らない」と語気を強めた。

元年に朝日新聞カメラマンが沖縄県のサンゴに自ら落書きして報じた件や、東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」をめぐる誤報も取り上げ、「なかなか謝らなかった」などと述べた。

ーー

朝鮮半島で女性を強制連行したとする故吉田清治氏の偽証の報道については「日本の誇りを傷つけた」と批判した。

ーー以上(2018/2/13 産経新聞)

森友ファイブの一人である今井雅人議員がお得意の揚げ足取りをしかけたら、安倍首相は待ってましたとばかりに朝日新聞の嘘記事の数々を列挙したのです。

ーー抜粋ここまで。

ーー以下「気走日記」より抜粋編集

朝日新聞が15日付の社説で学習指導要領改訂案に対し、「木に竹を接ぐおかしさ」と茶化し、「尖閣諸島は我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと」にも異議を唱えている。

日本の教科書が愛国的に過ぎては困る、だと。

朝日新聞論説室よ、君たちは、支那・朝鮮の教科書を読んでみたことはあるのか。

そこには、朝日新聞の虚偽報道を引用する形で、「20万以上の朝鮮半島出身の女性が少女も含めて性奴隷として日本軍に強制連行され従軍慰安婦とされた」と書かれている。

日本の教科書に「愛国的」と文句を言う前に、君たちは国際的に引用されている誤報について、訂正するべきではないのか。

「20万以上の朝鮮半島出身の女性が少女も含めて性奴隷として日本軍に強制連行され従軍慰安婦とされたことは、真っ赤な嘘でした、私達が捏造し報道したものです」

と通知し、捏造し誤報したことを謝罪したうえで、各国の報道及び教科書の記述の誤りを正すように強く求め続ける。

朝日新聞は報道機関として「誤報を謝罪し訂正する」という当たり前の義務を果たすべきなのであります。

ーー

それを「尖閣諸島は我が国の固有の領土」と日本の教科書に表記するのは反対だと主張するのですか?

貴方がたに日本の教科書をうんぬん批判する資格などないでしょう。

ーー抜粋ここまで

以前から朝日新聞は「赤が書き、やくざが売って、馬鹿が読む」と言われてきた。

ネット環境ができてから、朝日新聞がそれこそ、「捏造報道で取り返しがつかないほどの日本の国益と名誉を毀損した」ことが周知され、朝日新聞は購読者を2分に一人、失い続けている。

おそらく、そんな新聞社には未練はないとばかりに、日本人記者はみんな辞めていっているのではないか。

読者も在日・反日勢力ばかりなのだとすれば、朝日記者は、もう日本人に気を使う必要など感じないのだろう。

2018年2月19日 (月)

実際日本人は自然を神々として敬いそれに感謝して生きてきたのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

バイブルでは、「唯一神が森羅万象を創造し、人も造った」と記述しています。

一方記紀は、神が森羅万象を創造されたのですが、森羅万象のそれぞれをまた神と呼んでいるのです。

それゆえに、日本をいわゆる多神教国として分類する人が出てくる。

しかし、日本の多神教は、ただ花の精や、木の精がいるといった信仰とは異なるのです。

ーー

たとえば古事記に、黄泉(よみ)の国から帰られたイザナキが穢れを祓(はら)い、禊(みそぎ)をして、次の12神をお生みになるのです。

 衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)。
 道之長乳歯神(みちのながちちはのかみ)。
 時量師神(ときはかしのかみ)

 和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)
 道俣神(みちまたのかみ)
 飽咋之宇斯能神(あきぐひのうしのかみ)

 奧疎神(おきざかるのかみ)
 奧津那芸佐毘古神(おきつなぎさひこのかみ)
 奧津甲斐弁羅神(おきつかひえらのかみ)

 辺疎神(へざかるのかみ)
 辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)
 辺津甲斐弁羅神(へつかひべらのかみ)

ーー

神々お名前の漢字の意味は、次のようになります。

 衝立船戸    邪悪なものの侵入を防ぐ
 道之長乳歯   長い道のり
 時量師     時間がかかる

 和豆良比能宇斯能 主がわずらう(難儀する)
 道俣      道の分岐点
 飽咋之宇斯能  主が口を開けてのんびりする

 奧疎      沖に遠ざかる
 奧津那芸佐毘古 沖から渚
 奧津甲斐弁羅  沖が水辺と交わる

 辺疎      海辺から離れた場所
 辺津那芸佐毘古 海辺の波打ち際
 辺津甲斐弁羅  海と渚が交わる場所

ーー

これをつなげるとつぎのような文章ができます。

ーー

ようやく穢れた国から帰られたイザナキがやっと安心できる場所にたどり着かれて、邪悪な者たちの侵入を防ぐための衝立としてお祓いをされた。

そこにたどり着くまでは 本当に長い道のりで、到着までに長い日月がかかった、それだけイザナキは難儀されたのだった。

やっとその国との分岐点に着いて、イザナキはあくびをされるほどにくつろがれ、穢れた国の沖へと遠ざかれた。

波の荒い海峡から、やっと静かな渚にたどり着いた。

そこは沖と水辺が交わった、海浜からすこし離れた、波打ち際で、海と渚が交わるところだった。

ーー

古事記の作者が、神々の名をずらずらと並べて書いているので、研究者は、どうしても敬遠してしまう。

それは、神々の名に「意味がない」と思い込んでいるからです。

しかし古事記の作者はある意図をもって書いている。

その意図を読み解かないと、古事記を読んだことにはならないはずです。

ーー

古事記の序文には、天武天皇の詔(みことのり)に基づき、国家の典教として書いたと記(しる)されています。

従って古事記には、国家形成にあたって必要な知恵が書かれている可能性が高い。

つまり「菟」をウサギと読んだり、わざわざ「高志の八俣遠呂智」と書いてあるものを、頭が八つある蛇と読んだりしたのでは、作者の意図を理解したとは言い難いのです。

ーー

神々の名が連ねられているのにも、必ず意味があると考えるべきなのであります。

そう考えて神々の漢字名を読み解くと一つの文章ができる。

そこに現れる作者の意図は、イザナキの所業ひとつひとつを神として感謝せよということでありましょう。

つまり、古事記の作者は、国家の原点にイザナキの所業(国造り)を置き、それに感謝せよと言っていると読める。

ーー

日本に住む人々に、イザナキが作られた日本の自然(神々)に感謝して生きることを求めた。

実際日本人は自然を神々として敬いそれに感謝して生きてきたのです。

日本人の周りには神々が居られる。

そんな日本という国が、とてつもなく愛(いと)しく思えてきます。

2018年2月18日 (日)

我々は、死ぬ時が来れば潔く死ぬべきなのだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

渡辺利夫『死生観の時代 超高齢化社会をどう生きるか』(海竜社)

氏は、定期的に、人間ドックに入り、健康に気を配られてきた。

「そうこうするうちに『待てよ』といった気分がふつふつと湧いて」きたのだという。

病気は早期のうちに見つけ治療すれば治るといわれている。

だから「人間ドック」に入って検査してきた。

しかし、もうそれなりの年になれば、早期発見の意味もなくなる。

病気を見つけても治療すると死ぬ確率のほうが高くなっているからだ。

ーー

それで「いったい、こんなこと(健診)になんの意味があるのか」と疑問を抱かれた。

そして「短い人生の重要な時間を、これ(健診)に『浸食』されるというのは『背理』なのでは」と考えるに至った。

ーー

詩人ポリツィアーノはかように詠った。

麗しき青春は、あわれ
とどめることも繰り返すこともできぬ
人よ、愉しみてあれ
(会田雄次訳編集)

ーー

人生とは、生まれ、老い、病いを得、死ぬことだ。

さらには、人と出会い別れ、いろんな出来事に一喜一憂し、不足に悩み、体のあちこちの痛みに苦しむ。

そして老いは肉体と精神を衰えさせる。

ーー

氏は続ける。

「『不安常在』が人生の真実です」

「生の欲望と死の恐怖と、その諸刃の剣(もろはのつるぎ)の上に身を置いて、からくも平衡を保ちながら歩いていく日常が、すなわち人生である」

「不安と恐怖を異物視し、排除しようと努め」ればつとめるほど、「ますます強く不安と恐怖に囚われ、抑鬱と煩悶へとおとしいれら」れる。

もうあとどのくらい生きられるのかなど、くよくよ思い悩むのはやめよう。

我々は、死ぬ時が来れば潔く死ぬべきなのだ。

まさに「いのち短し 恋せよ少女(おとめ) 黒髪の色 褪せぬ間に」(吉井勇作詩、中山晋平作曲、ゴンドラの唄)である。

2018年2月17日 (土)

三島には、ネット環境の出現と、戦後の言語空間が崩壊しつつある現在を、ぜひとも経験してもらいたかった

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

井上隆史『「もう一つの日本」を求めて 三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)

三島由紀夫は、昭和45年11月25日、45歳の時、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ東部方面総監を監禁。

バルコニーでクーデターを促す演説をした後、自衛隊員を前にして切腹して見せた。

ーー

三島の遺作となった『豊饒の海』は戦後が色濃く残る昭和40年代に書かれたものだ。

三島の親友であった渋沢龍彦は『豊饒の海』を次のように評した。

「近代という時代におけるすべての事象は、直線的に発展してゆくはずだという近代主義、進歩主義的な世界観が横たわっている」

「ところが輪廻転生という観念においては、ただ事象が繰り返されるのみで、それでは凡庸、平板な、世界観とも言えぬような世界観が展開するに過ぎない」

「それは、近代的な小説観、世界観と矛盾をきたす」

「主人公が輪廻転生するという設定は、単に非科学的で荒唐無稽な夢物語だという以上に、そもそも小説としては成り立たないのである」

ーーと。

この評価を紹介した後、井上は、「しかし『天人五衰』で「輪廻転生の物語は、いわばすべて本多の妄想に過ぎなかった」という筋立てになっていると指摘する。

ーー

渋沢龍彦氏は、こう書いたのだ。

「『天人五衰』のラストの夏は・・・しんとしたあらゆる物音の消え去った、そのまま劫初(ごうしょ、この世のはじめ)の沈黙と重ね合わせられるような、

三島氏がどうしてもそこから離れられなかった、あの永遠の夏(敗戦の詔勅があった)であることに変わりはなかったのである」と。

ーー

『豊饒の海』で三島は輪廻転生を夢物語として書いた。

ーー

ニーチェは夢と現実を以下のようにまとめている。

「生は醒めている半分と夢見ている半分とから成っているが、醒めているほうがわれわれには比較にならぬくらい優れた、重要な、値打ちのある、生きがいのある半分と思われている」

「生きるとは、この醒めた半分だけを生きることだと思われている」(秋山英夫訳、岩波文庫版『悲劇の誕生』p9)

ーー

そしてニーチェは言うのだ。

「科学の精神というのは、ソクラテスにおいてはじめて世にあらわれた信念、自然が究明できるものであるという信念にほかならないのである」

「この前進して休むことを知らない科学の精神が、さしずめどういう結果をもたらしたか」

「神話がそのために滅ばされた」のだ。

そして神話の「破滅によって文学もまたその自然の理想的地盤から追い出され、故郷を失うようになった」(同p187)。

ーーと。

井上は、ニーチェには言及していないが、次のように分析を進める(要約)。

「外界に実在すると思われている事象はすべて脳によって作り出された幻の像に過ぎない」

「幻の像に執着することにより幻は実体化し、人生を苦しめることとなる」

「逆に、すべてがまぼろしだと悟れば、(その像に執着する)心も消滅する」(井上、p51)

ーー

かくして『豊饒の海』での松枝清顕と聡子との悲恋について、それは、まぼろしではなかったのか。

しかし本多を前にして聡子は言った。

「松枝清顕さんという方は、お名をきいたこともありません。そんなお方はもともとあらしゃらなかったのと違いますか?」

本多は呆然とする。

もし松枝がいなかったとするなら、「今ここで門跡と会っていることも半ば夢のように思われてきて、あたかも漆の盆の上に吐きかけた息の曇りがみるみる消え去っていくように」

「門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。『それも心々(こころごころ)ですさかい』」

そのあと案内された庭をみつつ、「記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った」

「庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている」

ーー

井上が『豊饒の海』の中で見たものとは「近代という時代が行き着いた果ての究極の虚無」。

それは「表象不可能なものを表象しようとすること」(p183)でもあった。

ーー

後年の三島はほとんどギリシア(西洋)に興味を失い、そして『音楽』でみせた夢判断や『絹と明察』の鮮やかなまでのニーチェの残映とも訣別している。

科学の進歩というのは、究明された自然の法則の利用にある。

それは無限に進歩するように見えてその対象つまり自然は全く変わっていない。

昆虫や人以外の動物や魚・植物は同じ一生を(疑いもなく)繰り返している。

西洋人の自然を究明し尽くすという気迫に圧倒された後、三島はその対象である自然が全く変化していないことに気づく。

この自然については、ニーチェが定義した科学とは別の視点からの説明もできると考えたのではなかったか。

ーー

当時の日本人は焦土と化した国土を繁栄に導くために必死になっていた。

たまたま裕福な家庭に生まれた三島は、彼らをむしろ冷ややかに眺めることができた。

そして日本人が経済活動にかまけている間に、言語空間が在日・反日勢力によって支配されていくのを三島は黙って見てはいられなかったのだろう。

とうとう「天皇陛下のために切腹」して見せる羽目になった。

三島には、ネット環境の出現と、戦後の言語空間が崩壊しつつある現在を、ぜひとも経験してもらいたかった。

2018年2月16日 (金)

今の日本人とは根本的に精神構造が違っている

ーー以下「黒木頼景ブログ」より抜粋編集

欧米のメディア関係者には自由主義者(リベラル)を自称する人たちが多い。

彼らは日常的に、人権や人命尊重を聲髙に叫んでいる。

ところが彼らが実際にやっていることは全く逆のことなのだ。

ーー

最近、ロネン・バーグマン(Ronen Bergman)というユダヤ人作家が、イスラエルの諜報活動を扱った『Rise and Kill First(立てそしてまず殺せ)』を書いた。

この中で興味深いのは、イスラエルが実行しようとしたPLO議長ヤセル・アラファトの暗殺である。

1982年、イスラエル政府は「金魚作戦(Operation Goldfish)」を計画し、モサド(イスラエル諜報局 / Mossad)が飛行機に搭乗したアラファトを暗殺することになっていた。

当時イスラエルは、PLO(パレスチナ解放機構)に手を焼いていたのだ。

問題はアラファトが乗る飛行機にあった。

用心深いアラファトは民間機に搭乗する際、自分と側近の者がが利用するファースト・クラスやビジネス・クラスの座席を全部買い占めていた。

だから、モサドの工作員が一般乗客に混じって、アフラファトに接近することは不可能。

そこで、イスラエル政府は飛行機ごと葬ることにしたという。

ーー

つまり、イスラエルの戦闘機にその飛行機を撃墜させる。

当時の国防長官はアリエルシャロン(Ariel Sharon)であった。

後に首相となるシャロンは軍人上がりの政治家で、独立戦争以来、数々の戦争を体験した武闘派であった。

シャロンは、スエズ戦争から六日間戦争、ヨム・キプル戦争を闘い抜き、リクード党に入ると、イツァク・ラビン(Ytzhak Rabin)の補佐官や農務長官を経て、ベギン政権の国防長官になった。

ーー

1982年、レバノンのベイルートにパレスチナ人の難民キャンプにPLOのテロリストが紛れ込んだ。

それを、イスラエル国防軍とレバノンのファランヘ党が排除しようとした。

その際、イ軍は、民間人も一緒に抹殺してしまったのだった。

パレスチナ人やレバノン人の犠牲者数は900名とも3,000名とも言われた。

ーー

アラファトが、乗り込む飛行機とは、すべて民間の旅客機であった。

イ軍の指揮官たちは「民間機の撃墜は違法である !」と判断し、意図的に作戦を妨害した。

アモス・ギルボア准将(Brigadier General Amos Gilboa)はラファエル・イータン中将(Lt. General Rafael Eitan)に向かって、もし、この作戦を実行すれば国家としてのイスラエルは滅亡するだろう、と警告した。

(ちなみにイスラエル軍がイラクのオシラク原発を攻撃した時、作戦を練ったのはイータン参謀長である)

ーー

ベルグマンによれば、空軍の作戦指揮官であるアヴィエム・セラ(Aviem Sella)も、この暗殺計画に反対であったが、国防相のシャロンは実行を求めた。

誰も国防長官に異議を唱えられなかったので、その作戦を技術的に不可能にすべく裏で画策した。(Oliver Holmes, "Israel had plan to shoot down passenger plane to kill Arafat, book claims", The Guardian, 25 January 2018)

結果的に暗殺計画は実行されなかった。

ーー

しかしイスラエルの戦闘機F-15が、もう少しで旅客機を撃墜するところだったのである。

それは、1982年10月、アテネからカイロへ向かう飛行機だった。

しかしアラファトが乗っていたと思われていたが、モサドの工作員による報告では、アラファトによく似ている弟が乗っていただけだった。

しかも、その飛行機には、「サブラ・シャティラの虐殺」で負傷したパレスチナ人の子供30人が乗っていたのだ。

もしも、イ軍がこの旅客機を撃墜したら、その後どうなっていたことか。

ーー

アラファト議長は暗殺されず、弟が殺されたことで復讐の大義が生まれてしまうし、無実の子供たちが殺害されたことで猛烈な国際的批判が湧き起こっていただろう。

そうなれば、米国も、イスラエルへの莫大な経済支援を停止せざるを得なくなっていたはずなのだ。

仮に、アラファトが乗っていて、暗殺できたとしても、後継者はすぐ現れるし、憐れな子供を巻き添えにしたという「事実」は確実に残る。

ーー

パレスチナ人とユダヤ人の対立は熾烈で、パレスチナ人がユダヤ人にテロ攻撃を加えれば、イスラエル軍は、その何倍もの反撃をしてきたのだ。

パレスチナ人(アラブ人)やユダヤ人が考える暴力(テロ)抑止策は、やられたらやり返すというものだ。

もし、父が殺されれば息子が仇を討つ、それが無理なら、孫が、それも不可能なら曾孫が引き継ぐ。

これでは、相手を傷つけることを躊躇せざるを得なくなる。

ーー

ペルシャ人、モンゴル人、トルコ人も皆おなじような報復をする。

キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒に共通の聖典(バイブル)のヨシュア記は、異民族を皆殺しにする話で溢れている。

皆殺しにしておかないと必ず報復されるからだ。

今の日本人とは根本的に精神構造が違っていることがわかる。

2018年2月15日 (木)

やりたい放題、どんな卑劣な手口でも、テロリストは平然と用いてくる

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

B・ガノール著、佐藤優監訳 『カウンター・テロリズム・パズル─政策決定者への提言』(並木書房)

著者のガノール氏はイスラエルの国際テロ対策研究所(ICT:International Institute for Counter-Terrorism)の創設者である。

「テロリズム研究」の第一人者として世界的に知られており、佐藤優氏は次のように紹介している。

ーー

「私がガノール氏の名前を初めて聞いたのは、2001年3月のことだった。

イスラエルの諜報専門家から、『近未来にアメリカ本国か、その同盟国で、国際テロ組織アルカイダが、奇想天外な方法で大規模なテロを起こすことを警告している学者がいる』と言われたのだ。

そして渡されたのが、ガノール氏の論文のコピーであった。

その6カ月後の2001年9月11日にアメリカで同時多発テロ事件が起きた。

この事件で国際関係のゲームのルールが大きく変わった」(佐藤優)

ーー

著者は、まず「テロリズムの定義」の重要性を論じる。

もし定義を間違えば、テロリストたちに「自分たちはテロリストではなく、民族解放を行なっている」という言い逃れを許してしまう。

実際、多くのテロリストたちがそのように言っている。

著者は、テロリズムを「自らの政治目標を達成するために、意図的に民間人に暴力を行使する闘争」と定義する。

この定義が一般的になれば、「テロリズム」「ゲリラ戦」「民族解放運動」を区別できるようになる。

ーー

そして人権や人命を尊重する民衆政治democracyは、テロリストとわかっていても事件を起こさない以上逮捕できないなど、テロリズムに対して脆弱である。

民衆政治国は、その基本的な価値観(人権の尊重、表現の自由、拷問や懲罰の禁止など)を維持しながら、テロと戦わなければならない。

一方のテロリスト側には規則というものがない。

やりたい放題、どんな卑劣な手口でも、テロリストは平然と用いてくる。

ーー

もしテロリストがまだ何もしていない時に逮捕すれば、逮捕の指示を出した政権はメディアから一斉に非難され、長くはもたない。

結果的に民衆政治はテロに敗北してしまう。

これが「民衆政治の弱点である」という。

ーー

それではどうすればよいのか。

本書では他に「対テロ立法はどうすべきか」

「テロ報道はどうあるべきか」

が詳述されている。

ーー

イスラエルは、パレスチナ人の住む土地を奪うような形で、いわば無理やり建国された。

それゆえ国内にパレスチナ人という敵を抱えるような状況があり、絶えずテロとの戦いを余儀なくされている。

それゆえ、テロ対策、テロへの対処法については蓄積があると考えられる。

ところがイスラエルにおいても、一貫したテロ対策はないのだという。

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