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書籍・雑誌

2019年11月 4日 (月)

愚鈍頑固で腹黒い輩、権勢に阿(おもね)って利をみては義を忘れる人等が秋の蝗(イナゴ)のように

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

老村著、夛田狷介訳『騒土』(中国書店)

老村はもちろん筆名である。

彼は、苦労を重ね、北京へ出て映像の企画にも携わったが、やがて引き籠もり創作に専念した。

そして支那人でなければ書けない、土着の物語の執筆に余生を賭けた。

ーー

評者(宮崎)は、いずれ文革の悲劇を支那人らしく壮大に悲壮に描いた作品が出てくるだろうと期待して、はや四十年を閲(けみ)した。

ようやく出てきたのだ。

『金瓶梅』や『紅楼夢』は土着の支那文学として知られている。

著者は、これらの小説の伝統的な技法を採用しながら『騒土』を書いた。

この中で筆者は、文革初期、北京から遠く隔れた、途方もない田舎に暮らした人々を活写する。

ーー

黄色の砂塵が巻き上がるような農村にも、ある日文革宣伝隊がやってきた。

僻地とは言え、村には、政治的人間やら軍人崩れやら、金持ちの妾やらがいる。

倫理観が希薄な所為か人々は本能のままに動き回る。

人々は無神だが迷信は信じている。

そんな滑稽なほど隠微で乱倫な人々の日常が描かれる。

ーー

読んでいくと、これが支那の農村の底辺で暮らす人々の実相だったのだ、と感嘆するに至る。

それにしても長い。

「生きていることを愉しむことだけが人生第一の喫緊事」

「(ゆえに)男は自分の女房を守らず、ひたすら他人の女房を盗むことばかりを考えている」

「女は婦道を守らず、いつだって良家の子弟を誘惑しカネをせしめようとする」

ーー

「(このような)世間から後ろ指を指される類の」

「愚鈍頑固で腹黒い輩、権勢に阿(おもね)って利をみては義を忘れる人等が秋の蝗(イナゴ)のように」

「上の方にはブンブン飛び回り、下の方ではぴょんぴょんはね回り」

「繁栄してきた」

ーー

そんな豊穣の郷(さと)が、荒廃し、

「残ったのは禿山と乾河(かんが、干上がった川)」

「耕地は荒れ果て、人里には雑草が生い茂る」

という時代を迎えるのだった。

ーー

巨大な虚無主義(ニヒリズム)が到来し、砂塵とともに全てを飲み込み砂塵だけを置いて去った。

題名の『騒土』は、騒ぎ乱れる、浮ついている、かる弾み、淫らなどの意味を掻き混ぜた、支那を象徴する語彙を選んで冠された。 

2019年10月24日 (木)

岩波書店は支那共産党の意向に従う形で、「紫禁城の黄昏」を改竄翻訳し日本人を騙していた

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

渡部昇一『 歴史への遺言 未来を拓く日本人へ』(ビジネス社)

「歴史は虹のようだ」と渡辺氏は言う。

虹は、空中に残った水滴が太陽光を7色に分光することで出来る。

歴史は、残された記録を分析して物語(虹)を作り上げるようなものだ、ということなのだろう。

ーー

例えば渡辺氏は、リットン報告の本当の読み方、ジョンストンの『紫禁城の黄昏』岩波文庫版の改竄的翻訳、満州国は傀儡国家ではなかったという目から鱗が落ちる説を出している。

特に、『紫禁城の黄昏』を翻訳者が意図的誤訳と改竄をしているとの指摘には凄まじい迫力があった。

岩波文庫翻訳者は連合国にとって不都合な事実が記録されていた章を翻訳しないでいた。

つまり東京裁判で、原典が証拠に採用されると原告(連合国)には不利になっていたのだ。

その不利になる証拠の個所を意図的に翻訳しなかった。

ーー

たとえば、皇帝溥儀が英国人家庭教師とともに日本大使館に保護を求めて逃げ込んだときの記録がある。

そのとき、日本側は迷惑顔をしたとジョンストンは証言しているのだ。

つまり満州国は日本の傀儡などではなかったのだ。

岩波書店は支那共産党の意向に従う形で、「紫禁城の黄昏」を改竄し日本人を騙すことに協力していたことになる。

ーー

それにしても渡辺氏に対する不可解さは消えない。

「日本人を騙す行為」に加担している岩波書店が、なぜ言論・メディアによって良心的などと評価されて堂々と営業出来ていたのかを氏は説明しないのだ。

なぜ渡辺氏は、ネットで明らかとなった戦後の日本社会を支配してきた在日・反日勢力に触れなかったのだろうか。

占領軍が占領政策を進める際に協力することで敗戦利得者となった人々の存在が渡辺氏の視点からすっぽりと抜け落ちているのである。

ーー

それに渡辺氏は、何故、いわば在日・反日勢力側の岩波書店を批判することが可能だったのだろうか。

何故戦後日本社会の支配者「在日・反日勢力」を批判することができたのだろうか。

青山学院教授という存在には、在日・反日勢力も手を出せなかったのだろうか。

ーー

だから、例えば、在日・反日勢力がでっちあげた南京大虐殺について、渡部昇一氏は、「南京大虐殺はなかった」という歴史の真実を繰り返し繰り返し述べることができたのではないのか。

ーー

渡辺氏の評伝を書いた松崎之貞氏によれば、氏の得意技は、セレンディピティ(偶然の幸運、ひらめき)に富んで意想外の発見を重視し論を組み立てることだという。

氏は、『古事記』に関してもひらめきに拠る、相当量の著作を残している。

氏が指摘した『古事記』の魅力の四点とは、
一、神話の時代と歴史の時代が地続き
一、漢字の音を用い、大和詞で古代の心や事蹟を書き残した
一、その発明がカナ文字の起源になった
一、皇統の継承は男系男子の原則を古事記は明確に使えている。

つまり渡辺氏は古代日本には文字がなくて突然漢字を使いだしたと、これまでの定説に従っており、ひらめきを全く感じさせないのだ。

ーー

膨大な内容を持つ記紀が、例えば古事記が稗田阿礼の記憶を太安万侶が漢字で表記したものという従来の説から一歩も出られていない。

しかし「(古事記に)稗田阿礼に誦習(ようしゅう 、書物などを口に出して繰り返し読むこと)させた」とある。

このとから、ネット上では、記紀にはもとになる古代文字で書かれた文献があり、稗田阿礼はそれを声に出して読み、それを太安万侶が漢字で表記したのではないかと言われるようになっている。

例えばその文献とは「ホツマツタエ」であろうと。

ーー

ホツマツタエを読めば、記紀での意味不明な文章の意味が理解できるようになる。

もともと文字というものがなければ、日本語の発音に漢字の音を使うという発想は出てこないだろうというのである。

こう考える方が合理的に見えるが、渡辺氏は「ホツマツタエ」を知らなかったのか、「ひらめかなかったのか」そこまで踏み込めてはいない。

ーー

さて渡辺氏は、英文学の研鑽の結果到達したのであろうが、日本人と西洋人の自然に対する感覚の相違を感じたようだ。

自然に対する感覚について、日本人は親和的だが、西洋人は敵対的だとする。

「(日本人は)神さまが生んだ自然のなかに生きているのだと、どこかでかすかに感じることは基本的に西欧人などと異なるところです」

「山ひとつとってみても、ヨーロッパの人たちが『それを征服する』と考えるのに対し、日本人は山を目にすると、それを尊敬します」

「自然に八百万の神々を感じることのない西洋人は、木に対しても『神が宿っている』などとは考えませんから、邪魔な木はどんどん伐採してしまいます」

「そうして過酷な自然を克服しようとします」

「また、石や草や鳥獣虫魚を切り刻んでも祟りなど怖れることがない」

ーー

確かに日本人は花を愛で月を眺め、風の音に耳を傾け、その心情に風流、雅(みや)びを育んできた。

和歌が詠まれた。

俳句も川端康成の『山の音』も、西欧人が理解できない理由は自然観の相違にある。

ーー

昔、渡辺氏は竹村健一氏らと豪(オーストラリア)のエアーズロックを見に行って、不思議に思ったのはてっぺんに何もないことだったという。

そういえば、日本は山の頂上に神社がある。

つまり日本では山というのはご神体であることが多いのだ。

ーー

愛宕山の頂上には明智光秀が連歌会を開いた神社がある。

月山に三十年ほど前に登攀したことがあるが、山の頂きには鳥居が建てられ、神社があり、そこで御神酒(おみき)をいただいたことを思い出した。

氏の日本史論はこのように誠にのびやかに書かれている。

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