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映画・テレビ

2019年2月 6日 (水)

テレビでやってた東国原英夫の俳句がひどかった(´・ω・`)

以前にも言及したが、TBSテレビが木曜日の午後7時から、プレバト(pressure battle)を放映している。

俳人の夏井いつき女史が先生と呼ばれて、出場者の俳句を採点し評価し、添削していく。

それが面白くて、1月31日のそれを私も見ていた。

ーー

ところが女史は、おでんの写真から詠まれた東国原英夫の「着膨れの 慰安婦像の 銅の髪」を絶賛したのだった。

東国原は「寒いなか、慰安婦像に着物を着せてあげる 解決しなきゃいけない問題だ」と言った。

ーー

いまどき日本人は、余程の情弱でもない限り、朝鮮人が主張する慰安婦が、性を売り金を得ていた売春婦であったことを知っている。

ーー

2015年12月28日に米国を立会人とする日韓外相による「慰安婦問題についての最終的かつ不可逆的合意」が結ばれた。

一時期政治家であった東国原は、「韓国側が慰安婦像を撤去する」という、この合意について知っているはずなのだ。

そう考えると、この俳句で東国原は、その合意を認めない、自分は在日・反日勢力の側にいると表明したことになる。

(そうでないというのなら東国原はライダイハンを非難する俳句を詠むべきだ)

ーー

彼が宮崎県知事だった時に、口蹄疫が韓国からもたらされ、種牛まで罹患する事態となり宮崎県の畜産業が壊滅している。

彼はいまだに口蹄疫流行の原因について一切語ろうとしない。

それは、彼が在日・反日勢力の一味であるからではないのか。

ーー

女史がこんな「偏向した」俳句を絶賛しているのを見ると、女史も在日・反日勢力の一味なのかと思ってしまう。

女史はこんな俳句を詠むために俳句に一生をささげたようなのだ。

そう思うとバカバカしくなって、もう見るのをやめることにした。

すると、同じようなことを考えている視聴者がいて、ネット上に意見を書き込んでいたのでお目にかける。

ーー以下「もえるあじあ」まとめサイトより抜粋編集

1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 19:55:43.556 ID:r8rYThg0a

【悲報】東国原さん、プレバトの俳句でまたしても政治ネタをぶっこむ

3: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 19:56:58.089 ID:edWLIMTda

先生めっちゃ褒めてたけど まじで韓国に魂売りすぎだろって思ったわwwwww

KeNjI @kenji790925 【プレバト俳句で慰安婦像】

コンビニのおでんで一句。 東国原英夫が慰安婦像に発想を飛ばす…っていくら何でも飛ばしすぎでは!?大丈夫ですか? ちなみに、ワンランク昇格。

ーー

10 19:55 - 2019年1月31日 KeNjIさんの他のツイートを見る

Twitter広告の情報とプライバシー yamind @yamindo32375427

東国原の俳句 普通におでんの画像から 慰安婦像とか普通に関係無さすぎる。 ごちゃごちゃ理由つけて誉めてるけど、おでん。ですよ?? ハゲ、盗作してたのにね。

ーー

65 19:42 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー yamindさんの他のツイートを見る meow🇨🇦🇯🇵 @62_gemini

東国原はおでん見て慰安婦を思い出してるんやなwwキモ過ぎるw

102 19:41 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー 28人がこの話題について話しています

SKz @p_fpu 「おでん」がテーマの俳句なのに 「慰安婦像」とかぶっこむ東国原は マジで頭おかしい

111 19:45 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー 30人がこの話題について話しています 鈴木二郎 @kazushifukuya

いやーびっくりした。慰安婦をここにぶっこんできたか。 で、東国原に「解決しなきゃならない」とかほざかせて、「一歩前進」。 反日TBSらしい茶番だわ。

ーー

21 19:48 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー 鈴木二郎さんの他のツイートを見る まこっつん@在宅ノフ @hiraimakoto

今日の東国原の俳句は最悪だったな。韓国との関係悪化してる時にわざわざ慰安婦のネタを取り上げて。しかもそれを高評価してた夏井先生にもガッカリしたわ。

26 21:24 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー まこっつん@在宅ノフさんの他のツイートを見る yamind @yamindo32375427

東国原の俳句誉めるババアも謎。 いつも、情景が目に浮かぶのが大切です!とか言ってるけどな。

私が知らないだけで、 あのハゲとババアが行くコンビニ のおでん横には、 慰安婦像が置いてるんでしょうね。

ーー

67 19:51 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー 17人がこの話題について話しています D.T @LicoLico_D_T 

東国原の作った俳句なんだあれ。慰安婦像?ふざけてんのか?そしてあの俳句に名人と評価した夏井も何なん?二人揃って朝鮮行ってこいよ。

7 22:48 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー D.Tさんの他のツイートを見る kensei @kenseidigi1 

おでんから無理やり慰安婦を捻り出す東国原。それを高評価する夏井先生。俳句に政治的偏向を持ち込むな

ーー

21 19:49 - 2019年1月31日 Twitter広告の情報とプライバシー kenseiさんの他のツイートを見る

81: せんし.div■忍法帖【Lv=25,ガニラス,UUr】 2019/01/31(木)20:11:00 ID:cu8.mj.vp

テレビでやってた東国原英夫の句がひどかった(´・ω・`)

おでんを見て一句 「着膨れの 慰安婦像の 銅の髪」 寒いなか、慰安婦像に着物を着せてあげる 解決しなきゃいけない問題だ、って

83: 名無しさん@おーぷん 2019/01/31(木)20:11:58 ID:aBc.rv.xv

>>81 撤去すれば 解決するんじゃ・・・?w

84: ?エラ通信 2019/01/31(木)20:12:25 ID:3oD.48.p5

>>81 知事やめたら、ホント腐ったなあ

ーー

4: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:03:07.869 ID:TK/N+Zac0

銅像に服きさせるのなんて日本でもやってるが どんだけ無知なんだろって思った

6: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:09:28.988 ID:qVP52Hoea

二宮金次郎とか色々着させられてるよな 雪で可哀想って話なら昔話の笠地蔵もそうだな

ーー

9: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:19:42.251 ID:LVGgeZ9b0

誰も得しないし空気悪くなるだけだわ 梅沢の原発ネタも同じ 誰も踏み込まない域に行っちゃう俺かっけーとでも思ってるんだろうか

2: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 19:56:54.888 ID:fdJ7LcO3d

政治家だったからできる芸当

13: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:43:00.184 ID:nt5YmJd10

おでん見ると慰安婦像のこと思い出すとか

ーー

10: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:20:19.121 ID:AvjpC28Y0

マジかよ!そのまんま東最低だな

7: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/01/31(木) 20:12:10.041 ID:9ye/pfL9K

あの浜田でさえ「またこんな……」て言うのが精一杯て よほどヤバいんだろ

2018年12月18日 (火)

打たせ湯の肩

俳句と言えば、松尾芭蕉である。

これまであった和歌の前半(発句)、5音、7音、5音の計17音で何が表現できるのか。

日本の景色は四季によって変わる、その四季を芭蕉は季語を使って表現することに成功した。

ーー

例えば、芭蕉が音(おと)を読むとどうなるか。

古池や蛙飛び込む水の音

静けさ(無音)については、

静けさや岩にしみいる蝉の声

読者は、句から春(蛙)と夏(蝉)の情景を鮮やかに思い浮かべることができる。

ーー

縦椅子の故郷は京都の山深い渓谷にある。

夏には、山を一匹のミンミンゼミが谷を震わすかのように鳴く。

ミンミンゼミの声は、夏の日差しと川のせせらぎと小川の合流地点(落合)にあった八幡様で遊んだ頃のことを思い出させてくれる。

「静けさや岩にしみいる蝉の声」は、「奥の細道」の中で最も有名な句で初めて知ったのは確か中学の頃だったと思う。

それが、まさか無音を詠んだものとは思いもしなかった。

ーー

俳句には、目の前の状況や心境を、17音でどのように切り取るか、工夫だけではない才能が必要であることがわかる。

ーー

つまり俳句は、字数制限がある上に、季語があって難しいのだ。

この・こ難しい俳句で浜田雅功が、番組を作ってしまった。

もっぱら反日番組を作り続けているTBSが、浜田を招いて作り上げたプレバト(pressure battleの略であるらしい)がそれだ。

ーー

与えられた「お題」をもとに、出場者が俳句を一句つくる。

その俳句を作った人物について、才能あり、凡人、才能なしと遠慮なく評価していく。

その際、浜田が、「せんせー」と呼ぶと、提出された俳句を評価し「なおし」をするのが、夏井いつき先生。

浜田が「おもろいおばはんやなー」と評した、この夏井いつき氏は、俳句の魅力に取りつかれて、国語教師を辞めたような御仁である。

ーー

どんな相手であろうと遠慮なく評価し、作者から作句の状況や意図を聞いてその場で「なおし」を入れていく。

ーー

関西では、浜田雅功(はまだまさとし)人気もあって、いまでは日テレの人気番組「イッテQ」よりも人気なのだという。

3年以上続いており、番組から俳句らしい俳句が作れる人が何人も出ている。

12月13日の「お題」は「冬のスーパー銭湯」だった。

そこで、特待生の一人・ミッツ・マングローブが作った、破調(5・7・5ではない)の次の句が紹介された。

(彼(?)は以前番組の中で夏井先生の言葉から示唆を得て、作句のコツをつかんだと発言している)

ーー

打たせ湯の肩 夜をしのぶ 雪女郎

「せんせー」は、「なおし」はいりませんと評し、次のように解説したのだった。

雪の夜の露天風呂で打たせ湯をしているその人の肩(想像?)を見た作者が、その美しさに感動し、その人はきっと、世を忍んで生きている雪女郎(雪女)に違いない、

世を忍んで生きている雪女が、物の怪(もののけ)になる前の夜を偲んで(懐かしく思って)打たせ湯をしていたと読めると。

こう説明されれば、「冬のスーパー銭湯」の「お題」から詠まれたこの歌のぶっ飛びぶりはものすごい。

そしてミッツ・マングローブは、特待生3級から2級に昇進したのだった。

2018年11月29日 (木)

輝くものは いつもここに わたしのなかに

宮崎駿監督作品に映画「千と千尋の神隠し」がある。

この映画は多くの人に支持され興業成績の記録を作った。

そして主題歌となった「いつも何度でも」が多くの人に愛唱された。

ところがその歌詞が全く意味不明なのである。

ーー「いつも何度でも」歌詞

呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心踊る 夢を見たい 悲しみは 数えきれないけれど その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびひとは ただ青い空の 青さを知る 果てしなく 道は続いて見えるけれどこの両手は 光を抱ける

さよならのときの 静かな胸 ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんなおなじ

ーー

呼んでいる 胸のどこか奥で いつも何度でも 夢を描こう 悲しみの数を 言い尽くすより 同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の そのなかにいつも 忘れたくない ささやきを聞く こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が 映される

はじまりの朝 静かな窓 ゼロになるからだ 充たされてゆけ  海の彼方には もう探さない

輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから

ーー歌詞ここまで

この主題歌は、木村弓女史が作った曲に合わせて作られたのだという。

つまりちあきなおみが歌う「喝采」と同じで、詩より曲の方が先に作られたことになる。

その事情をこの歌詞を作った作詞家の覚和歌子女史が以下のように述べている。

ーー以下抜粋編集

歌い手の木村弓さんとは8年来の仲です。

彼女は20数年前に脊椎を痛めてその治療に必死になって生きてきた人なんです。

そんな理由からほとんど遊ぶための外出もしない。

たまたま「もののけ姫」を見に行ったらひどく感動して、その感動のままに宮崎駿監督に自分の自主制作CDやテープを添えて手紙を書いた。

そしたら一週間後にご本人からお返事をいただいた。

ーー

監督のもとには多いときで一日に大きな段ボール3箱分の手紙が来るのだそうです。

それに目を通すこと、まして返事を書くことの確率の低さは天文学的だと後から聞き、ああよほどのご縁だったのだと思いました。

ーー

返事には、「いま進行している企画の音楽をお願いするかもしれないが、期待しないで待っててください」とあった。

木村さんはその手紙を私に見せてくれながら言ったんです。

「今ずっと頭の中で鳴っていて消えない曲があるの、もしかしたらこれのための曲かもしれない」と。

その作詞を木村さんから依頼されてテープを預かったんです。

ーー

私は3ヶ月間、テープを放置したまま曲を聞きませんでした。

なぜだかすぐに詩をつけるのがもったいない感じがしたんです。

さすがに催促を受けるようになったので、ようやく机に向かって書き始めたらそれこそ12.3分でできてしまった。

ちょっと普通じゃない感じでした。

ーー

木村さんはとても喜んで歌ってくれて、それをテープに採り宮崎監督に送ったのです。

ーー

3ヶ月後、監督から「企画自体が潰れました、ごめんなさい」という返事をいただきました。

私はまあ、そんなもんだろうと思い、木村さんとは、いい曲が出来ただけでよかったじゃん、と言い合いました。

木村さんはその歌をとても大切になさって、ライブで何度も歌われました。

ーー

もう曲がお蔵入りになった映画『煙突描きのリン』の主題歌のために作られたなんてことさえ忘れかけた頃。

作ってからほぼ2年半後、ジブリから電話があり「あの曲を宮崎監督が忘れられないので、『千と千尋の神隠し』で使わせて欲しい」と申し出を受けたんです。

これ、ちょっとないような、珍しい話でしょう、運命的というか(笑)。

ーー

「さよならのときの静かな胸 ゼロになるからだが耳をすませる 生きている不思議死んでいく不思議 花も風も街もみんなおなじ」

この4行を書いているとき、何故だか泣けて仕方なかったんです。

自分でも変だなと思いました。

自分で書いているのに、自分が書いていない感じ。

そういう状態で書いた詩はあとから何度読んでも、たった今初めて出会ったみたいに新鮮なんですよね。

ーー抜粋ここまで

しかし何度考えても覚女史が感動した内容がわからない。

この歌で著名人となってから、覚和歌子女史は、「ゼロになるからだ」という題名の本を書いている。

しかし、何が言いたいのかわからないのだ。

ーー

生きている不思議 死んでいく不思議

花も風も街も みんなおなじ

さよならのときの 静かな胸

ゼロになるからだ 充たされてゆけ

こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が 映される

はじまりの朝 静かな窓

ゼロになるからだが 耳をすませる

ーー

覚和歌子女史の上記のような何か深い意味ありげな言葉の羅列を省いてみるとすっきりとしたのでお目にかける。

以下抜粋編集・縦椅子

ーー

いつも心踊る 夢を見るたび人は あやまちを繰り返す 

悲しみは 数えきれず ただ青い空の 青さを知る 

けれどこの両手は 光を抱ける 

呼んでいる 胸のどこか奥で

道は果てしなく 続いて見える その向こうできっと あなたに会える

ーー

悲しみの数を 言い尽くすより 同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の そのなかにいつも 忘れたくない ささやきを聞く

いつも何度でも 夢を描こう 

呼んでいる 胸のどこか奥で 

海の彼方には もう探さない

輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから

ーー編集終わり

しかし多くの読者にとっては、全くの意味不明であろう。

「輝くものは いつもここに わたしのなかに」は、禅でいうところの「直指人心見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ)」つまり辞書的な意味として、次のようなことを考えている。

真理は自己の心の外にあるのではなく,自己の心のなかにこそ発見される,真理であるその自己の本性をみるならば,仏(覚者、悟れるもの)となることができる,と。

2018年10月28日 (日)

辻井伸行氏のピアノによる『ラ・カンパネラ』演奏が素晴らしい

ーー以下「平林純ブログ」より抜粋編集

宮澤賢治「銀河鉄道の夜」は、次のようなお話です。

「少年ジョバンニが、灯籠流しが行われた夜に丘の上から銀河鉄道に乗り、級友カムパネルラと天空の旅をする」

「丘の上でジョバンニはひとりになっていることに気づく、カムパネルラは川で人を助けた後に行方不明になった」

ーー

宮澤賢治が盛岡中学(現・盛岡第一高等学校)と盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)に在学していた頃のことです。

彼は、大西祝(おおにしはじめ)著「西洋哲学史」(初版は明治36年)を読み、そこに書かれていたイタリア・ルネッサンス時代の哲学者「トンマーゾ・カンパネルラ Tommaso Campanella」に強く惹かれた。

そして、銀河鉄道の夜の「主人公と別れ・亡くなった級友」の名前をカムパネルラとした、というのです。

ーー

この哲学者名は、当時の他書物では(それ以降も)、カンパネラ(カンパネッラ)と書かれている。

それが、大西祝著「西洋哲学史」の中でのみ、カムパネルラと書かれている。

それゆえ、宮沢賢治のカムパネルラは、「西洋哲学史」の中から採られたと考えられているのです。

ーー

実は、カムパネルラ(トンマーゾ・カンパネッラ)の名前は、ジョバン・ドメーニコ・カンパネッラ Giovan Domenico Campanellaでした。

トンマーゾというのは、後に修道士になった時に付けた聖職者名です。

つまり、カムパネルラの名前はジョバン(ニ)であったことになります。

ーー

賢治は果たしてこの事実を知っていたのか。

「西洋哲学史」には、カムパネルラについては2頁にわたり書かれていても、ジョバンという幼名は書かれていない。

宮澤賢治が他書籍からカムパネルラの幼名を知った。

そうだとすれば、(他書籍で使われる)カンパネラでなくカムパネルラと書いている理由が説明出来なくなる。

ーー

つまり、宮澤賢治はカムパネルラ=ジョバン(ニ)だったということを知らずに、何かの偶然で、カムパネルラとジョバン(ニ)という名前が付けられた。

「銀河鉄道の夜」の物語中では、二人は同じ列車に乗り合わせ、そして死別するのです。

ーー

カムパネルラという名は、イタリアで「(教会の)小さな鐘(かね)を鳴らす」仕事に由来するファミリー(姓)名です。

今では、「鐘」自体を意味する言葉になっている。

「銀河鉄道の夜」の中では、亡くなった人を悼む灯籠が水面を流れ、空へゆらりと舞い上がる。

そんな状況での人を助けたために死んでしまった級友の名前「カムパネルラ(鐘)」は、ぴったりだと思います。

ーー抜粋ここまで。

さてピアノ曲『ラ・カンパネラ』(La Campanella)の話である。

これは、フランツ・リストのピアノ曲で、ニコロ・パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章のロンド『ラ・カンパネラ』の主題を編曲して書かれたものだ。

名前の Campanella は、イタリア語で「鐘」という意味である。

リストが「ラ・カンパネラ」を扱った作品は4曲存在する。

最終稿の『パガニーニによる大練習曲』第3番は、数多くあるリストの作品の中でも最も有名なものの一つである。

ーー

その中で、辻井伸行氏のピアノによる『ラ・カンパネラ』演奏が素晴らしいので紹介したい。

是非ここをクリックして聞いてほしい。

小生の知る限り辻井伸行氏の演奏にのみ、リストが作曲に当たって意図したと思われる小さな鐘の繊細で優美な音がはっきりと聞こえる。

2018年10月25日 (木)

僕が「Rain」を書いて歌ったときに見えた景色と、新海さんが作られている景色と場所は違うんですね

ーー大江千里氏の記者会見 より抜粋編集

記者ーー著書「ブルックリンでジャズを耕す~」の帯にコメントを寄せている新海誠監督は、ご自身の映画「言の葉の庭」で大江さんの楽曲「Rain」を使用しています。

今回の帯の文を書くにあたって、完成した本の1.2~3倍もある校正前のゲラをすべて読んだりと、大江さんの大ファンだそうですね。

ーー

大江ーー「Rain」を使いたいというお話をいただいたときに、もう新宿御苑(東京都新宿区)とかの映像を手持ちのビデオで撮っていらっしゃっていて、

それと絵コンテを足して、セリフも入っていて、「あんたはそうやって……ずっと一人で生きてくんだー!」っていうところで僕の音楽が入る。

もう画(え)が出来上がってるんです。

実は、僕が「Rain」を書いて歌ったときに見えた景色と、新海さんが作られている景色と場所(ロケーション)は違うんですね。

ーー

映画は新宿御苑でしょ?

僕は(場所としては)つつじヶ丘とか調布の方のロータリーを想像していて。

でも何となく(京王線で)新宿まで来られちゃうから、雨の音がつなぐ何かがあるというか。

新海さんが触発された「Rain」を書いた僕が、それを使って新海さんが作った作品にまた「触発返し」されるという感動がありました。

ーー

記者ーー新海監督が寄せた「思春期に世界の見方を与えてくれた大江千里は、今でも形を変え、世界の美しさを奏(かな)でる方法を僕に教えてくれる」というコメントを読んでどう感じましたか。

ーー

大江ーー僕は女の子のファンが多かった25、6歳のときに、「AVEC」(86年)というアルバムでちょっと真面目な(シリアスな)方向に行って、歌詞をグッと書き込んだ時期があったんです。

その時に想定していたのは、いわゆる男子の隠れファンというか。

僕の曲(メロディー)と構築された詞(ことば)の世界を聴いて、自分の作品作り(クリエーティビティー)につなげる人が出てくればいいなあ、なんて思いながら、

そういう人がファンになってくれるものを作りたい、と思って作っていたから……

でも「まさか本当にそんなことが」って。

ーー

音楽がつなぐ人の縁というか、時代を超えてバトンが渡されてきた生き生きした感じとか、色あせていないものを見せられたというか。

毎回毎回、もう思い残すことがないぐらい命を注いで作品を作ってきて、本当によかったなと思いましたね。

ーー引用終わり

この記者会見からすると、新海誠監督は、思春期(15歳)の頃に聞いた「Rain」の歌詞に触発されて「言の葉の庭」を作ったということになる。

(新海監督は1973年生まれ、大江千里氏は1960年生まれ)

「Rain」が発表されたのは、確かに監督が15歳の時の1988年、「言の葉の庭」が劇場公開されたのは2013年のことだ。

だから小生が、「Rain」の歌詞から「言の葉の庭」を読み解こうと何度も挑戦したが無駄だったのだ。

しかし、新海監督の頭の中では、「言の葉の庭」は「Rain」で終わるように作られていたのであろう。

是非ここをクリックして聞いてほしい、秦基博が歌っている「Rain」は、まるで「言の葉の庭」のために作られたように聞こえる。

ーー

それにしても「言の葉の庭」を離れて、以下の歌詞を読むと、日本経済が世界を席巻していたころに書かれたものであることがわかる。

で、色んな思い出と共に想像力が掻き立てられる。

しかし小生は、雪野先生は彼に「行かないで」とは言えなかったと考えている。

ーー大江千里「Rain」の歌詞

言葉にできず凍えたままで 人前ではやさしく生きていた しわよせで こんなふうに雑に 雨の夜にきみを抱きしめてた

道路わきのビラと壊れた常夜燈 街角ではそう だれもが急いでた きみじゃない 悪いのは自分の激しさを かくせないぼくのほうさ

Lady きみは雨にけむる すいた駅を少し走った

どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと しぶきあげるきみが消えてく 路地裏では朝が早いから 今のうちにきみをつかまえ 行かないで 行かないで そう言うよ

別々に暮らす 泣きだしそうな空を にぎりしめる強さは今はもうない 変わらずいる心のすみだけで傷つくような きみならもういらない

Lady きみは雨にぬれて ぼくの眼を少し見ていた

どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと 口笛ふくぼくがついてく ずいぶんきみを知りすぎたのに 初めて争った夜のように 行かないで 行かないで そう言うよ

肩が乾いたシャツ改札を出る頃 きみの町じゃもう雨は小降りになる 今日だけが明日に続いてる こんなふうに きみとは終われない

Lady きみは今もこうして 小さめの傘もささずに

どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと しぶきあげるきみが消えてく 路地裏では朝が早いから 今のうちにきみをつかまえ 行かないで 行かないで そう言うよ

どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと 口笛ふくぼくがついてく ずいぶんきみを知りすぎたのに 初めて争った夜のように 行かないで 行かないで そう言うよ

2018年10月19日 (金)

この頃、私は、こうした体験が、神意によるのではないかと、思えるようになりました

ーー読者投稿より抜粋編集

ソロです。

私は、昨年内耳炎(黄色ブドウ球菌の感染)から敗血症になり入院加療中に、抗生物質を約4.5カ月8時間おきに投与された。

内耳は、立体構造をしているので、血流が多くなく、血液を介した免疫が働きにくい。

それで、機能回復は望めないと言われた。

結局死ぬかもしれなかった敗血症からは回復したものの、左耳の聴覚を失い、右耳も聴力が低下していた。

ーー

左耳の聴覚を失ってから世界は一変しました。

それまで普通だった生活は、いわば「健常者の世界」であったのです。

自分が半分だけですが、聴覚を失ってみると、音に対する関心が、大幅に低下したのです。

ーー

私は、洋楽が好きで、Jazz、Rock、 Classic、Soul、Cross-overを中心に、CDで600~700枚、蒐集して居ます。

が、完全に興味を失ってしまった。

TVも、スポーツ中継やドラマを見る程度でしたが、興味を失いました。

別の言い方をすれば、世界がうんと静かになったのです。

ーー

半年くらいで復職したのですが、営業で得意先に行っても、話がかみ合わない事が多くなった。

その旨を会社に話すと、11月に解雇通知が来ました。

ーー

女房には、働いてもらわないと、食っていけないと言われてしまいました。

それに、生活から音がなくなった事が、孤独感を増幅している事に気付きました。

「自分は世の中の余計者だ」と断定された様で、「あぁ、どん底だなぁ」と、感じましたね。

ーー

この「聲の形」で、最初に思ったのは、聴覚障碍者らは、音楽の素晴らしさを体験できないのではないのか。

音楽を聴いて感動する経験をしたことがないのではないか、ということでした。

しかし、骨伝道による聞き方もあり、実際映画の中で、硝子は花火の音を楽しんでいます。

それに私は、多くの人の意識が波動となって、五感を超えて、伝わることを実感していたのです。

音を介した会話が出来ない聾唖者の世界にも、音楽による感動はきっと伝わっているはずと思うようになっています。

ーー

小6の時、つまり子供の世界では、「他者の心や立場を忖度できない」。

ーー

主人公の硝子は聾唖者であり、小6の時「普通のやり方では、意思を伝えられない」ので、同級生から異物扱いされた。

硝子は、自分の気持ちや感情が判ってほしいので、何とか伝えようと必死になる。

大声を出してしまうこともある。

ーー

訳のわからないことを大声で叫んでいる(聾唖者だったかもしれない)、そんな子供達を私も良く見ました。

ーー

そして異物とみなされ、相手にされなくなって孤独に陥り、助けを求めようにも、どう表現すればわかってもらえるのかわからない。

また、助けて貰っても分らない。

こうした体験をするうちに、「自分の存在が周りを不幸にして居る」と言う罪悪感を持ち始める。

これに対して、健常者が何を言っても、障碍者の現状を改善することはない。

ーー

聾唖者の外見は、健常者と変わらない。

しかし健常者に話すように話しても通じないので、より異物扱いされ孤独な環境に陥ってる人が多いのではないか。

硝子のように、好きな相手に好意を伝えられないというだけで、やはり自殺に走りかねない様な気がします。

聴覚を失って初めて、彼らの「心」を体験できた。

ーー

この頃、私は、自分の体験が、神意によるのではないかと、思えるようになりました。

ーー

歴史に名を残した人の中にも身障者だった人がいるようです。

人に秀でる能力は普通、他の能力を犠牲にして得られている場合が多く、秀でた能力はある意味その人の欠点でさえあることが多い。

聾唖は、触覚や視覚による推理を研ぎ澄ます。

生まれながらの盲者は、音で環境を見るように理解することができるようになる。

ーー

生涯を通しての障害を克服し、むしろ健常者以上の能力を発揮した姿は、障碍者にとっての希望の灯火に成ると思う。

ーー

この「聲の形」は、障碍者の孤独を連想させる部分が、文脈を通して伝わってきます。

この作者(大今良時氏)は、その孤独についての経験があるのかなぁ、と推測します。

それも女史の19歳の多感な時の作品なので、この作品を書くことがなければ恐らく精神を病んでいたかもしれない。

ーー

パラリンピックが、注目される様になって、健常者の選手と同じレベルで、評価される様になっています。

今、身障者が、「俺たちも生きて居るんだ」と声を上げ始めて居る様に思います。

我々の生きている時代が身障者にとても優しくなったからだと、私には、思えてなりません。

ーー

しかし一方では、TVに障碍者の映像を流すと、「気持ち悪い」、「こんなものを賛美する等、偽善で醜悪だ」と言った意見を言う人もいます。

ーー

人類の歴史の中で、身障者に光が当てられたことは、今迄に無かった事です。

私は、身障者に優しい現状を見るにつけ、やがてこの地球上から、貧困・差別・暴力そして戦争を無くす為に、世界中が覚醒する日が来ると、信じられるようになりました。

ーー

障碍者であろうと、健常者であろうと、人々の間には、「他者」と言う壁が存在して居ます。

有史以来、人が生きていく為には、その壁を超え他者に自分の思いを伝える必要があった。

何故なら人は一人では、何も成し得ないからです。

ーー

その壁を超えて、他者と心が通いあった時、大抵の人は抱えて居た孤独から解放されます。

譬え、一瞬だったとしても、他者の存在が深く心に刻まれる場合が多い。

心が通じ合える社会にする。

「心を通じ合わせなさい」というのが、人に与えられた使命なのではないでしょうか。

2018年10月18日 (木)

AIKOが歌う「恋をしたのは」は素晴らしい

以前にアニメ映画「聲(こえ)の形」の物語を西宮の視点から短く書いた。

ーー物語はじめ

私(西宮硝子)は、将也(しょうや、石田将也)を花火見物に誘った。

私が決心をして将也に「好き」と言ったのに将也は理解できなかった。

将也は、自分が小6の時に(聾唖の)私をいじめたことに罪悪感を持っていて、その贖罪のために私と付き合ってくれているだけなのだ。

やはり私は将也からは求められてはいない。

ーー

私の存在は、このままだと将也を不幸にするばかりだ。

ーー

将也を不幸にするくらいなら、死にたい。

偶然私をいつも監視している母と妹の結絃(ゆずる)がいない。

それで私は、自宅マンションに帰り、ベランダから飛び降りた。

花火が私の体を明るく照らし出した。

ーー

ところが、ベランダから飛び降りたその瞬間に、私の右手が力いっぱい捕まえられてしまったのだった。

見上げると将也の顔があった。

今まで見たこともないような真剣な表情だった。

ーー

俺は絶対に君を死なせはしない。

死なないでほしい、という将也の叫び声が聞こえた。

確かに私にはそう聞こえた。

私は我に返った。

死んではいけないと左手でベランダの縁を必死になってつかんだ。

左手に力を入れると、身体がふっと持ち上げられ、その瞬間に、将也の体が落下した。

ーー

外でこれを見ていた人がマンションにやってきて私を引き上げてくれた。

(私を将也と一緒になっていじめていた島田君たちだった)

私の代わりに落下した将也の姿は暗くて見えず、救急車が呼ばれ将也は病院へと搬送された。

ーー

将也は運ばれた水門市立病院で昏睡状態なのだという。

ーー

私の考えはおそらく間違っていた。

将也やその他の人たちが作り上げたものを破壊したのは自分だが、それは修復可能なのかもしれない。

自分がするべきことは、死ぬことではなく、破壊された環境を自分の手で修復することなのだ。

ーー

私は、小6の同級生で私や将也をいじめたことで、生活環境を破壊されたと感じている人たち一人ひとりを訪ね、修復したいと言い和解を求めた。

私を拒絶していた植野さんには何度も会いに行ってとうとう話し合うことができた。

残るは昏睡からまだ覚めていない将也だけだ。

将也とは、まだちゃんと話せていないのだ。

ーー

そして私は、夢の中で将也と話をしていた。

夢の中の将也は、「もう火曜日は終わる、じゃあまた」といつものように言って、後(うし)ろ姿を見せた。

私は、将也がこのまま死ぬのではないかと思い飛び起きた。

そして、早朝の町を駆けて私が行くといつも将也がいた水門橋へ急いだ。

ーー

橋に着くと欄干を持ち、私は大声を出して、何度も泣いた。

将也、死なないでほしい。

このままでは私は本当に不幸をもたらす女のままになってしまう。

ーー

私の涙が枯れかかったとき、欄干にかすかな振動を感じた。

見ると、そこに欄干につかまって入院ガウンを着た将也が立っていた。

私は、将也の幽霊が現れたのかと疑った。

近づいて人差し指で触れてみた。

生きている、将也だった、ああ将也、私は心の中で絶叫していた。

将也は「俺はほぼ元気だ」と言った。

ーー

その将也は、真剣な顔で、私を見つめ、そしていじめたことをどうか許してほしいと初めて謝ったのだ。

そして俺は多くの人を巻き込んでその人たちの生活環境を変えてしまった。

それら多くの人たちにも謝るつもりだ、といった。

それから近づいてきて、私の手を重ねて自分の手を添え、俺の「生きるのを手伝ってほしい」といったのだった。

ーー

ああ将也、私は小6の時何度も将也に「友達になってほしい」と頼んだ。

私に代わっていじめられるようになった将也は無抵抗にいじめを受けていた。

それは私に対する罪悪感があって、罰を受けるのは当然だと考えていたからだと私には分かっていた。

将也を非難する机の落書きを私が消していると将也がやってきて、「気持ち悪い、どうしてそんなことをするんだ」と言って私に飛び掛かってきたことがあった。

小6の将也の表情は、俺はいじめられて当然の人間なんだ放って置いてくれと言っていた。

ーー

私はずっとそんなひたむきな将也が好きだった。

私も、将也の手にかみつき、将也に馬乗りになって「これでも(将也のために何かしたいと)頑張っている」と懸命に声に出して言った。

そんなことをしたのは将也に対してだけだ。

ーー

その大好きだった将也が高2になって私の前に現れた時には、私は心底驚き、どうしていいのかわからず思わず逃げた。

そして将也が手話を覚えていて、私に「友達になってほしい」と言った時には涙が噴き出した。

将也はその時やっと、私が何度も将也に言おうとしていたことを理解したようだった。

ーー

しかも将也は、筆談帳を忘れ物だと言って渡してくれた。

それは悪意ある書き込みの中にも将也との思いでがいっぱい詰まっている私の宝物だった。

いくら探しても見つけられなかった。

それを将也は手元に置き5年間も保存していてくれた。

そう思うとこの筆談帳は一層いとおしい。

ーー

好きだと将也に言えたのは、その後、髪の毛をポニーテイルにしてそう言う決心をして水門橋へ行った時の事だった。

ポニーテイルにした私を見た結絃(ゆずる)が、将也に見せようとして、メイルmailをして将也が来るように仕組んでいた。

(結絃(ゆずる)は硝子の妹)

しかし将也は理解してくれなかった。

というよりも将也は自分には私から好かれる資格などないと考えていたからであることが今ではわかる。

ーー

私は、将也が「生きるのを手伝ってほしい」などといってくれるなどとは思いもしなかった。

「生きるのを手伝ってほしい」のは私の方だ。

私は、将也のことが本当に好きだ、将也となら人生を切り開いていける。

私は、将也をまっすぐに見て、手伝うと約束した。

ーー終わり

そこでAIKOが歌う「恋をしたのは」を聞くと西宮の気持ちを表現していて、素晴らしい。

是非クリックして聞いてほしい。

1980年代に宮崎駿と久石譲が作り上げた音楽はどちらかというと西洋風のものだった。

それが2016年になって新海誠とRADWIMPS、山田尚子とAIKOが作り上げた音楽はどうやら世界で日本でしか聞けないとも言うべきものになっている。

日本では音楽を聞く人が爆発的に増えたために西洋から持ってくるような安易な楽曲の作り方ではもう日本人の耳を満足させることができなくなったのだろう。

ーー「恋をしたのは」の歌詞、括弧は縦椅子

Ah…恋をしたのは(いつからか 泣いたのは何度目か)

今降るこの雨遠くは晴れている

だからすぐに会えるね

止めば乾いてそして星が降るから

お願い(会えますように)

一枚一枚増える色の(感情)

違う写真めくるように

伝えたかったことは

今も昔もずっと同じままだよ

Darling

迷わぬよう歩いていける

たったひとつの道標(みちしるべ)

ーー

ねぇ前向いて

私はここにいるでしょ?

だからもう泣かないで

心が割れた時も特別な日々を くれた

些細に掛け違えた赤色(いかり)

あの日の廊下の白色(悲しみ)

初めても最後も

今も舞う花びらに刻み送るよ

Darling

落ちる雨に映る

二人 世界は誰も知らない

Ah…恋をしたのは

いつからか 泣いたのは何度目か

数えると夜が明けるわ

困るな

Darling

ーー

伝えたかったことは

今も昔もずっと同じままだよ

Darling

迷わぬよう歩いていける

たったひとつの道標(みちしるべ)

ーー

2018年10月13日 (土)

見上げると空には虹がかかっていた

新海誠監督の特筆すべき作品の中に、アニメ映画「君の名は。」ともう一つ、「言の葉の庭(ことのはのにわ)」がある。

2012年12月24日新海誠監督は「新作アニメーション『言の葉の庭』によせて、思うこと」として、およそ次のように書いている。

ーー

初めて「恋」の物語を作っている。

すくなくとも自分の過去作では描いてこなかった感情を、本作ではアニメーション映画の中に込めたいと思っている。

企画を立ち上げる時に思い出していたのは、例えば次のようなことだ。

ーー

この世界には文字よりも前にまず、当たり前のことだけれど、話し言葉があった。

万葉の時代、日本人は漢字を自分たちの言葉である大和言葉の発音に次々に当てはめていった。

たとえば「春」は「波流」などと書いたし、「菫(すみれ)」は「須美礼」と書いたりした。

現在の「春」や「菫」という文字に固定される前の、活き活きとした絵画性とも言えるような情景がその表記には宿っている。

ーー

そして、男女が互いに相手を思う「こひし」という感情については「孤悲(こひ)」と書いた。

漢字からは一人でいると悲しいという感情を表そうとしたことがわかる。

7世紀の万葉人たち、我々の祖先が、恋という現象に何を見ていたかがよく分かる。

ーー

ちなみに子育てをし日常生活を共にすることを無視した「恋愛」は近代になってから西洋から輸入された概念である。

ーー

かつて日本にあった、「孤悲(こひ)」。

本作「言の葉の庭」の舞台は現代だが、描くのはそのような「孤悲(こひ)」、愛に至る以前の、孤独に誰かを希求するしかない感情の物語だ。

誰かとの愛も絆も約束もなく、その遙か手前で立ちすくんでいる個人を描きたい。

現時点ではまだそれ以上のことはお伝えできないけれど、すくなくとも「孤悲」を抱えている(いた)人を力づけることが叶うような作品を目指している。

ーー抜粋引用ここまで

「言の葉の庭」の話を読者に共有してもらうために超短編仕立てにしてみた。

ただし物語の内容を少し変えて、雪野百香里(ゆきのゆかり、声・花澤香菜)先生の視点で組み立てた。

ーー以下「言の葉の庭」

私が何をしたのというのか。

男子生徒の一人が私に恋をしたのだという。

しかし、私には身に覚えのないことだった。

後で分かったのはその男子生徒に恋する女子生徒がいて私の悪口を広めたらしい。

ーー

高校で古文を教えていたのだが、噂は生徒のうちに広まり、生徒の親たちもそれを問題にした。

授業も好奇の目で見る生徒の中では成り立たなくなった。

同僚にも相談したが彼らにも生活があるので私個人のことで振り回すわけにはいかない。

学校も表ざたになるのを恐れて、私の何もないという主張を却下し、退職を迫った。

ーー

私は孤立し、その理不尽に心身ともに病んだ。

ビールとチョコレートしか味覚を感じなくなり、学校へ行こうとすると足がもつれるようになってしまったのだ。

ーー

ある雨の日、学校へ行こうとしたが、どうしても体と心が動かない。

それで登校(出勤)途中の新宿御苑前駅で下車し、新宿御苑で過ごすことにした。

丁度、屋根のある休憩所・東屋(あずまや)があった。

この自然豊かな環境は、孤立し、体と心を病んでいる自分を元に戻すのを、一人で歩けるようになるのを助けてくれるように思えた。

そこでビールをのみ、チョコレートを食べ本を読んで過ごすことにした。

ーー

こうした生活を続けていた時、私が勤務する学校章の付いたシャツを着た男の子が、同じ東屋にやってくるようになった。

その生徒は雨の日の午前中だけ、ここで何やらノートにひとしきり書いてそれから登校しているようだった。

私がビールを飲みチョコレートを食べるのを不思議そうに横目で見ている。

彼が落とした消しゴムが私の方に転がってきたので拾って渡してやると、礼を言い、私のたべものでは身体を悪くすると心配してくれた。

そのことがきっかけで、お互い言葉を交わすようになったが、私は、自分が古文の教師をしていることを示すために、彼に万葉集・人麻呂作の和歌を提示してみた。

ーー

雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留(とど)めむ

(雷が鳴り響き雨でも降ってくれないであろうか、 そうすれば、あなたをこの場に引き止めることができるのに)

私の悪いうわさはもう学校中で知られている。

彼が学校で友人か誰かに、この歌のことを尋ねれば、彼は私の素性を知るはず。

しかし、その男子生徒は、その後も、私が彼の通っている学校の教師であると気づいた様子はなかった。

ーー

何時(いつ)しか私は、その男子生徒との会話を楽しみにし、雨の日を待ち望むようになっていた。

教師であることも忘れることができた。

そうしているうちに味覚もすこしずつだが戻って来た。

ーー

久しぶりに弁当を作って東屋に行くと、彼も自分で作ったという弁当を持ってきていて、余分に作ったのでどうぞという。

まだ味覚が完全ではないので、作った料理がおいしいはずはない。

私が作ったおかずをつまんで、彼は、まあそれなりにうまいと言った。

ーー

27歳になっても私にとって男性は、どこまでも謎のままだ。

付き合った男性はいたが、相手の立場や考えを理解しえないまま、分からずじまいで別れた。

これはお互い分かり合うことがなかったと考えるべきだろう。

この男子生徒と話していると、私の精神が15歳のままで止まっているように思えた。

相手を思いやることも、現状を理解し対処する賢(かしこ)さも、この男子生徒以上だとは思えないのだ。

ーー

ある雨の日に、彼のノートを覗き込んだ。

彼は、見ないでほしいと言い、隠そうとしたが、見たところ女ものの靴をいくつも描いていた。

彼は、将来、靴職人になりたいのだといった。

母子家庭育ちで彼には働いている歳の離れた兄が一人いるらしい。

そして料理等の家事をこなし、靴作りの専門学校に行くため毎日のようにバイトをしてお金を貯めているのだと言った。

それで友達に和歌のことを聞く時間がなかったのだと思えた。

ーー

彼とこんな会話をするうちに彼が作ってくれた弁当の味がわかるようになった。

私も彼の役に立ちたいと思い「靴を手作りする」教本を買い入れた。

それを渡すと、その本のことを知っていて、欲しかったが洋書で高価なため買えなかったのだと言い感激しつつ礼を言った。

ーー

ある雨の日、私が一人ではまだ歩く自信がないと言っていたのを覚えていたのだろう。

彼は、私が歩きたくなるような靴を作ってあげると言って、足を測らせて欲しいと言った。

彼が私の足に触れ測りだすと晴れてきた。

彼は、足型をとり、カバンから道具を取り出して、丁寧に靴づくりに必要な部位の計測をした。

ーー

梅雨が明け、晴れの日が続き、彼に会えない日が続く。

そして長い夏休みが過ぎた。

私は、学校を辞め故郷である四国に帰る決心をし、その準備をしていた。

ーー

それはある晴れの日のことだった。

彼が久しぶりに東屋にやってきて、歌を返したのだ。

雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留らぬ 妹し留めば

(たとえ、雷が鳴り響いたり雨が降らずとも あなたが引き留めるなら私はここにいる)

そして彼は、私が自分の高校の古文の教師をしていて学校を辞めざるを得ない状況にあることを知ったと言った。

ーー

急に嵐のような風と共に雨が降り出し、二人はびしょぬれになった。

私は、彼を自分の部屋に誘い、着替えさせ、着ていたものを乾かしてあげた。

私が彼のシャツにアイロンを当てている間に、彼は昼食を作ってくれた。

二人で会話をしながら食事をしコーヒーを飲んでいるとき、私は、今までの人生の中で最も幸せだと感じた。

すると彼は、「僕は雪野さんのことが好きなんだと思う」といった。

ーー

私と彼はまさに教師と男子生徒との恋という許されない関係になろうとしている。

心臓が破裂するかと思ったが我に返った。

彼が私のことを教師だと認識した以上、教師としてふるまわなければならない。

「雪野さんではなく、雪野先生でしょう」と言ってしまった。

そして学校は退職したこと、二週間後には、四国の実家に帰るつもりをしているといった。

彼は悲しそうな顔をして、僕はこれで帰りますと言い、着替えをして、礼を言い帰っていった。

ーー

一人残された私の心に、楽しかった雨の日の二人の逢瀬(おうせ、二人が会っていたとき)が思い出された。

私は急いではだしのままなのも構わず追いかけた。

どうしても彼に会って言っておかなくてはならないと思ったのだ。

彼をここのまま帰すわけにはいかない。

ーー

彼は階段の踊り場で外を見ながら雨が小降りになるのを待っていた。

ーー

私の足音に気づいて彼は振り返り、私を見つけると彼は、僕は雪野さんが嫌いだと言った。

あなたはずっと前から僕が生徒であることを知っていた。

僕にばかりしゃべらせて、内心馬鹿にしていた。

だから僕の気持ちを受け入れられない。

あなたは、教師であることを言わなかった、自分の気持ちを相手に添わせることもなかった。

あなたはずっと一人で生きていくしかないんだ。

ーー

私は自分が教師であることを忘れた。

彼に飛びつき抱きしめて、教師であることを言えなかったのは会えなくなることを恐れたためであったこと、

そして彼の存在があったからこそ一人で歩けるようになったことを告げた。

彼は私を強く抱きしめると、私の言葉に納得したといい、もう小降りになったからと言って帰っていった。

雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留らぬ 妹し留めば

と返歌してきた彼に、私は、居てほしいとは言わなかった、言えなかったのだ。

見上げると空には虹がかかっていた。

2018年10月 6日 (土)

「君の名は。」の中で歌われる「何でもにないや」をわかるように編集してみた

井上陽水の(わたしのこころはなつもよう)でおわる「少年時代」の歌詞は全体としては全く意味不明だ。

しかし歌われている曲を聞けば、聴衆は、陽水の少年時代を生き生きと感じることができる。

「君の名は。」で三葉の声を演じていた上白石萌音(かみしらいしもね)が歌う、RADWIMPSの 「なんでもないや 」の歌詞も、全体としては・意味不明なのである。

ーー歌われる場面の説明

主人公の一人・瀧(たき)が、もう一人の主人公である三葉(みつは)に会いに行く。

しかし瀧に見覚えのある三葉の住む町は、3年前に落下した隕石に直撃され潰滅していたのだった。

その時、5百人を超える住人が亡くなっていたことを知る。

瀧は記憶の中から、三葉と入れ替わっていた時に訪れたことのある宮水神社の御神体のある場所へ行く。

御神体は確かに存在した。

三葉の祖母・一葉から、御神体を囲む水堀を超えれば・あの世だという話を思い出す。

ご神体に供えられていた三葉の作った口噛み酒を呑む。

口噛み酒は三葉の半身であり、瀧は3年前隕石が落ちる前のまだ生きている三葉と入れ替わることができた。

そして住人(三葉も)たちを隕石の落下による破壊から救う。

この曲「何でもないや」は、その時に歌われる。

ーー以下歌詞

二人の間 通り過ぎた風は どこから寂しさを運んできたの 泣いたりしたそのあとの空は やけに透き通っていたりしたんだ

いつもは尖ってた父の言葉が 今日は暖かく感じました

優しさも笑顔も夢の語り方も 知らなくて全部 君を真似たよ

もう少しだけでいい あと少しだけでいい もう少しだけでいいから もう少しだけでいい あと少しだけでいい もう少しだけ くっついていようか

僕らタイムフライヤー 時を駆け上がるクライマー 時のかくれんぼ はぐれっこはもういやなんだ 嬉しくて泣くのは 悲しくて笑うのは 君の心が 君を追い越したんだよ

星にまで願って 手にいれたオモチャも 部屋の隅っこに今 転がってる 叶えたい夢も 今日で100個できたよ たった一つといつか 交換こしよう

いつもは喋らないあの子に今日は 放課後「また明日」と声をかけた 慣れないこともたまにならいいね

特にあなたが 隣にいたら もう少しだけでいい あと少しだけでいい もう少しだけでいいから もう少しだけでいい あと少しだけでいい もう少しだけくっついていようよ

僕らタイムフライヤー 君を知っていたんだ 僕が 僕の名前を 覚えるよりずっと前に

君のいない 世界にも 何かの意味はきっとあって でも君のいない 世界など 夏休みのない 八月のよう 君のいない 世界など 笑うことない サンタのよう 君のいない 世界など

僕らタイムフライヤー 時を駆け上がるクライマー 時のかくれんぼ はぐれっこはもういやなんだ

なんでもないや やっぱりなんでもないや 今から行くよ 僕らタイムフライヤー 時を駆け上がるクライマー 時のかくれんぼ はぐれっこ はもういいよ

君は派手なクライヤー(泣き虫) その涙 止めてみたいな だけど 君は拒んだ 零れるままの涙を見てわかった 嬉しくて泣くのは 悲しくて 笑うのは 僕の心が 僕を追い越したんだよ

ーー歌詞ここまで

曲を聞くと、意味が分かる気がするが、やはり全体として何が言いたいのか意味がよくわからない。

視聴者も素晴らしいと絶賛する一方で、意味が分からないと疑問符をつける者がいる。

それで曲を聞かなくでも歌詞がわかるように編集してみた。

映画の中で「俺」と自称している瀧に歌わせる。

ーー以下抜粋編集

君に会うまで優しさも笑顔も夢の語り方も知らなかった

君のことはずっと前から知っていたのに

君にはもう会えないと気付かされた時

寂しさに襲われひとしきり泣いた

そのあと見上げると空がやけに透き通っていたりしたんだ

ーー

君のいない世界なんて考えられない

はなればなれはもういやなんだ

そして嬉しくて泣き悲しくて笑うなんて

星にまで願った叶えたい夢の中の最上のもの

君が隣にいてほしいと

ーー

少しだけでいい あと少しだけでいい

もう少しだけ くっついていようか

少しだけでいい あと少しだけでいい

もう少しだけくっついていようよ

ーー

君もはなればなれを拒(こば)んだ 

零(こぼ)れる君の涙を見てわかった

俺の右手首には君が身に着けていた組み紐があるよ 

心が体を追い越して時を駆ける俺たち

何でもないや やっぱりなんでもないや 今から行くよ

2018年9月28日 (金)

三葉が三年前に死んでいるからこそ、カタワレ時に二人は会うことができた

ネット上で、RADWIMPSが歌う「前前前世」 が世界中で再生視聴され続けている。

再生回数は1.9億回を超えた。

2016年9月に公開された「君の名は。」をご覧になっていない方は、大げさで不可解な表現と思われることだろう。

ご覧になった方は、以下の歌詞に思い当たるところがあって心打たれると思う。

ーー以下抜粋一部編集

「遅いよ」と怒る君
これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよ

君の髪や瞳を見るだけで胸が痛いよ
同じ時を吸いこんで離したくないよ

遥か昔から知る その声に
はじめて出会って 何を言えばいい?

銀河何個分かの 果てに出逢えた
その手を壊さず どう握ったらいい?

前前前世から僕は 君を探しはじめたよ
その騒がしい声と涙をめがけ やってきたんだよ

君の前前前世から僕は 君を探しはじめたよ
そのぶきっちょな笑いかたをめがけて やってきたんだよ

君が全部なくなって チリヂリになくなっても
もう迷わない また1から探しはじめるさ
この歌を口ずさみながら

ーー以下「megamarsunブログ」より抜粋編集

これから、アニメ映画「君の名は。」が、深みのある背景を持つ歴史に残るべき傑作だと言う話をしたいと思います。

まず、この作品は、「科学の知見に基づく話SF」の枠組みをもった作品であるということです。

しかし、新海さんは、SFお宅であり、一般の人に娯楽作品としてSF作品を提供するには、かなり噛み砕いて出さないといけないという認識があった。

(と私は考えています)

ーー

SF作品は、一般の人には難解なので、たくさんの人に見てもらえない。

そのため科学的正しさについては控えめな作品となった。

つくり手が意図的に科学の難しい議論を控えた作品といえるでしょう。

ーー

そこに科学的に起こりえないなどと突っ込むのは野暮というものです。

ーー

この作品では、糸守(いともり)という架空の町を彗星(すいせい)の一部が直撃し破壊します。

その時の死者数が500人という数字だった事を疑問に思いませんでしたか?

小学校から高校まである町が一つ消えたならもっと死者の数が多くても良いはずです。

そもそも糸守は架空の町ですから、人数は自由に設定できたはずです。

この数字には理由があります。

ーー

3.11の震災がこの作品に影響を与えたことについて、監督は、「震災を意識してないことはない」と述べている。

むしろ、12歳〜13歳くらいの体験からの影響が強いと、NHKでの川上未映子さんとの対談で語っている。

(監督の愛読書のひとつが、コニー・ウィリスのSF作品「航路」であり、著者がタイタニック事件とヒンデンブルク号事件の同時代を生きたことが著作の動機になっています)

ーー

1973年生まれの新海監督が12〜13歳の頃といえば、1985年〜1986年です。

他にもあるかもしれませんが、次の3つが起こっているのです。

・1985年8月 日本航空機123便墜落事故(死者520名)
・1986年 ハレー彗星が76年ぶりの地球接近
・1986年1月 チャレンジャー号爆発事故  

ーー

映画をみた人は、二回目に観るときにこれらの事件を重ねて観て下さい。

ーー

なぜ、三葉(みつは)と瀧(たき)の二人は入れ替わったのか?

男女の入れ替わりについては、監督が記者会見で「入れ替わりは物語の導入のための仕掛けであって、入れ替わりである必要は無かった」と述べている。

そして三葉にはある能力が設定されている。

三葉には祖先から伝えられた巫女(みこ)の能力、時空を超えて他人の脳に干渉できる力がある、と。

その能力が、入れ替わりとして現れたという事になります。

ーー

なお、その能力が現れる条件が設定されていることが映画からわかります。

それは二人が実際に出会い、身につけていたもの等を相手に渡す事です。

二人が、始めて出会うのは、三葉が高2、瀧が中2の時です。

その時三葉は瀧に「身につけていた組紐(くみひも)」を手渡した。

このような物理的接触があったから、入れ替わりが生じたのです。

ーー

ちゃんとした理由があって入れ替わりが生じたという話になっているのです。

ーー

映画の中の時間の関係は以下のようになっています。

彗星落下の前日、高2の三葉が中2の瀧に会って組紐を手渡す。

(巫女能力によって、この出来事についての瀧の記憶は消える)

3年後、高2の三葉と高2の瀧が入れ替わる。

彗星落下3年後以後、三葉と瀧の入れ替わりが起こらなくなり、瀧が糸守に居るはずの三葉に会いに行く。

3年後カタワレ時に三葉(死んでいる)は、瀧と入れ替わり、彗星の一部が糸守町を破壊したのを見る。

そして3年前の彗星がまだ落下していない、三葉がまだ生きている時間へと移動する。

ーー

「まだ出会ったことの無い誰かを探している」という三葉の台詞(せりふ)は、「相手を知らないままに東京に行って瀧に出会った」ということです。

映画を見ている観客は、入れ替わりがあった後に三葉が、瀧に会いに東京に行ったと思った(思わされた)。

しかし二人が会った時、三葉は高2であり、瀧は中2だった(瀧の背が低いことで分かる)。

実際瀧は「お前誰?」と、三葉に言い、三葉のことを知らなかったことがわかる。

ーー

本来知らない瀧を認識できたのは、三葉の持つ巫女能力によるものなのでしょう。

ーー

瀧も三葉もおなじようにお互いを探していますが、実際には三葉の能力に感化された瀧という関係になっているわけです。

つまり巫女能力の設定によってタイム・パラドックス(過去の出来事を改変した結果、因果律に矛盾をきたすこと)は解消されるのです。

ーー

なぜ最後に父親を「隕石の直撃から町民を救うように」説得できたのか?

この部分はかなりぼかしてあるので、多くの人が疑問に思ったと思います。

映画から分かるのは、三葉の中身が別人(隕石が落下した後の時間で生活している瀧)であることを、祖母と父親が見破ったという描写があるところです。

巫女能力による「入れ替わりであること」を二人は知っていたのです。

ーー

とくに父親は、妻(三葉の母親)の死が、彗星と関係していることを悟り、三葉が瀧から三葉に戻っていたため、三葉の話を信じたと考えられます。

(隕石が落下した後の時間へ移動した三葉は、彗星の一部が糸守町を破壊した事実を見ている)

そして、町の住人を救おうとして奔走し、ようやく町長(父親)のもとにたどり着く。

映画ではそんな三葉の真剣な表情が映し出されます。

ーー

しかも何の代償もなく糸守町が救われたわけではなかった。

映画からは、瀧が三葉の時間へと移動した時に瀧が見る「三葉の母親の死の光景」から、推測出来ます。

そのとき父親が「(三葉の母を)救えなかった」と言う、この台詞によって、観客は、代償が払われたと思わせられる。

ーー

糸守湖が隕石湖であることをテッシー(坊主頭の兄ちゃん)が指摘する場面があります。

しかしまあ、同じ場所に彗星が分裂してその一部が隕石となって落ちるなんて、不思議な話です。

テッシーが、並行世界を記述しているムーを愛読しているのは、そんな不思議な話を信じてしまう協力者として描写するためでしょう。

ーー

ここは現実味がなさすぎ、不思議な話(オカルト)すぎる!

この作品は純粋なSFではありませんので、ここを現実味の欠如として指摘するのは野暮ってものです。

それでも、どうしても気になる人に解説しておくと、一応この彗星の正体を示唆する設定があります。

ーー

外伝小説の題が、『君の名は。Another Side:Earthbound』、Earthboundとは、【〈宇宙船など〉地球に向かっている】という意味だそうです。

彗星が、宇宙船であるという裏設定は、もっと大きな時間軸から由来すると思われます。

ーー

この作品が「都市と星」という1956年にアーサー・C・クラークというSF界の巨匠によって書かれた小説の枠組みをもっていると考えられるからです。

ーー

「都市と星」は、10億年後の世界を描いた話です。

かつて銀河を支配した人類はすでに衰退して、宇宙を捨て地球の一つの都市に引きこもって暮らしています。

人類は不死を実現しており、作者は不死を実現した人類には、男女の愛は不要だと言う。

そして作者は愛情というのは、哺乳類がもつ特別な感情と定義します。

ーー

不死の人類は、子供を生むことがありません(作中ではへそがないと表現されています)。

不死を実現した人類は、データとして肉体を保存し、データから肉体を再現させます。

セックスだけは形骸的にのこっていますが、それには子供を生み二人で育てるという意味は有りません。

ーー

主人公であるアルヴィン少年(見た目は青年)は、とても好奇心の強い人間です。

アルヴィンは、「不死を実現した人類には、男女の愛は不要だ」と言う事実を、まだ子供を生む能力を有し、死を受け入れている外の世界に住む人々と出会うことで知る。

そして彼は健気で可愛くて聡明で彼を愛している幼馴染の美少女アリストラに対する興味を失ってしまうのです。

ーー

そんな小説を書いたアーサー・C・クラークについて新海さんは日記に書いている。

ーー(2008年3月20日の日記より引用)

それから。アーサー・C・クラークが亡くなったのですね。

いつかはそういう日が来るというのは分かるのですが、でもとても残念です。

僕は中学生の時にテレビの深夜放送でたまたま『2001年』を観て、そこで描かれていることの意味をどうしても理解したくて、クラークの小説版を何度も読み返しました。

『太陽系最後の日』や『幼年期の終わり』や『都市と星』や『宇宙のランデヴー』、そういった作品群を初めて読んだときの興奮は今でも覚えています。

僕の「ほしのこえ」という作品の英語タイトルである「The voices of a distant star」は、クラークの『遙かなる地球の歌 The Songs of Distant Earth』からいただきました。

そういえば「秒速5センチメートル」のロケハンで種子島に滞在していたときに、僕は毎晩寝る前に『都市と星』を読み直していました。

砂漠に哀しくも雄々しくそびえるダイアスパーの塔。

その姿は今でも強い憧憬の対象です。

ーー引用終わり

注目すべき点は、「秒速5センチメートル」を作ってる時に、何度も「都市と星」を読み直したという部分でしょう。

これって、「秒速5センチメートル」で主人公が自分を愛してくれる女性に興味を失ってしまうという話にそっくりじゃないですか?

ーー

それでは、具体的にアリストラが最後どうなったか、小説の引用で観てみましょう。

ーー新訳版「都市と星」本文より引用

アリストラは、去っていくアルヴィンの背中を見送った。

さびしくはあったものの、もう胸がつぶれそうなほどの悲しみに苦しむことはなくなるような気がした。

いまならわかる。

自分はアルヴィンを失うわけではない。

なぜなら、いまだかつて、いちどたりとも自分のものだったためしがないからだ。

その事実を受け入れるとともに、けっして報われない愛を失うことへの悲しみから、アリストラは脱けだせそうな気がした。

ーー引用終わり

まわりくどい描き方になってますが、物語を三分の一ほど残して、女性主人公アリストラが消えてしまう。

ーー

「秒速5センチメートル」では、「なんで恋愛ものであんなに非道(ひど)い終わりをつくるんだ!」と怒った人も多かったと思います。

しかしそれぞれの愛が成就しないが故に観客の脳内にもやもやといつまでも残る。

監督は、成就しないがゆえの強烈な「恋愛(ロマンチック・ラブ)」に憧れがあるんだと思います...

ーー

「都市と星」の影響だとして、まず、最初にわたしが気がついたのはつぎの台詞(せりふ)です。

「東京だっていつ消えてしまうかわからないと思うんです」

映画の終わりの方で、瀧が就職活動の面接でこう言う。

ーー

「都市と星」では、人類は歴史上はじめて、永遠に滅びない都市の建造に成功します。

しかし、それは、もともと都市というものは、いつか消えてしまうものだという前提があって出てきたSF的な夢なのです。

逆に考えれば、どんな都市もいつかは消えるというのが、「都市と星」の主張なのです。

ーー

そのうえ、「都市と星」と「君の名は。」に構造的な類似点を見出す事ができます。

まず、東京と、糸守ですが、これは、「都市と星」におけるダイアスパーとリスです。

ダイアスパーは不死の人が住む都市で、リスは昔ながらの暮らしをする人が住む田舎です。

ーー

リスは田舎ですが、この10億年でダイアスパーの人とは違った進化をしており、テレパシーで人をあやつる能力をもっています。

ーー

そうです、糸守の巫女能力は、リスの人がもっているテレパシーの能力が元ネタになっています。

さらに、御神体のある場所ですが、これも「都市と星」に似た場所がでてきます。

糸守の御神体がある場所ですが、都市と星では、リスの近くにあるシャルミレインという聖地のような場所に相当します。

シャルミレインも糸守の御神体も同じように、外輪山に囲まれた場所なのです。

ーー

このシャルミレインは、「都市と星」では、かつて人類が宇宙の外敵と最後の戦いをした伝説の場所という設定になっています。

しかしその真実は、地球に落下してきた月を破壊するための兵器があった場所という事が後になってわかります。

そうです!糸守に落ちる隕石の元ネタは、「都市と星」における月の落下だったのですね。

ーー

物語としては、「都市と星」と「君の名は。」は全く違っています。

が、舞台やSF的な設定に「都市と星」にかなりの憧憬(オマージュ)をこめてそれから採用した点が見受けられるのです。

ーー

瀧が三年前に死んだ三葉を追って、口噛み酒を飲んで時間移動する場面があります。

これは、先にも説明したとおり、三葉の巫女能力によるものです。

なぜ瀧は三葉の口噛み酒を飲めば時間移動が可能だと考えることができたのか。

というも三葉の口噛み酒を奉納したのが、瀧(の三葉)であり、その時、結びの概念について、一葉から説明を受けていたからです。

とまあ、このあたりは流石(さすが)に普通に観ていても分かると思います。

ーー

そして二人は黄昏(たそがれ)時になって始めて出会い、お互いを確認することができた。

そのカタワレ時(糸守町の方言)は、あの世とこの世がつながる時間、「人ではないものに出会うかもしれない時間とされています」と。

冒頭で、「言(こと)の葉の庭」に出ていた雪野(ゆきの)先生によって説明されています。

また、御神体のある場所が「あの世」にあり、瀧が水堀になっている・この世との境を越え「あの世」に足を踏み入れたことも示唆されています。

瀧は「あの世」に居た三葉と入れ替わったのです。

ーー

三葉が三年前に死んでいるからこそ、カタワレ時に二人は会うことができた。

ーー

この作品の時間移動は、巫女能力によるものであり、SF的な時間移動ではありません。

ですので、このあたりをSF的に突っ込むのは野暮というものです。

人の心というのは、物質ではありませんので、時空を超える可能性は、SF的にもなかなかおもしろい視点だと思います。

ーー

とはいえ、ふたりはカタワレ時に、組紐を返したり(これで入れ替わりができなくなる)、マジックペンでお互いの手に文字を書くという物理的接触までしています。

そして忘れないように名前を書いておこうと言って、瀧は三葉の掌(てのひら)に「すきだ」と書く。

三葉が瀧の名前が思い出せなくなっていくので、掌を見ると「すきだ」と記されていた。

それを見て三葉は、町の人たちを救うため・生きるため(瀧に会うため)の勇気を与えられる。

このあたりはやはり、監督の観客の心をぐっと掴む腕の冴えと言うべきところでしょう。

ーー

なぜ、二人は名前を忘れてしまうのか?

「夢は夢、目覚めればいつか消えてしまう」という三葉の祖母である一葉の台詞(せりふ)があります。

じっさい夢の出来事は目が覚めると記憶から薄るれるものですが、もちろん、夢だって覚えてる事はあります。

しかし、この作品の夢というのは、単なる夢ではなく、未来の危険(隕石の落下)を人に知らせるための巫女能力だと考えられます。

ーー

そのため、もともと、宮水家の巫女には、関わった人から記憶を消すような能力があったと推測されます。

二人だけでなく、一緒に旅をした、友人の司(つかさ)や奥寺先輩の記憶も消されていた。

巫女には、その能力を隠すため(悪用されないため?)に、自らの記憶も含めて宮水に関連するすべての記憶を消す能力があったのでしょう。

ーー

終わりの方で何度もすれ違い、なかなか出会わない二人に、ドキドキしたりヤキモキした人も多いかと思います。

が、この作品の最大の奇跡は、同じ場所、同じ時間に二人が出会うことです。

そして巫女能力でお互い忘れたはずの相手を思い出したかもしれない・・・

新海作品に見られる恋人たちが結ばれないという、いつもの重い話は、三葉の母親の世代が背負ってくれたのです。

ーー

「君の名は。」には、誰にでも楽しめる分かりやすい表面上の筋書き(プロット)とは別に、緻密に計算された設定や、SF的にも新しい工夫が凝らされている。

だからこそ、これだけ多くの人に支持されていると私は思っているのです。

2020年10月
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