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恋愛

2019年8月14日 (水)

その声に振り返ったときに目が覚めました

ーー以下youtubeより抜粋編集

父は私が生まれてすぐ位に病気で亡くなり、母は私が4歳になった頃、事故死したのだと聞きました。

私には10歳上の兄がいましたが、兄と二人残されて、親戚をたらいまわしにされていたようです。

肩身の狭い思いをしていた兄は高校を出るとすぐに住み込みの働き口を見つけて出ていきました。

私が10歳になったころ、私が世話になっていた親戚の家へ兄が来て、落ち着いたので引き取りたいと言ってきました。

親戚では私をかわいがってくれていて、もめましたが、私は兄の世話になりたいと言って、兄についていきました。

それから兄と二人の貧乏生活が始まったのです。

ーー

私は二人の生活がどれほど大変なものか全くわかりませんでした。

それでいつもわがままを言い兄を困らせていました。

持ってきたランドセルが使えなくなったというと、兄は、中学生の居る家を訪ねまわってランドセルを譲ってくれないかと頼み込んで手に入れてきた。

それを私は気に入らないと言って兄を困らせたりした。

ーー

また人形が欲しい服が欲しいと言って駄々をこねたりしても、兄は困った顔をするだけで叱りはしなかった。

でも私が靴を万引きした時には、すごくしかりつけ、翌日は店に「ご迷惑をおかけしました、もう二度としませんので許してください」と謝りに行かされました。

3日後にはその靴が玄関に置いてあった。

「貧乏に負けて卑しい人間になったらあかん」

と兄は言って仕事に出かけて行った。

どうしてお金を工面したのか、きっと無理をしたのだろうと思うと、もう兄を困らせられないと思いました。

ーー

それからはわがままを言わず、すすんで兄の手伝いをするようにしました。

高校へ進学しないで働くと言うと、兄は悲しそうに私を見て、貯金通帳を見せ、お前の未来をわずかなお金のことで、壊してしまいたくはないと言った。

そこにはいつの間にかお金が貯められていた。

私が高校を卒業し勤めるころには、外食ができるほどの余裕ができていた。

ーー

そんな時に兄は事故で亡くなってしまった。

私は何日も何日も泣いて暮らしました。

そんな私を見ていた職場の少し年上の男性が、兄を失った話を根気よく聞き、共に悲しみ、慰め励ましてくれた。

やがて元気を取り戻すと、その男性を好きになっていて、相手も私を好きだと言ってくれた。

ーー

その男性との結婚が決まり、その結婚式の前夜、兄が来てくれた。

「お前が結婚か~」

とのんびりと話しだしました。

私は夢中でしゃべろうとしましたが、声が出ない。

「今日は謝りに来たんや、寂しい思いさせて、貧乏させて、本当にすまんかった」

「お前がわがままを言わんようになったときにはちょっとつらかった」

私は夢中で「謝らなあかんのは私の方や、お兄ちゃんありがとう、ランドセルも制服も学費もありがとう、靴は今も大切に持っている」と心の中で叫んでいた。

それが聞こえたのか兄の姿は掻き消えた。

ーー

それから眠りについたのか、夢を見た。

住み込み労働者にあてがわれたアパートの前で幼い私は、兄と雪だるまを作って遊んでいました。

そこには母もいて、「じぁあ行ってくるね、外は寒いからおうちに居なさい」と私のほうを見て言った。

私は何のためらいもなくうんと言って、アパートの階段を駆け上がりました。

その後ろから兄が声をかけてきた。

「おい、お前の事迷惑やなんて思たことないぞ、俺の方こそ先に死んでしもてすまんな」

その声に振り返ったときに目が覚めました。

ーー

私は、夢で見た懐かしい母や兄の元気な姿にそれこそ号泣してしまった。

鏡に映った私、花嫁の顔は、パンパンに張れていました。

花婿は私の顔を見て、後でその話を聞きたいと言ってくれた。

後日、結婚式の写真を見せながら、夫にこの話をして、どこかに兄が映っているかもしれないと言い一緒に兄を探しました。

もちろんどこにも兄は映っては居ませんでした。

今日が結婚記念日なので思い出して書きました。

2019年6月19日 (水)

妻が浮気していることが分かった

ーー以下「you tube」より抜粋編集

俺の事なんだが、高校を卒業して就職して一年、高一の頃から付き合ってきた同級生の良子(よしこ)と結婚し息子の健一もできた。

仕事は、最初は先輩に付き一から教わっていたのだが、教え方のうまい人で、良く理解できた。

そうこうしているうちに自分で工夫を加えて先輩からも一目置かれるようになった。

俺は会社の持つ特許やそれにまつわる法について関連書物を読み漁った。

自分個人の才覚や知識など知れていることがよくわかった。

ーー

それが仕事内容に深みをもたらしたのだろう、仕事ができると評価されるようになった。

すると、どんどん仕事を任されるようになり、人も金も与えられるようになった。

そうなると会社への責任が重くなり、給料は増えたものの時間が無くなる。

夜遅く帰宅することが多くなり、良子との会話も減り健一の顔を見ることさえなくなった。

ーー

将来の生活に備えて、昇給分をそのまま自社株買いに充てていた。

会社での地位に野心を持っていたからだ。

俺の企画書が評価され、事業化されることになり、部下をつけて任され成功した。

以来、多くの人が俺の企画に興味を持つようになり、地位も上がっていった。

ーー

そんな時、数枚の写真が会社宛て俺に送られてきた。

そこには、良子と男がラブホテルに入る姿が写っていた。

自社や他社の競争相手が悪意を持って送り付けたことも考えたが、すぐに真相を知るために興信所に調査を依頼した。

良子は浮気していた。

俺はいろいろ考えて家族を守ることが最適解だと考え、それに向かって行動を起こした。

ーー

まず相手の動きを封じ込めた。

相手は良子が働いていた会社の上司で有り、結婚しており子供もいる。

興信所に彼の家、妻や子供たちの写真、両親の写真と家族構成も調査してもらった。

そして離婚専門の弁護士を雇い、その情報を持ってこの弁護士と共に彼の会社へ行き面談を申し込んだ。

当然拒否してきたが、弁護士同伴であることを告げると、事情を察したようで、休みをとり面談に応じた。

ーー

俺は、これが自分宛に送られてきた写真だと見せ、彼のことも調べたことを示すために、彼の住む家や家族や両親の写真も見せた。

そして、浮気を確認したところ彼は青ざめながらそれを認めた。

認めなければ興信所の資料を出す予定だった。

そしてあらかじめ弁護士と相談し、俺への慰謝料200万円(ほぼ調査費)の支払い、良子への接近禁止、違反した場合は罰金1000万円の支払いを受け入れるという念書を用意し承諾させ、署名捺印させた。

分かれるとき、彼の耳元で、もし約束を破れば命を懸けてお前とお前の家族全員をつぶすとつぶやいておいた。

ーー

慰謝料はすぐに振り込まれた。

それから俺は、早めに仕事を終わり帰宅するようにした。

良子は驚いていたが、俺はじっくりと良子の様子を見、健一や部屋の中を見渡した。

部屋の中はきれいに整頓されていて、掃除が行き届いていた。

しかし良子の表情は何かに怯えているようで暗く、結婚当初のおっとりとした華やかな雰囲気はすっかりなくなっていた、会話もなかった。

健一はおずおずと俺の顔を見上げる。

ーー

俺は、ここ数年来良子を抱いたこともなかった。

心の中で、すまない、と心から良子と健一に謝った。

そして良子の目を見て言った。

「すまなかった、今日までは会社のために働いてきた」

「これからは家族の幸せのために働くのでどうか俺の事を見捨てないでほしい」と。

ーー

今まで自分の企画を実現するために部下を訓練し、協力してもらいやってきた。

今度は家族の幸せを実現するために家族を大切にし、協力してもらうことにした。

部下に仕事を次々と任せて、定時に勉強や仕事を終わらせるように工夫した。

そして早く帰るようにした。

ーー

始めは良子も早く帰る俺をどう扱うべきか困っていたようだが、だんだん俺がいることに慣れていった。

俺は、会社の出来事を話し、部下のことを相談し、健一のこと、健一の学校のことを聞くようにした。

そして会話をするために、食後の食器のかたずけをはじめとする家事を、なるべく邪魔にならないようにしながら手伝い、料理のできを褒めるようにした。

ーー

あるとき、

「お母さんありがとう」

「高校の時に一日中一緒に居てとても幸せだったあの頃を思い出すよ」

「ずいぶん長い間ほっておいて本当にすまなかった」

と言うと良子は「あなたの心遣いが身に沁みます」「私こそありがとう」といった。

ーー

毎晩抱き合って一緒に寝た。

ーー

良子も俺が本気であるとわかったようだ。

俺の目を見て日常思っていることを話してくれるようになった。

笑顔がみられるようになった。

健一も俺に学校での出来事をしゃべりだした。

ーー

俺は、就業時間を利用して、勉強会を開き、部下の意見をよく聞くようにし仕事での風通しを良くすることにした。

そして定時終業を掲げて労働環境を整えていった。

会社の業績も上向き高額の配当も得られるように成った。

ーー

俺自身は、早く就寝し、早く起きて朝食後に散歩をし、体力をつけるようにした。

家族サービスをするためだ。

学校の行事にも、良子と一緒に参加し、近くだが季節ごとに遊びに出かけるようにした。

ーー

12年たって、その間に健一のひどい反抗期もあったが何とかそれも乗り切れて、健一が大学を卒業して就職し、家を出て行った。

ーー

そんなある日、良子が、「ごめんなさい」「私は以前勤めていた会社の上司と浮気をしていました」と泣いて謝ってきた。

「私の事なんか眼中にないあなたと離婚し、私のことを気遣ってくれる上司と添い遂げようと思っていた」

「あなたが早く帰ってくるようになって見捨てないでほしいと言った時に目が覚めた」

「でも浮気を黙っていることに、いままでずっと罪悪感を持っていた」と。

ーー

俺は「知っていた」「興信所を使って調べた」「お前の相手には子供が二人もいたよ」といった。

そして俺が早く帰るようになってからはそんなことは一切なかったことも知っていると言った。

「俺は、良子や健一を捨てられなかった」

「一緒に健一の名前を考えた幸せな時を思い出して二人を捨てられなかった」

「俺だけの野心のために家族を犠牲にはできなかった」

「だから以前の幸せな家族を取り戻すために命掛けだった」

「それに良子も健一も協力してくれた、本当に感謝している」

ーー

そういうと良子は「ありがとう」と言って、「けじめだから」とあらかじめ用意していたのだろう署名捺印済みの離婚届を差し出した。

そして慰謝料の代わりとして財産を分けてもらわなくてよいといった。

俺は黙って名前を記入し捺印した。

健一に離婚すると連絡すると、何も聞かずに好きなようにしたらと言ってくれた。

翌日離婚届けを二人で役所に出した。

ーー

無一文となって、良子は、近くのスーパーにパートとして勤めだし、しばらくして近くに住むところを見つけたと言って手荷物ほどの身の回りの物を持って出て行った。

俺は一人になって、何か高校時代に戻ったような気持ちでいる。

毎日、良子が俺の帰りを夕食を作って待っていてくれる。

良子には多い目の食費を渡している、それで家賃も払えているのだろう。

近いうちに指輪を買ってきて、家事をしに来る良子に2回目の結婚の申し込みをしようと思っている。

受けてくれるだろうか。

2019年6月 2日 (日)

不思議な優しい女性

ーー以下「youtube」より抜粋編集

今の気持ちを忘れないように書き留めておく、ただし身バレしないようにネタをしこんだ。

13歳で両親に捨てられて、14歳から働きだし、16歳でろそろい命を断とうかという時に出会ったのが今の妻。

ーー

知らない娘が俺の家(親方の持ち家)の前に勝手に花なんか植えるものだからぐちゃぐちゃに踏みつぶしてやった。

ーー

俺は日勤と夜勤で働いていて、帰るのは朝ということが多かった。

その日も夜勤明けで帰ると、その娘が家の戸の前にちょこんとすわっていたんだ。

学校へ行ってないのかと思ったけど、聞くこともなく無視して、押しのけて戸を開け家に入った。

そんなことが2、3日続いた。

ーー

俺の心はもう荒(すさ)み切っていたんだが、さすがに気になって、なぜこんなことをするのか聞いた。

するとその質問には答えずニコニコして「ご飯作ろうか」と聞いてきた。

それを聞いて正直こいつはキチガイに違いないと思ったんだ。

それでまた無視することにした。

ーー

翌日は朝から雨だった。

夜勤から帰ると、その娘がいた。

俺は自分が生きるのに精いっぱいで、キチガイを相手にしている余裕などなかった。

しかし、よく見ると、精神が破綻している娘のようには見えない。

それで一回だけという条件で、「ご飯を作る」のを許したんだ。

ーー

家に入ると、雨のしずくをカバンから取り出したタオルで拭いながら、自己紹介(名前は伏せる)された。

俺は、無視して黙っていた。

その娘は、それでもニコニコしてカバンから用意してきたと思われる食材を取り出して料理を始めたんだ。

俺はそんな娘の姿を後ろからじっと見ているしかなかった。

ーー

しばらくすると、どうぞと言って、食卓の上に並べてくれた。

俺は、見知らぬ人が作ってくれたものなど食べられないと考え、ぶちまけてやるつもりでいた。

見ると卵焼きとみそ汁にご飯だった。

ご飯はパックのを温めたようだった。

ーー

卵焼きのにおいと、みそ汁のにおい、それに温かいご飯につい一口食べてしまった。

その後は夢中で食べた、おいしかった。

そして俺は泣いていた。

ーー

誰かに食事を作ってもらいそれを食べるなどというのはもう何年振りだろうか。

中学を出るとすぐに、親に「お前などいらない」と放り出された。

運よく町工場の親方に拾われ、いろいろ事情を聴かれて職を与えてもらった。

そんな親方には恩があるので働かないと悪いし、放り出されると思って昼も夜も夢中で働いた。

しかし、世間は俺にはあまりにも冷たい。

だから死ぬつもりだった。

本当に俺の境遇は、「おいどん(私)がうっち(死)んだちゅーて 誰(た)が泣いてくりょか 裏の松山 セミが鳴く」そのままだったのだ。

(注、五木の子守歌の歌詞)

ーー

もうこんな温かい食事にありつけることもないだろう。

そう思って泣いていたら、その娘が俺を抱きしめてくれたんだ。

ーー

抱きしめられていることが分かると、俺はその娘のことが気になりだした。

俺が朝に帰るといつも戸の前に座りニコニコしながら待っていてくれた。

そしてご飯を作らせてくれと言って、本当にご飯を作ってくれた。

いつぞやはお花を植えてくれていた。

しかし俺はそんな状態になっても、この娘のことを全く知らなかった。

ーー

それで俺は、いろいろ聞いた。

娘は、小さいころに両親を亡くし、親戚に引き取られ育てられているのだといった。

しかし親戚と両親とは不仲だったため親戚には疎(うと)まれているのだと。

学校には通っているらしいのだが、誰にも心を開かないためか、友達もできず独りぼっちで過ごしているのだといった。

ーー

それではどうして俺なのかと聞くと、その娘は「何となく」と答えた。

ーー

そして「一人で死んでいく人なんていないんだよ」と続けた。

そうか俺の顔には「一人で死んでやる」と書かれていたんだと分かった。

その娘の話を聞くと、そのことが分かったような気がした。

ーー

俺は何も言えなくなって座り込んだ。

その娘は、そんな俺の手を握り締めてくれた。

そしてその日は俺に寄り添っていてくれた。

ーー

夜勤明けの眠りから覚めても、その娘は居て、ノートや本を出して勉強していた。

だけどその娘をどう扱えばよいのかわからず、夜勤に行く時刻になったので、家族が心配するだろうからと言って追い出し勤めに出かけた。

その娘はニコニコしながらまた明日も来ると言って帰っていった。

俺はそのとき自分の気持ちが満たされていることに気づいた。

ーー

俺はその娘に家の合鍵を渡し、別の日に食卓の上に給料の中から3万円を一か月分の食費と書いて置いておいた。

その娘は本当に毎日やってきて、3万円足らずで毎日の食事を作り、そのほか掃除をし、洗濯までして、俺のことを根掘り葉掘り聞き、自分は学校や家庭での話をひとしきりして帰っていった。

ーー

俺は、その環境にとても満足していた。

半年も経つと、「一人で死んでやる」というような気持ちは消えうせ、心から笑えるようになった。

俺は笑わなかったのだろう、俺の笑顔を見たその娘は、泣きながらまた抱きしめてくれた。

ーー

そんな状態が数年続いて、体も大きくがっしりとして、工場の親方が、お前も仕事ができるようになったからと、知り合いの会社への就職を勧めてくれた。

その娘も高校を卒業したと言った。

俺は心からその娘の卒業を祝った。

その娘は、自分の卒業を祝ってくれるのは俺だけだと言って、満面の笑顔で答えてくれた。

そしてその娘も働きだした。

ーー

俺は、新しく会社勤めをするようになって、親方に言われたように謙虚に、誠実に、陰ひなたなく働くよう自分に言い聞かせていた。

すると、いろんな人に信用されて知り合いになれた。

俺は夜間の高校で学び卒業した。

俺の周りは、知り合いだらけになった。

しかしそんな俺を支えてくれていたのはもう一緒に暮らしていたその娘だった。

ーー

ある日の夕食の後、その娘を近くの公園に連れて行き、結婚してほしいといった。

その娘は、履いている靴を自分より遠くに飛ばしたら結婚してあげるといった。

俺はせーの合図とともにもうあらん限りの力を込めて靴を放った。

見ると、その娘は靴を放ることなく、ニヤニヤしていた。

そして、俺がどんだけ必死になるか見ていたと。

ーー

俺は5年前、親方に仲人を頼んで、その娘と結婚した。

ーー

去年妻が妊娠した。

子供の名は、二人で、以前住んでいた家の前に妻が植えてくれた花の名にした。

妻のような、不思議な優しい女性になってくれますように。

2019年5月18日 (土)

咲たちは、私が鈍感なことを利用して、10年以上も私を騙していた

ーー以下「youtube」より抜粋編集

私は23の時に2つ歳下の咲(さき)という女性と結婚した。

両親を早くになくし、咲も同じ境遇だった。

家族を作りたいと思っていたので、一年後に無事に娘が生まれた時には、とてもうれしく、二人で愛(あい)と名付けた。

私が勤めていた会社は給料はそれほど良くはなかったが福利厚生がしっかりしており、贅沢を望まない限り不自由しない生活ができていた。

ーー

愛が小学校の3年生の夏休みが終わり学校が始まったころの事だ。

私が帰宅すると、いつも出迎えてくれる咲の姿がない。

愛を呼ぶと玄関に出てきて、お母さんが帰ってこない、と不安そうだった。

ーー

今までこんなことはなかったので、何かあったのだと動揺した。

確かに友達と外出することはあったが、その時にはその旨連絡があった。

咲の友人に連絡してみたが知らないとのことだった。

愛を入浴させ、寝かしつけてから、9時まで待った。

ーー

それでも連絡さえないので、警察に届けた。

すると、何かで帰宅が遅れているのではないでしょうかということだった。

しかし、3日しても帰らないといって警察に行くと、失踪ということで届け出を受理してくれた。

そしてこのような例はほとんどが家出であり見つからない場合が多いと言われた。

ーー

3年後、愛に初潮があり、会社の新入社員で優しそうな女性メイにその処置を教えてやってほしいと頼んだ。

メイは、私が身寄りがなく一人で愛を育てていると言うと、驚いて、休みになるとやってきては、愛に料理や掃除・洗濯物の干し方など家事も教えてくれた。

半年ほどで愛が一通りできるようになると、だいぶ出来るようになったみたいだからと、来なくなった。

ーー

私は子育てと、仕事それに会社の許しを得て私の持つ技能を生かすバイトに一生懸命になった。

愛に学歴をつけるための資金を得るためだった。

それで、失踪以来3年もたっており、家裁に生死不明を根拠に離婚申請ができるということを知っていたがしなかった。

この時はメイの気持ちを考える余裕がなかった。

というよりも、咲にまだ未練があった。

ーー

そしてあっという間に10年が過ぎた。

愛は短大を出て、結婚相手を連れてきた。

誠実そうな男で安心した。

これまで家事をして、むしろ私を支えてくれた愛に心から感謝した。

ーー

その彼との結婚式の前の夜、愛が「母と会っていた」と打ち明けた。

「お母さんは自動車で1時間くらいの距離のところで男と暮らしている」

「お母さんを結婚式に呼んでいる」

「お母さんの恋を許してあげて」と言った。

ーー

突然、しかも結婚式の前夜に、こんな話をされてどう答えればよいのかわからなかった。

結婚式をぶち壊したくはなかったので、よく打ち明けてくれた、これまで苦労を掛けた、という他なかった。

しかし咲が愛を巻き込んでまで、男に走ったことには激怒していた。

ーー

結婚式の当日、私は45歳になっており、11年振りに見る咲は43歳になっていた。

すると、若い美しい女性が「部長おめでとうございます」と言ってきた。

そして咲と愛のいるほうを向いて、あの方が咲さんですねと。

私は、うなずくと同時に、彼女がメイであり名札の姓が変わっていないことに気づいて、「君はまだ独身なのか」と聞いた。

メイは何か答えたが、聞こえなかったので耳を近づけてもう一度聞くと「鈍感」とため口で言った。

続けて「終わったら必ず電話してください」と。

ーー

無事結婚式が終わって、私は、その日のうちに会社の顧問弁護士に相談し離婚に強い弁護士を紹介してもらった。

そして、翌日、会社の上司に失踪していた妻が見つかったことを伝えた。

が、上司はもう式場で咲に会っていた。

有給を取りたいと言うと、「君は重役なのだから全日というのはダメだ」「午後だけ休みにすることはできる」といった。

それで、それから、午後に休みをとり、その時間に紹介された弁護士と会い、男を作り失踪していた妻のことを話し、妻と離婚したいという希望を伝えた。

弁護士は、「失踪して慰謝料を払わない、逃げ得は許しません」「きっちり慰謝料、養育費を取りましょう」といってくれた。

ーー

一か月かかって、咲との共有財産の処理をし、慰謝料と養育費が咲と男から振り込まれるのを確認し、離婚した。

そしてメイに「終わった」と電話を掛けた。

するとメイは「長かった」と言ってすぐに切れた。

夜、家に帰ると、門の前に大きな旅行カバンを持ったメイが待っていた。

ーー

躊躇(ためら)っていると、メイは鍵を受け取り戸を開けてどんどん入って行く。

お茶を入れてくれ、「あなたは私がしょっちゅう来ていたことを知らないでしょう」といった。

あなたと呼ばれてドキッとした。

愛に初潮の処置を教えてもらった後、「家事が教え終わった後はもう来ていないとばかり思っていた」と答えた。

ーー

メイはニコニコして、「これからは私のことを幸せにしてください」といった。

私は、どぎまぎしながらこちらこそよろしくお願いしますと言うほかなかった。

メイはすぐに夕食を作り始め、一緒に食べたのだが、それは愛が作った料理の味と同じだった。

愛が作った料理というのはメイが教えたものだったのだと気づいた。

ーー

翌日メイと一緒にメイの両親に、お嬢さんと結婚させてくださいと言いに行った。

メイの両親は私のことをよく知っていて、どうぞ末永く娘のことをお願いしますと答えてくれた。

メイは「部長がまだ平の時からあこがれていた」「結婚できるなんて夢みたい」と喜んでくれた。

ーー

私は「大切にする」といった。

メイはその時31歳だった。

結婚して、すぐに息子ができた。

愛が娘を生むよりも先だった。

ーー

ある日、その日は愛の誕生日だったが、投資資金の運用相談のため、その町の住人がお祝いの時などによく利用する、個室のあるレストランに行っていた。

そこで昼食を取り、かつて3人でここで食事をしていたことを思い出していた。

すると隣の部屋に家族連れが入って、賑やかになった。

ーー

声からすぐに愛と娘、さらに咲と男がいるとわかった。

ーー

レストランの職員が、私の表情を見て、うるさくてごめんなさい、部屋を替えましょうかと言ってきた。

続けてあの家族には10年以上前から当店を誕生祝の席としてご利用いただいておりますので・・・といった。

そういわれてみれば、愛は誕生日を友達が祝ってくれるといって出かけ、その日は遅くに上機嫌で帰ってきていた。

咲たちは、私が鈍感なことを利用して、10年以上も私を騙していたことになる。

ーー

私は、すぐにその店を出て、メイと息子の待つ家に今から帰ると電話した。

ーー

ある日、咲と愛が家へ訪ねてきた。

そして愛が、娘が白血病で骨髄移植する必要がある、骨髄バンクからお父さんの白血球抗原型が適合しているとの知らせがあった、ぜひ使わせてほしいと言った。

私は骨髄バンクに登録していた。

私にすがるような二人の姿は私の哀れを誘うのに十分すぎるものだった。

私が愛の誕生日の昼、あのレストランで隣の部屋に居たというと、一瞬、咲も愛も顔をこわばらせた。

私は協力すると答え、移植は成功した。

ーー

以来10年たち、メイとの間に息子に続いて、娘が生まれとても幸せに暮らしている。

今では鈍感でよかったと思っている。

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