無料ブログはココログ

« そして1895年以来今でも、日本人は朝鮮人らの思考や行動が理解できないでいる | トップページ | ジョー・バイデンは、北京政府のウイグル人虐殺は単なる異なる文化的規範によるものであるとして、北京政府を非難することを拒否した »

2021年2月19日 (金)

お日さま出る国 神の国 この日本を 護りましょう 護りましょう

ーー以下「ねずブログ21/2/17」より抜粋編集

以前「むすび(結び、産巣日、産霊)」の話をすると、ある神社の宮司が、「人生って、ぜんぶつながっていますよね」と次のようにおっしゃった。

「人生は、いわば街道を歩いて進むようなものです」

「途中にはいろいろな景色があったり、茶店があったりするし、街道そのものも平坦なばかりでなくて、山あり谷あり、橋のかかっていない川が行く手を塞いだり、雨の日があったり、風の強い日があったり、ときに事件や事故に巻き込まれたりと、さまざまな出来事がありましたが、いま振り返ってみると、それらは全部つながっていたことがわかります」

「これまでの人生に起きたあらゆるものが、ぜんぶ折り重なって結ばれて今を創っています、本気でそんなふうに思えるのです、もしかすると人生というのは、はじめからぜんぶ決まっていたのかもしれないなんて、そんなふうにさえ、思えるんですよ」

ーー

年輪の刻まれた優しげな表情のなかに強い意思を秘められたその宮司さんのそんなお話を伺ったのは、5年ほど前のことだったでしょうか。

自分もまた、同じようなことを思うことが度々あります。

ーー

それが「お山の杉の子」です、これをはじめて聴いたのは、もう60年も前のことです。

まだ小学校にあがる前か、小学校の低学年のときかで、NHKの「みんなのうた」だったと記憶しています。

そのとき、アニメ付きで聴いたこの歌に、なぜか不思議と惹かれるものを感じました。

ーー

それで手を止めて歌に聴き入った、メロディも気に入り1番2番はすぐに覚えてしまった。

ところが3番以下は、まったく覚えることができず、不思議でした。

そのときの歌詞が、以下のものです。

ーー

1 昔々の その昔 椎(しい)の木林(ばやし)の すぐそばに
  小さなお山が あったとさ あったとさ
 丸々坊主の 禿山(はげやま)は いつでもみんなの 笑いもの
 「これこれ杉の子 起きなさい」
 お日さま にこにこ 声かけた 声かけた

2.一(ひい)二(ふう)三(みい)四(よう)五(いい)六(むう)七(なあ)
 八日(ようか)九日(ここのか)十日(とおか)たち、にょっきり芽が出る 山の上 山の上
 小さな杉の子顔出して、「はいはいお陽(ひ)さま 今日は」
 これを眺(なが)めた椎の木は、あっははのあっははと 大笑い 大笑い

3.「こんなチビ助 何になる」
 びっくり仰天(ぎょうてん) 杉の子は、思わずお首を ひっこめた ひっこめた
 ひっこめながらも 考えた。「何の負けるか いまにみろ」
 大きくなって 皆のため、お役に立って みせまする みせまする

ーー

4.ラジオ体操 ほがらかに、子供は元気に 伸びてゆく
 昔々の 禿山は 禿山は、今では立派な 杉山だ
 誰でも感心するような、強く 大きく 逞(たくま)しく
 椎の木見下ろす 大杉だ 大杉だ

5.大きな杉は 何になる
 お舟の帆柱(ほばしら) 梯子段(はしごだん)
 とんとん大工さん たてる家(うち) たてる家
 本箱 お机 下駄 足駄(あしだ)、おいしいお弁当 食べる箸(はし)
 鉛筆 筆入(ふでいれ) そのほかに、たのしや まだまだ 役に立つ 役に立つ

6.さあさ 負けるな 杉の木に、すくすく伸びろよ みな伸びろ
 スポーツ忘れず 頑張(がんば)って 頑張って
 すべてに立派な 人となり
 正しい生活 ひとすじに
 明るい楽しい このお国
 わが日本を 作りましょう 作りましょう

ーー

曲も大好きで歌詞も1番と2番はすぐに覚えました、けれど3番以下がまったく覚えられないのです。

ところが15年くらい前だったか、たまたま戦時歌謡としての「お山の杉の子」を聴く機会がありました。

3番以下の歌詞が、まったく違っていたのです、それは私の心にすっと入ってくるものでした。

ーー

調べてみたら、この歌は、もともと戦死した父を持つ子どもを励ますためにと昭和19年に作られた歌でした。

以下がその歌詞で、歌をご存じない方は、是非一度聴いてみてください

ーー

【お山の杉の子】吉田テフ子作詞 佐々木すぐる作曲

1 昔々の その昔
  椎(しい)の木林(ばやし)の すぐ傍(そば)に
  小さなお山が あったとさ あったとさ
  丸々坊主の 禿山(はげやま)は
  いつでもみんなの 笑いもの
 「これこれ杉の子 起きなさい」
  お日さま にこにこ 声かけた 声かけた

2 一(ひい)二(ふう)三(みい)四(よう)五(いい)六(むう)七(なあ)
  八日(ようか)九日(ここのか)十日(とおか)たち
  にょっきり芽が出る 山の上 山の上
  小さな杉の子顔出して
 「はいはいお陽(ひ)さま 今日は」
  これを眺(なが)めた椎の木は
  あっははのあっははと 大笑い 大笑い

3「こんなチビ助 何になる」
  びっくり仰天(ぎょうてん) 杉の子は
  思わずお首を ひっこめた ひっこめた
  ひっこめながらも 考えた
 「何の負けるか いまにみろ」
  大きくなって 国のため
  お役に立って みせまする みせまする

ーー

4 ラジオ体操 いちにさん
  子供は元気に 伸びてゆく
  昔々の 禿山は 禿山は
  今では立派な 杉山だ
  誉れの家の子のように
  強く 大きく 逞(たくま)しく
  椎の木見下ろす 大杉だ 大杉だ

5 大きな杉は 何になる
  兵隊さんを 運ぶ船
  傷痍(しょうい)の勇士の 寝るお家(うち) 寝るお家
  本箱 お机 下駄 足駄(あしだ)
  おいしいお弁当 食べる箸(はし)
  鉛筆 筆入(ふでいれ) そのほかに
  うれしや まだまだ 役に立つ 役に立つ

6 さあさ 負けるな 杉の木に
  勇士の遺児なら なお強い
  体を鍛え 頑張(がんば)って 頑張って
  今に立派な 兵隊さん
  忠義孝行 ひとすじに
  お日さま出る国 神の国
  この日本を 護りましょう 護りましょう

« そして1895年以来今でも、日本人は朝鮮人らの思考や行動が理解できないでいる | トップページ | ジョー・バイデンは、北京政府のウイグル人虐殺は単なる異なる文化的規範によるものであるとして、北京政府を非難することを拒否した »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます
「むかし、むかし、そのむかし、椎木林のすぐそばに、小さなお山があったとさ・・・あ、あったとさ」ではじまるこの歌の画面を見た途端、懐かしさがこみ上げて来て、どうしようもなくなりました。
 この歌は戦前の昭和19年に歌詞が書き換えられていますが、それ以前の6番はのどかな内容であったのですが、この歌の6番は戦争の遺児を励ます内容になっています。兄弟とこの歌うたった記憶があり、私の上の兄は「杉の子」という名の塾を自営していたことがあり、杉にちなんだ名前を持つています。実家のの片付けの最中に金庫から、父がどこかの命名所に依頼し、その名を命名する由来、理由などが記された、立派な封書が出てきたのです。「父はどの子にも、その生まれた子供の成長を願い、命名をしてくれていたんだ」と、父の深い愛に感動したところでした。
 戦後は焼け野原になってしまったのですが、戦前に日本中に植えられた杉で、日本は森林に守られています。ありがたいことです。今は大きくなりすぎていますが、これからもどんどん再利用されていくことでしょう。
 懐かしい歌を有難うございます。 かんしゃ!!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« そして1895年以来今でも、日本人は朝鮮人らの思考や行動が理解できないでいる | トップページ | ジョー・バイデンは、北京政府のウイグル人虐殺は単なる異なる文化的規範によるものであるとして、北京政府を非難することを拒否した »

2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30