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2020年11月 7日 (土)

主体性を持たず、あるいは曖昧にしたままで、上下関係だけをことさらに強調する人たちがいます

ーー以下「ねずブログ20/11/3」より抜粋編集

1853年に浦賀沖にペルー率いる米艦隊を見て、文明開化を決意し、1854年には米国との間で日米和親条約を締結し、やがて明治維新を成し遂げる日本を次のように言った国があります。

「日本は無法の国である」
「恥知らずである」
「洋装洋服は、衣服容貌ともすでに日本人ではない」
「天下の笑うところである」

150年前のことです。

ーー

明治元年(1868年)に、日本は諸外国に使節を送り、明治新政府の樹立を告げて新たな国交と通商を求めました。

これは新たにできた政府が当然行わなければならないことで、国家というものは、世界各国の承認を経て、はじめて独立した国家となり、またその政府がその国を代表することが承認されるからです。

日本は、李氏朝鮮にも使節を送りました。

ーー

もっとも使節となったのは対馬の宗氏で、このことはとても重要な点です。

なぜなら、当時の李氏朝鮮は、国として認められていなかったからです。

あくまで「李氏朝鮮は清国の一部」という認識です。

ーー

だから使節も、日本国政府(明治新政府)が直接行うのではなく、対馬の宋氏に挨拶を委ねています。

単に地理的要因から宋氏が派遣されたということではなく、相手が清国の一部だから、日本側も日本の一部である宋氏が挨拶に出向いたのです。

繰り返しますが、李氏朝鮮は、当時の国際社会において「国」として認められていなかったのです。

ーー

李氏朝鮮は、清国の属国であって、国とは認められていなかった、清国のなかの一地方としてしか認識されていなかったことになります。

宋氏は明治新政府の親書である「皇政維新の書契」を持参し、明治新政府共々、対馬も従来どおりの勘合貿易と海難事故による漁民や商人の漂流民の保護などを継続したいと朝鮮側の官吏に伝えました。

ーー

ところが朝鮮側の外交官は、その親書を受け取ろうとしません。

理由を尋ねると、文書の形式が礼義にかなっていない、印鑑がいけない、文字の位置が違う、「天皇」の「皇」という字がいけない、「天朝」という言葉も使ってはいけないなどと言う。

そこで宋氏が、朝鮮通信使時代の朝鮮側の文書にも「天朝・皇朝・朝臣」という文字が使われてきたことを、証拠を示して追及すると、朝鮮の外交官は急に「病気」になって、話し合いを引き延ばしました。

ーー

日本側は朝鮮側の主張に従って、哀れなほどに文書を何度となく書き直したりするのですが、交渉はまさに堂々巡りで、朝鮮側が前言を翻すことは日常茶飯事、その場限りの嘘やごまかしが幾度も繰り返されます。

それでも日本側は、証拠を示しながら正論で馬鹿正直なほど辛抱強く交渉をし続けていました。

ーー

そして明治9年に、ようやく「日朝修好条規」が結ばれました。

実はこれまた世界史上、たいへん重要な意味を持ちます。

なぜなら李氏朝鮮が「国」として初めて認められたことを意味するからです。

朝鮮側の官吏たちも、これでようやくプライドを満足させて、交渉に応じました。

ーー

ところが、この交渉にあたっていた朝鮮側の官吏たちは、朝鮮王の命令によって、「日本に対し私利を図るために不誠実な交渉をした」という理由で、全員、斬首刑となりました。

ーー

なんとも理不尽な話のようですが、ところが、これまた当然のことなのです。

なぜなら、李氏朝鮮が日本国と条約を結ぶということは、李氏朝鮮が清朝から独立をしたことを意味するからです。

清朝は李氏朝鮮を独立国とは認めていなかったので、これは重大な、李朝の清朝に対する反逆行為となるのです。

ですから当時の李王が、朝鮮側の官吏たちを全員処刑したのは、実に筋の通った行いであったのです。

ーー

時代が前後しますが、明治7年4月、日朝交渉をしていた日本側代表が、ある朝鮮の文書を入手しています。

日本の江戸時代中期(元禄時代)頃に当たる頃に書かれたものとされます。

内容は以下の通りです。

ーー右元禄年《朝鮮 人待日本人六条》

一 遜辭  屈己接人辞氣温恭
一 哀乞  勢窮情迫望人見憐
一 怨言  失志慷慨激出怒膓
一 恐喝  将加威脅先試嚇動
一 閃弄  乗時幸會翻用機関
一 変幻  情態無常眩惑難測

《朝鮮 人が日本人をあつかうの6ヶ条》

1 遜辞・低姿勢で接し雰囲気もうやうやしくおだやかにする。
2 哀乞・困りきったような情をあらわして憐みを乞う。
3 怨言・激しく怒り、はらわたから激しい怒りを表す。
4 恐喝・威圧を加えて脅し、先手をとって威嚇する。
5 閃弄・時に乗じて日本人をおもいのままにもてあそぶ。
6 変幻・態度をコロコロ変えて心理を推し量れないようにする。

ーー

さて、李氏朝鮮との以上の交渉が、どこで行われていたかというと、実は朝鮮半島の内側です。

この時代まで、釜山の港湾内に「倭館」と呼ばれる、およそ6万坪の石垣で囲んだ城郭様式の対馬藩の館がありました。

6万坪といえば、長崎の出島のおよそ15倍の面積です。

そこには対馬藩士や日本の商人などが常時数百人滞在していました。

ーー

この館は、明治新政府の廃藩置県(明治4年)後、日本政府の領事館として、「釜山草梁公館」と呼ばれるようになるのですが、朝鮮側との交渉は、ずっとここで継続されています。

ところがその「釜山草梁公館」の門番宛に、朝鮮の官吏が示した日本批判があります。

ーー

「日本は無法の国である」
「恥知らずな国である」
「洋装洋服は、衣服容貌ともすでに日本人ではない」
「天下の笑うところである」
(亜細亜歴史資料「公文別録」の「朝鮮始末(一)」p19)

ーー

これが何度も繰り返されました。

普通、他国のいわば大使館に、こうした文書をその国の政府が行えば、それは挑発行為として開戦理由となります。

つまりそれらの文は、宣戦布告に等しいものでした。

ーー

けれど日本政府は動かない、動きようがないのです。

李氏朝鮮は、あくまで清国の一部で、李朝を叩けば、それは日本と清国の戦争になることを意味します。

徳川幕府に代わってできたばかりの明治政府には、清朝を相手に戦争を行う力がなかった。

ーー

このことは立場を変えて見ればよくわかります。

たとえば対馬藩が、半島に嫌がらせをしたとします(そんなことは絶対に起こりませんが、あくまで仮の話です)。

これに腹を立てた半島の暴徒が対馬に攻め込めば、事は対馬と半島の対立の問題ではなく、日本国政府が暴徒の鎮圧に乗り出すことになります。

ーー

つまり李朝は、清朝という虎の威を借りて威張り、日本に無理難題を突きつけていたわけです。

普通、朝鮮人側は、何故日本人が自分たちを清国人と違って人間扱いしてくれるのか疑問に思い、それが清国の属国としていわば清国の一部として丁重に扱っているだけという認識には朝鮮人らは至らなかったようなのです。

自分たちの実力が、日本人より上だからと認識したようなのです。

それにしても朝鮮人の尊大さは、見過ごすことができないものです。

ーー

そこで起こったのが征韓論です。

西郷隆盛が、自分が大軍を率いて李氏朝鮮に直談判に行くと言い出したのです。

西郷隆盛の、この建議が通り、実行されていれば、その後の李氏朝鮮の侮日政策はピタリと止んだものと思われます。

ただし、清国との関係は悪化します。

ーー

西郷は、この当時の清国が、欧米列強に侵食されていて身動きがつかないであろうと読んでいます。

しかも日本は、形式的にはあくまで李氏朝鮮に行列を仕立てて挨拶に出向いただけで、清朝と事を構える意思はまったくないことを、事前にしっかりと明らかにしておけば、この李朝との交渉は、必ず丸くおさまる。

そしてそれだけの交渉ができるのは、西郷隆盛だけであるとしたわけです。

ーー

ところが明治新政府は、これに反対し、しかも西郷隆盛を、中央から追い払ってしまいました。

なぜなら、もし日本からの使節団の大軍が、李朝内でなんらかの武力衝突を起こしたとき、日本は清朝と戦争に至ることになるからです。

この時点の明治政府には、清朝と交渉できるだけの力(戦闘力のことです)がない、だからこそ西郷隆盛が出張るという話なのですが、明治新政府は万一の事態を恐れたわけです。

ーー

これが明治6年のことです。

その21年後には、日清戦争が起こっています。

日清戦争は、李氏朝鮮の内部の権力争いに、日本と清国が巻き込まれて始まった戦争です。

李朝の内部では、日に日に力を増している日本に付くべきか、日に日に力を失っていく清国の一部であり続けるかが、議論になるのです。

そしてこの内部抗争に、日清両国が巻き込まれて、結果、国対国の戦争に至っています。

ーー

日露戦争も同じです。

ロシアの南下圧力が懸念材料ではありましたが、歴史を調べてみると、当時の李氏朝鮮が今度は(やはり半島内部の権力闘争のために)清国に代わってロシアに付いたり日本に媚びたりを繰り返していた。

結果、ロシアと日本だけが戦争をしていた。

ーー

戦後に起きた朝鮮戦争も、よく似ています。

朝鮮戦争は、直接的には北朝鮮と韓国の戦争ですが、気がつけば、米軍と中国共産党軍だけが戦争をしていました。

当時の韓国の大統領の李承晩など、することがなくなって、李承晩ラインなどを勝手に敷いて日本の九州まで韓国領土だと勝手に決めたりしていたのです。

1950年から1953年の事で、日本がGHQによって占領統治されていた時代のことです。

ーー

さすがにこれには連合国最高司令官のマッカーサーが怒って、マッカーサーラインを引いて李承晩の主張を退けましたが、このとき、縮尺の大きな地図に引かれた線上の微妙なところにあったのが竹島で、いまでも韓国は竹島を自国の領土だと勝手な解釈をしています。

いずれにしても、朝鮮戦争では、気がつけば米軍と中国共産党軍が戦争をしていたわけで、これでは、何のための戦争なのかわからない。

ーー

そもそも国と国との戦争であるならば、当事国がちゃんと戦争を行うべきで、どうして招待された客同士が争わなければならないの・・・というわけで、韓国抜きで米軍と中国・北朝鮮との間で勝手に38度線で休戦を決めて、現在に至っています。

国際的に認められた「国」ではなくて、認められていない「半国家(大国の属国)」という曖昧な立場を最大限利用することで、傍若無人を繰り返す。

こうした手口は、ヤクザでもない、一般人でもないという、曖昧な立場を利用することで、かつて大暴れしていたひとむかし前の愚連隊と変わりません。

ーー

実際には日本の一部であったにもかかわらず、日本が戦争に敗れるや、とたんに手のひらを返して戦勝国を名乗る、戦後の朝鮮進駐軍も同じです。

ーー

冒頭にある「無法の国である」「恥知らずな国である」という彼らの言葉は、そっくり彼らの「国」もどきに当てはまる言葉だった。

ーー

国であるということは、国際社会において、一定の発言権が認められると同時に、当然に国として国民への、そして国際社会への責任を負うことになります。

言い方を変えると、国であるということは、自分で決めそして決めたことに責任を持たなければならない。

そして自分で決めたことについては、その結果が自分に不利になってもそれを認め受け入れなければならない。

ーー

このことは個人も同じです。

大人は子供のような保護者がいませんから、自分自身の責任で行動します。

そしてその結果については、行動した大人自身が負います、あたりまえのことです。

ーー

ところが、そうした主体性を持たず、あるいは曖昧にしたままで、上下関係だけをことさらに強調する人たちがいます。

こういう人たちは、上に立てば下の人を支配できると考えます。

それでいて、上に立っても主体性がない、つまり何も決められない、決められたとしても損得だけです。

ーー

そしてこういう人たちに共通するのは、体面や体裁ばかりを気にする、ということです。

ーー

主体性(自分の考えを持つ)というのは、実はとても大切なことです。

いわばひとりひとりの大人が、独立国のようなものだからです。

では主体性とは「いかなる状況に置かれても 自分の価値観に基づいて 判断し行動する力」です。

ーー

もっと簡単に言うと「物事を他人のせいにしない」ということです。

ーー

反日運動をしている国や人々がいます。

そうした人たちは、いかがでしょう、自分の失敗や不幸をすべて「日本国や政権与党のせい」にして、そして被害者を装います。

最近ではこうした人たちの行為を「被害者ビジネス」というようになりました。

ーー

「自分の失敗や不幸を他者のせいにしない」
「自分が招いた結果については何事も自分で責任を持つ」

これは、ほとんどの日本人が取る態度で有り、考え方だと思います、まあ日本人と言わず、世界の良識ある大人の常識です。

ーー

一方で、遺伝子的決定論(受け継いだ資質)とか、心理学的決定論(幼児体験など)、環境的決定論(周りの状況)などがあります。

これらは、「責任は全て外にある」「自分は悪くない」という考え方ということができます。

自分自身の意思や決定力を、ある意味否定しています、自分という意識はどこにいってしまったのでしょうか。

ーー

国も個人も同じです。

他でもない日本人であること、自分の意思で行動すること、自分の行動・人生に責任を持つこと。

それがなければ、周囲に迷惑をかけるだけの存在に成り下がってしまうのです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>シナ・韓国の消滅が世界にもたらす影響
論者(ねづさん)が仰っている事は、ネット上では知れ渡って居る事で、今更感が強いが、半島国家との歴史を検証するに、韓国を批判するダケで済ませるのでは、無益なはなしではないだろうか?

何故なら、大国の近隣に位置する弱小国や大国に吸収された境界地は、世界中に幾らでもあり、其処で暮らす人々は、自分の利害には関係のない事でも、常時命懸けで「敵」と退場対峙しなくてはならないわけで、こうした天命的な話は国家が抱える宿命だろう。

例えば、日本では沖縄であり、北海道であるかもしれない、こういう地理が齎す問題は、極めて政治的な影響を受け易く、亦、国境を接する他国民の逃げ込みや遭難・漂着に拠る、偶発的な国境侵犯も多いが、是等はつい最近迄、偶発事案として記録に遺して居無い。

然し、海流の向き、季節風の吹く方向から蓋然性だけで考えれば、四方を海に囲まれた、海岸線の長い日本列島への異民族の流入は、上古の昔から半端宿命的なものと考えられるべきだろう。

故に九州や太平洋沿岸には、東シナ海沿岸系、或いは、南方から黒潮に乗ってやって来た人達の子孫が多いし、日本海沿岸は半島や沿海州、更には、氷期以前からシベリアからの移動して来た、民族の子孫が多いと考えるのが自然だろう。

然し、日本人の遺伝子を調べると、そういうバラエティに富んだ分布は見らないそうだ、是は、遺伝子の突然変異が凡そ1500世代で起こっているというデータから言えば、1世代を20~25年と考えれば、3万~37500年の間に遺伝子が変わった事になる。

だが、遺伝子が自然に変わる蓋然性よりも、異民族の流入の頻度や可能性の方が高いのだから、日本列島は海と追う天然の障壁のお蔭で、その変化は穏やかに起っ手居たと考えて良いだろう。

だから、幾ら日本人が血統の純粋さを主張しても、日本人が多民族混血の結果で有る事は否めない事実だろう。では、民族性とは一体何に拠って決まるのだろうか? 私は民族性とは、その民族が長い年月かけて創りだした社会常識が醸すものだと理解している。

決して血統が全てを決めるのでは無いし、その決定要因の大きなものに生業があるし、生きて行く上で最大の障害となるものが、他の生物種では無く、同じ人間同士である場合が世界では多いが、日本では、自然の猛威で有った事で有る。

そして、その民族性は千変万化する環境変化から経験知を積む事に拠って、その環境変化に併せて、順応すべく変化・進化しなければ、自然淘汰に拠って滅亡しか待って居無い厳しいものだが、これは「適者生存」と言う地球上の生物種全てに現れる現象である。

ここで、現在のシナ・韓国・朝鮮が置かれている生存環境と、その対応の妥当性を考えてみると、安倍・トランプチームが言う「民主政治・法治社会・自由経済の価値観を共有する国の連帯」こそ、人類が目指すべき世界であると結論づけている。

然し、この特亜三国は、何れもその域外にあり、何より、国際ルールを守らない、法治社会では無く国民の為の民主国家ではない、自由貿易は支持するが、相手の権利を全く考えていないので、相互主義は期待で期無いし、持続性に大きな疑問が有る。

故に、新世界の「自分の利害だけで無く、真に地球の利害の事を考えて、ゆうげん亜市善資源を全生物の生存に有効な手法を、地球レベルで考えて、共に援け合って行こう」という輪に入れない民族や国は生き残るのは難しいだろう、何拠り地球が飽和状態だからだ。

そうして追い詰められた集団の典型が、現在の米国民主党である、っ民主主義を否定するに等しい、現在の民主党の不正投票結果が、そのまま認められる様な事に成れば、米国の世論には、大きな政治不信が広がるだろう。

そして、この不信感が修復不能であれば、米国という国の形が崩壊する惧れさえあるが、そう言う危機感をどれ程の米国民が共有して居るのだろうか? もし、その修復が適わないならば、米国も分裂し、滅亡~消滅に向かうだろう。

こうした、一大国難を招来した民主党幹部やその行為を批判する処か、手下になって唯々諾々協力したレガシィ・メディアの関係者は、「国家反逆罪・国家転覆企画」で、厳罰に処すべきで、以後、彼らカラ「あらゆる自由の剥奪」をする事が相応しい。

何故なら、彼らこそ民衆を騙し、且つ、扇動して、国家を分断した、張本人だからであるから、その罪は決して軽く無い、これは、祖の手下として動いた日本のマス・メディアも同罪で有る。

まぁ、日本ではTVカラの収入で経営をなり立たせているのだから、そのTVが、停波もしくは、免許取り消しで廃局し、新規事業を許可し無ければ済む話ではあるが。

現在の焦眉の急は、民主党勢力=DS勢力が、不正投票で騒ぎを大きくした隙に、居っ他意何を企んで居るのか、見当もつかない事で有ろう

結局、民主的な政治というのは、「正しい選挙が出来る」ことに尽きると思います。
選挙が何の不正もなく、その結果が何の力も掛からずに維持されるのであれば、「民主的な政治」が行われるのですから、国民の意見が反映されるのです。
その結果が間違っていれば、国民全体が反省して次回の選挙に反映させれば良いのです。

そう思っていたら、韓人のアメリカが不正な選挙をしてしまうとは、信じられない暴挙だと思います。
これが日本ならば、次の選挙で修正されるのですけれど、アメリカの場合は経済力と軍事力が大きすぎて、世界への影響がとんでもないところにまでなってしまうのです。

共産勢力が政権の奪取を狙うときは、民主国家であるからと法律を守るとの思い込みは誤りと言うことが判りました。
アメリカは、この次の選挙をどうするのかと思います。
オバマ大統領の選挙の時には、まだこれ程の不正選挙のことは問題になっていなかったのが、今回の選挙は不正選挙が明白になっているのは、中国とアメリカが経済戦争になったからだと考えますけれども、この状態のままで次回の大統領選挙になったとき、アメリカ人は共産主義者を、民主国家の盟主として支持できるのかと考えています。


日本と台湾は、バイデン氏が大統領になったとき、過去にバイデン氏が中国から10億ドルを献上されていることが、どのような影響をもたらすかが不安材料になります。

中国が台湾に武力攻撃を行うときには、日本の尖閣諸島も忘れず一緒に攻撃を行うと思いますから、憲法には書いてないけれど自然権で武力によって、攻撃から守らなければならないのです。
そのとき、現在の野党支持者は中国の攻撃を支持するのでしょうか。それとも、中国の行動に反対を示すのでしょうか。

いずれにしても、中国が武力占領に成功した場合には、日本の政府として報復のため、中国人が日本国内に売買によって購入した土地を始めとする財産を、報復として差押えする法律を成立させれば良いと思います。

ポッポです

えらく悲観的な意見を書いてしまいましたが、自衛隊の実力は十分知っていますから、自衛隊は簡単に負けるなどとは思っていません。

しかし、中国の覇権主義を舐めるわけには生きませんので、最悪の状況を考えました。

尖閣諸島には住民が住んでいませんので出来れば住民を住まわせ、これを保護するために自衛隊が思う存分働けば、中国は退却せざるを得ないし、やっと手に入れた空母を無くしてしまう悲劇を味わうことになると考えます。

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