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2020年9月14日 (月)

日本では国富は、あくまでも民衆のものと認識されます

ーー以下「ねずブログ20/9/11」より抜粋編集

これまではカネのある一部の人達が、情報機関(エンジン)を支配し、自分たちにとって都合の良い偽(いつわ)りの情報を流すことで戦争を起こしたり、国冨を巧妙に収奪してきました。

ところがネットの普及で、情報化社会になり、彼らも情報機関を支配することで民衆を思い通りに動かすことができなくなってしまった。

例えば自分たちにあまりにも都合よく新コロ報道をしてきた結果、新コロ報道の欺瞞が世の中で明らかになる頃には、もはや既存メディアは二度と信用されないでしょう。

ーー

メディアや国会では、よく「議論をする」といいます。

しかし議論によって相手を説得して納得させるというのは、学校では可能かもしれませんが、国会などの政治の場における与野党の議論は、どこまでいっても常に平行線です。

たとえ相手を合理的な根拠を提示して論破したとしても、論破された側は納得しない。

このことは、国会での議論、あるいは対中国問題である南京大虐殺問題、対朝鮮韓国問題である慰安婦問題などの議論をみても明らかです。

議論の相手は、客観性、公平性、公共性がある内容を提示しても、決して受け入れようとしない。

ーー

だから多数決原理が機能しなければ何も決まらないのです。

そしてこのことは、民衆政治が成立している国ではむしろ常識です。

というのも民衆は一人ひとり譲れない独自の利害関係を持っているからです。

与野党は、理論や正邪ではなく、利害による対立で感情的になり、結果として妬(ねた)み、恨(うら)み、嫉(そね)み、足の引っ張り合いばかりになる。

ーー

そもそも現在見られるような民衆政治democracyが登場したのは18世紀のフランス革命からです。

フランス革命が起こったのは1789年、なので現在の民衆政治が登場してからまだ231年しか経っていません。

ーー

フランス革命は、貧しい民衆を顧みることなく贅沢三昧をしている王侯貴族による支配、それに対する民衆の反乱として扱われることが多いです。

しかし王侯貴族が贅沢な暮らしをし、民衆が貧困に置かれていたのは、何もルイ16世やマリー・アントワネットの時代だけのことではありません。

よくよく歴史を紐解くと当時のフランス王国は、王侯貴族の維持費などよりも、イギリスから独立するために戦争をしていた米国支援に、はるかに大きな支出をしていたのです。

ーー

王妃が現在の貨幣価値で150億円もする宝石を買ったという話がなされていますが、もとをただせば商人が売ったと嘘をついていた事件にすぎません。

そんな高価な宝石を扱う商人がいたわけで、これはつまり市民の方がカネを持っていたことの証でもあります。

また王妃は、米国の独立戦争支援のために財政が逼迫(ひっぱく、ゆとりがない)し、お金がない王宮において、小トリアノン宮殿で、野良着に着替えて、みずから食材を育て収穫し自分たちの食を賄っています。

これは、母のマリア・テレジア譲りの「民衆を愛し、農業を大切にする」という姿勢の実践でもありました。

ーー

果てしない殺し合いが続いたフランス革命を正当化するためには、斬首刑にした王妃を派手好きでどうしようもない高慢な女としなければならなかったのでしょう。

しかし、公平な目で見ればマリー・アントワネット王妃は、まさに王族の女性にふさわしい威厳と自己犠牲を厭わない優しさを併せ持った魅力的な女性であったわけです。

ーー

また民衆が王権に立ち向かったということにされていますが、民衆というのは、その日の自分たちの暮らしのことで手一杯なものです。

社会に不満があっても、日々の生活があるから、仕事や商売を放ったらかして、武器を手にして暴れまわるというようなことは、普通はできることではありません。

だから「民衆がそこまで追い詰められていたのだ」といわれるのですが、本当に追い詰められたら、民衆は略奪をはじめたり、逃散をしてしまうものです。

ーー

「啓蒙家が、平等思想を民衆に啓蒙した」とも言われますが、王権を廃し共和制にするという思想的なものはもっと古い時代からあったものですし、そもそもキリスト教では、王も民衆も「父なる神よ」と祈るように誰もが平等に神の子です。

ではどうして、そのような民衆が革命を起こしたのか。

つまり何か仕掛けがなければ革命に至ることはまずありません。

ーー

一言でいうなら、資本家が大量のカネを民衆の革命資金として活動家に提供していたのです。

その資本家たちにとって、15世紀から17世紀にかけては、王権は金儲けのために利用価値のあるものでした。

なぜなら王の名のもとに利権が保証され、隣国の商売敵となる相手を、王の軍によって討ち滅ぼすことが可能だったからです。

ーー

ところが18世紀になると、資本家たちにとって王権は、自分たちの金儲けにむしろ邪魔なものになってきました。

というより資本家たちの経済力が増し、国王の財力では、資本家たちの欲を満足させることができなくなってきたのです。

つまり資本家たちの財力が、王の財力に勝るようになっていたわけです。

ーー

そこで自由・平等・友愛を実現しようと活動する人達に運動資金を渡し、啓蒙家らにその気にさせられたパリ市民に武器を持たせて王権の打倒を図ったのがフランス革命です。

この革命には王を倒すことで自分が権力を握れると勘違いした一部の貴族も加担しています。

王が倒れて共和制が敷かれた後、国家会計の全ては、それまでの王の管理から、資本家の管理へと移り変わりました。

ーー

つまり表向きの政治は、共和制民衆政治ですが、民衆から選ばれた政治家らは、民衆のためではなく資本家らのために働いていたのです。

これは、政治家はいわば舞台俳優であり、台本もプロデューサーも監督もスポンサーも、すべて資本家という仕組みです。

そして資本家らの金儲けのために、数々の戦争が行われたのが19世紀から20世紀までの世界です。

ーー

要するに、やや極端な言い方をすれば、議会の議論など結論が出なくても良いのです。

どちらに資本家が金を出すかによって、議会の趨勢が決まるからです。

ということは、民衆政治は、実は資本家の金儲けのためにとても都合の良い仕組みであるということになります。

ーー

このことを、大きく転換させたのが実は20世紀の日本です。

大日本帝国は英・仏・蘭による500年に及ぶ植民地支配から東アジア諸国を開放し、大東亜共栄圏を設立するために大東亜戦争を起こしたのです。

そしての世界初の航空母艦を持つ大日本帝国連合艦隊は、マレー沖海戦で世界最強の英艦隊と戦い、大勝してしまった。

大英帝国最新鋭の戦艦プリンスオブウエールズが大日本帝国海軍によって撃沈されるのを見たアジアの人々は、日本が米国に負けた後もそれぞれ英・仏・蘭と独立戦争を戦い独立し、大東亜戦争の目的は達せられたのです。

ーー

独立した後も貧困にあえいでいた東亜の諸国に、敗戦後20年足らずで経済大国となった日本は経済支援を行い、大手企業の工場を移設し、それぞれの国の所得の向上に寄与してきました。

すると、それまでただ押さえつけられ、収奪され続けてきただけの諸国が、経済的に成長し、その成長によって巨大な消費市場を形成したのです。

それは、かつての植民地時代の国内総生産GDPを何十倍も上回る巨大な市場となった。

ーー

つまり日本のやり方である、植民地から収奪をするのではなく、共存共栄を図ること(大東亜共栄圏を築く)が、結果として共に豊かになれることが立証されたのです。

ーー

ただ、世界は日本とは異なります。

日本では国富は、あくまでも民衆のものと認識されます。

けれど欧米やその影響を受けた一部の有色人種国では、例えば共産党が支配する中国では、国富は支配層(共産党員)のものと認識されているのです。

北京共産党政府にとっては、共産党員以外の民衆の生命・財産・利益など、どうでもいいのです。

ーー

さらには「これからの世界は地球主義globalismだ」つまりヒト・モノ・カネが自由に経済活動できるように国境をなくさなければならないと宣伝し、金持ちが税金を払わなくてもよい環境を作り、大儲けをたくらむ人たちがいた。

このことにNOを突きつけたのが、前回の大統領選におけるドナルド・トランプ氏です。

ーー

そして2020年11月の大統領選で、一部資本家たちは、地球主義を訴えるジョー・バイデン氏を、メディアを総動員して一押しも二押しもしていますし、得票予測もバイデン氏優勢と報道させています。

しかし前回の選挙でもギリギリまで地球主義者のクリントン女史優勢という報道でした。

日本の評論家なども、クリントン女史が政権を取るだろうという予測ばかりしていたのです。

ーー

が、蓋を開ければトランプ氏の圧勝でした。

おそらく今回の大統領選でも、同じことが起こるであろうと予測しています。

なぜなら米国の民衆も、情報化の促進によって、もはや一部の資本家による偽りの情報操作に惑わされる人が減ってきているからです。

ーー

そしていま、世界を揺るがしている問題は、金の力による民衆の支配という18世紀以来の世界の形が、果たして人類にとって、本当に幸せを呼ぶ社会制度なのかどうかということです。

そして行き着くところは、「みんなで稼いだ富は、みんなの豊かさと安全と安心のために活用しよう」という社会体制への変化であろうと思います。

ーー

古代から、これを実現してきた国が日本なのであります。

日本は、旧石器時代から縄文弥生を経由して現代に至るという、世界一長い連続する歴史を持つ国です。

天皇にしても、神武天皇が初代ということになっていますが、天皇家の血筋は、そのままおよそ6千年も遡ることができるという説もあります。

ーー

現在中国と呼ばれている場所で興亡した諸国は、現在とは人種も言葉も違っていたのですが、その昔、我が国を「東夷(ひがしの未開人)」の中の「倭奴(背の低いやつ)」や「邪馬台国」など蔑字をもって蔑称してきました。

が、宋の時代になると、日本については、日本書紀に基づいて描くようになり、日本の各地名も本来の日本名で記すようになりました。

宋の第二代皇帝の太宗(在位976〜997年)は、「太古の姿がそのままの形で受け継がれているのは日本だけであり、日本こそ古道の国である」(欽定宋史 491巻 列伝第250)と述べています。

古道とまでいかなくても、飛鳥時代の聖徳太子以降、大化の改新から律令体制以降の日本社会については、記録が残されています。

大化の改新(645年)を基準点にしても、日本は連続する世界最古の国なのです。

ーー

その日本が、どうしてそのように長く日本という国の根幹となる社会制度を保持できたのかといえば、権力よりも上位に国家最高権威を置くという、世界に類例のない社会体制を構築したことによります。

そして政治の世界においては、民衆政治ではなく、明確な責任体制《仮にこれを責任政治と名付けます》を敷くことで、権力には、常に責任が伴うという政治体制を築きました。

ーー

富の概念も異なります。

日本では、8世紀のはじめに和同開珎がつくられ、貨幣が経済に用いられるようになりましたが、その後もおよそ千年にわたって、貨幣経済ではなく、米経済を採用してきました。

理由は簡単で、貨幣は溜め込むことができますが、お米は溜め込むことができないからです。

つまり米経済である限り、その年に民衆が生産した富(米)は、コメに黴が生えて使い物にならないうちに社会の皆で消費してしまわなければならないのです。

ーー

そして政治の責任者は、世襲です。

責任者は、何かあったら責任をとって腹を切らなければならないのです。

腹を切るというのは、そんなに簡単にできることではありません。

ーー

某国の右翼が、カッコをつけて切腹の真似事をしたことが以前ありましたが、お腹の薄皮一枚に刃を入れただけで、悲鳴をあげて病院に収容されました。

腹を切るというのは、幼い頃から私心を持たず、どこまでも公益を優先するという強い明確な信念を持って育てられ、しかもそれを実行しうる血統がなければ、現実には不可能なことなのです。

その証拠に、現代の世界の政治や行政の世界で、何かあったとき、責任をとって腹を切れる者など誰もいません。

腹を切るというのは、それほどまでにたいへんだし、恐ろしいことだからです。

ーー

その恐ろしさに耐えうるだけの精神性というのは、ただのカッコつけでできることではありません。

代々、そのように躾けられ、それがDNAに染み込むようになったとき、はじめて実現できることです。

ところが、そうしたDNAを持った優秀な政治家や官僚たちが、戦後は、まさに次々と故意に責任を仕掛けられて失脚していきました。

結果、残ったのは、責任性などまるで意に介さず、ひたすら口に綺麗事を並べて、裏で金儲けだけを企む痴れ者たちばかりになりました。

ーー

そういうことが起こらないよう、古代においては弾正台(だんじょうだい)、つまり私心に動く政治家を問答無用で一刀両断するための役所が置かれていましたが、いまではそれさえもありません。

(弾正台の家系であった信長は織田弾正忠信長と称して、「天下布武(日本を武力で正す)」を掲げています)

ーー

米国は、トランプ大統領のもと、産業の国内回帰を進めて、みんなで働いて豊かになろうとしています。

日本もまた、これまで在日・反日勢力に支配されていた日本社会を、日本人の手に取り戻すために大きく変わろうとしています。

それは日本の社会は、天皇の「おほみたから」である民衆の幸せのために機能すべきであるという考えからきています。

そして、我々の先人がそれを実現してこられたのですから、我々日本人には間違いなくそうする力が備わっているのです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>理想の政体への変遷の先に
世界の政治体制がこの千年間で様々に変わって着て居るのは、はいけいtおなるしゃかいが、人口の増加~商業の発達~船を使った交易の開始を経て、し台に世界規模になり始めてから初めて、人類は世界を意識する様になりました戸有りますが、是は欧州社会の話で、人類レベルの世界認識の歴史は、おそらく数万年です。

ローマ帝国成立以前にも、中東や南アジアの事は、シナ王朝でも良くしられていた様で、一説に拠れば、シナので、1万年以上続いた長江文明をBC20世紀に滅ぼしたのは、アーリア系の遊牧民であると言う話もあります。

一番遅れて文明化した白人文明が、人類の文明とは何足るか、を語っても、底が浅いものにしかならないのは、彼らが文明化して、最長のゲルマン族でも3千年、スラブ族になれば、僅か千年でしかない。

だから、彼らが語っている歴史を持つ文明とは、白人文明の事で有る、この事は、ねづさんには当に「釈迦に説法」かもしれませんが。

戦後日本人に、植え付けられた、白人主体の歴史的認識を元通りに改造めないと、本当の人類の意識の変遷は見えてこない気がしますね。

まぁ、ねづさんも例えば、フランス革命での民衆蜂起の嘘、王族処刑の理由の嘘を挙げて、指摘していますが、何れも、その後のフランスの歴史を俯瞰して看れば、前者はナポレオンの登場は、いわば、逆転退行現象で、もし、フランス革命が市民主導の革命で有ったのなら、説明出来ません

それに、フランスのブルボン王朝が英国王朝と敵対して居て、アメリカの独立を資金的に援助して居た事が、財政悪化の真因で、結局「資本家」と呼んで居る勢力の判断で、王制の打倒~廃止に至ったので有り、公開処刑は「見せしめ」的な要素が強かったのだから、欧州の真の支配者は、実は、その「資本家」であった事になろう。

この「資本家」は、その後19世紀に現れた社会主義思想や共産主義思想でも、「民衆の敵」として、王族に代わったが具体的な名前を挙げた著作物二はお目に懸った事が無いのは、その「資本家」が未だに、世界を支配していて、情報統制を布いているカラだと、考えれば合天がゆく。

他にもロシア革命を引き起こした、レーニン達ハザール人集団を、一人残らず粛清したスターリンをソ連の国家元首に据えたのも、実はこの「資本家」では無かったか?

すると、我々は「本当の人類の敵」の正体を、未だ掴めて居無い事になる。

彼が真に悪魔的だと思うのは、「生き延びるべき人類の人種徒、その数を限定している事」だと思いますね、生物はその品種において、多様性を失った時に、その種の絶滅が始まる事が生物学的にしられて居ますから、彼の成し事は、間違い無く人類種を亡ぼすものでしょう。

是は「自然の理」に沿った話ですが、その対象となるのは、今の処、都市化と少子化もあって、年々人口を減らして居る白人種でしょうね。

何故なら、近代化は、自助の能力の低い老人化、そして災害にも、感染相にも、弱い密集化する方向に、人類を誘導していますカラね。

その典型が共産シナの現状でしょう、人口1千万人を超す都市が一体いくつあるのだろうか、大都市化が進めば進むほど、人間の生存権は脅かされ、犯罪が増えて、知津女が崩壊して行くし、武器の入手し易くなり、抗争が始まり、国家の秩序統制が無効化する、政体が何であるにしろ、結果は同じ、国民のモラル維持力の脆さが、真の問題で有る事に、初めて気づくが、時、既に遅い。

「資本家」は、既に、こうした絶滅シナリオを予想しているだろう、例えば、ビル・ゲイツも、人類絶滅の危機に対応しようして居る一人だが、勿論、絶滅を防ぐ為ではなく、特定人種の生き残りを図る為である。

我々は、日本人が戦わなければならない相手とは、こうした差別主義者で有って、目先の金欲しさに、身内で争う事では無い、然し、真の敵を目隠しされているのでは、敵・味方の判別もままならないのでは、戦い様が無い。

ならば仕方が無い、人類の命運を神「お=自然」にお任せする他は無い、自力で何とかしようとしても出来無い事は、自然界の現象で他にも幾らでもあるではないか?

人間の力では、如何とも抗し難いものは、覚悟を決めて通り過ぎるのを待つだけで有る、日本人は、そうして生き延びて来た民族である事を思い出そう。

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