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2020年3月11日 (水)

古事記に「シラス」という言葉があります

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

古事記に「シラス」という言葉があります。

古事記では、漢字一文字で「知」と書かれています。

この言葉こそ、日本の政治の根幹にある言葉です。

ーー

この言葉は古事記のいたるところに出てきます。

わかりやすいのは、大国主神の国譲りです。

出雲の国の伊那佐(いなさ)の小浜(をはま)に降りたった建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)は、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜き、その剣を切っ先を上にして波の上に立て、その剣の切っ先の上に大あぐらをかいて坐ると、大国主神に、次のように問うのです。

「汝のウシハクこの葦原中つ国は、我が御子のシラス国と仰せである、汝の心やいかに」

ーー

ここにあるウシハクは以音(漢字の音だけを使った)です。

「ウシ」は大人つまり主人のこと、「ハク」は刀を腰に佩(は)くというように身につけることです。

そこから考えると、私的に土地を領有し民を支配すること、つまり民は「ウシ」の所有物であることを意味します。

ーー

権力者にとって、その権力の及ぶ先が私物であるとするものが、ウシハクです。

被所有とされた者は、所有者によって殺されようが、服役させられようが、文句は言えません。

なぜなら権力者の所有物であり、私物であるからです。

ーー

昔の西洋において、貴族の妻は貴族の所有物でした。

けれどその貴族は、国王の所有物です。

従って国王が、その貴族の妻を横取りしても、どこからも苦情は来ません。

なぜなら貴族の妻もまた王の所有物だからです。

ーー

このことを国王を独身の王子に、貴族の妻を独身の美しい若い女性に置き換え、両者が両思いにするとシンデレラの物語になります。

けれど現実は、頭の禿げた中年のヒヒ国王に、愛する夫のいる人妻であるケースの方が圧倒的に多かったといえます。

現実は決してお伽噺のように素敵な世界とばかりはいえないのです。

ーー

支那の皇帝も同じです。

比叡山延暦寺で第三代天台座主となった慈覚大師(じかくだいし)は、若い頃円仁(えんにん)という名前でした。

彼は承和5年(838年)に、最後の遣唐使の一員として唐に渡りました。

そして9年後の承和14年(847年)に日本に帰国するのですが、その間の唐での生活を、『入唐求法巡礼行記(にっとうぐほうじゅんれいこうき)』という本に書いています。

ーー

この本には、当時の唐の皇帝の武宗(ぶそう)の行状が記されています。

武宗は、道教に入れ込み、仏教を弾圧した晩唐の皇帝として知られる人です。

太和皇后が薨去(こうきょ)したとき、皇后に代わって後宮に入れるべき最高の美女は誰かということになり、ある者がそれは義陽殿(ぎようでん)におわす皇帝の実母であると進言しました。

武宗は、その母を後宮に入れようとします、もちろん皇后は拒絶しました。

すると、武宗は、弓で皇后を射殺したのだと。

ーー

なぜこのようなことが起こるのかといえば、それは支那皇帝や西洋の王が、いずれもウシハク(権力者)だからです。

王権神授説は、国王の権力は神から授かった神の代理人としての権力という解釈ですが、神は人以上の存在であって、人に対する生殺与奪の権を持ちます。

神の姿は見えず、言葉も話せないわけですから、神の名のもとにどんなこともできたのです。

ーー

易姓革命も同じです。

皇帝の地位は、天帝という名の神様から与えられたものだというのが、その根底にある考え方です。

天帝の姿が見えず、天帝が言葉を話さないことは、王権神授説と同じ系統に属します。

ーー

支那では、社会構造のトップが、ウシハクであるという形は、昔も今も変わりません。

皇帝、国王、領主、大統領、書記長、名称は様々ですが、いずれもウシハクであることに変わりはありません。

世襲であるか選挙で選ばれるかも関係ありません。

ウシハクはその地位に立ったその瞬間から、人々に対する生殺与奪の権を持つのです。

ーー

しかも、社会構造上のトップがウシハクである場合、権力行使による結果についての責任を問われることもありません。

これは任期制であるか終身であるかとも関係ありません。

なぜなら任期中は責任を問われないなら、その間は、民衆を私物化できるからです。

ーー

ウシハクに、人柄や人格、政治的方向性も関係ありません。

ーー

日本人は、権力には責任が伴わなければならないと考えています。

これは会社でも同じです。

営業部長は会社の営業部員に必要な部長としてのあらゆる権力を行使できますが、それは営業成果という責任と当然にセットです。

昔からそうなのです。

ーー

よく引き合いに出すことですが、先ごろ、川崎で中一児童殺害事件がありましたが、もしそのような事件が江戸時代に起きたなら、川崎の町奉行は切腹です。

なぜなら、川崎の町奉行は、そのような悲惨な事件や事故を起こさないために、ありとあらゆる町方に対する権限を与えられていたからです。

にも関わらず、事件が起きたのなら、もちろん下手人は逮捕し重罪に処さなければなりませんが、同時に奉行は、事件を防ぐことができなかった責任を負わなければならなかった。

ーー

奉行が自ら腹を斬れば、奉行の家は安泰です。

息子は次期奉行を世襲することができます。

けれど、奉行がもたもたと責任を取らずにいたら、江戸表から使者がやってきて、「上意でござる」と切腹を命じます。

この場合は、お上の手を煩わせたということになりますから、お奉行の家はお取り潰しです。

妻子も郎党も、明日からは路頭に迷うことになります。

権力は、常に責任とセットでであったからです。

ーー

ところが現代社会にしても、昔の支那皇帝や西洋の王は、皇帝としてあるいは王として、絶大な権力を持ちましたが、一切の責任は取りません。

明治以降の政治、とりわけ戦後の日本の政治も責任を取らなくなりました。

政治権力を持つ閣僚にしても、国会議員にしても、一切責任を取りません。

ーー

例えば「二位じゃダメなんですか?」と言って我が国の最先端研究を大幅に遅滞させた政治家。

「山は動く」とか言いながら、北朝鮮の拉致に関連していたどこかの政党の委員長は、一切の責任を取っていません。

ーー

選挙によって選ばれるのだから、民衆による監視がなされている、と考えるのは詭弁です。

少なくとも任期中は、好き放題のことを、やろうと思えばいくらでもできるからです。

政治が責任を負わないという状態が、どれだけ恐ろしいものかお分かりになったと思います。

ーー

古事記は、このことを極めて象徴的に、アマテル神が岩屋戸に隠れてしまった、という事例をひいて物語として解説しています。

それは、要するに最高の存在がいなくなるとどうなるか、ということを、太陽が隠れるのと同じだと、その重要性を指摘しているのです。

この天の石屋戸神話では、この事件を契機として、八百万の神々が語らい、国家最高の存在を、権威と権力に分離することを開始しています。

つまり国家最高権威こそがトップであるけれど、その国家最高権威は政治権力を持たない。

権力を持たないのですから、権力と対(つい)になる責任も負わない。

なぜなら、太陽が隠れてしまったら、この世は闇に閉ざされてしまうからです。

ーー

そしてこれが行われた場所は高天原です。

高天原におわすのは、全員が神様です。

そして国家最高権威は、その神々を代表して、創世の神々と繋がる立場です。

つまり国家最高の存在として、神々(地上においては民衆)を代表して、神々と繋がるのです。

これを「シラス(知らす、Shirasu)」と云います。

ーー

政治権力者は、その国家最高権威によって親任されます。

政治権力者は、ウシハクの存在ですが、その権力者は、権力者よりも上位にある天皇によって責任を負う立場となり、また天皇の「おほみたから」である国土や民衆への責任を持つ立場となります。

なぜそうなるかというと、「シラスのなかにウシハクが内包されている」からです。

そしてこの仕組みこそ、神話の時代からずっと続く我が国独自の統治の仕方であるのです。

ーー

日本は、天皇というアマテル神からの直系の血筋を、国家の最高権威としてきた国です。

そして民は天皇の「たから」とされた。

つまり権力者は民を私有することはできなかった。

こうして、我が国の民衆は、太古の昔から権力からの自由を得ていたのです。

ーー

天皇の存在を否定する人たちがいますが、それは、同時に民衆の権力からの自由を意図して阻害しようとしている人たちであるということができます。

そのようなことを好む人達は、はっきりいって、日本人ではありません。

ーー

そしてこの「シラス」と「ウシハク」は対立概念ではありません。

シラスという形の統治を行うにあたって、人々の集合体である国家などの機構には必ず秩序が求められます。

そして秩序を維持するために「ウシハク」が必要とされた。

ーー

日本で行われてきた統治の最大の特徴は、日本が「天皇のシラス国」であり、その「シラス統治」の中に、「ウシハク」が組み込まれていることです。

両者は、車の両輪です。

シラスだけでは、秩序維持ができない。

ウシハクだけでは、末端の国民が大切にされない。

「ウシハクがシラスを受け入れる」ということで、「天皇が征夷大将軍に権力を与える」ことではじめて日本人が考える理想的な統治に至るのです。

ここを誤解してはいけません。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>伝統日本の政治構造
ねづさんの古事記由来の日本伝統の政治構造論は、何時、読んでも新鮮に感じるのは、現代世界にすら、古代日本の様な「民の為の世」を理想に置いた政治システムは実現出来ていないからです。

戦前はいざ知らず、戦後日本人の中で、シラスやウシハクの正確な意味やその2つが、日本の政治を形作って来た事を知って居るものが如何程居るでしょうか? 斯ういう私も、正確に知ったのは、今日が初めてです。

然し、やはり日本の3万年にも及ぶという永い歴史は、伊達ではありませんね。

殊に、威権分離の政治構造は、天武帝の御代に、未だ壬申の乱の余韻が残る世を押さ無るに、老齢の帝では、遠征や謁見と居った、遠出が難しいので、そうした、権力の王である。オホキミは、息子に譲り、自分は皇室の権威の淵源である祭祀王(スメラミコト)の仕事、つまり、宮廷内の仕事に専念する事にしたと、考えたのです。 つまり、偶発的だったと。

然し、古事記に威権分離を意味する事の記述があるのなら、この順序は逆で、端から、帝はそう言う政治の構造を実現する事が、日本の政治の本来の姿である事を意識して居た事に成りますね。

唯、この辺りは、天武帝の妻の持統帝は、兄とされる天智帝の娘、つまり、姪に当たるし、他の2人の妻も皆、姪だと言う事に成って居ます。 これには、流石に諸説あり、天智系と天武系はもともと、血縁はあるが、実は薄いと言う説が在る様で、私もその説に与するものです。

確かにこの時代には「血の濃ゆさを以て、皇統順位とすべし」と言う考えが優勢であったのは、事実の様ですが、天智帝と母親の皇極・斉明帝の吉備色の濃ゆさに比べて、天武帝は、丹波や北陸の海人族系の豪族の影響が強い。

大伴氏が、暴君武烈帝、皇位を丹波系豪族の継体帝に移した時点で、王朝の支配力自体が、地方豪族勢力に依拠して居た部分が大きく、従い皇位継承を巡る、豪族間の暗闘が背景にあったモノと推察されます。

固より、渡来系豪族の疑いのある軽視宇㊦吉備系豪族の出身である皇極・斉明帝は、夫君の欽明帝の薨去に拠って、皇位を継承した、謂わば「中継ぎ」にしか過ぎないのに、皇極帝の後に、帝位についた孝徳帝が僅かな在位で薨去されると、本来なら、帝位に就く筈の中大兄皇子は、帝位に就かず、母親が重そ「=示す偏に作の造り」して、斉明帝になった。

という事ですが、その後も、中大兄皇子は、斉明帝崩御の後も、中々帝位につかないなど、複雑な背景事情を窺わせる史実があります。

この時点で、次男とされる大海人皇子の存在は殆ど無視されて居ますが、彼は、継体帝の出自である、丹波の豪族である息長氏が誇る、当時世界の最強を謳われた海人族集団を率いて居た、オホキミで有ったと考えれば、話の辻褄があって来ます。

天智帝pの薨去後、直ぐに、僧籍にあった、大海人皇子野、追討令を発した息子の弘仁帝にあっては、自分の叔父に当たるのに完全に敵視して居ますね。

加えるに、斯うして起った壬申の乱の時の藤原氏の動きが何処にも語られていない謎も、この辺りに深く関係していると思われます。

そして、皇統は次第に、「武」系帝を排除する方向に動いたのは、この藤原氏の謀略だったと考えるのが順当だと思いますね。

つまり、外戚で有り時の権力者である藤原氏が、政治を壟断した時代が、この後数百年も続くのですが、そして、その後、権力が武家に移り、世の仕組みがすっかり変わっても、威権分離の政体は、足利義満や織田信長と言った例外はあるけれど、日本人に支持された徒、考えて良いでしょう。

皇室の話には、語られない謎が多いのですが、それは都度、皇統が危機に瀕して居たからで、それを科学的に糺そうとするなら、歴代の帝の陵墓を全て暴いて、DNAを採取~調査すれば済む事で有る。

だが、、日本の威権分離の政体が、日本で一つの2700年近くも一つの王権に委ね、さまざまなききはあったものの、政体を維持しえた事は、世界が日本を「世界最古の帝国」として、最高の評価と敬意を示しているのは、臣下足る日本人として、認識を新たにし、誇らしく思うべきであり、皇室の弥栄を永遠に願うものですね。

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