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2020年3月23日 (月)

みんなの力と、みんなの支えによって富が生まれるのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

国富というのは、国民みんなの日々の研鑽と努力によって築かれているものだと私(ねず)は考えています。

つまり、国富というのは、国民の共有財産であり、個人が独占するものではなく、みんなのために使われるべきものだと。

ーー

人間は「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」です。

一生かかっても使い切れないような富を、ひとりで握っていても、世の中には何の役にも立ちません。

むしろ富が生まれたのなら、その富は、進んでみんなのために使う。

ーー

そもそも「稼いだ富は俺のもの」ではないのです。

みんなの力と、みんなの支えによって富が生まれるのです。

このことを江戸時代の二宮尊徳は次のように述べています。

ーー

心に至誠を置き、日々勤労に励み、贅沢を謹んで、利益を他に譲りなさい。

「至誠」道に沿った心を誠といい、我が心を誠の状態に置きなさい。

「勤労」至誠に基づいて日常生活を送りなさい。
(至誠が心の状態を指すのに対して、勤労は至誠に基づく行動を指す)

「分度(ぶんど)」贅沢を慎みなさい。

「推譲(すいじょう)」分度して残った利益を他に譲りなさい。

このような生き方を報徳(思想)と言います。

ーー

富はみんなのモノという考えから、我が国では、江戸時代まで、税金(年貢)をお米で払い、武士の給料(俸禄)もお米で支払われていました。

日本では708年以来、貨幣(和同開珎)が使われ、秀吉が小判を発行すると、またたく間に日本中に普及していきました。

貨幣は為政者に対する信頼がなければ流通しません。

日本では古来から民衆は、政府や行政を信頼してきたのです。

というのも政府や行政は繰り返される災害や飢饉に対して中心となって対処してきたからでした。

ーー

「我が国は旅行の度に衣食のための様々なものを持参しなければならないが、日本ではお金というものだけを持っていればどこにでも泊まることができるし食べることにも困らない」

これは室町時代後期の日本の貨幣経済を体験した朝鮮通信使の一人が記録した文章です。

それでは貨幣経済が機能しているのに何故、江戸時代まで年貢も俸禄もお金にせず、お米だったのか。

それは年貢や俸禄がみんなのものと考えられていたからでした。

ーー

つまりお米は、「貯め込むことができない」ので必ず使ってしまわなければならないのです。

二宮金次郎の「推譲(すいじょう)」というのは、稼いだお金は、お米のように、積極的に世のために使えという意味なのです。

ーー

一般に、経済が発達するということは、大量のお金が動くことをいいいます。

現代社会では、お金持ちになることが、庶民の夢とされています。

たくさん稼ぎ、たくさん貯め込んだ人が、いわゆるお金持ちです。

しかし、二宮金次郎は、働いて稼いだら、そのお金を世のため人のために使いなさいというのです。

ーー

つまり「自分のために稼ぐ」のではなく、「世のため人のために稼ぐ」という、現在とは真逆の考え方です。

ーー

どちらもお金が動きます。

ただ違いは、前者の場合、お金は、単にお金持ちの蔵に仕舞い込まれます。

ですから金持ちは、どんどん金持ちになり、庶民はいつまでも貧しいままに置かれます。

ーー

ところが後者は、お金をみんなが使います。

たくさん稼ぐ人はたくさん使うし、そうでない人もそれなりに使います。

要するに年貢米と同じです。

いってみれば、通貨が利用期限付きで発行されているようなものです。

使っても使わなくても失効するので使わなければもったいない。

ーー

そうすることで社会にお金が回ります。

ーー

生産が増え、お金が増えれば経済規模が拡大し、みんなが豊かになっていきます。

そしてそのお金が公益のために使われれば、社会基盤が整い、国民は豊かさだけではなく、安全と安心を手に入れることができます。

これが二宮金次郎の唱えた報徳思想を経済からとらえた考え方です。

ーー

そしてこの思想が大昔からあったことが舒明天皇の歌から知ることができます。

天皇が「香具山に登って国望(くにみ)をされたときの御製歌(みうた)」です。

大和(やまと)には 郡山(むらやま)あれど とりよろふ 天(あま)の香具山(かぐやま) 登り立ち 国見(くにみ)をすれば 国原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うなはら)は 鷗(かまめ)立ち立つ 美(うま)し国そ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は 

山常庭 村山有等 取与呂布 天乃香具山 騰立 国見乎為者 国原波 煙立龍 海原波 加万目立多都  怜■(りっしんべん+可)国曽 蜻嶋 八間跡能国者
 
ーー

日本では「民こそが国の宝」「富を持つ者だけが国の宝」ではないのです。

ーー

武漢伝染病の流行は、いま人類社会に社会のあり方の再考を突きつけているように見えます。

なぜなら「自分だけのために稼ぐ社会」では、一部の人が、儲けるために戦争さえもしてしまう。

彼らにとっては庶民の命など、自分が儲けるための道具でしかないのです。

ーー

彼らは、兵器としてウイルスを開発し、それが漏洩して感染が広がると自分だけは罹患しないように都市を閉鎖しまくる。

感染者は見殺しにし生きたまま火葬する。

世界に流行し世界中の人々を死の恐怖に陥れることもいとわない。

ーー

日本では、ここぞとばかりに政府に伝染病の対策を迫り、政府が実際に対策を始めれば、やりすぎだと言って非難する。

伝染病を使って自分たちの利権を増やそうと政府批判を繰り返す日本人とは思えない人たちが出て来た。

なんでも反対、それは国民の利益の実現のためではなくて、与党から少しでも自分たちの利権を奪おうとするからそうなるのです。

ーー

一方「天皇の知らす国」は、「稼いだものを世のため人のために使う社会」です。

稼いだものはみんなのために費消されます。

するとお金持ちになることが目的にならず、みんながよりよい暮らしができることが目的になります。

ーー

今回の武漢伝染病の流行をきっかけに、世界は、この社会の根源的な問題に目覚めることになります。

時代はこの伝染病を契機に確実に変わります。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
朝目覚めて、生かしていただいていることに、感謝致しました。明治から日本は幸せに100歳の長寿を遂げられる方々がおられることを誇りにしてまいりましたのに、こんなにも、命の尊さが軽くなってしまっている現状を嘆かざる負えません。この異常な事態に身を挺して、人のために尽くされている方々に感謝いたします。人類の最大の危機が一日も早く収まりますように心から願っております。

ねずさんの考え方の基本にあるのは、日本を好きな人ですし、日本を良い国だとしていることです。
だから、私のように日本が好きな人間は、安心して読むことが出来ます。

日本が込め本位制という経済を基本にしていたときには、納税を米でしていたのですから、米を溜め込んだところで、米はそのうち腐るものですから、自ずと人もそれを分かったうえで生活をしていたと思います。

尤も、貨幣がその隣にありますから、米と貨幣を交換して蓄財することは可能だったのでしょうけれど、それは、商人がすることだったのでしょうか。
昔の映画でも、千両箱は商人が積んでいて、武士が多数の千両箱を持っていた構図はなかったように思います。

また、昔の映画では貧しい農民は米を食べられなかったとの貧しさが良く表現されていましたけれど、考えてみると不作の年もあったでしょうけれど、豊作が続いたこともあるでしょうから、そんなに貧しかったのかと思うのです。
このあたりは戦後のGHQによる、国民教育の結果の性なのでしょう。

そうでなければ、日本には数百年も続いているお祭りが沢山ありますけれど、そんなお祭りが残っているのは豊かであった証拠だと思います。

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>武漢肺炎は神が与えし気付きである
日本は世界でも特殊な社会を持って居る、と考えられて居ます、例えば、ねずさんが挙げた、米本位制度もそうです。

確かに、米が貨幣代わりなら、米は劣化するので、時間の経過と共にその価値を減じます。

ダカラ、貯め込んだりする事の意味が、かなり、減じられはすね。 勿論、災害や凶作に対しての備蓄米は、別の話ですが。

貨幣の様に、労働力等の価値を表出するものを、有効期限を切って流通させる方法は、経済の本質である「流通してこそ、その規模が膨らみ、価値が増大する」という原理に適って居ると思います。

然し、米の様な「もの」を、貨幣の代わりにすると、その量が増大するにつれて、価値が下がる、と言う現象が生まれたので、秀吉が希少金属である金や銀を、大量の米の代わりに貨幣化する事にしたのです。

初めに小判、そして大判を鋳造して、流通させましたが、これも、日本が島国であったからこそ出来た事でしょう、然し、日本では、平安時代に、和同開珎と言う名の貨幣を、政府が発行して居たわけで、経済に対する考えには、歴史があると感じますね。

その中カラ出て来たのが、米本位制度ですが、経済の原理に適って居たが故に、そして、日本社会が、農耕社会で、生産物に対して、それを生み出す労働の価値を表彰するものであると同時に「天の恵みの賜物」である事への感謝を、社会全体で共有して居たから、米を巡っての奪い合いは、飢饉時でも、事例が少ない。

こうした日本の歴史を俯瞰するに、人の命の重さが平等に、扱われている様が読み取れます、勿論、各時代には戦争があり、そこでは雑兵と大将の命は、勿論、等分ではありえませんし、為政者と庶民とも、存在の価値からして違うのも社会の常識でした。

然し、日本人は極、自然に「人の本体は魂であり、不熱で、にぅたいはその乗り物に過ぎない」と言う考え方に共鳴して来ましたから、「あの世」という世界がある事をほとんどの人が信じて居ます。

そして、其処では、現世の身分差等、関係がなく、唯、宇宙の法則に拠って決まる、魂の価値に違いがあるだけです。

こうした死生観を持った民族は、他に、アーリア人がいますが、彼らは、他民族を自民族とは平等に見ないので、釈迦牟尼が宇宙の法則を説いて、覚醒を促し他のでしょう。

それは、自然と言う大きな生命体に取って、人間も他の生物と同じく、魂が肉体に入る事で、始めて動きだす装置に過ぎない存在出ある事で、命ある生き物は全て平等であると唱えたのです。

日本では、そうした釈迦牟尼の考えは、固より古事記にいう「我ら神の子にて、等しく神聖である」という、日本古来からの考えに、合致していたので、既存の神道勢力「=物部氏」徒の争いがあったダケで、広く布教が行われ、神仏習合が行われて居ます。

私が思うに、こうした日本人の外来のものを拒否せず、受け容れて後、自分達の常識と照合して、優れて居る部分は取り入れ、そうで無いものは、自然に廃れて行くにまかせる、やり方で、外来の知恵を取り込み、それを、工夫を加えて改善・改良して、オリジナルよりも、より、現実に即したものに変えて行く「日本式膾炙」の仕方を、近代の西洋文明の取り込みで、多用して、今や、世界一の技術大国になって終いました。

そして、この500年間、世界を覇道で支配して来大国白人文明が、その差別的な考え方が故に、世界中で戦争がやまず、最終的には、一体何が理想だったのかも忘れて、目先の金儲けだけに狂奔している様は、誰が考えても、救い様が無く、モゥ、お終いにしたいでしょうね。

そこで神が与えたのが、過去、人類に採って、最大の脅威である「未知のウィルス」に拠る、感染速度の早い伝染病だった。

もし、他の生命も大事に考え、扱う価値観を持って居る社会なら、「自分だけ、助かろう」とはせず、出来るだけ感染を防ぐ手段を取ろう賭する筈ですが、その真逆の事をした国の社会が、感染の拡大を止められずに、経済も危機に瀕しているのです。

他の迷惑を考える事は、公の存在を尊重する事に直結しますまら、現在、武漢肺炎で苦しんで居る国では、公の価値が、それダケ低いと言う事になりますね。

然し、こうした、天がお与えになった「人類の気付きの為のお仕組み」を、唯の人災として、反省もないのなら、天は更に咋な手段を使って、人類を覚醒させとうとするかもしれませんが、その時は、考えられない様な人的犠牲者が出る
と私は思います。

>ポッポさん ソロです。
昔の映画での「百姓は米が満足に食えなかった」と、いうのは、例えば、東北地方や北海道の寒冷地は、「山瀬]が吹くと、冷夏になって、固より熱帯植物である稲は、水温15℃以上にならないと、ケカチといって、実を着けませんから、しばしば、そんな目に遭ったかもしれないですね。

だから、白米をたらふく食える軍隊で飯ばっかり食っていて、結局、脚気になった。日露戦争の死者の半数以上の死因が脚気だった。

海軍の軍医の一人が、英国留学で英国軍には脚気が少ないことを知り、彼らの主食麦食を推奨します。そして海軍は小麦の全粒粉製パンを採用し脚気の発生はほとんどなかった。

一方当時の陸軍軍医総監だった森林太郎(鴎外)は、ドイツ留学組で、脚気の病因を細菌だとして、この指摘を却下したのでした。また、麦飯を兵隊が猛反発したこともあり、陸軍では白米食を続けたため、多くの兵が脚気で死んだ、と言う話もあります。

では、本当に、百姓は米が満足に食えなかったのか?江戸時代を通じて人口は、変わっていないのに、米の生産高は3倍になって居ます。これは、むしろ十分食べられていたことを示しているのではないでしょうか。反収の少ない東北地方、米の作付けが、火山灰の所為で少ない南薩摩では、満足に食べられなかったかもしれません。

然し、増産された米は備蓄するとしても期限があるので、何処かで消費しなくてはなりませんから「百姓が、米が満足に食えない状況」と言うのは、地域的な事しか無かったということになりますね。

それに、増産で米の価格が安くなったので、いわば、藩は現物である米の収入しか無いから、当然、俸禄も現物での支給しか出来ません。それで、武士階級の生活は困窮して居た様です。

殊に、下級武士団の中核を担う、年収百石辺りの階層は、一族郎党を養いきれない者が続出、挙句に武士を返上して、北斎や広重の様に絵師になるものも居た様ですね、

「昔の映画」と言っても、戦後の話でしょうから、当然、WGIPの「侮日」の縛りを受けて居ます、だから、映画でやっている時代考証なんて、偏向と印象操作だらけだと考えて、まず間違い無いでしょう。

ソロさん  ポッポです。

米の反収と軍隊の脚気等、説明をありがとうございます。

戦後の映画については、侮日であるWGIPと3S教育の影響は大きかったと思いますし、現在では映画(TV)を含めて、時代考証はWGIPはなくなっているのに関わらず、この方が都合が良いとする、映画関係者の影響が今も大きいと思っています。

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