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2020年1月 9日 (木)

2020年代を勝ち抜く人材

ーー以下「頂門の一針 金田博之コラム」より抜粋編集

私は、2020年代は恐らく、企業/企業、企業/個人、個人/個人がネット環境を通して直接繋がっていく時代であると考えています。

しかも、ネット環境は世界に広がって機能している。

つまり、個人が直接活躍できる時代であろうと考えているのです。

このような環境が求めている人材というのは、会社も名刺も、自分の看板も外して、どこにいても、どんな人と働いても 成果を出せる人で有りましょう。

ーー

「自分は日本人だからすごい」ではなく、「 自分の何がすごい 」のかを自覚しておくべきなのです。

つまり、何かすごいものを持っている、あるいは何も持っていないが協力はできる。

というふうに自分をある程度客観視できることが必要でしょう。

そうでないと、望み(のぞみ)を遂げるために自分に何が欠けていて、どういう努力や工夫が必要なのか、さらには望みそのものがわからないまま、いつの間にか年老いていることになりかねないのです。

ーー

私は、外資企業→日本企業→外資企業という職歴の持ち主です。

製造業と非製造業とでは仕事の内容は違うでしょうが基本的な考え方は変わらないのではないかと思っています。

そこで感じたのは、日本人は外国の優秀な人たちと比べても決して引けを取らないということでした。

ところが、世界では、日本人が、まだその持てる力を十分に発揮しているとは思えないのです。

ーー

日本人の間で働くととても優秀なのに、それが外国人との間では発揮できないというのは、例えば、日本の電車の運行を考えればわかります。

あの複雑極まりない世界一の列車運行は、職員全てが自分の職責を自覚しそれを果たしているからこそ可能なのです。

そんな大それた仕事を可能にしているのは職員が日本人であるからであるとしか考えられないほどです。

日本人はそれが普通だと思っていますが、こんなことは恐らく日本人社会でしか実現不可能なのです。

というのも世界のどの国も時刻通りのしかも2分間隔の運行などできていないからです。

ーー

外国ではこんなことは不可能であることを思うと、おそらく外国で活躍するためには日本的思考・行動様式とは別の考え・行動の仕方があるのだと考えてしまいます。

それを十分把握したとは言い切れないのですが、私が感じたものだけを以下に述べていきたいと思います。

ーー

外資企業の会議に参加する度に
「○○さんが言っていることの方がまとも」
「○○さんの案の方が確実」
「○○さんの方が結果が出せそう」
と思うことが山ほどありました。

しかし、実際にその舞台に参加するとその良い案を出す日本人らが力が発揮できないのです。

ーー

能力を発揮できないのは、それが日本企業ではないからであろうとは思いますが、私がいる外資企業環境にしばらくいさせると、相当能力が伸びるのでは?と感じました。

日本人も発想さえ変えれば外資企業で十分に活躍できるのです。

それを「看板に頼る人」「自力で成果が出せる人」「外資企業で活躍できる人」に分けて考えてみました。

ーー

私の評価の基準は以下の3点です。

上から
・指導力
・機会のあるなし
・適応力
の観点で整理しています。

ーー

看板に頼る人
・会社の意思を実行する指導力に限られる
・会社が与えてくれる機会を待つので職歴を自分で作れない
・会社が要求する変化にしか適応できない

ーー

自力で成果が出せる人
・指導力を発揮するも、会社の枠を超えられない
・会社の中で力を発揮できる機会を利用できる
・会社に新たな取り組みを提案できる

ーー

外資企業で活躍できる人
・指導力の結果に対して責任が取れる
・会社に自ら得たい機会を提案できる
・会社の変化・革新を創造できる

ーー

ここで外資企業で働く場合というのは、その企業の指導層になって働くことを想定しています。

しかし社会は、指導者ばかりでは成り立たないことは明らかです。

日本人の多くは、看板に頼って、あるいは自力で成果を挙げて生活している人になるでしょうが、それで、この世界に誇れる社会が成り立っていることを考えると決して悪いことではないと考えています。

ーー

しかし、外資企業で活躍できることも、今や日本人にとっての生き方の一つになってきています。

それで、「国を超えて認められ、活躍できる人」になるために備えておくべきものを私なりに考えてみましたのでお示しします。

それは、「能力」「個性」「信念」を「攻」「守」「走」に分解して提示できると考えているのです。

ーー

それは、会社も名刺も、 自分の看板も外して、どこにいても、どんな人と働いても成果を出せる人材を目指すことでもあります。

それには、以下の3つが必要でしょう。

1. 能力、他者と比べて優位にあるものを意味します
2. 個性、他者に印象付けられるもの
3. 信念、他者に説明できる自分の考え

それはなぜか?

ーー

能力というのは時代や環境が要請するものです。

さらに、環境には他者がいて競争があり、他者との比較で優位にあるからこそ地位が与えられるという現実があるのです。

資格試験を考えればわかりやすいでしょう。

その資格を持てば社会はその能力があると期待し、そのように待遇するはずです。

資格試験に合格することが「攻」です、その資格者にふさわしい能力を維持することが「守」、新たな人材を育成することが「走」になります。

ーー

社会という他者の存在がある中では、何らかの方法で他者に自分の存在を知らせなければなりません。

容姿、着衣、表情、仕草、声、話題で相手に好印象を与える努力をすべきでしょう。

そのためには、相手の好みを知ったり、相手の様子を注意深く観察する必要があり、これが「攻」です。

そして相手が自分に対して抱いたであろう印象を維持するのが「守」です。

さらに印象をよくするための工夫を重ねる、これが「走」です。

ーー

能力や個性、これらがなぜ必要で、どう使うべきかというのを言葉で説明できなければ、つまり生き方自体が正しいかどうか判断できません。

判断の基準これが信念です。

こうしたい、ああしたい、という自分の考えを大切にし、言葉で表現していく。

そうすることで、それは、自分の中で確固としたものになっていく。

これが「攻」です。

そして、それを維持し「守」、さらに改善していく「走」のです。

やがて信念をもった生き方ができるようになり、自分の行動を客観的に評価できるようになることでしょう。

こうして2020年代を勝ち抜く人材となれると、私は考えています。

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コメント

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

>私は、2020年代は恐らく、企業/企業、企業/個人、個人/個人がネット環境を通して直接繋がっていく時代であると考えています。

成る程、2020年代はこのようにしていく時代になるのだろうと思います。

僻み根性ではなく、企業間と個人の関係は時代によって変わるべく流れていくし、個人や企業がどう考えようと、自然の流れに抗えるものでもありません。
技術の進歩や、企業間の交渉のスピードは、否が応でもそのようにならざるを得ないのでしょう。
でも、片方でそのように進歩していっても、もう一方では相も変わらぬゆっくりと進んでいく社会も残るだろうと思っています。


そして、速い流れに乗って進む日本人もいれば、それに合わない日本人もいます。
その人達は、それぞれにあったスピードで進んでいけば良いとも思います。
勿論、これは製造業、非製造業に関わらず共通することですけれど、新しい技術や論文を必要とする場合には、新しいことが必要だと思います。


退職してから10年程にもなりましたけれど、公務員のことですから只管、名刺のお世話になりました。
相手の人には名刺だけが頼りで様々の話が出来ましたので、公務員は名刺と制服でどこでも行くわけです。
それであいては信用して話を進めてくれるのですから、公務員は気楽だったと思います。

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>世界で日本人が活躍する為には
文章を読んで居て、てっきり、前田さんのコラムからの引用だと、おも居込んで居たら、金田さんコラムからの引用と有ったので、日本には、似た様な経歴を持つ人沢山いるのかなぁ?と、ふと、思いました。

外資系の会社に勤めて居たり、或いは、アメリカ流に留学して、そのまま向こうで、就職したりした人って、結構いるのかもしれないなぁと思い直しました。

さて、ご本人の体験からの、日本の後進へのアドバイスと受け止めれば、懇切丁寧で、分析も判り易く、好感が持てますが、金田さんが描いている世界の未来像というのは依然として、今と同じ白人主導の世界なのだろうかと、やや訝しく思ってしまいました。

私が描く近未来の世界は、欧米型では無く、寧ろ、東南アジアやインド系の人々と、仕事を熟して行かねばならに面が多くなるのではないか、という懸念です。

勿論、近代ビジネスの基本は、欧米型ですけれども、その欧米型ビジネスモデルも、欧米経済の衰退と共に次第に変わって来るのではなかろうかと思って居ます。

東南アジアのビジネスモデルには、日本流がかなり混じって居ますから、日本人には、親和性が有るので、寧ろ、やり易い面が多いと思居ます。

問題は、インドの様に、永い歴史と、多民族、多宗教で、然も、厳しい階層間差別が、社会で容認されていると言った、日本では考えられない問題が、あちこちに埋まっている可能性が高く、その状況把握力や順応性を問われる面が出て来る事で、仕事の目的を完遂出来るのかが、決まって来ると思います。

金田さんが仰有る、仕事の攻め、守り、走りは、勿論、重要なアイテムでしょうが、、そこ迄、行くのには、相手の宗教を通した、物の価値観から現地人のライフスタイルやモノの、考え方や流儀迄、理解して、彼らの信用を得なくては、真の連帯感や信頼関係は築けないと、私は思います。

つまり、欧米型の押し付けは、拒絶され易いという事です。

それは、彼らは、400年の間、面従原是で、遣って来たので、もとにもどろうとするなら 簡単に出来るでしょうが、そうなれば、白人支配社会の再来で、折角生えた現地人のモチベーションが、萎んでしまうでしょうね。

其れは、人類の未来にとっても大きな痛手になります。

つまり、是からの世界は、今迄の様な白人支配の世界では無く、日本文明型の、人種差別のない世界に向かうので、日本人は、寧ろ、今迄虐げられて来た人達の台頭と、従来の白人勢力「=既得権保持者」徒の中間的な存在として、寧ろ、今迄より、難しい立場を熟さなければイケない様になるのではないかと、心配になります。

成る程、金田さんが説く「海外に日本人が活躍する為にの心得」については、私の拙い経上からも、何か所も、首肯する処が有り、それらはこの先も、キット、有効だろうと思います。

然し、この先の世界の変化についての言及が無い事を考えれば、「舌足らず」の面は否めないと、感じました。

然し、氏が挙げて居る「日本の電車の正確無比な運行は『日本人チーム』で無いと、実現出来無い」と言う、御見解も、例えば、ベトナムなら、か脳かもしれません。

そうした可能性を、大衆を覆っている、生存限界の危機を取り除く事を手始めに、インドシナ半島に棲む、クメール系の人々の本当の実力を抽き出す事が、この先、10億人を突破するだろ。

この地域は、自然に、隣の南アジアの15億人と合わせて、25億人の大経済圏として、出現するだろうが、この地域を、今迄の様な、白人の「経済植民地(ファーム化)」してはならないのでㇲ、特に、DS勢力の影響は、断固としてはいじょしなくてはイケませんね。

いまは、DS勢力が駒として使った、共産シナが、トランプ政権の攻撃に拠って衰退して居ますが、例えば、インドネシアのジョコ大統領の様に、簡単にめ目先の金に目が眩む様にな人物が、国民の人気を博して居る現状では、油断は出来ませんね。

どちらにせよ、世界は、大きく変わろうとしているのには、間違いないでしょう、ダカラ、今求められているのは、是までの世界の反省を活かしたもので無ければ、意味が有りません、ならば、此処は、東南アジアの黎明を齎したの本文明の出番だと私は思います。

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