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2020年1月17日 (金)

ポリコレに呪われた国

ーー以下「大紀元時報Celia Farberコラム」より抜粋編集

ポリティカル・コレクトネス(政敵を困らすための言葉、通称ポリコレ)

政治家らは、互いに政敵を困らすために、相手が決して否定できないが、それをすると困るような言葉ポリコレで攻撃しあう。

しかしポリコレは癌細胞が自己増殖によってその宿主を死に至らしめるように、ポリコレが増殖すれば国が亡びる。

ーー

実際ポリコレの増殖がスウェーデンを瀕死の状態にしている。

スウェーデンではポリコレの増殖によって誰も真実を語ることができず、良し悪しの判断をすることもできなくなっている。

具体的な例として、昨年末にスウェーデン国教会を巻き込んだ性的少数者LGBT論争が挙げられる。

ーー

2019年11月、スウェーデン・マルモーにある聖パウロ教会(ルター派)の祭壇に、性的少数者LGBTをイメージする絵画が飾られた。

画家は、レズビアンで多くの性的少数者作品を手掛けるエリザベス・オールソン(Elisabeth Ohlson)氏である。

ーー

メディアは、「スウェーデンで唯一の祭壇用性的少数者絵画が、マルモーの聖パウロ教会でお披露目」と誇らしげに報じた。

この絵は個人の家に飾られていたものだったが、マルモーの司祭たちが懇願し、持ち主から譲り受けたというのだ。

聖パウロ教会も承認し、世論の受けもいいと目論んだようである。

ーー

同教会の聖職者ソフィア・ツンブロ(Sofia Tunebro)氏は虹色のストールをまとい、絵画は「多様性の包括」を表現していると絶賛した。

少数者の表現を受け入れるところがルター派の伝統にマッチしているし、人類の性的指向(セクシュアリティ)に肯定的でオープンな表現を見れば、ルター自身も喜ぶだろうと述べた。

ーー

ツンブロ氏は語った。

「やっと(このような)絵が教会に掲げられたことに、多くの人々が安堵していると思います」

「私たちがいくら人間の価値は平等だと説教しても、人々が見て分かる具体的なイメージがなければなりません」

「誰を愛しても、どのように自分のアイデンティティーを認識しても、私たちは皆神の愛に包まれています」

ーー

絵に描かれたエデンの園には、さまざまな人種のゲイとレズビアンのカップルがいる。

中心にはヘビに巻きつかれた性同一性障害(トランスジェンダー)の女性が描かれ、性的少数者を象徴するようなイメージである。

しかし、この女性のイメージが議論を呼ぶことになった。

性同一性障害者がヘビに巻かれているのは、性同一性障害者に対する差別だという声が上がったのである。

ーー

2週間後、絵画は取り外された。

教会側は、ゲイのイメージには「全く問題はない」とし、性的少数者擁護の立場は変わらないが、「絵画には邪悪のシンボルであるヘビが描かれており、それは性同一性障害者が邪悪、あるいは悪魔であると解釈される恐れがある」と説明した。

ーー

聖パウロ教会の司祭代理はスウェーデンの番組に語った。

「教会の指導者たちと慎重に議論を重ねた結果、絵画を取り外す以外に方法はなかった」

これが、まるで癌細胞のように増殖していくポリコレの性質なのである。

問題は決して終結せず、政治的対立者が死滅するまでこじれていく。

ーー

この時点で、聖パウロ教会のトラブルは始まったばかりだった。

作品を制作したオールソン氏が、聖パウロ教会に対して激しく抗議した。

彼女によると、聖パウロ教会は性同一性障害者のことを気遣うフリをしながら、極右からの批判をかわそうとしていると言うのだ。

(スウェーデンにおいて、この絵画に反対する人は全員「極右」の烙印を押される)

ーー

現在、オールソン氏は性同一性障害者とヘビのイメージを削除した新たなエデンの園の作品に取り組んでいる。

教会に修正した絵画を送りつけて、彼らの「寛容度」をテストしたいというのだ。

ーー

スウェーデン国教会は、ルター派に属するヨーロッパ最大の宗教組織であり、過去10年間、ゲイカップルの結婚式を挙げてきた。

この騒動の中で、絵画に対する反対意見を表明したのは、たった1人。

ヨハン・ツーベル(Johan Tyrberg)司教で、「グノーシス派の絵画はスウェーデン国教会に属していない」と述べた。

(グノーシス派はグノーシス⦅霊的知識⦆を得ることによって物的・肉体的世界から救われるとする)

勇気を振り絞った言葉である。

(大紀元寄稿文、翻訳編集・郭丹丹+縦椅子)

 

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>キリスト教文明の蒙昧
私は性的には、ノーマルなので、LGBTの問題に関しての当事者意識は全くないし、共感も出来ない?

加えて、このスウェーデンの、レズの画家の様な、露骨な被害者意識に対する嫌悪感はあっても、神が定めし自然の理に適う「生物としての使命=繁殖・増殖」の為に用意された機能を、別の目的の為に使う事に、強硬に反対はしないが、賛成もしかねる。

それは、個人的な性癖・性向レベルで認識されるべきであって、公的な権利として認めると、そう言う少数者の権利ばかりが優先されて、多数者に不満が社会に、澱の様に溜まって行き、やがて、悪用するものが現れた時に、彼のものを罰せ無くなる可能性が生じるのでは無いだろうか。

それに「生物の使命を果たさない」事を認めれば、間違いなくその社会は、凋落~零落~消滅にむかうだろう。 これは、歴史が証明して居る事でも有る。

それは、新たな命が誕生し無いカラ当然で、人類も他の生物と同様に「限りある生の時間」の中で自分居に与えられた使命を全うするべく生きるしかない、と言う規制を受けて居るので有る事は、誰でも分る事だろう。。

では、一番簡単な生物の使命とは何か?と言えば、生殖だと言う事です。

紹介されたこのお話を読むと、どうも、「全て、人工的なモノ」の様にしか感じない、それは、其処に「自然の理」が存在して居無いからでしょう。 つまり、其処には、神の石など全く無いと言う事に成る。

私は、ヘブライ人イエスが、事実上、国を失って強国の支配下=庇護下に有る時に、一体どの様な、気持ちで大衆に語りかけたのかを想像して見ました。

勿論、其処には、「我々ヘブライの神は、我々をお見捨てになったのでは無い、今こうして得て居る苦難の環境は、神が与えし、次に約束された、栄光の時代に向けての試練なのだ」と、

是なら、自然の理にもか無い話で、人々は「その為には、日常生活に於いても、神を畏れ、その禁じる処を固く守って、道徳に満ちた社会を顕現して、ローマ人に見せた承けてやろうではないか」と、と言う檄のだったに違いない。

この扇動者の様なイエスの態度が、ローマに施政官の気に障ったのだろう、施政官が任じた、ヘブライの王ヘロデに命じて、ヘブライ人の意思でイエスを処刑させたので有る。

思うにイエスは、確かに神が降ろされた、預言者「=神の言葉を預かった者」だったのだろう。

これは、釈迦牟尼やモーシェと同じで、神が人類を覚醒させる為に遣わした者たちであしょう。

其れでは、一体人類は何に覚醒すれば良いと言うのだろうか、それは「自然の理」で有る事は、言うまでもない事です。

現に人類は、自然の理を知り、自然の法則の中の仕組みを人工物で再現して、色々な機械を発明し、原理を自然に学んで、更なる自然の謎を解き明かそうとする、科学文明を得た筈です。

その恩恵を一番受けた筈の「一番遅れて文明化した人種」である白人種が、そのコンプレックスを覆い隠す様に、白人優生種説を唱えて、更には宗教を利用して、是を正当化しているのには、驚き呆れます。

何故なら、それこそが、自らを破滅に向かわ強める悪業、差別の根源であり、それを態々、神の御名を使って正当化して居るからです。

是では、白人文明の命数も、先が見えて居るとしか、云い様がありません、それは、例えば、彼らは自然を、「自分の生を脅かす敵」としてしか見做して居無い事に気が着きます。

それは、白人文明では、何故、発見したのではなく、気が着いた自然の法則に、自分の名前を冠するのだろうか? と考えて看れば、彼らは「人類(白人種)は、自然から独立した存在で有る」と考えて居る様子が窺えます。

確かに、西洋文明と言う狭い範囲ではその現象に隠された法則に、気が着いて、皆に、説明可能な段階ませ体系化した業績は、誇らしいかもしれない,。

ですが、その法則を造って,自然をバランスよく運営しているのは、一体誰の仕業なのか、それとも、唯物論者が云う様に、ただの偶然なのか? その正体こそ、神様では無いのか?という畏れを抱くべきだ。

ならば、自分の名を関する事はならないのか? 恰も、自分が作り出した現象の様な、印象を与えるが、これは、神の御名を犯す罪になりはしないか? そう言う惧れすら、持って居無いのだから、実は、彼らは、神など信じて居無い事が分る。

これは、ジェンダーについても、同じ事が云えよう。

抑々、分り切った事だが、男女の性別を選択して生まれるのは、魂の存在が無い限り自分の意思では、あり得ない筈だ。

人間に限らず生物は、皆そうであるが、この点に不平を鳴らして居るのは人類だけなのではないか? 他の生物は、皆、自分に与えられた性別を、天命として受け容れて一生をその使命を果たし乍、死んで行く。

何故彼らだけが、その流れを受け容れられないのか、それは、彼が蒙昧だからである。

白人文明も実は、自然由来のモノを大切なにする価値観を持つ農耕民であす、ダカラ、その農耕民の集団で有る、米国大衆は、実は、大人しい平和主義者が多いのだと思います。

だが、欧州は他所よりも、耕地が狭い上に、高緯度で慣例にして乾燥して居るから、農業に不可欠な水の利に恵まれて居無い、ダカラ、育つ作物は、限定された期間に、限定された場所で、限定した量しか収穫出来無いと言う宿命を背負って居る。

それに、飢え汰集団の中では、何謀かの他に秀でた力を持つ人間が集団のイニシアレィブを握る場合が多く、然も、そう言う人は、競争社から我身を護る事に対得た際の威も持って居る、つまり、利己主銀的な部分が多い、こういう集団こそ、古代の青人で有り、それを踏襲したゲルマン人なのだと私は思います。

つまり、現在の欧州文明の主催者が、ゲルマン人だと考えて良く、独善的、差別的、非融和的で、結果、世界を植民地だらけにして、多くの無辜の民衆を殺戮しましたね。 これはぁ身をも畏れぬ行為で有る事は言う迄もない事です。

彼らには、怖れる神など居様筈が無いので、ゲルマン人は中世から、「神無き民族」で有った事に成ります。 それは今でも続いて居るのでしょう。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

LGBTには、実社会では無縁で生きてきたノーマルですが、先日久しぶりに会った知人が女性(女装)になっていました。

その人は、知り合ってから10年以上になりますけれど、数年前までは普通の男性であり、ノーマルとして喋っていたのです。
ところが、1年位前にこれまでは男性でしたが、自分ではノーマルで生きているのが苦痛であったそうで、女性(女装)になって初めて自分に合った生き方だと気付いたとのことでした。

私はそのことをうっかり忘れていたものですから、変わった女性がいるけれど、誰だったかが思い出せずに困っていたのです。
するとその女性は、彼にしか出来ないことを表現したので、私は彼が彼女だと認識できた次第です。
思い出せないことで、彼女には申し訳なかったと考えるのですが、彼女はけったいな視線でちらちら見る私に気が付いたのでしょう。
彼の特技で、彼を思い出させてくれました。

彼は今、女性として生活しており、幸せなのだと思います。
私に同じことは出来ないし、したいことだとも思いませんが、彼女が幸せに生きているのなら、それで良いと思いました。

普段の私なら、彼女にもう少しLGBT(彼女はTです。)のことを聞いたと思いますが、その日の私は忙しくて、彼女と話している時間がありませんでした。

LGBTの内のLGBについては、個人の嗜好と捉えても良いと思います。
これも簡単に嗜好と言えば良いのか判りませせんけれど、LGでは子供が生まれませんから杉田水脈衆議院議員は生産的でないと言いましたけれどその通りです。
Bの場合には、男性と女性が一人についている病気もあります。
でも、Tの場合には、その人の心が身体とは反対側なのですから、生きていくのも大変だと思います。
失礼な表現ですが、心と体が一致していないのですから、気付いたときから辛かったと思います。

私も知人の一人として、今後は女性として扱わなければ失礼になるので、気を付けなければなりませんけれど、本人は自分の正体が間違っていたことに気付き、これを修正できたのですから、今は幸せだと思います。
それで、十分です。

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