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2020年1月 6日 (月)

彼らは千年前から日本を敵と見ていた

ーー以下「頂門の一針」より抜粋編集

出典:『週刊新潮』令和2年(2020)1月2・9日新年特大号

【変見自在】例外的日本人

著者:高山 正之

松本市 久保田 康文さん採録

ーー

日本人にはモノの本質を見通す力があるようだ。

例えばキリスト教に対して。

キリスト教は、欧州では不潔と抑圧と迷信に苦しむ人たちに心の安らぎを与え、大いに繁盛していた。

後にマルクスは「宗教は阿片である」と言った。

欧州ではキリスト教はその効き目が抜群だったことになる。

ーー

でも日本は清潔で、抑圧もそう酷くなかった。

迷信も「ミミズにおしっこをひっかけるとちんちんがいたくなる」くらいだった。

むしろ日本人は奴隷を鞭打ちながら慈悲を説く伴天連(バテレン、宣教師)に鼻白んだ。

だから世界で唯(ただ)一国、この宗教を見限った。

それが正しい選択だったことは世界の歴史が証明している。

ーー

同じころ鉄砲も伝わった。

日本人はこっちには目を輝かせた。

種子島領主・種子島時堯は、毛唐から買い上げた鉄砲を刀鍛冶(かたなかじ)の八板金兵衛に見せ、同じものを作れと言った。

金兵衛は心血を注ぎ、本物に勝るものを作った。

銃身のお尻、尾栓には日本初の着脱自在の螺子(ねじ)を取り付けた。

一説には娘と引き換えに毛唐からそのメカニズムを習得したという。

(どう考えても難破船に乗っていた毛唐がネジの作り方を知っていたとは思えないが)

ーー

火縄銃は世に広まり、金兵衛の孫の時代には日本の火縄銃保有数は世界の半数50万丁に達した。

ーー

下地はあった。

まず鉄も鉛も産した。

高度の製鉄技術も持っていた。

細かいことを言えば火縄には日本の檜皮(ひわだ)が最適と分かった。

ーー

ただ問題はあった。

火薬の原料のうち木炭と硫黄は余るほどあったが肝心の硝石がなかった。

で、日本は隣の明に硝石の有無を尋ねた。

明は日本から大量の硫黄を買っていた。

琉球も硫黄を朝貢して好待遇を受けていた。

もしかして硫黄は火薬用ではと思ったからだ。

ーー

答えはイエス。

山東や四川で山ほど採れた。

でも明は売らないという。

なぜなら200年前に太祖の朱元璋が「日本は敵だから硝石を売るな」と遺言したからだ。

ーー

明は、明の持つ鋼製銃も日本人に見せたり、構造を漏洩したりすることを厳しく禁じた。

これは属領の高句麗にも厳命していた。

ーー

福沢諭吉は支那朝鮮を友達だが「悪友」と言った。

が、彼らは千年前から日本を敵と見ていた。

ゆえに硝石は売らない。

ーー

では日本を植民地にしようとしてやってきたイエズス会に売ってくれというと、硝石一樽と日本女性50人を交換すると言った。

実際キリシタン大名らが日本女性を硝石と交換していると聞いた秀吉は、激怒し「伴天連追放令」を出した。

ーー

日本人は自力で硝石作りする道を選んだ。

ヒントは臭くて埃(ほこり)の舞う産地の山東省の景色だ。

五箇山では囲炉裏の床下に穴を掘ってヨモギや麻の干し草を敷き、蚕の糞と藁灰を入れ、尿をかけて埋めた。

山東省を再現したのだ。

ーー

数年寝かせると、あら不思議、穴の底に硝酸カリウムつまり硝石ができていた。

人類が元素も化学式も知らない時代に日本人は硝石を手作りし、世界最高の鉄砲部隊を作り上げてしまったのだった。

秀吉の軍勢はその鉄砲隊を先頭に朝鮮に出兵して明の軍隊と対決した。

ーー

火縄銃の威力は明の青銅銃を凌駕した。

鉛弾は100メートル離れた明兵の鎧を貫通し、今のマグナム弾と同じに体に大穴を開けた。

青銅の火器にしがみつき、改良を怠った明は日本に敗れて、やがて種子島を真似た火器を作るようになった。

ーー

秀吉による二回の唐(から)入りで、明は疲弊し、1644年には満洲人らに滅ぼされてしまう。

ーー

ルイス・フロイスもその威力を知り、日本征服を断念するように本国に伝えた。

因みにナポレオンは後に日本の知恵を借りて同じ方式で硝石を国産化した。

ーー

明治に来た英宣教師ヘンリー・フォールズは日本人が本人である証拠として(IDとして)拇印を押しているのを見た。

調べたら誰の指紋も違い、成長しても不変と知った。

日本人の知恵を英科学誌に発表したら「指紋の発見者」の称号を貰えた。

ーー

昭和に来たマッカーサーは天皇家が直系男子で皇統を紡いできたことを知った。

彼は日本を壊すのが使命だった。

意味も分からないまま皇室断絶の意図で宮家をほぼ廃した。

ーー

今世紀に入り、男のY染色体が不変で継がれることが解明された。

日本人はそれを神武の御代から知っていた。

皇統が世界の奇跡と言われる所以だ。

ーー

今、例えば園部逸夫や朝日新聞が男女同権だからと女性天皇を立てようと言う。

それで神武以来紡がれてきたY染色体が絶たれることも知らない。

日本人の中にこんな蒙昧がまだいたんだ。

そうか彼らは日本人ではなかった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>奇跡の日本文明
 高山さんの視点は、いつも、我々が何と無く見逃して居る点を鋭く着いて来るので、斬新さを感じる事が多いですね。

 この硝石を秀吉が命じて、内製化させた話などはその典型で、実は、日本で硝石が取れない事を知った時に、では、大量の鉄砲を使い始めた長篠の戦以降の戦いでは、大量に必要だった筈の肝心の火薬は一体如何して調達して居たのだろうか? 火縄銃を解発しても、火薬が無ければ、意味が有りませんからね、

 その事をずっと、訝しく思って居ましたが、今日初めて、秀吉が命じて、内製化に成功した事を知りました。

 すると、それ迄の戦いに使われた火薬の調達は、結局、キリシタン大名の専権事項化して居た事に成り、信長側の窓口になった高山右近の異例の出世にも、納得が行きます。

 更に言えば、信長に盾突いた、浅井や朝倉に渡った火薬も、バテレン経由だった可能性が高いですね、彼らの「死の商人」ぶりは、当時から当然の如しだったでしょう。

 すると、戦が近づく度に、農村や街から、若い娘が消えて居たと言う事でしょうが、何故、今迄、こうした事が問題に上がって来なかったのか、と考えれば、結局、戦後はWGIP教育と売国マスコミの所為だとしか考え様がありませんね。

 勿論、家康も信長も、鉄砲を使った諸大名も、同様だったのは言うまでもない事で、バテレンは火薬を献上品とする事で、易々と有利な条件を手に入れて居たのだろうと想像が着きますね、その悪辣さには反吐が出る思いです。

 然も、こうしたローマンカソリックが、未だにバチカンとして世界のキリスト教徒の尊崇を集めて居るなんて、考えただけでも、総毛立つ程の怒りを感じます。

 是を知って居れば、朝鮮王朝の大院君が、フランスの宣教師を牛裂きの刑に架けたのも分る様な気がします。 尤も、秀吉とは、怒りの意味が違うかもしれませんが。

 秀吉も、極悪人には残酷な刑罰を公開でやっています。 

 例えば、強盗団の首領の熊坂長範の牛裂きの刑もありますが、殊に有名なのは大泥棒の石川五右衛門の「釜茹での刑」で、衆人環視の元、五右衛門とその息子を入れて、火を懸けたもので、後世の語り草に成る程の残酷な「見せしめ」だった様です。

 では何故、バテレンや高山右近は「追放」だったのか、と言えば、彼らをもし処刑すれば、処刑されたものが神格化されるダケで、キリシタンが、余計に増える可能性が有る事を慮ったのでしょうね。

 事実、島原の乱で処刑された主だった人々は、今でも聖人扱いにされて居ますし、信仰は途絶えて居ません。

 当に宗教は、阿片なのですね、ダカラ、松平伊豆の守は、島原の乱平定後、全国で宗門改めを行い、自分の家の仏教の宗門を固定しも、事実上布教を禁じてしまい、仏教は慶弔時しか用が無くなっています。 

 秀吉が家臣の諫言を聞き容れたのは、当時は既に、キリシタンの勢力が無視出来無い程広がって居たと言う事が推量出来ますね。 

 秀吉の判断は冷静的確で、その英邁さも然る事乍ら、周りの陪臣達も、怒り狂った主君に諫言できる有能と豪胆を兼ね備えて持って居たと思います。
 
 高山さんは、戦後マッカーサーが「皇統の途絶」を命じられていたので、最初は、昭和帝以下を処刑する心算だったのでしょう、陛下の終戦のご詔勅を読めば、「是は遺書🉅」と、判りますす。
 
 何故なら、マリアナ諸島が堕ちた、19年6月には、鈴木首相が、皇室の存続の条件付きで、降伏を前提にした話し合いを申し入れましたが、FDRは、是を黙殺して居ますから、陛下は「戦争に負ける=自分は処刑される」と言う事は、お覚悟召居されていたのでしょう。

 陛下が、マッカーサーに面会して、「余の身の事は覚悟が出来で居るカラ、どの様な刑にも甘んじて受けるが、国民だけは、助けてほしい」と嘆願に、単身、マッカーサーを御訪問になられた時、その潔さと無私の心に、マッカーサーは一人の人間として感銘を受け、逆に、「この帝を、処刑したら、日本国民は、最期に1人になる迄戦うだろう」と確信したと、有ります。

 ですが、皇統は、男のみが持って居るY染色体の遺伝に拠ってのみ、受け継がれる事を、知ってか、知らずか、11宮家を廃止して居ますね。

 この措置は、おそらく、ハザール人組織からの下命に拠るモノでしょうから、この先、11宮家を復活せしめた時に、初めて、日本の再生が始まったと言えるのだと、私は思って居ます。 其れにしても、、古代に、Y染色体の存在を知り得る筈もない事でしので、大きな謎が残って居ると言えるでしょうね。

 私は、日本人は先の氷期の最中に絶滅したと言われている、同じ人科のネアンデルタール人が、今とは違う意味の、つまり、精神面での先進文明を持って居て、日本人はその忘れ形見であると言う、ドイツ人の人類学者の説に、密かに賛同して居る者です、ww

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

>むしろ日本人は奴隷を鞭打ちながら慈悲を説く伴天連(バテレン、宣教師)に鼻白んだ。

人間を奴隷として扱うバテレンは、西欧ならば普通なのですが、日本では奴隷の文化がなかったから奴隷にむち打つバテレンに鼻白んだのでしょうけれど、西欧の感覚では奴隷は人間ではないのでバテレンにとっては当たり前のことでした。
日本では、本当の意味で奴隷がいなかったことを教えていただいた気持ちです。


>銃身のお尻、尾栓には日本初の着脱自在の螺子(ねじ)を取り付けた。

鉄砲の尾栓のネジについては、それまで日本にネジが知られていなかったことから、これを娘と引き替えにしたと講談か落語で聞いた覚えがありました。
しかし、難破船の乗員達がネジの作り方を知っていたかと考えますと、そんな高等技術を知っている筈がないですね。一つ勉強した思いです。
そう考えるとき、日本の職人の工夫と技術のすばらしさを思い知らされました。

それ以上に、教えていただいて驚いたのは火薬の製造でした。
秀吉が娘達を売られたことに怒ったことは知っていましたが、売られることを防ぐには火薬の製造をする必要があったのですから、これを作ったことに、素晴らしい努力の成果を感じます。
これによって日本の娘達を売らずにすんだわけですが、それまで、バテレンに火薬のために娘達を売っていた大名や商人は、鉄砲のために阿漕なことをしていたものです。

秀吉は老年期になると朝鮮出兵の理由などでもうろくしたように考えられていましたけれど、日本のことを考えて行ったことが明確になります。
改めて、秀吉は素晴らしい武将であり、政治家だったと言うことでしょう。

そして、先日にローマ法王が来日した際に、日本26聖人のために祈りを捧げていましたが、彼らは日本人を奴隷にさせないためにタヒ刑にされたと知っていたら、祈りの意味が変わったと思います。


>今、例えば園部逸夫や朝日新聞が男女同権だからと女性天皇を立てようと言う。

日本は神代の時代から、天皇は男性の血統を繋いできたのです。それを、現在になって女系でも構わないとの考え方には、全く理解できません。
このような考え方をする日本人がいるのなら、敗戦によって後続から外した旧宮家を復活して皇統を回復するもよし、宮家を現在のまま維持して、皇統が途絶える危機に陥ったときに復活させてもよしで、女性天皇は一時繋ぎであっても、女系天皇にすることはしないことを今一度、国民に周知する必要があると思います。

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