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2020年1月25日 (土)

これでは支那・朝鮮人らが仕掛けてくる歴史戦に敗けて当然です

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

たとえば先の大戦を、日本が真珠湾をいきなり攻撃した、というところから記述すれば、日本悪玉説になります。

ところが、東亜地域への進出を目論む米国が、日本を経済的に追い詰め無理やり開戦に持ち込もうと画策したというところから記述すれば、米国悪玉説になります。

ーー

その時の大統領が、人種差別主義者であり、日本でのキリスト教布教に失敗した父を持っていたと書けば、米国悪玉説はより納得されるはずです。

また日本は、植民地支配下のアジアを開放するために立ち上がり、国中を廃墟にしながらもついにアジアの解放に成功したと書くこともできる。

ーー

逆に西洋列強は、日本によって500年続いた植民地利権をすべて失なったと書くはずで、この時彼らは日本を、悪の帝国と描くでしょう。

このように、史実については、自分の側に都合よいように記述することもできてしまう。

ーー

たとえば秀吉が唐(から)入り(半島経由で明に出兵)した際にも、半島内に日本軍を歓迎した人々がいる一方で、日本の一部の大名は、朝鮮側について、日本軍と戦ったりもしています。

様々な人の思惑や行動が、一つの時代を作り上げているのです。

つまり、瞬間瞬間に様々な出来事が同時にバラバラに起きている。

ーー

後世の人々は、それらの出来事に因果関係を求める。

従って歴史家は、バラバラに起きているように見える事件の裏に一貫した理由を見つけて、より多くの人が納得するような、物語を作らなければならない。

つまり、過去の出来事について、それが起こった原因と結果について、合理的に説明できるようにしていくのが歴史家の仕事なのです。

ーー

逆にいえば、過去に起こった事件名、年号、人物名だけでは、物語としては不十分であるわけです。

ただの付随事項にすぎないということになります。

たとえば、天平時代の美術品について言うと、なぜその時代に多くの美術品が作られたのか、なぜ日本でだけそのような文化が花開き、今も残っているのか。

それを合理的に説明するのが歴史だと私(ねず)は考えているのです。

ーー

歴史から学ぶと言う意味では、因果関係をつまりその歴史物語がどういう理由で起こったのかを理解する方が、名前を覚えること以上に重要なのです。

ーー

あるいは源頼朝(みなもとよりとも)が鎌倉に幕府を開いたことについては、1192年に朝廷から征夷大将軍に任ぜられたということ以上に、なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたかについての説明こそが求められることなのです。

もちろんこれについては歴史家によって見方が違っているので、諸説あります。

あるならあるで、それら諸説の中で、どれがもっとも合理的といえるのかの理由を述べる。

それが歴史家というものではないか。

ーー

前にも書きましたが、ただ記憶力を確かめることが目的、テストで良い点をとることが目的ならば、それは学問ではなく、ただのクイズです。

勉強して、テストが済んだらそれでお終い。

人生に何の役にも立たない知識になってしまいます。

ーー

世界史に至っては、さらに悲惨で、誰もがギリシャやエジプトを習うけれど、ではそのエジプトがどうなったのか、ギリシャの都市国家はどのように生まれ、どのようになくなって行ったのか、ローマはなぜ帝国となり、なぜ滅んでいったのか。

日本の名だたる歴史学者でさえ、それぞれについて合理的な因果関係を説明できる人はほとんどいません。

教科書に至っては、世界中の教科書でとっくに捨てられた世界四大文明を、いまだに教えているありさまです。

ーー

教えることがいけないと言っているのではありません。

黄河文明やメソポタミア文明を教えるならば、それらの文明がなぜその地に起こり、どのような文明に育ち、そしてなぜ滅んでいったのか。

この因果関係を合理的に説明しないのでは、それは歴史ではなく、ただの年表暗記の域をでないと申し上げているのです。

ーー

そしてこのような考え方は、古典文学を学ぶ場合にもまったく同じことがいえます。

古事記や日本書紀に書かれていることを、読んだだけでは何の勉強にもなりません。

古事記には以下のような記述があります。

「大国主神が須佐之男命によって蛇やムカデや蜂の部屋に入れられた」

「須勢理毘売からもらったヒレを振ったらそれらが退散したので、一晩ぐっすりよく眠れた」

「めでたしめでたし」

これから何を学べと言うのでしょうか。

ーー

むしろここに登場する蛇は何を意味しているのか、ムカデが何を意味しているのか、蜂が何を意味しているのか、そもそも須佐之男命は、どうして大国主神をそのような部屋に入れたのか。

その理由まで踏み込んで読み込んで、はじめて古事記を学んだことになるのではないでしょうか。

ーー

会社勤めをしていて、何か大きなトラブルに見舞われたとします。

緊急事態としての、その対処はもちろん必要です。

けれど、必要なことは、二度と同じトラブルが起きないように、トラブル発生の因果関係を合理的に調査して、その原因となっている事柄を見つけ改善していくこと事です。

そしてそういう習慣のない者は、同じ失敗を二度も三度も繰り返して、会社の信用を落とします。

ーー

もちろん、上にも書きました通り、こうしたことは諸説あります。

いろいろな考え方の人がいるのですから、それは当然のことです。

そして諸説あるということは、非常に評価が難しいものであるということも事実です。

ーー

しかし、そもそも教育とは評価なのでしょうか。

学生生活などというものは、小学校から大学まで、合計してもたったの16年間です。

人生80年とするならば、人生のたった5分の1の期間でしかない。

しかもこの16年というのは、多くの場合何ら社会的責任を負わない扶養されている時代です。

むしろ、責任ある仕事を遂行する、社会人となってからの40年の方が、はるかに大切な期間といえるし、成長し続けるためには、その間も、ずっと学び続けることが必要になります。

ーー

にも関わらず、日本人の中にも、史実にはそれが起こった理由があり、その理由について知ろうとする習慣を失った者がいる。

南京虐殺があったといわれると、
「それは何年ですか?」
「昭和12年です」
「西暦ですと何年ですか?」
「1937年です」
というところで安心し納得した気になってしまう、これでは支那・朝鮮人らが仕掛けてくる歴史戦に敗けて当然です。

ーー

少し考えたらわかることです。

支那人らが南京虐殺があったというのなら、それが「あったといえるのか」について、支那人らは根拠を上げて合理的な説明をすべきなのです。

けれど、その説明は不可能です。

当然です、そんな事実はないからです。

ーー

慰安婦も同じです。

日本軍が20万の朝鮮人女性を強制連行して性奴隷にしたというのなら、それがあったといえる根拠を上げての合理的な説明が不可欠です。

なぜ日本軍がそれだけの人数の女性を連行する必要があったのか。

20万という数の根拠は何か。

20万人を食べさせるだけでも大変ななのに、さらに居所と衣服を支給しなければならない。

そんなことが当時の日本軍に可能だったのか。

また当時の朝鮮での警官の8割が朝鮮人であったのです、何故朝鮮人らは、そんな非道な行為に抵抗しなかったのか。

ーー

20万人の根拠
20万人をどのように食わせていたのか
なぜ朝鮮人らは抵抗しなかったのか

たった3つのことについても朝鮮人らは全く説明しようとしない。

つまり、この日本軍が朝鮮人女性を性奴隷にしたという話は、史実ではなく、それは朝鮮人らが何らかの政治的意図つまり反日の意図をもってでっちあげた作文であることが分かります。

ーー

私たち日本人は、客観性、公平性、公共性が理解できる、つまり近代社会が理解できる人たちです。

非常に合理的な人たちであるからこそ、自由で、法治が機能する、民衆政治国を運営できているのです。

それなのに、なぜ日本側は、支那・朝鮮人らのこんな不合理な作り話に、謝罪と賠償を繰り返すようなことをしてきたのでしょうか。

ーー

それは敗戦後、占領軍の占領政策に協力することによって敗戦利得者となった人たちが戦後の日本社会の支配者になってきたからです。

彼ら在日・反日勢力は、戦後社会の政財界・教育界・言論・メディア・法曹界を支配してきた。

ネット環境を手に入れた人たちは、もう、在日・反日勢力が戦後日本社会の言論・メディア・教育界を支配し、日本人に「護憲・東京裁判史観・侮日」を強制してきたことを知っていると思います。

ーー

そのことは、「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ占領軍憲法に対して、護憲を主張している人たちがどういう人たちであるかを確認するだけで分かります。

ーー

いずれにせよ「歴史を学ぶ」ということは、単に年号を暗記したり、いつどこで誰が何をどうしてどうなったを暗記することではないということです。

史実がなぜ、その時代に起こったのかを合理的に説明できるようにする。

この能力こそが、支那・朝鮮人らが仕掛けてくる歴史戦に勝利するための必須の能力なのです。

ーー

支那・朝鮮人らが仕掛けてくる歴史問題は、政治であって、歴史の名に値しません。

東京裁判も同じです。

米国人も東京裁判が、戦争責任を一方的に日本に押し付けるための茶番(見え透いた)劇であることを知っています。

在日・反日勢力はそんな東京裁判史観を日本人に押し付け、いつまでも日本人を奴隷扱いしようとしているのです。

ーー

かつての戦争は、当時のソ連の共産主義者による工作と、国内景気を回復したいルーズベルトの都合によって何万人もの米国民の命を奪ったとんでもない出来事であったというのが、米国保守派の見解です。

そのことは、かつて非公開であった機密文書が公開されたことによって明らかにされた。

つまり東京裁判は、日本に一方的に戦争責任を押し付けるためのものだった。

ーー

いまだに米国内で、ルーズベルトを賞賛し、また東京裁判史観を推奨しているのは、米国内のリベラルと呼ばれる共産主義者と、これに同調するメディアくらいなものです。

そして今、彼らは支那共産党マネーで買われた支那共産党の犬にすぎないということが、次々と暴露されつつあります。

そのことを日本人は、長い間知らされずにいて、ようやくネット環境を手に入れることで初めて知ったのです。

今も、日本の在日・反日勢力に支配された言論・メディアは、「護憲・東京裁判史観・侮日」を恥ずかしげもなく振り回しています。

遠からず、日本人らによってこれら在日・反日メディアは厳しく処罰されることでしょう。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>歴史学の意義と活用の必要性
ねずさんの歴史論は、想定通りのお話でした、概ね、共感し同意するものです。

唯、ねずさんが仰って居る「我々市井の民レベルの歴史認識は、それこそ千差万別で、興味の有る無しだけ、でなく、日常の生活上の必要度合が、今までの閉鎖的な、日本社会なら必要性が薄かった」と言う要素を考慮しなくては、貴論の客観性が保て無いと思います。

だからこそ、GHQは、日本人を改造する為に、まず、教育機関を支配したのでしょう。

勿論、当時の民政局のスタッフは全て、コミンテルンの細胞であるニュー・ディラー=共産主義者ですから、マルクス史観の押し付けになりましょう。

そして、是を実行して、現在の東大勢力が蟠踞する「歴史学会」が有るわけで、この連中が教え子の文部官僚とつるんで、戦後の歴史教育を歪めてきたと、私は、認識して居ます。

然し、その成果の程が、最近の日本人の「歴史音痴」の原因かと言われたら、そうでは無く一般の日本人我れきしにたいする関心が薄いのは、現在の世相の変化速度が通信機器の急速な、開発・普及に拠って、価値観の変化が絶えず変わっており、日常にすら影響を及ぼしているから、歴史学の価値が、相対的に下がって居るのでは? と、思います。

ダカラ、ねずさんが「歴史は暗記の量を諮るクイズでは無い」と、警鐘を鳴らさざるを得なくなる、つまり、歴史学そのものが沈んでしまって居るのです。

でも、日本人は固より、他の何処の国の国民よりも歴史好きです、ダカラ、民間レベルの水準も高く、良く、田舎の御爺さんから「郷土史研究家」と言う、名刺を貰いますし、その研究に値する、由緒ある史跡や名刹が各地に存在して、現存の日本文明の歴史すら、既に永さでは、世界一のレベルになっている事を裏付けていると思います。

つまり、日本で歴史を偽造しようにも、根っこが深過ぎて、多寡高、100年足らずの教育工作では、上辺しか変わらないと言う事ですね。

ですから、我々歴史を重要視する日本人が為すべきは、こうした、身近にある歴史に目を向けさせて、歴史に対する関心を呼び覚まさせる事に有ると思います。 そ兎いう意味で、ねずさんがやっておられる活動は、戦後GHQに拠って始められた「日本の歴史の破壊~消滅」計画に対する、日本人としての反発であり、ルネッサンスであろうと思います。

そして、其れ許では無く、維新前の過剰な国防意識から台頭した国学に拠って、少しく歪められた、日本史の部分も糺して行こうとする、学問的な意欲すら感じますから、日本史の精度向上にも資する事だと私は絶賛して居ます。

ここで我々の世代が認識しなくてはイケないのは、今や、記憶蓄積の外部装置として、既に広く普及して居るスマート・フォンという利器の事です。

なにがいけないか?と言えば、持ち運びPCと言って良いスマホは、歴史に限らず、情報を即座に取り出せるので、脳内記憶する必要が無くなって居る、と言う現実がある事です。

ねずさんが仰る様に「我々が求めて居るのは、現実に現れる結果だが、知識は、結果を出す迄の過程に於ける道具に過ぎず、理論と多様な現実の差を学習して、試行錯誤の末に、その狙った機能を発揮する、事象に合った形を見出す事でしか、結果は出て来無い。

すると「知識は、変化・進化するが、それを統御して使いこなすのは、人間の脳の役割だ」と言う事です。 だから、外部付けの記憶に頼って居ては、仕事も技術も、進歩しないわけですし、第一、物が完成しませんねww

この問題は実は深刻で大きいのですが、未だ認識されて居ません、ねずさんの言う、「何故、そう成ったのか?」を、脳内の知識を総動員して推理する事が、人間の理性を育てる絶好の問題だと、思うのですがねぇ、その価値を若い人達に認識させる教育が必要ですね。

シナ・朝鮮の勢力が、国家の消滅的な危機を迎えて居る現在ですから、この先、日本の国内に居る反日・侮日勢力の活動も、その目論見も正体も、国民に暴き出されて、脅威的に衰え始めると思います。

それに、戦後日本支配の張本人である、DS勢力の交代や日本の地位的向上に拠って、日本が要求される役割も変わって事が考えられますカラ、戦後、目まぐるしく変化した価値観は、是からも続くし、寧ろ、科学技術の更なる発展に拠って、今迄の知見では、予想も着かない変化が起ると思います。

その時に日本人として核になるのは、日本文明が「客観性、公平性、公共性」と言う「世界文明の常識」を古くから、日本社会が常識にして来た事田、と思うのです、そして、それを裏付けるのが、日本文明3万年の歴史だと、私は確信して居ます。

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