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2019年12月20日 (金)

我が国は、「制圧し粛清すること」なしに、平定つまり「文化に従わせる」ことによって代替したのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

日本はどのような基準で国創りをしてきたのでしょうか。

それは各時代の天皇のお言葉に見ることができる。

神武天皇の建国の詔であり、仁徳天皇の「民のカマドの煙」であり、舒明天皇の「うまし国」であり、天智天皇の「公地公民」であり、持統天皇の「尊朝愛国」です。

それらの根幹にあるのは、神話の時代から続く、日本が豊かで安全で安心して暮らすことができる国にするために布石をするということです。

ーー

古事記にしても百人一首にしても、あるいは万葉集にしても、ただ日本人男女の愛憎恩怨の物語を描いているだけではないのです。

良く読み込むとそこには、我が国を「このような国にするのだ」という明確な意思が読み取れる。

つまりそこに、我が国が立脚する日本の、そして日本人の原点があるわけです。

ーー

日本には、世界中の人たちがうらやむような素晴らしい文化遺産の数々があります。

しかしそれらは自然発生的に生まれたものではなく、必ずそのような文化が生まれる理由があったのです。

ーー

たとえば「江戸っ子文化」、喧嘩っぱやくて、べらんめえ調で、気っ風が良くて、いつまでも禍根を引きずらない。

一心太助が自分が正しいと思ったことをたとえ相手が身分の高い侍であっても大暴れしてもやってしまう。

それに江戸っ子たちが拍手喝采を送る。

そんな江戸文化は、家康公をはじめとする為政者らが、そのような方向に文化を育てようと意図して、生まれたのです。

ーー

どんな時代にも、活発な人もいればそうでない人もいる。

その中で、どのような人や、どのような文化にスポットライトを当てるかによって、文化の方向が決まるのです。

戦後の日本社会は、共産主義者(リベラリスト)らによって、「護憲、東京裁判史観、侮日」を強制されてきました。

それが現在の日本の状況であることは多くの日本人の知るところとなっています。

ーー

推古天皇の時代に、聖徳太子が現れて、我が国は隋や唐と対等に渡り合うことができる統一国家への道を歩み始めました。

そしてこのときに示されたのが十七条憲法です。

国家建設の規範が示されたということは、実はとても重大なことです。

ーー

なぜなら、西洋でもそれがなされたのは千年以上も後のことだからです。

それは世界最古の成文憲法で、アメリカ法の基礎をなすものとされているのです。

つまり1787年9月17日に作成され、1788年に発効し、現在も機能しているアメリカ合衆国憲法です。

ーー

日本以外の国家建設は、常に反対派や民衆を「征圧し粛清すること」によって行われてきた。

一方我が国は、「制圧し粛清すること」なしに、平定つまり「文化に従わせる」ことによって代替したのです。

これは本当にすごいことです。

ーー

そしてこの姿勢は、その後も舒明天皇、その皇后であられた後の皇極天皇、そしてその子らによって受け継がれていきました。

ーー

そんな中で起こったのが、唐・新羅連合軍と日本・百済連合軍との戦いで、日本が半島の利権をすべて失った「白村江の戦い」です。

このとき、全国の多くの豪族たちが、大切なわが子を半島で失いました。

このときの中央への反感はきわめて大きなもので、その影響は持統天皇の時代まで続きます。

なにしろ持統天皇は、地方への行幸に夜襲されて矢傷を負われているのです。

それだけ深刻な日本分裂の危機があったわけです。

ーー

ところがその持統天皇は、自らが矢傷を受けてもなお、日本を文化によって統一するという道を一歩も違えることはありませんでした。

そして中央における高い文化の発露として、柿本人麻呂に命じて編纂を開始させたのが『万葉集』だったのです。

ーー

私(ねず)は「その日本の文化」を明らかにするために万葉集を読み込んだのでした。

ーー

万葉集全20巻は、いちどきに成立したわけではありません。

巻1がはじめに持統天皇と、その勅を受けた柿本人麻呂によって成立し、
巻2が元明天皇や、古事記の編纂で名高い太安万侶(おほのやすまろ)
巻3以降は元正天皇や大伴家持らによって形成されています。

ーー

『万葉集』に庶民の歌が数多く掲載されていることは、広く知られていることです。

この時代に庶民がここまで文字を扱い、深い意味の歌を詠むことができた社会というのは、ある意味、世界的に見ても、ものすごいことであるといえます。

ーー

しかし事はそれだけにとどまらないのです。

『万葉集』の真価は、実は、大和言葉としての歌謡を、さらに漢字を用いて記すことによって、歌に重層的に意味を重ねるという、一段と進んだ言葉の使用法が用いられているところにあります。

たとえば我が国「やまと」という言葉の表記には

 大和(やまと)
 倭(やまと)
 山庭(やまと)
 八間跡(やまと)
 日本(やまと)
などが使い分けられているのです。

もっといえば、「豈」という字も、「山」に「豆」で、「豆」は「と」とも読みますから、これ一字で「やまと」です。

ーー

大きな和の国としての「大和」
稲穂の前でかしずくたおやかな女性を意味する「倭」
「山庭(やまと)」は山の手前に広大な水田が広がっている姿
都の区画整理された往来を意味する「八間跡(やまと)」
アマテルカミ「日」の本(もと)にある「日本(やまと)」

おなじ「やまと」を表現するにも、その表記文字を変えることで、また違った深い意味を重ねることができるようになったのです。

ーー

そしてそうすることによって、歌により一層の深みを与えることができる。

これは、言葉の表現法としてはある意味、一大革命です。

そしてこれを誰が行ったかといえば、もちろん形にしてとどめたのは柿本人麻呂ですが、実際にこれを始めたのは、おそらくは庶民が先であったろうと思うのです。

ーー

なぜなら庶民というのは気楽なもので、何でも楽しみに変えてしまう。

いまでも、たとえば「ヨロシク」を「夜露死苦」などと書いて喜んでいます。

そしてこれを、さらに高い文化にまで育て上げることによって、権力や武力ではない、文化の力によって日本を統一国家にしていこうと努力を重ねられたのが、やはり持統天皇でした。

ーー

その持統天皇のお言葉の中に、「朕 嘉厥 尊朝愛国 売己顕忠」というお言葉があります。

「朕(ちん)、朝(みかど)を尊(とうと)び、国(くに)を愛(おも)ひ、己(おのれ)を売(う)りて忠(まなめるこころ)を顕(あらは)すを嘉(よみ)とす」

これが我が国の歴史上、「愛国」という文字が用いられた初出です。

西暦694年のことで、1300年以上も昔のことです。

ーー

共産主義者(リベラリスト)にとって「愛国」は、共産党独裁とは相いれない考えなので、彼らはむきになって反対し「侮日」を強制してくる。

冗談じゃあない、例えば親の愛なくしてはその人の現在はないのです。

国とて国民の愛がなければ成り立たない。

「愛国」を否定する教育をしているのは、世界広しといえども、おそらくは日本だけです。

ーー

早い話、共産主義者(リベラリスト)らは、日本を破壊し共産主義革命をもたらし共産党独裁国を作りたいと考えている。

彼らにとっては、日本国内が混乱し、世論がバラバラになり、国民同士の対立が深まって喧騒と騒乱が続いて、国民生活が日々危険にさらされているような情況こそが望ましい。

混乱と無秩序こそが、共産主義革命を起こす原動力になるからです。

ーー

つまり、共産主義者(リベラリスト)らは、国民が平和で豊かで清潔で便利な良い暮らしをすることなど全く望んではいないのです。

ーー

しかし日本人は、敗戦の混乱や大震災や大津波や台風・大雨による混乱の中から、何度も立ち上がり平和で豊かな暮らしを取り戻してきた。

私達日本人は、歴史上、たしかに、そうした文化を築いてきたといえるだけの実績があります。

これこそ私達が取り戻すべき日本であることは言うまでもないで有りましょう。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
››万葉集は先史時代の日本文化の集大成だった
 いつも、ねずさんの視点は、日本文化の淵源を探り、その、特異な優秀さを、紹介する処に、力点が置かれて居て、読んで居て、胸が躍り、嬉しくなる処が必ずありますね、ww

 今日嬉しかったのは、「やまと」と言う、日本古語に、様々な漢字を宛てて居て、就中、倭と言う字は、今迄、「小さい人」と言う意味でしか使われて居無かったのは、私は、縄文系の海人族は、当初の山がちな場所に棲み、日常は、船に乗って海の上の生活ですカラ、自ずと、上半身は発達するけれども、下半身の発達が伴わない為に、背が低い人が多くそれが倭と言う呼称に繋がったモノ田と言う、説明に納得して居ました。

 然し、ねづさんが「稲穂の前に下賜づく女性の姿である」と、解説されて居たのには、目から鱗が落ちましたね。

 成る程、禾偏の下に女が居て全体の意は人偏ですから、殊更に穿った見方をしなくても、これは、収穫祭を祝う際の儀式の姿を模したモノだと見る事が出来ます、つまり、漢字を採用した時代には、稲作農業が民族の生業を表象する様な社会で有った事に成りますね。

 漢字の渡来賀、其れまでバラバラで有った、日本語の表記方法を、漢字を日本古語に宛てて書いた尾の、或いは、漢語本来の意味を日本語に訳したモノ、とする事で、日本語の表現の幅が大幅に拡張し便利になった。

 其処で、庶民の間で、謡曲が編まれ、其れに歌詞を着ける事で歌になり、祭りの際などに歌われる様になった。それを亦、時代を経るに従い文字数を限定する事で,音符の無い歌でも、独特の調子を持たせる事が出来て、忽ち庶民層に流行した。

 と、私は想像をたくましくしています。

 上つ方も、庶民が文字を覚えれば、口伝では無く確実に精霊が伝わる事柄、文字の便利さは分って居たが、住民の間で独自の文字が使われて居たので、是を統一する必要があったが、漢字は、実は長江文明の産物ですカラ、本当は、楚字で無くてはおかしいのですが、黄河文明とまざり合う事に拠って、文字の数や表現が増大していたので、是を取り入れたのでしょう。

 然し、こう言う「従来使って来た文字を改造する」と言う事は、ねずさんが仰る様に、とても凄い事で有りましょう。 其処でネックになるのは、新たな藻児と古い文字の互換性を含めた周知、拡散方法です。

 今なら、学校教育制度が発達しているの出、簡単に出来ますが、当時は、如何に人数が、今の1/100,000程度しかいなかったとはいえ、急速に普及させる為には、何か特別な手法が必要だったでしょう。

 私もそれが、万葉集に詠まれている和歌であり、ダカラ、防人として、故郷を遠く離れた処に派遣された一兵卒が歌った歌や、遊女が歌った歌も載って居るのでしょう。

 この「流行り」につい載せられる人が多いのは、現代の日本人も変わりがありませんwが、庶民発の日本文化の伝統の原点とも言えそうな話ですね。

 おそらく、持統天皇も、こうした庶民や貴族が歌った歌で、その歌い手の身分の貴賤に関係なく、優れたものを選別して、纏めて、後世に遺す集大成とすると言うのは、今でも壮大な文化事業だと思いますね

 文化事業の総帥が3人の女帝であり、選者も柿本人麻呂、太安麻呂、そして、大伴家持と、当代一流の歌人で有った事も、その力の入れ様が分りますし、この事業を軸にして、様々な歌集が編まれる契機になった事も、とても貴重な副産物でしょうね

 この文化の形成や管理に、当然の如く、女性が関わって居ると言うのは、其れだけ、日本ンでの女性の地位が高かった事を表して居るワケですが、リベラリストは、如何もこの点を認めたがらない。

 もし認めれば、自由で、然し、秩序正しく、相互扶助を当然とする人類の理想の社会が、人間が創りだした神や思想に拠らず、自然の理に従い、人類が自然の中で生きて行ける隙間を見つけて行く事で成り立って居るのが、日本の文明です。

 その核心となるのは「神の子にして、等しく神聖」で有る事、則で、全ての生物が「平等」で有る事で実現している事を認めなくてはならないのですし、「古きものは、遅れて居る」と言うマルクス史観も否定されて終う。

 我々日本人は、こうした先祖が遺してくれた文化遺産をより深く知る事で、先祖が真に目指すべきと考えた、文明の形を読み取り、理想の実現の為に、歴代の先人が為した様に、時代の変化に併せた新しい、然し、芯たな知恵を加えて行かねばなりませんね。

 そして、日本流の文明を世界に広めてy来ましょう。

縦椅子様
 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
 先日、堺の阪堺線の駅で電車待ちをしていますと、
「ココから仁徳陵まで遠いのですか?」と尋ねられました。
「川沿いをずっと行けば、自然にいけますよ」と私は答えましたが、このところ堺の古墳群が世界遺産になったというのに、堺の町は相変わらずひっそりとしたたたずまいをして居り、その存在をわすれているかのようですが・・・決して忘れられているのではないのです。
 仁徳天皇陵は≪仁徳天皇の「民のカマドの煙」≫である天皇を慕う民によって、1600年もの間ずっと守られて今にあるのです。正面からみてもその壮大さは窺い知ることはできませんが、
上空から見ると青々とした緑に覆われた前方後円墳は高さもあり、周りを取り囲んでいる堀の幅が100mに及ぶところもあり、たっぷりとした水をたたえて、文字どうり聖域になっています。このような巨大な遺跡をほおって手入れせずにいましたら、朽ちてしまっていたことでしょう!天皇の偉業を慕う民はずっと慕い続けているという日本の民の深い精神性に頭が下がる思いがいたしました。

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