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2019年11月 2日 (土)

共産主義の終末

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声・落合道夫」より抜粋編集

1.共産主義の終末

1953年にスターリンが死ぬとフルシチョフが彼の独裁を非難して以来徐々に国力を落としソ連は1991年に滅びた。

その間38年、1917年のロシア革命以来だと74年になる。

スターリンの飼い犬的存在で彼の真似をして独裁者となっていた毛沢東はフルシチョフを非難しソ連と断交するに至る。

この支那の独裁者・毛が死亡してから今年で43年、中華人民共和国成立1949年以来だと70年になる。

もうそろそろ共産支那の命脈の尽きるころだ。

ーー

米支貿易戦は、北京がドルを手に入れる場所だった香港を、西側諸国は機能不全にしだした。

これで北京がドルを手に入れられなくなると共産支那の経済は破綻し、支那人らは北京(支那共産党政権)に対して暴動を起こすだろう。

それを一層の暴力で押さえつけない限り支那は治(おさ)まらない。

独裁を否定すると体制が崩壊する。

つまり共産主義を独裁の口実にしていた支那人(やロシア人)にとっては、まだ自由は自分たちで法を作って規制するものだということが理解できていないということになる。

ーー

2.今、支那共産党が生き残り策を模索しているという。

マルクスが俺の思想は空想ではないとして発表した共産主義は、平等社会ではなく格差社会を生み、ソ連では人々を革命以前よりも貧困にした。

その結果1991年にソ連体制は崩壊してしまった。

ソ連共産党幹部はマルクス主義が空想であると気づいていたが、自分たちの利権を守るために共産党(労働者)独裁を手放すことができなかった。

共産党を維持すればするほど、国民は困窮し、それに気づいた国民が共産主義体制を崩壊させた。

ーー

支那では鄧小平が改革開放政策で資本主義的手法を導入した結果、極端な格差社会が出現した。

資産数兆円の個人が存在する一方で、一日100円以下で生活している人たちが数億人いる状態はもう共産主義とは言えない。

現代支那の何処を探しても平等社会は見られない。

ーー

3.体制破綻の原因は経済

共産党政権の最優先はこれまでに手にした利権の維持である。

経済、農業、文化その他の政策はそのための道具だった。

しかし経済も農業も文化も人治を嫌う。

公平・公正な法治下での自由競争がないと経済・農業・文化の真の発展は望めない。

ーー

しかし自由競争は、情報の自由化を招き、独裁を滅ぼす。

ソ連は計画経済と称して自由市場を廃止、その結果需給に齟齬が生じ厖大な人的・物質的ロスを出した。

その結果困窮し自滅してしまった。

ーー

一方、支那共産党は人治下で自由競争政策を採った。

生産販売は自由にそして企業管理を共産党支配下に置いた。

世界の資本家らは人治社会を手玉に取り、共産党に賄賂を使い思い通りに投資し生産し販売し支那社会に富をもたらしたが、その富を共産党員のみが取ったため、支那社会は超格差社会となってしまった。

支那共産党は経済力を得て軍備を増強し人民を威圧し、支那共産党の人治を世界に広げるべく国際法を無視しだした。

それをみた資本主義諸国は支那共産党に国際法の順守を要求し、それが入れられないとみると一斉に資本を引き揚げだした。

ーー

4.独裁には正統性がない

そして国民に分かったことは、支那共産党政権には正統性がないことである。

北京政府は国民の信任を得てはいないということだ。

支那共産党は特色ある社会主義と言うが、昔から支那にあるただの軍閥の独裁にすぎない。

これは幹部と家族が大金持ちである事から明らかだ。

権力(武力)で個人(共産党員)の持つ利権を維持しているのだ。

ーー

5.栄華を誇ってきた支那共産党とて諸行無常からは逃れられない

マルクスは共産主義を空想などではない科学的真理だとした。

そして共産主義をへーゲルの弁証法(変化する)の埒外に置いた。

ところが、現実は共産主義自体が科学でも何でもない誤謬であったことを示しているのだった。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>20世紀は共産主義の実験期間だった
 読み終えて「お見事!」と、拍手して終いました、シナの共産主義者にも、読ませて遣りたいと言う気持ちも湧いたが「彼らも、共産主義が空想に過ぎない事は、既に良く体感していて、その正統性を信じて居るものは、最早一人もいるまい」と、直ぐに気が着きました。

 共産主義が空想に過ぎない事は、この方が仰る様に、91年のソ連崩壊~消滅の時点で、ハッキリして居たわけですが、折角、纏まって居るシナを、亦、戦前の様に、群雄割拠状態にする事は、誰の目にも危うい事で有っただろう、だって、シナは、その時既に、核武装して居たのですから。

 彼らを、このまま放置して置いては危ない、と思った人、逆に、その厖大な人口を消費市場に見立てて、大きな金儲けのチャンスと捉えるものと、80年代の後半は、シナの開発に向けて、色んな思惑が渦巻いて居たのでしょうね。

 処が、今のシナ政府が護ろうとしているのは、単に、金が入って来るシステムつまり利権ダケと言う事でしょうね。

 つまり、国家と言う組織は、既に、破綻していると、考えて良いのです。 

 国の政治をするモノが、私益の為に政治を専らにすれば、国が成り立たなくなるのは、シナの4千年の歴史で幾度も繰り返して来た事でしょう。

 是は、シナ人自身も、自分達の正体を誤解して居た事に原因があると思います。

 彼らは自分達のエートスは、商人だと思って居た節が有ります、ダカラ、鄧小平が始めた改革開放政策が軌道に乗り始めて、万元戸「=年収が1万元を超す農家」が現れて暫くしたら「お金に拠る精神汚染や道徳の滅失」が、社会問題として俎上に上がって居ると、云うニュースを読んだ事が有ります。

 精神的汚染とは、一体、どの様な状況を指して居るのか、と考えると、詐欺や窃盗、暴力や売春と言った、金が絡んだ犯罪が増えたと言う事なのではないか、ならば、彼らは商人ではありませんね。

 何故なら、金と上手に付き合うのが商人ですが、彼らは金に振り回されているカラです。

 私はその時「共産主義体制下で、清貧な生活が出来て居たと言うのか?」と言う疑問をまず持ちましたね。

 彼らシナ人のエートスの主たるものは、圧倒的に数が多い農民の筈ですが、実はそうでは無く、その文化創造力や発信力の無さ、或いは、生存限界的の社会に甘んじる処から看て、遊牧民ではないかと思い始めました。 

 加えて彼らは、実は、究極の多民族国家で、オソラク大陸島に存在する、全ての民族の遺伝子を、見出す事が出来るであろうと言う私の推定は、決して間違って居無いと思います。 その多民族混淆状態を称して「漢民族」と呼んで居るのですカラ。

 文化とは無縁の多種多様な遊牧民と、農耕民や商人が無秩序に混在しているのが、シナと言う国の現状であると考えると、国家として纏まるには、判り易い経済の好調さだけになったのも宜なる哉でしょう。

 そして、その状態が長続きし無い事は、全てのシナ人が自覚して居たでしょう「何れ、破綻する」と、ダカラ、国政を預かって居るトップからして、利権を使って、私腹を肥やし海外に蓄財した。

 其れは上に倣って下も行ったから、現在の政権になる迄に、シナの国利民福の為に使われるべき国富は数字だけで、実態は無くなって居て、実情は、外資の投資を自転車操業で回して居たに過ぎないかった。

 だから、現在残って居るのは、天文学的な数字の謝金だけで有る。

 競走原理が働かない、共産主義経済の結論は、敗北と疲弊しかない事が、ソ連の例示で分って居たから、改革開放政策を採ったのだろうが、彼らには、肝心の「有るべき国家像が見えて居無かった」というべきだろう。

 何故なら、彼らは、マルクスが云う「自由経済の結論である、大資本に拠る寡占支配の打破」としての共産主義だが、その「民主主義体制下の自由経済社会」を、ソ連もシナも、史上一度も体験して居無いのですから。

 其れさえ知って居れば、例えば、日本の様に、戦後74年も懸けて、赤化させようとして来たのに、その共産主義を膾炙して終い。より強靱な、民主主義国家になろうとしています。

 是は、偶然では無く、日本が建国以来、2678年の連綿とした歴史を数える国家で、最初は、地理的にも多民族国家だったものが、列島の風水害の多い環境の厳しさを、皆で乗り越えて行く裡に、次第に単一民族化して行き、日本人が出来上がったからです。

 即ち、公の維持、民族の弥栄を、個人の限られた繁栄に優先する、「奉公心」こそ、国の基になる精神であると、気付いたからです。 

 その公の頂点に、お坐しますのが、神=自然の意思を預かる、スメラミコト、大司祭であり、権威の王である天皇陛下なのです。

 ダカラ、国利民福も公の確立の必要性を何ら謳って居ず、目先の権力奪取しか目指して居無い、共産主義では、日本は壊せなかったのです。 

 そして、20世紀の地球上で、1億人を遥かに超す死者を出した共産主義は、その危険さ故に、この先、地上から永遠に消えて無くなる運命に有ります。

縦椅子様
  
 今日も素晴らしいブログ有難うございます
 数時間前「1984年」を読み終え、言い知れぬ感動にひたっております。
 エリック・ブレアーは本名の持つスノビズムを嫌い、ジョージオーウェルと名乗りました。彼は1903年インド生まれ5歳の時英国に帰国。14歳奨学生資格を得、イートン校へ入学。卒業後ビルマでインド帝国の警官になります。24歳英帝国主義植民地支配に疑惑を抱き、本国へ帰って警官を辞職します。25歳作家として立つ事を決意し、貧民屈やパリ・ロンドンを放浪。33歳炭鉱や、不況下の工業都市の労働者の生活をつぶさに視察、スペインの市民戦争の体験を「カタロニア讃歌」執筆。1941年BBC英国放送局に勤務し、ニュースや文芸番組の制作・放送にあたる。1944年41歳「動物農場」を完成。1948年末「1984年」を完成。本のタイトルは1948の8と4をただ入れ替えたもの。1950年大喀血の後急死。47歳で亡くなれます。
 「とある街。壁から大きな顔のポスターが睨み付けている。真下に「偉大な兄弟があなたを見守っている」と説明がついてある。主人公ウィンストンの背後には、テレスクリーンの声が大音響で、期限内の達成をしゃべり続けている。テレスクリーンは同時に受信し、発信する装置で、声も行動もキャッチされるのである。四六時中監視されているのである。1キロ離れたところに勤務先の真理省があり、300メートルの空中にそそりたっており、その白い壁には「戦争は平和である 自由は屈従である
無知は力である」のスローガンが読み取れる。
真理省は報道、娯楽、教育を管轄し、平和省は戦争、愛情省は法と秩序の維持を担当している。
 ウィンストンは圧搾気送管から送られてくる小さな円筒紙を押し広げ、口述器によって行った訂正をクリップしてから、いらなくなった紙を灰塵に帰すべく、「記憶口」に落とすのが仕事だ。そして訂正文が集まり、照合されると、その特定号は再販され、元版は廃棄処分になる。そして訂正版がとじ込みの中に綴じられるのだ。この絶え間ない訂正作業は新聞ばかりでなく、書籍、定期刊行物、パンフレットなどや、更に政治的なあらゆる文書や記録にも適合されるのだ。
 日を追って、いや、一分刻みに過去は現在に改められていきます。あらゆる歴史は、いくらでも書き直しのきく羊皮紙である。
 そんな中彼がやろうとしていたことは、日記をつけるということだった。彼はテレスクリーンの視界外に留まるようにテーブルに座り、日記を書き始めた。
 
 1984年4月4日昨夜、映画に行く。・・・ ・・・・
  何となく瞑想に耽っている間に、自分が無意識にペンを入らせていたことに気付いた。肉太の大文字で
 「偉大な兄弟を打倒せよ 偉大なる兄弟を打倒せよ 偉大なる兄弟を打倒せよ 偉大なる兄弟を打倒せよ 偉大なる兄弟を打倒せよ」・・・
 この本は共産主義を糾弾する本だと思います。この本以上に共産主義の害を書き得た本はないでしょう。ジョージ・オーウェlル氏は誠実に、誠実に書いてくださっているのです。この本は未来への預言書になっています。
 人間を馬鹿にしている共産主義はほろびるべきです!!

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