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2019年10月21日 (月)

ハロウィンはケルトの宗教儀式が起源である

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

鶴岡真弓『ケルト 再生の思想』(ちくま新書)
井村君江『ケルトの神話』(ちくま文庫)

鶴岡真弓『ケルト 再生の思想』(ちくま新書)によれば、ハロウィンとは、「祖先や、逝った親しい仲間と、魂を交流させて、闇の季節の安寧と、闇に沈んだ者たちが、「闇に光りを見出す」ことを願う夜」だったのである。

慰霊ばかりか

「『死者たちから生命力を贈与される』、惠の夜ともなる」

ーー

シーザーの『ガリア戦記』に描かれているガリアとは、地理的には南フランスからスイス、ベルギーを指す。

民族的にはケルト人を意味するのだという。

したがってケルトの末裔は欧州全域に分散し、スペインにもドイツにもいる。

ーー

ケルトの起源はインドとする説が有力で、ケルト人らは欧州各地を流転し、国を建てず、統一王朝を持たず、彼らは『移動する民』であったようだ。

ケルトの最大の王といわれたタラ王は、権力の象徴ではなく、一種ケルト人の宗教的な収斂作用としての存在だったと考えられる。

タラ王の眠るタラの丘には石棒が屹立している。

わが縄文遺跡からも夥しい数の石棒が発掘されてきた。

恐らくこれら石棒は、縄文人にとっても、ケルト人にとっても祭器だったのだろう。

ーー

ケルトは数千年にわたり欧州各地を移動した。

そのなかにアイルランドに住み着いた種族がいた。

ケルトの移住したアイルランドはローマの侵略はなかったが、中世にはヴィキングが侵略しており、ケルト人はそれと戦った。

ーー

それゆえケルトはアイルランド各地に痕跡を残し、ケルト語が残る。

例えば、中世アイルランド語で聖女は「ブリギッド」(現代アイルランド語は「ブリード」)、英語に転じて「ブリジッド」となった。

B・Bこと、ブリジッド・バルドーは、ケルト語で聖女のことであった。

評者(宮﨑)の英国の友人の奥さんの名前がブリジットであったことを、思い出した。

ーー

語源的にインド・アーリア系であることは地名、人名が共通する場合が多いことで分かる。

たとえば、北アイルランド北西部にデリーと、ロンドンデリーいう街がある。

インドの首都の名前はニューデリーだ。

英国をたまにグレートブリテンと呼ぶことがあるが、この語源も『ケルト語系のブリトン語をはなすケルトの人々』を意味したのだと鶴岡女史前掲書は言う。

ーー

ケルトは自然崇拝、そして輪廻転生を信じていた。

アイルランドでのキリスト教は、この地元の信仰の土壌、その習俗のうえに覆い被さるようにして拡大した。

だからケルトの十字架は中央部に日輪がかぶさる。

三つ葉のクローバを尊重する伝統がある。

ーー

日本人は春の彼岸には「ぼた餅」を、夏至(お盆)には「夏野菜」を、秋の彼岸には「おはぎ」を、そして冬至には南瓜を食して自然の力を感謝し体内に取り込んできた。

天皇は収穫の秋になると新穀を捧げ、五穀豊穣を願う新嘗祭を行い、改元となれば天皇家の田と庶民の田から収穫された新穀とで大嘗祭を司る。

古代ケルトは狩猟、牧畜も兼ねたが、農耕民族であり、基本が自然崇拝であり、日本人同様、四季を尊ぶ儀式を尊重した。

そのケルトがもっとも重視した祭礼が、秋の収穫祭ハロウィンであった。

ーー

キリスト以前のケルトの宗教は多神教であり、井村君江『ケルトの神話』(ちくま文庫)によれば、274の神々がいたという。

ヒンズー教は多神教だが、神々には序列がある、ゾロアスター教も数こそ制限されるが多神教であり、日本は八百万(やおよろず、無数)の神々(アマテル神以外平等)がいる。

ーー

ケルトは日本の三種の神器(みくさのかんだから)のように『四種の神器』がある。

日本のそれは剣、鏡、勾玉だが、ケルトのそれは無敵の「魔剣」「魔の楯」、打ち出の小槌のような「魔の釜」そして『運命の石』(戴冠式で上に王がのる)である。

ーー

ケルトの神話のなかに『侵略の書』という写本(AD800年~1200年)があり、トァンという人物の物語が記されている。

トァンはある日、雄鹿に変身していた。

それから猪の王になり、つぎに海鷲、そして鮭に転生して数百年を生き延び、その鮭をカレル王の妻が食して子を産んだ。

その生まれた子がトァンだと、まさに輪廻転生しているのだ。

ーー

フランツ・カフカの小説『変身』は、ある日、目覚めたら主人公のザムザは巨大な害虫になっていた。

これもケルト神話の影響があるのかも知れない。

ちなみに『変身』は高橋義考訳が一番古いが、以後九人もの文学者が翻訳しており、なかには池内紀、多和田葉子訳もあるほど人口に膾炙された。

ハロウィン10月31日の季節を迎えて、二冊を本箱からだして読み直したのだった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>ケルト系白人の謎
 私は、ケルト人と訊くと、直ぐにヘイリー・ウエステンラと言うニュジーランド出身のケルト族の歌姫の事を思いだします。

 此度のW杯ラグビーで、日本はアイルランドとスコットランドと言うケルト系のブリトン人のチームと名勝負を繰り広げ、日本中を沸かせました。

 神戸の街にも、スカートをはいた巨漢の男が沢山現れて、人々の話題になって居ましたが、感心したのは、スコットランドの文化・文明を、皆、関心を持って居て、よく知って居ると言う事でしたね。

 アメリカの移民は、アイルランド出自の方が多いとの事ですが、ケルト系には買わrは無い、唯、米国では永らく社会の上層部は、WASP「=White Anglo-Sa×on Protestant」つまり、ゲルマン系の海洋民ですた。

 ダカラ、表向きの様相は、ゲルマン的な鼻持ちならない選民主義的な傲岸不遜の「我田引水的な強引な正義」しか感じませんが、案外、農民出身の例えば、ケネデイなんて、アイルランド移民の子孫ですね。

 UK内でも、イングランドだけが、AG系の国なので、イメージが2重構造の様に思えます、少なくとも私には、見分けは、付きませんね。

 30年程昔、常連だった、三宮の英国風パブで、2人若いスコットランド人と、片言乍ら話が通じて最初は、PPMの「パフ」だの「虹と共に消えた恋」「天使のハンマー」なんて、一緒に歌っていたけれど、次第に酔いが回って来る裡に、私の英語力では、ちょっと無理なレベルの世間話に迄、して終ったのがイケなかった。

 私もその当時は、白人なんて皆同じと言う偏見が有ったので「白人は、表向きは、親日的だけど、心の底では、人種差別しているのだろう?」とか、暴言を吐いて終いました。

 今考えると、とても恥ずかしい事をして終ったのですが、2人共、気を悪くする事無しに、付き合ってくれましたが、後で、店の人から「今日は勘弁してやるが、今度同じ事が有ったら、出入り禁止にする!」と宣言されて終いました。

 それから、飲み屋で外国人を見掛けても、其れ迄の様に、気軽に声を懸ける様な事は、しなくなりましたねww

 でも、イギリスの文化の源流って、実は、ジェルと人なのでは無かろうかと思います。

 世界的に有名なウイスキーのスコッチやアイリッシュも、民謡もスコットランドとアイルランドのモノが多く、イングランド出自のモノで、世界的モノなんて、聴いた事が有りませんね、文学でも、ひょっとしたら哲学でも、イングランドが占めて居る領域は、極僅かなのでは無かろうかと思います。 

 つまり、中身は海賊と言う泥棒、否、強盗なのではないかと思ったりします。www

 然し、ダイジェストを読むと、ケルト人発祥の地は、実は、インドで、その後、黒海沿岸での農耕生活を経て、氷期が明けて、温暖化した、黒海西岸~アルプス~欧州平原に至る、ガリア地方に、棲み着いた様ですね。

 ダカラ、ローマ時代は、ガリア人と呼ばれたし、その後、ゲール、ゴート・・と、棲む場所に拠って様々な名を付けられていますが、本来はケルト人でしょう。

 3種類いる欧州の白人の基底種族で、純粋な農耕民なのは、ケルト族だけでしょう。 ダカラ、食糧生産民として、戦乱の中でも、生き延びてきたのでしょうし、狩猟採集民の成分が未だ強かったスラブ人とは、違った意味で、欧州中にその子孫が居る事に成ります。

 で、面白いのは、UKに棲むケルト族ブリトン人の宗教は、ローマ帝国の侵略支配と共に、布教が行われた、ローマン・カソリックですが、中世の終わりに、清教徒革命が起って、新教に改められますが、別の島に棲んで居る、アイルランド人だけは、旧教のママでしたから、大陸での新旧教の対立をそのまま、持ち込まれて、前世紀後期迄、IRAと言う、過激な抵抗組織が存在して居ましたね。

 この原因は、イングランドの強引な宗教押し付けに有ると、私は思います。 彼らは、飽く迄、侵略使者~支配者の心算だったのでしょう、ダカラ、反発を買ったのです。

 現在の世界は、永く続いた、ゲルマン族全盛の時代が過ぎて終い、スラブ系のハザール人やロシア人、そして、ケルト系のアメリカ人が、白人文明の担い手になって居ますが、スラブ系には、文化を維持するダケの文化的な歴史「=経験知」が、乏しいし、固より、白人種の繁殖力に、問題が有る様な気がしますので、11~20世紀までの千年間の白人の繁栄は、終焉しそうな気がします。

 然し、農耕民が故に、文化創造力も維持力も発信力もある、ケルト族は、私的には、白人種でも生き残ってほしい民族です。

 世界的に支持されている、「不思議の国のアリス」や「ピーターラビットの世界」、そして、「ハリー・ポッターの魔法の世界」と言った作品は、何れも、最初は、子供向けに書かれたものだろうと思われます。

 農耕民族の特徴として、労働の将来の担い手として、或いは、危機に対処する戦力として、そして、なにより、子孫の繁栄の為に、子供を大事に育てる。

 亦、それ故、子供を産み育てる女性も大事にする、と言う連鎖が、家族中心的な常識を創りだしますが、前述の民謡にしても、現代に華開いた児童文学にしても、その支持者の多くが農耕民族的な家族主義に共感した人々でしょう。

 原作者の空想力が醸す雰囲気には、自然の中で暮らして来た日本人と同じ農耕民の匂いがしますから、世界中の農耕民の子孫にも、共感し易いのでしょうね。

 ケルト族の静かな繁栄を顕現させる為には、ローマ人やケルマン人によって、大きく改竄されたキリスト教の、我田引水的な教義に拘らず、ケルト族本来の自然信仰「=ドルイド教」を復活させて、ケルト族本来の柔軟な思考に戻し、それを、自然の神の教えとして、確立して行く必要があると思いますね。

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
≪鶴岡真弓『ケルト 再生の思想』(ちくま新書)によれば、ハロウィンとは、「祖先や、逝った親しい仲間と、魂を交流させて、闇の季節の安寧と、闇に沈んだ者たちが、「闇に光りを見出す」ことを願う夜」だったのである≫と≪慰霊ばかりか「『死者たちから生命力を贈与される』、惠の夜ともなる」≫との「魂の交流」がどこか日本の「お盆」と共通する「ハロウィン」のことを教えていただき有難うございます。
 「ハロウィン」がケルト由来だと知って安堵しまして、無性に、ケルトの歌姫エンヤの歌声を聴きたくなりまして、Youtubeで画面に映し出される森の景色や透明な音楽に癒されていました。
 息子が何故か、①「ケルトの神話・伝説」鶴岡真弓訳{創元社}②「図説ケルトの歴史」鶴岡真弓・松村一男{川出書房新社}③「古代ケルト聖なる樹の教え」杉原梨江子「実業日本社」を本棚に入れており、驚きましたが、②の本に出てくるICELTIのポスターの獣面を施したブロンズのワイン注ぎや渦巻き文様の壺などは、どう見ても日本の縄文時代の土偶を思わせるような遺物で、≪わが縄文遺跡からも夥しい数の石棒が発掘されてきた≫との関連性があるように思えました。
美術においても、アールヌーヴォ様式の図柄などはケルト由来の物だそうです。また
 カズオイシグロ氏の「忘れられた巨人」に登場する老夫婦はアーサー王伝説時代背景が色濃く残る頃のこるケルト人の夫妻であり、作品の端々にケルトの遺跡などをちりばめ、鬱蒼とした古代ケルトの森に私達を誘ってくれるような作品で、≪ケルトは自然崇拝、そして輪廻転生を信じていた。≫との、余りにも日本との共通性に、深く惹かれている自分がおります。
 本当に素晴らしいブログ有難うございました。
 
 

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