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2019年10月26日 (土)

世俗主義の拡大は社会的混乱を招く

ーー以下「大紀元時報2019/10/21」より抜粋編集

10月11日、米司法長官のウィリアム・バー(William Barr)氏が演説し、世俗主義の拡大が社会を混乱させていると話した。

この演説はノートルダム法科大学院(Notre Dame Law School)の学生に向けてなされたものだ。

現代社会が、宗教と伝統的な道徳を排除し、代わりに世俗主義を押し進めている状況に焦点を当てた。

ーー

「私たちは、宗教と道徳を排除しようとする運動を目の当たりにしています」

宗教と道徳を排除しようとする人たちは、メディアと大衆文化(ポップカルチャー)を利用し、社会問題に対する政府の介入を促進しようとしている。

そして法的手段や司法機関を使い、伝統的な道徳規範を排除していると話した。

ーー

司法長官はこの「道徳の激変」がもたらすいくつかの影響に触れ、あらゆる社会階級に影響が出ていると強調した。

「家庭が崩壊するのと同時に、記録的なレベルのうつ病と精神疾患、元気のない若者、自殺率の激増、疎外された怒れる若い男性の増加、無意味な暴力と致命的な薬物使用の増加が見られます」

「薬物の過剰摂取によって年間7万人以上が亡くなっています」

「しかし私はこの新しい世俗主義の時代がもたらす悪い効果について語るつもりはありません」

「伝統的な道徳秩序を滅ぼそうとする宣伝運動(キャンペーン)が起こされていると言うだけで十分です」

「そしてそれは人々に計り知れない苦しみと悲しみをもたらしたと私は認識しています」

ーー

バー氏は、宗教への攻撃が過去50年間でますます増えたことは、反対意見を抑圧していることが原因だと述べた。

「世俗主義者が様々な社会制度を利用して宗教を体系的に破壊している」

「世俗主義者とその仲間はメディア、大衆文化、娯楽産業、そして学界など全ての力を結集し、宗教と伝統的価値を絶え間なく攻撃しています」

「これらの道具を使って世俗主義の正統性を積極的に促進するだけでなく、反対の声をかき消し、沈黙させているのです」

ーー

彼は、人々はキリスト教に見られる「ミクロ道徳(micro-morality)」から離れつつあると話した。

(ミクロ道徳とは、自分自身の道徳と変容に焦点を当てることによって世界を変えようとするもの)

その代わり、現代の世俗主義者は「マクロ道徳(macro-morality)」を推し進めていると彼は話した。

(マクロ道徳とは政治的目的と集団行動によって社会問題の解決を図るもの)

ーー

バー氏はさらに次のように述べた。

「過去において、社会が道徳的混乱(カオス)の脅威にさらされた時、放蕩で無責任な人の行為が社会全体にもたらす損害が莫大なものになった」

「その結果、社会は元の道徳を求めるようになった」

「しかし、今日の社会では、環境の変化と共に今までに無かったような問題が出現してきており、根本的な原因に取り組むのではなく、悪い結果を緩和する役割を政府に求めるようになった」

「個人的な無責任な行動が社会にもたらす障害を政府が解決するように求めたのです」

「だから、非嫡出子が増加すると、不倫を禁じるのではなく中絶によって解決しようとした」

「薬物中毒に対しては安全な注射施設を提供することで解決しようとしたのです」

ーー

「この問題に対応するため、ますます多くの社会福祉事業(プログラム)が求められています」

「それで問題を解決している思っていますが、実際は問題を増やしている(保護している)のです」

「伝統的な道徳価値を破壊し、道徳的相対主義を新しい正統性として確立するために法律が乱用されている」

「そして、法律を用いて宗教的な人々や団体が自分たちの信仰に反すること、例えば、不倫や堕胎を行うよう強要している」

ーー

「世俗主義の勢力は絶えず伝統的な道徳規範に基づいた法律を取り除こうとしているのです」

ーー

バー氏はまた、社会における宗教の役割に焦点を当て、道徳的な規律を促進し、人々の行動に影響を与えるべきだと話した。

「宗教はまた、社会における道徳的な規律を促進します」

「私たちは皆、道徳的には落伍者です」

「道徳を守る行為が自分のためになると分かっていても、時にはその行動ができないことがある」

「宗教は、そんな時に私たちが本当に良いことを求めるようになるために私たちに教え、訓練し、習慣化させてくれます」

ーー

「正式な法律を用いて、つまり強制的にこれを行うのではありません」

「道徳教育と社会の非公式なルール、つまり代々受け継がれてきた知恵と経験を反映させた習慣と伝統を通して行うのです」

「言い換えれば宗教は社会の中で、道徳的な規律を植え付けて強化する道徳文化を確立するのに役立つのです」

「しかしもちろんその宗教には個人や社会を破壊しないという、いわば健康が求められていることは言うまでもありません」

ーー

(大紀元日本ウェブ編集部+縦椅子)

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コメント

 >縦椅子様 本日も更新有難うございます
>>反宗教、反道徳は共産主義の延長
 昨日TVを眺めて居たら、2児の母が家で、何者かに襲われて、2児は死亡、母親も首に深い傷を負ったが、頸動脈を逸れていたので一命はとりとめた、と言う事件が報告されて居たが、その犯人が、実はこの母親の保険金目当ての自作自演であった。と言う話をやって居ました。

 幼児は母親を唯一頼りにして居ますから、その母親が、その信頼を一方的に裏切って、無抵抗のママ、死に至らしめるのは「子供は、神から預かった宝物」と教える、日本の伝統的な常識から言えば、当に、「神を畏れぬ行為」であり、家族の崩壊以外の何物でもないでしょう。

 ですが、日本でも最近、同じ様な「子殺し」の事件が沢山報告されて居ますから、強ち、他所事では無い様に思います、それに、日本でも「薬物常用者」が、特に芸能・スポーツ界の有名人が取り上げられますが、報道され無いレベルの人達は、相当数に上って居るのでしょう。

 薬物中毒は、朝鮮人の成分が日本社会に増して来た事とも関係が有るのかもしれません、 彼らには、固より、遵法精神が欠落しているし、心の安寧を確立して居無いなので、無間地獄に落ちて、足る事を知らないのです。

 薬物の習慣性が問題にされますが、先に病んで居るのは、自分の心だと言う事に気が着けないにでは、救い様が無い。

 聖人は仰っています「天は、自ら援けるものを助ける」と、即ち、助かる「=都合の悪い事態から抜け出す」には、先ず、自分の意思が必要なのだと、その「気付き」は、具体的な努力を行い客観的に認められた時に、自分の中に「希望」として生まれ、成長して行くものです。
 
 こうした教えが、宗教と分類されるモノですが、勘違いしていると思うのは、神は気付く材料を呈示して居るダケで有って、本当に「気付く」のは、自分自身で無ければならない、と言う事なのに、スタンダールの「赤と黒」の主人公の様に、材料に過ぎないものを「神の教義」と呼び、其れを信仰する「≒暗記する」事で、修行は終わったと考えるのは、本末転倒だろう。

 布教する事で、組織を拡大して経済的、政治的発言力を持とうとする現世宗教は、先ず、この状況を、宗教の原点に戻って、改善しなくてはならない。

 「悔い改める」と言うが、「悔い」ても「改める」事はして居無いのが現代なのではないか、其れは神を侮る、即ち、自分を騙す行為に他ならない。

 神が定めし「自然の摂理」の中で暮らして居る我々生物が、自分を誤魔化したくらいで、免罪になるなどと、考える方が、如何かしている。

 ダイジェストに述べられている、バー教授の仰っている事が、欧米社会の現実なのなら、既に、欧米社会には、神は居無いと断言できる。 

 何故なら、彼ら欧米人が講じて居る解決策というのは、全て、現状を追認して、偽善を取り繕って居るダケのごまかしに過ぎないカラである。

 思うに彼らは、中世の宗教暗黒時代に懲り懲りして、新たな、道徳規範を求めたが、それが、バーさんが仰有る様に、世俗主義で退化させようとしているが、是は単なる中世の宗教暗黒時代の反動現象だけでは無い様に思う。

 キリスト教を4世紀末のローマ帝国が国教化して以来、欧州社会は、ようやく道徳的な規範を得て、道徳規範下の社会で経験知を積み重ねてきた。

 然し近代になって、愚かにも、現代に至って、人間の欲望を主体として、非道徳的な古代社会へ退行しようとしているのである、その主たる理由が、自由だと言うのだから、中身は何も進化して居無いと思われる。

 是は固より、現代のキリスト教が「純粋なイエスの天からの啓示」では無く、パウロに拠る改竄、ローマに拠る改竄、ゲルマン人に拠る付加、そして諸民族の民族宗教の成分が、あちこちにちりばめられた混合物で有り、神の法則を説いたイエスのものには程遠い処から、真逆の、即ち悪魔の成分の教えが混じって居るからであろう。 

 その代表的な成分が、選民主義と言う先天的な差別を容認する教えである。

 是を欧州文明の担い手は、最初の500年に亘って、欧州と言う限られた土地の中で散々やった挙句、残りの500年で、世界中に広めたのである。

 これは、白人同士の愚かな差別のしあいの原因が、原始的で幼稚な、選民主義にある事は、誰の目にも明らかな事だろうがその事実を、白人達は、世界に糊塗・隠蔽しているのである。

 その現象は、ハザール帝国の歴史的な情報が余りに少ないので、中にはハザール人なんて居ずに、紀元73年に、エルサレム神殿と共に滅びた、ヘブライ人が北欧に逃れて、信仰を保って居たのが、現在のユダヤ人だと言う、愚か者迄居る。

 私が思うに、白人支配の世界は、その宿痾的な問題を、解決しようとしない、出来無いが故に、終焉を迎え様として居る、と思います。 其れは、差別をする方もされる方も、差別を容認して来たからでしょう。

 其れに、神に与えられた十戒を教条的にしか守って居ないにで、罪を懺悔して告白しさえすれば、「悔い改めた事に成って、赦される」なんて言って居ますが、天罰と言うのは、固より自分が犯した罪に応じて、神が定めし、自然の摂理「=神の摂理」に応じて、自動的に下されるものであり、犯した罪、相応の罰からは逃れられないのです。 つまり、神が下すわけではありません。

 それに罰を受けるのは、一体誰なのか、と言えば「真我の我」である魂なのです。 ダカラ、死んで逃れる事も出来ませんし、薬で、苦しみを誤魔化す事も不可能です。

 人間は、罪を償う覚悟を決める事が、罪に対する本当の意味での反省をする事ですし、その苦しみを魂が耐え抜く上で必要な準備となると言う事です。

 この準備をする為には、「気付き」を積み重ねねば、成りませんが、それを現代の法律は、共産主義の影響で、唯物的になって、寧ろ邪魔をする方向に在ると私は、思います。 

 確かに現状は、魂の存在は公式には証明されて居ません。 でも、では、脳死も含めて、肉体的に死んで居無い人が「魂が抜けた様な状態」になるのは。何故でしょう。

 意識が戻らないまま、死んでしまう人が居るのは、どうしてでしょうか? 人間の誕生も、肉体と言う身(水)に、霊(火)が入って、初めて人間となると言う教えがある。

 もし、是が嘘や誤りならば、人間の生の始まりについて、どう答えるのか? 報告されていないが、年間相当数の死産が有る原因の中には、端から魂が入って居無かった、或いは、何らかの理由で、途中で抜けて終ったから、と言えるものが有るのではないだろうか?

 有ったとしても、魂の存在が証明されて居無いので、そうは認めないだけ、と言う事では無いのか? と言う数多の疑問に、どう答えるのか?

 もし魂が、胎児段階で肉体に入るのなら、その時点で人である。 ならば、中絶手術は、殺人そのモノだと言う事に成るだろう。 ダカラ、この点では、科学の判定より宗教の判定の方が正しいのです。

 如何なる理由があろうとも、中絶・堕胎は、人間側の不都合が、神の摂理に背く大罪になって終う事も、人はちゃんと覚悟を決めなくてはイケない。

 そう考えれば、法律から宗教的成分を取り除くと言う事は、神の摂理を取り除いて、人間の都合だけで、正義/不正義を決めて終おうとしている行為に他ならない。

 人間の科学は、日進月歩だが、反対に道徳は、ドンドン神の摂理が意図する処から離れ、退化し続けて居るのである。 だから、白人文明は、終焉に向かって居ると言う事だろう。

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