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2019年10月 9日 (水)

この鈴のことを本坪鈴(ほんつぼすず)といいます

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

多くの神社には、拝殿のところに鈴があます。

この鈴のことを本坪鈴(ほんつぼすず)といいます。

坪というのは、土地の平らなところのことをいいます。

ーー

そこから鈴は、平らかなところ(我々の住むところ)に神様にお出ましいただくための合図であるとか、参拝前に鈴の音によって悪霊を払うのだとか説明されます。

(ちなみに寺院は、鈴の代わりに鰐口(わにくち)が置かれていて、それを鳴らし仏界とこの世を分ける門番に挨拶をしてから、仏様にお参りする)

ーー

鈴のすぐ下にお賽銭箱が置かれている。

作法は、まずお賽銭を入れてから、鈴に付いている紐でガランガランと鈴を鳴らして二礼二拍一礼するというものです。

まずお賽銭、次に鈴、そして参拝、という流れになります。

ーー

以下はなにぶん古い話なので、こういう考え方もあったくらいに思ってください。

鈴は「たまたま」であって、その「たまたま」を竿(さお)を意味する紐(ひも)で鳴らす、すると先端から「霊(たま)」がほとばしる。

賽銭は「霊」の代金だ、というのです。

ーー

というわけで、大昔は鈴をならしてから賽銭を入れていた。

しかし、それではあまりにも直接的すぎる。

ということで、賽銭が先、鈴が後になった。

という、お話です、真偽はわかりません。

ーー

ただ、興味深いのは、この短い作法の解釈の中に、男女とは何かについての、古代から続く日本的解釈が窺えると思えるのです。

もともとわが国では、古来より生き物には「霊(ひ、たま)」が宿ると考えられてきました。

「霊(ひ、たま)」というのは、言い方を変えれば御神体です。

ーー

「身(み、しい)」は一代限りの、いわば使い捨てですが、「霊(ひ)」は永遠の存在です。

ですから、身よりも貴重です。

そこから「たとえこの身が不浄に落ちても、我が霊だけは汚すものか」といった心が生まれたりもしています。

ーー

子を産むときにも、この「ひ、たま」と「み、しい」の関係で説明されました。

子を産めるのは、女性だけです。

つまり女性は「身(み)」から、赤ちゃんという「身(み)」を生みます。

ーー

けれど女性だけですと、毎月、その「身の種」は流れてしまいます。

ところが男性が「たままた」でつくった「たま」を成人した女性の胎内に注ぐことで、身の種が身となって生まれてきます。

つまり身の種が霊(ひ、たま)を授かり、身となるわけです。

ーー

そこから霊(ひ、たま)は、男性から子へと受け継がれると考えられてきました。

霊統というのは「霊(ひ)」の流れです。

たとえばご皇室は、天照大御神(アマテル神)から続く霊統です。

つまり天皇は、アマテル神の「霊(ひ)」を受け継がれているご存在なのです。

これが国家最高権威の理由となります。

ーー

万世一系というのは、アマテル神の「霊(ひ)」の流れのことを言います。

その「霊(ひ)」は、男性の「たまたま」からつくられて女性の胎内に注がれるわけですから、霊統は、男系でなければならないのです。

ーー

繰り返しますが、子が産めるのは女性だけです。

女性は身(み、しい)の種を作り、それに男性が「霊(ひ、たま)」を授けることで、赤ちゃんという身(み、しい)を生みます。

身の種に霊を授けるのが男性の役割なのです。

ーー

そして「霊(たま)」と「身(しい)」が合わさったときに、はじめて新らしい命(たましい)となるのです。

この霊と身を結び付けているのが「玉の緒」で、それがほどけると死ぬことになります。

(玉の緒よ絶えなばたえね ながらえば 忍ぶることの弱りもぞする)

ーー

つまり男系天皇という発想は、アマテル神の霊(ひ)の流れを途切れさせない、という思考から生まれているわけです。

ーー

これに対し、女系という発想があります。

女系というのは、サザエさんがフグ田マスオさんと結婚して生まれたタラちゃんが、女系になります。

この場合、タラちゃんの霊(ひ)は、マスオさんの霊(ひ)の流れになります。

タラちゃんには、磯野波平さんの霊は伝えられてはいないのです。

ーー

仮に波平さんが、アマテル神の霊統の人であったとして、サザエさんまでは、天アマテル神の霊(ひ)の流れが維持されています。

しかし、サザエさんの子・タラちゃんには、アマテル神の霊(ひ)は伝えられてはいない。

つまりアマテル神の霊はサザエさんで途絶えてしまうことになります。

(女系というのはアマテル神の霊が途絶えるということです)

ーー

この仕組みが完成した古代には、まだ遺伝子の存在は知られていません。

知られていないのになぜ男系が重要視されたかといえば、霊が男子によって伝えられるという考えがあったからです。

それほどまでに大切にされてきた霊(ひ、たま)の流れ。

ーー

その流れの中に、冒頭の神社での参拝作法もあります。

その意味から、参拝の都度、もちろん作法としてお賽銭を捧げてから鈴を鳴らしていますけれど、個人的には、たまを鳴らして御祭神の霊(たま)をいただくということを、なんとなく実感している次第です。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>魂とは何ぞや
 「『たまたま』から、霊(たま)を身の種に注ぎ込んで初めて命になる」と言う説明は、当にその通りで、「どうして子供が出来るのか?」と言う原初的な疑問を解決する為に、古代人が現実を観察と経験知から辿り着いた結論の様な気がします。

 私が所属している団体では、霊を火とし、身を水と考えて、その属性に敷衍して居ますから、男は火であり、女は水で有る、是は五行思想「=木・火・土・金・水が森羅万象を構成する」の裡「火と水の融合が生命誕生の基である」と教えて居ます。

 ねずさんが仰有る様に、火は霊であり、水はその7~9割が水で出来て居る身だといっているのです。

 受精の瞬間を顕微鏡で見て居ると、卵子を取り囲んだ無数の精子のうち、1匹だけが卵子を覆って居る膜を通り抜けて、卵子と合体し、其処から卵割が始まり、終に、60兆個の以上の細胞体になった以降に、人間としての形成が開始されます。

 其れから、アポトーシスと言う、細胞のトリミングが始まり、手が出来、足が出来、指が出来・・て、妊娠30週目位には、90%程度の完成度になり、そして、出産と言う事に成りますが、是も、難関で女性にとっては、大きな痛みを長時間味わう「生みの苦しみ」を耐え抜く、気力、体力が要求されます。

 此処で、私が不思議に思うのは、この火(霊)が水(身の種)の中に入ってからの絶妙な形成の指令は、何に拠って、如何にして行われて居るのかが、科学が未だ突き止めて居無い範囲の事だと思います。 其れを解き明かすのは、遺伝子でしかないでしょうね。

 自然界には、法則と言うものが、確かに存在しますが、最近分かった事は、その法則は、地球と言う宇宙の生命体が備えて居る条件下ダケで起きて居る事が多いと言う事です。

 例えば、重力の違いがあれば、人は、マトモに歩く事すら出来ませんし、一定で無ければ、生命は、其処で生きて行く事も困難になりますが、宇宙では、星に拠って重力強さが違うのは当たり前だし、その星の何処でも一定かどうかも分りません。

 ですから、私たちが自然と考えて居る法則も、原則、地球上だけにモノで有ると考えるべきでしょうね。 ダカラ、極端な事を言えば、生物は地球以外には存在し無い士、人類も地球以外で葉生きては、イケないと言う人も居ます。

 良く、宗教関係者は、「宇宙の~」とか言って居ますが、そう思って居るダケの話で、実際には、確認できない事です。

 ですから、神は何処に居るのかと、いうなら、地球がご神体と考え、我々人類も、そのご神体を構成して居るものの一部「=地球の欠片」であると言う考え方に、私は、惹かれます。

 この「唯一無二の地球」の上で、生命活動を許されている生物全てが、神が生み出したものであるからには、この地球の環境維持の為「=生命維持の為」に、我々は、争いを止め、皆が共に援け合い、共栄出来る様に、足らぬ処を補い合う、仏教に云う利他愛が必要なのでは、ないでしょうか。

 そして、我々自身の本体である、魂は如何なる存在で、どんな時にその存在を感じ取れるかと言うと、最近経験した事から、述べてみます。

 今、開催されているラグビーのワールド・カップで、技術的、或いは、体力・体格的に、圧倒的な差がある、チームが、絶望的な点差もものともせず、最期の1秒まで死力を尽くし、「ノー・サイド」のホイッスルが鳴ると、其れ迄の激闘を止め、お互いの健闘を称え合う、是がラグビーの良い所だと思います。

 そして、何より素晴らしかったのは、10万人は居ようかと言うと満員のスタジアムの観客も、その選手たちと一体になって、例えば、大きく負けて居る方が、攻め込むと会場から、大歓声と手拍子が一斉湧きおこると言う現象は、大勢の魂が同じ方向に向かって、一つになった瞬間であり、私は感動の余り号泣して居ました。

 大勢の人間が、心を一つにして、波動を生じる何かをする、合奏でも、合唱でも、あるいは、単なる手拍子でも、良い、人間はそうしたモノに、共鳴して、心や魂まで震わせる感性を持って居ると思って居ます。それが出来るカラ生きて居るって貴重なんですね

縦椅子様
 素晴らしい冒頭の神社での参拝作法のブログありがとうございます。
 ≪参拝の都度、「ご縁がありますように」と用意した心ばかりのお賽銭を捧げてからしゃんしゃんと鈴を鳴らします。するとたまを鳴らすことによって御祭神の霊(たま)がしずしずとおりてきていただくということを、なんとなく私も実感している次第で、≫有難くかんじております。
 神社には、「七夕」の折に吊るした願いを書いたいた短冊が終わった際に、納めることにしております。先日、たまたま、公園の掃除をしているメンバーが七夕飾りづくりを頑張った人たちだったのですが、その中の一人が「私七夕の願いがかなったのよ」と嬉しそうに言われました。
 去年の台風21号のとき公園の南側のマンションのトタンが吹き飛ばされ、周りの住宅に甚大な被害を及ぼしており、建物の持ち主へ何度も「直してください」と頼みに行っていたのですが、なかなか順番が回ってこなかっつたらしいのです。
 この度「七夕へのお願い」が叶い、「やっと工事が始まるようになったのよ」とおっしゃるのです。
 「みんなのために、こんなにも祈ってくださっている!彼女はえらいひとだなあ!」と私は感心しました。
御霊への願いは「かなえられる」と私は信じるようになりました。

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