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2019年10月27日 (日)

彼らがばらまいた共産主義や自由主義に対する反撃が始まろうとして居る

ーー以下読者投稿より抜粋編集

ソロです。

現状を苦と感じるのは、社会生活をしていることから来ることがほとんどです。

その大部分が他者に認められたいという人間の持つ捨てがたい欲求からくる。

健康、容姿、運動能力、学力、才能、資力、その他は、一人で生きているので有れば問題にもならない。

ところが他者の居る環境では、それらすべてが苦の原因になってしまう。

つまり社会生活をするということは、苦を抱えて生きるということになります。

ーー

それでは社会生活というものをどのように考え生きればよいのか。

曰く「天は、自ら援けるものを助ける」と。

現状に苦しんでいるのであれば、「この苦境から抜け出て見せる」という自分の意思が必要だという意味です。

そのためにはまず自分が何を苦と感じているのか「気付く」ことが必要でしょう。

ーー

健康か容姿か運動能力か学力か才能か資力かその他か。

それが分かれば、どうしようもないものについてはあきらめ、何とかなりそうなものについては具体的な工夫と解決のための努力をすべきでありましょう。

もし、その結果、苦がいささかでも改善するようなら、自分の中に「自信」や「希望」が生まれ、より大きな苦にも対処できるようになって行くものです。

ーー

こうした教えが、宗教と分類されるものです。

しかし、神は気付く材料を呈示するだけで、「気付く」のは、自分自身であると言う事です。

つまり神を拝むだけでは何も解決されない。

しかし宗教家は、「神を拝めば苦から解放される」と布教する事で、組織を拡大して経済的、政治的発言力を持とうとする。

ーー

彼らは「悔い改めよ」と言うが、「悔いる」ことはできても「改める」事はとても困難であることが多い。

というのも、ほとんどの「悔い」が「改められなかった」ために起こったことだからです。

「改められる」ものなら、「悔い」てなどいないのです。

ーー

苦とは社会との関係で生じているもの、つまり現代的な表現をすれば、苦とは社会的ストレスの一種です。

それ故その解決策として考えられたのが、一つが自分の考え方を変えていこうと主張する宗教でした。

そしてもう一つが社会に問題があると考える、この150年来に考えられた共産主義や自由主義さらには実存主義です。

ーー

バー氏は、欧米社会では、苦の解決策として、自分を変える(道徳を身に着ける)のではなく、社会を変える(苦の対象を法で取り除く)ように動いた結果、人々は苦しむようになったとしている。

西洋では宗教戦争で人口が半減するような殺し合いを経験し、道徳規範を定めたが、それが窮屈だとして、どんどん自由にしていった結果、またもや社会が混乱しだし人々が苦しみだしたと。

ーー

キリスト教を4世紀末のローマ帝国が国教化して以来、欧州社会は、ようやく道徳的な規範を得て、道徳規範下の社会で経験知を積み重ねてきました。

現代に至って、人間の自由を求める欲望に従う形で、道徳規範をどんどん緩めてきた。

その結果社会が混乱しだし、人が人を支配するような古代社会へと退行しだした。

ーー

人が人を支配する関係を欧米は、最初の500年に亘って、欧州と言う限られた土地の中で散々やった挙句、残りの500年で、世界中の人々を支配下に置こうとした。

これが、白人たちの選民意識からきている事は、誰の目にも明らかでしょう。

その事実を、白人達は、世界の人々に対し美辞麗句で糊塗・それができないものに対しては隠蔽してきた。

ーー

ところが白人らは、この百年については、皮肉なことに、これまで差別してきたハザール・ユダヤに、金融力で2度も世界戦争を起こされた結果、彼らによって支配されてしまった。

あのWASPもベトナム戦争を仕掛けられ、気づいたときには力を失ってしまっていたのです。

ハザール・ユダヤによる徹底的な言論・メディア支配によって、共産主義や自由主義をふきこまれ、キリスト教精神をずたずたにされ、道徳規範をどんどん緩められて、社会を混乱状態に誘導された。

特に性道徳を破壊され、人口減少を招いてしまったことが致命的だった。

ーー

このハザール・ユダヤが支配する世界については、ネット環境の出現によって、ようやく多くの人に知られるようになった。

そして彼ら自身はユダヤ教徒として戒律を厳守し続けていることも知られている。

バー氏にみられるように、特に彼らがばらまいた共産主義や自由主義に対する反撃が始まろうとして居るように思います。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>苦の克服法としての宗教
 通読して、私の拙文に欠けて居る「気付き」を、教えて頂いた様な気持ちがしました、其れは、私が対峙しているモノの正体で、「苦」だという事でした。 

 考えて看ると、私は、5年前に左目を失明、3年前には左耳を失聴すると言う新たな「苦」を得ました。

 爾来、この「苦」が齎す、日常生活の変化や不自由に拠る混乱に戸惑い、最初は対応が出来ず、イライラから、つい大声で怒鳴ったり、女房としなくても良い喧嘩を始めたりして居ましたが、「毎日課題を熟して行く」事で「自分の中に新たな自信の原点を創りだそう」と、思い立ち、毎日ウオーキングをやって居ます。

 もう1年半近くになりますが、副産物として、73㎏」あった体重が、60~61㎏に、200近くあった、空腹時血糖値が100~110台に、HeA1Cの値も、10%から6,2%に、上昇傾向にあったクレアチニンも、2台の前半を維持して居ますから、担当医からは褒められていますが、アンマリ改善された自覚がないので、他人事の様ですがねww

 おまけに、女房には、「私の食事療法に対する努力への感謝が無い」とか、怒られますしねwww

 知人も、「ええ年を扱いて、無理をして、足腰の関節を痛めて歩けなくなったり、何より、交通事故にでも遭ったらどうする」なんて、心配してくれましたが、「このママ朽ちて行く事等、マダマダ自分には、出来そうにない」と言う確信が有りましたので、笑って受け流して居ましたら、この頃、呆れたのか、何も云わなくなりましたww

 私はこの体験を通じて、人間は一生「苦」を材料にして、自然の中にある「真理」に「気付いて行く」修行をして居るんだと、改めて思いましたし、其れまで気付けなかった、耳の聞こえない人や目の見え無い人の気持ちや憤りりも、「気付く事」が、出来る様になりました。

 つまり、「気付き」は、他から与えられる事も多いけれど、何より自分が求めて何かをやって行く裡に、天啓の様に与えられるものなのだと言う、今迄の経験知が、間違って居無かった事を確認出来、是から先、生きて行く上での自信になり層ですが、是は、何よりの副産物だと思います。

 つい個人的な体験談に、紙幅を使って終いました、申し訳ございません。

 欧米社会に在る現在の混乱の原因は、人間が2千年を懸けて、改竄した、道徳規範にあると、私は考えて居ます。

 彼らの改竄は、固より、宗教の名前からして、実は「ゲッセネ派ユダヤ教」の筈がキリスト教「=救世教」にする事で、士師イエスを「神が遣わした御子」である」と言うプロパガンダをパウロは公言した。

 以て、支配者ローマに「中身は同じでも、違う宗教だ」と、売り込んだに等しい、この為し事は、歴史的な大罪で有ろうと、私は思います。

 現代の欧州社会は、中世の宗教暗黒時代に、宗教者の堕落から宗教に「光」を見失った人々が、代わりに、科学を見出し、其れに没頭した結果、現在の近代化した社会が現出したが、肝心の「苦」の解決は、古代の無宗教時代と何一つ変わりがなく、
次第に、支持を失ないつつある現状の様です。

 欧米人の有るモノは、悪魔的な呪術をベースにした、おy¥さない子供を生贄にする様な、違法な儀式に傾倒した、人生を送って居るものすら大勢いると言う。

 亦、青人文明件に起った、ムスリムも、やはり、ユダヤ教を下敷きとして、神を説明しているの。

 然し「救いは、求める人々の神に対する至誠の対価として与えられるモノ」と考えるから、シーア派の様に、世襲に拘ったり、スンニ派の様に戒律中心主義になったり、或いは、戒律を重視し無かったりで、実態は、権益団体化している。

 教義自体、コーランの教条主義なのだが、現代とは、対象となる人々の「苦」の有様が、時代背景が全く違うので、教えに共感が持てないから起る混乱を、収めようが無いので有ろう。
 
 この有り様を、仏教世界と比較して看るに「念仏さえ唱えて居れば、成仏出来る」と、釈迦牟尼が、説いた、膨大な量の教えを無視するかのように、恰も、「宗教とは、人々を救うためにこそある」と結論着けて居るので、本当にn


 念仏宗教になって終って居るが、私は、其れは仏教の本来あるべき姿では無く、釈迦牟尼は「自然の法則が厳然としてあるので、人はこの中カラ、『真理』を見出し、其れを世に顕現する事で、病気も、貧困も、争い事も、天災に耐えうる安寧な社会を万人に齎すのである」と教えて居るのである。

 そして、人類は其れを「科学」と言う呼ぶ、智の手法を使って、理想世界を顕現しつつある。

 釈迦牟尼の教えは、自然の法則=宇宙の法則の存在を示し、其処に辿り着ける知識・智慧を人類が磨けば、自ずと道は開ける、と言う事を言って居るので有って、人間の「苦」カラの脱出は、個人個人の気付きによって克服できるものである。 

 否そうするしかない部分が大きいので、宗教が出来る事は限られているのである。

 ダカラ、弟子が「神は居るのか?」と質問した処、「神? 損な存在は知り様が無い」と答えたとの事、ダカラ、仏教は厳密に言えば、宗教では無い、宇宙の真理の存在を明なにして、人類を其処へ誘うガイドの様なモノで有る、と私は確信して居ます。

 ダケド、自然教とも言える神道では、霊魂は実存していて、霊魂そのものにも「経験知」をベースにした「阿頼耶識」が蓄積していると、仏教が解説します。 

 つまり我々の本体は、霊魂で有って、肉体はその乗り物である、然し、乗り物が壊れたり、老朽化してちゃんと働かなくなれば、霊魂は肉体を離れて、旅乗り物を探す他は無い、是を転生輪廻の実態と考える。

 こうした死生観を持って居るのは、民族の文明の歴史、つまり、時空を超えて蓄積する阿頼耶識の蓄積時間が、それ相当な時間を経過して居無いと出てこないし、誰も信じないのだろう。 

 現に、文明化して6千年以上を経過して居ると思しき、農耕民ケルト系白人社会では、転生輪廻も信じられているし、霊魂の存在も常識化している。

 人類には既に、歩むべき未来が提示されていると考えるべきなのだと思います、ケルト人が、ローマン・キャソリックを固く信じているが、そのキャソリックの成分の中には、中世に多くん人を植民地支配で苦しめた、邪悪なものが、多く含まれている事は、イエスズ会が未だバチカンを支配している事で明白だろう。

 其れを、ケルト人が主体になって、自然の神=宇宙の神と同一である事を世界中に納得させる事が使命として与えられているのではなかろうか。

 勿論、日本人は、その活動に、全面協力を惜しまないでしょう。

主たる「お題」・・・我欲との決別,『無私』への道程。
これに尽きるのです。

本来の目的である境地に到達せし魂には、「道徳観」という概念はない。すべてが体現されている所以である。
日常の中で我々は「私は人間である。」と言い聞かせながら生活してはいないと云う事と同じ。

霊界のお歴々は、過去の物質界への上級霊群派遣のことを悔いているのかと思いきや、派遣の結果招いた宗教なる団体、集合体を批判し、今後の方針を個人へと向けることに変更された模様。

現世の我欲やエゴの実情を映しだすことには成功し、次元の低さにおののいたということ。

私たち「人霊」は所詮「愚民」です。
故に、経験から学び体得するしか法がない。
一歩一歩苦しみ、気づき、改めるしか法がない。
しかし、その経験は宝でもある。「気づき」のための素である。

「愚民」とあっても「一律な愚民」という意味ではない。
個人差が大きいことは言うまでも無いことですね。

気の毒な人や対象に、心底から「可哀そうに・・」
といった感情が湧いてくること自体、規制されて生じることではないですね。
この感情すら持ち合わせない魂(人霊)も地球上には存在するということ。
「劣等生」たる理由の一つですね。

この感情は「人霊」たる最低ラインなのですがね。
人間と生活を共にする動物霊たちにも劣るやも知れません。
私は動物が大好きで、昆虫も爬虫類もすべてが愛おしい存在。

自然の摂理たる「食物連鎖」に挑戦状を叩きつけんが行為を誇る方々が存在するが、そこに意図されたこと(意味)も読み取らず、自説を展開し押し付けるのは愚の骨頂でありましょう。
この点すら動物霊にも劣るという悲哀・・・・。

ところで、日本人はどの程度、世界の有り様を正確に認識しているのだろう。
頭脳明晰で努力家で、忍耐強く誠実な善人が多いがための「タヒ角」。
既に存分に利用されっぱなしです。
先般までにこの件に関しては記してきているので割愛します。

【チベット】に関して、今日は記したいと思います。
以下は、中国が介入する以前のチベットです。

チベットは奴隷制度があり、チベット政府は政教一致制度を採用してきました。
インドのカースト制度に似ています。
農奴は農奴と結婚するしかない。
子供は一生農奴になるしかない…。

当時のチベットでは、総人口の90%を占める農奴の人権は保障されていません。
たとえば、チベット地方裁判所は小石を鉄の鍋に入れて高温にし、容疑者の手を鉄の鍋に入れて石を持ってきます。
白石を出せば無罪です、黒石を出せば有罪です。

もちろん、貴族はお寺に寄付することで、判決は免除されます。

農奴には基本的な人権保障がない。
また、チベット仏教と伝統仏教は大きく違っています。
あれはインド仏教とチベット苯教の結合体です。

当時のチベット仏教は、生きている人の小腸を使って法器を作り、生きている処女の皮膚を使って太鼓(中文:阿姐鼓)を作り、
生きている人の皮膚を剥いて芸術品(中文:人皮唐卡)を作ります。

当時のダライ・ラマの悪政でチベット民が大量に亡くなったのは事実です。
日本人向けのホームページには、その事が記されていません。

以下はチベットの素晴らしい(?)宗教と文化の遺跡物です。※閲覧激烈注意!!

https://pbs.twimg.com/media/EFYMtQeUUAECijA?format=jpg&name=small
・・・・チベット【人皮唐卡】:解放前、チベットの貴族たちは農奴を殺して皮膚を剥ぎ、皮膚を芸術品に加工しました。唐卡(トウ ガー)はチベット族特有の絵画芸術品です。チベット語では[ཐང་ཀ་]です。

https://pbs.twimg.com/media/EFYO8FhUwAEt2Vn?format=jpg&name=900x900
・・・・この唐卡の内容は二つの仏の性交画です。

hhttps://pbs.twimg.com/media/EFYUzSRVAAEmF2U?format=jpg&name=900x900
・・・・嘎巴拉,用人骨製作的珠串(嘎巴拉(ガバラ)、人骨を使った装飾品)

hhttps://pbs.twimg.com/media/EFYWU6yU8AAAwbh?format=jpg&name=small
・・・・頭骨製作的法器(人類の頭骨で作られた法器)

https://pbs.twimg.com/media/EFY_cN3UEAAgHnp?format=jpg&name=900x900
・・・・補充一些圖片。這是另一張人皮唐卡,2009年在香港嘉德拍賣出了600萬人民幣。(もう一つは「人皮唐卡」で、2009年に香港の嘉徳でRMB600万元の価格で競売されました)

https://pbs.twimg.com/media/EFZAfOdVUAEqpMF?format=jpg&name=small
・・・・阿姊鼓。一般是以20歲以下的處女的皮膚製成,啞女為最佳,不是啞女的,會割掉她的舌頭。([阿姐鼓]:20歳以下の唖処女の皮膚から作られた太鼓は、被害者が唖でなければ、被害者の舌を切って太鼓にする)

https://pbs.twimg.com/media/EFZA-JtU0AEgrIf?format=jpg&name=small
・・・・人類脛骨製成之樂器-短號。(人間の足の骨で作られた楽器――短号。)

https://pbs.twimg.com/media/EFY_q8xUEAAkG5G?format=jpg&name=900x900
・・・・這是掛在牆上供人參觀的人皮唐卡。(博物館に所蔵されている[人皮唐卡])

ttps://pbs.twimg.com/media/EFY_-3rU0AYUp5d?format=jpg&name=small
・・・・這是另一個以顱骨製作的工藝品。(もう一つは頭骨から作られた芸術品です。)

朝鮮半島の李朝時代のような、否それ以上に過酷な時代の宗教文化に戻したい勢力(両班、貴族)は黒幕たちに利用されて各国でプロパガンダに精を出している。

そして黒幕たちは、地下鉱物資源の債権化を狙っている。
中国政府が邪魔。
邪魔者を退けて、英雄気取りで「地下資源をいただきます」する目算。
ウィグルも同様ですね。

来日プロパガンダ拡散目的留学生にも踊らされる日本人。

善性を本質に持つ日本人の特質に適った戦法ですね。
う~ん・・、なんて周到!

最後にこれもなかなか興味不快(深い)。
※ダライ・ラマ氏交遊録画像です。
https://pbs.twimg.com/media/EFcibO8UEAMa-ML?format=jpg&name=900x900  

https://pbs.twimg.com/media/EFcibbnU0AA7J6P?format=jpg&name=medium

https://pbs.twimg.com/media/EFcicEPUUAAGcXI?format=jpg&name=small

https://pbs.twimg.com/media/EFcicTcUwAAecDX?format=jpg&name=large  

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