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2019年9月23日 (月)

天皇の御存在

ーー以下「宮崎正弘ブログ加瀬英明コラム」より抜粋編集

私は何回か新宮殿にあがったことがある。

昭和天皇が崩御された時には、殯宮伺候(ひんきゅうしこう)の1人としてお招きをうけた。

そのたたずまいについて、ヨーロッパの絢襴豪華な宮殿や、歴代の支那の皇帝が住んだ北京の故宮と較べていた。

私はそのたびに日本の皇居は何と違うのかと痛感していた。

ーー

新宮殿のなかには金銀に輝く装飾や、人々を威圧する財宝が一つもないのである。

雰囲気がまるで日本の神社なのだ。

ーー

杜(もり)に囲まれた宮殿の建築様式は、日本に上代から伝わる高床式で、屋根には千木が組まれている。

日本の国柄が表れている。

天皇が権力者ではなく、千古を通じて日本を精神的に束ねてこられたことを、感じさせられる。

陛下がおわされるところに、まことにふさわしい。

ーー

皇居を訪れた、私が親しくしてきた外国の元首も、大使たちも、異口同音に次のように語っている。

「諸外国の宮殿とまったく異った空間であることに驚いた」と。

ーー

それに陛下に拝謁した外国人は口を揃えたように、「陛下は世界でもっとも謙虚な人であられる」と述べる。

歴代の天皇は「私心」なく、全世界の平和を真撃に祈っておられるからだ。

ーー

私は著書『超大国日本の挑戦』によって知られていたハーマン・カーン博士(1922年〜83年)と親しかった。

彼は、アメリカの未来予測の大御所といわれ、ハドソン研究所の創設者だった。

来日した博士を、私は、高松宮宣仁親王殿下に御紹介したことがあった。

ーー

博士を高輪の御殿にお連れした時に、殿下は兄宮の昭和天皇について、次のように仰った。

「私たちはせいぜい百年前後しか考えないが、(昭和天皇は)つねに、これまでの2000年と、これからの2000年の時間によって、お考えになられている」と。

すると、饒舌な博士が、しばらく黙ってしまった。

ーー

外国人識者による日本論といえば、イギリス人記者ヘッセル・ティルトマン氏(1897年〜1976年)を忘れることができない。

ティルトマン氏は、戦前、イギリスの日刊紙『ザ・ガーディアン』東京特派員として来日している。

彼は、戦後、日本に戻って吉田茂首相の親友として知られた。

在京の外国特派員協会会長もつとめた。

ーー

私は当時からアメリカの新聞に寄稿していた。

26歳の時にティルトマン氏から、戦前と占領下の日本における体験を聞くことができた。

ティルトマン氏は満州国を絶賛するなど、戦前の日本の行動を擁護していた。 

そして、氏は、「日本は2600年古い国ではない、2600年も新しい国だ」(『日本報道三十年』、平成28年に祥伝社が復刊)と述べている。

昭和40年に新潮社にその話を持ち込み、同氏の回想録を『週刊新潮』に、36週にわたって連載した。

ーー

ティルトマン氏は、私に、伊勢神宮など多くの神宮や神社が20年あまりの周期で、式年遷宮―昔の姿のまま忠実に造営されていることをあげ次のように述べた。

「日本は古い、古い国であるのに、外国と違って廃墟となった遺跡が一つもない」

「これはとても珍しいことで、皇室が万世一系で続いているのを説明しています」と。

ーー

私はギリシアのアテネで古代アクロポリスの丘にたつパルテノン神殿を訪れたことがある。

が、その神殿は、今日のギリシアのありかたとはまったく無縁である。

ーー

私はエドワード・サイデンステッカー教授(1921年〜2007年)とも親しかった。

(『源氏物語』や、川端康成文学の英訳者)

彼は口癖のように「わたしは明治翻訳語の『指導者』という言葉が、大嫌いです」と嘆いていた。

どうやら彼は、「最高神の天照御大神も権威であっても、権力はなかった」と理解し、それを「日本は和の国である」と表現していたからだ。

私はこのことを、上野池の端で催されたお別れの会で献杯の言葉の中でのべさせていただいた。

ーー

日本では、神代のころから合議制の「和」の国だったから、英語のリーダー、ドイツ語のフューラーに当たる言葉が存在しなかったのだろう。

ーー

幕末から明治にかけて、日本の浮世絵を中心としたジャポニズムが、西洋の絵画、庭園、建築、服飾などに深奥な影響を及ぼした。

しかし、その影響は、視覚的なものにとどまった。

いま、日本の万物に霊(アニマ)が宿っているアニメや、日本発の絵文字(エモジ)、自然と一体の和食から、人と自然が平等だというエコロジーまで、これらが世界の思想文化に与えた影響は、かつてのジャポニズムをはるかに大きく超える。

ーー

現に欧米では、自然は征服の対象ではなく、共存すべきものへと変化していっている。

これは、一神教が、変化し始めたことを示すものであろう。

やがて日本の和の精神が広まることによって、抗争に明け暮れる人類を救うこととなろう。

日本文化への共感が増すなかで、天皇の御存在に対する理解が、いっそう深まることを期待している。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>ジャポニズムの神髄
 私が尊敬して止まない加瀬英明さんの日本論を取り上げて頂き、眞に感謝に絶えません、氏の凄い処は「国際的な日本人」で有る事だと思います。

 国際人的な視点と言う事は、勿論、氏は、日本人としても完き感性と知見を備えた稀有な人であると言う点は、私が知っている歴史上の日本人の中でも、数少ないと思います。 現代日本の至宝とも言えるご存在だと思って居ります。

 に、しても、その加瀬さんが、昭和帝がお持ちになられていた、スメラミコトとしての御見識は、当に3万年の歴史を持つ日本の「権威の帝」として相応しいものだと思います。

 対象と為されている時間のスパンの永さが、利己的な成分が其処に微塵もないと言う事が分ります。 すべて、「国と民が安からん事を願いたて奉る」ので有って、其れに拠って、続く天皇家の弥栄は「国と民の支持が無ければなり立たぬ」事を前提としていらっしゃる。

 処が、氏が仰有る様に、世界が、この私心無き権威王を頂点に戴く、日本の政体に関心を持ち始めたと、私も思います。

 其れは推察するに、世界は、特に欧州は、永い中世の戦国時代の厭戦感を持ち始めた経験があるからだと、思います。

 19世紀に、登場したのが共産主義だったが、既成の権威や文化・宗教をも否定し、徹底した破壊をして消滅させた上で、原座の被抑圧層に拠る社会を建設しようと言う話だが、そこに至る迄は、只管、科学的な検証や知見に拘り乍も、いざ、共産主義国が実現して看ると、現れたのは、全体主義にして、情報統制の独裁主義国だった。

 マルクスもレーニンもそんなものは望んで居無かったと、或る、共産主義者は言うが、ならば、「如何なる社会を造って、既成の社会と共存しようとして居たのか?」と、彼の言って居る事が正しいとしても、彼の理想の実現には世界制覇が必要になるではないか?

 処が、現状の人類は、世界を何百回も終わらせる事が出来る程の核兵器を持って居る、ダカラ、世界制覇は事実上不可能で、その前に、地球がお終いになって終う。 ダカラ共産主義派、科学的では無いと言う事に成るだろう。

 つまり、人類が糺すべきは、絶対主義や王政に代わる政体では無く、世界の人々が持って居る、生存権に裏打ちされた、「自分の生きて居る裡だけの繁栄」を目指した、利己主義的な繁栄を目指す心ではないのか?

 そして、その傾向を如実に煽って居るのが、砂漠の一神教と言われる、三宗教的価値観なのではないのか? 「神の前に、人は、平等である」とは、モーシェの十戒にも、書かれて居無ったが「我を称え崇めよ」とは、書いて有る。

 つまり、一神教の神は、人間を支配する、人間とは違う存在なので有ろう。 では、空想の産物かと言うと、実在すると言う、ならば、宇宙人の様なものなのだろうか、否。

 人間は固より、神が自身に似せて作った、木偶=劣化コピーに過ぎないと言う。

 ならば、人間にもコピーの具合に拠れば、程度の悪いものも居る、知れが有色人種であり、我々白色人種は、コピーの中でも、一等優れた作品である、と思い込んで居るのが、選民主義でしょう。

 然し、ゲッセネ派ユダヤ教の士師だったイエスは、決してその様な事は言って居無い、そこに、パウロの改竄が見られるのである。

 12使徒の代表格、元ファリサイ派ユダヤ教の士師、「改心した」パウロの場合、青人のヘブライ人ですから、白人にすり替えたのは、神聖ローマ帝国で、白人がキリスト教を手に入れてからの事でしょうね。

 つまり、現代のキリスト教は、ローマ時代と中世での、改竄と付加だらけで、原形を止めて居無いと、私は思って居ます。 だから、キリスト教では、売春婦を批判する癖に、犯罪である、民間人襲撃は、非難し無い、偽善が堂々とまかり通って居るのである。

 流石に、欧米人もこの状況では、人類は滅びるしかない、と言う確信の様なモノが生まれて居るに違いない。 

 つまり、覚醒し始めたのです。 思うに日本には、未だに「にほんは遅れている」と、TVで臆面もなく放言する、馬鹿丸出しの元大学教授も居るが、世界にとって、必要なのは、今までに無い新しいものでは無いし、現実化出来無い様な理想論でも無い。 遅れて居るのは、欧米の方で日本では、断じてない

 自分の厳然と目の前で行われている、日本の天皇を頂点とした政体こそが、権威の王こそが、世界を平等にし、戦争を排除し、互いに助け合う世界を築く事を実践して来たではないか?

 それを闇雲に否定するのなら、マスコミの媚びる、唯の金儲けの亡者に過ぎないので、軽蔑しかしない。

 加瀬氏は、是を中世欧州で流行ったジャポニズムの延長形だと、喝破した、絵画、庭園、料理、生け花、茶の湯、能や歌舞伎と言ったもののから、欧州が学んだのは、形式美ダケで有ったが、その美を生み出して居るのは、一体どの様な社会で、どの様な政体なのかも、知ってほしい、と言う事なのだろう。

 彼らは、その事実を追い求めて行く裡に、自分達に欠けて居た「和」の心が、徐々に分かって来るに随い、イエスが説いて居た本当の「神の心」にも行きつく事が出来る筈である。 そして、宗教は、本来の、人類に幸福と安寧を齎す、道徳規範として、全きモノになっていくに違いない。

 願わくば、このジャポニズムが世界を覆わん事を、私も乞い願うものです。

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。

 何故かとんぼに惹かれ、トンボに呼ばれるかのように高島屋6Fで開催中(~10/1日迄)の混蟲図鑑というの展覧会に参りました。
 私の目当てのトンボは、塩辛トンボの原寸大で、色は茶褐色ですが、羽は透き通っているかのようで、金属で作られたものとは思えません。しかも自在で動くのです。いまにも飛び立ちそうな様子でちょこんと止まっています。生命がないだけで、まるで生きているかのようです。
 ほかにも大きな珍しい蜘蛛を掌の上で、ひっくり返して細い手足を動かしていただいたり、又「自在大水青」という青銅色の蛾も羽を折りたたんだり、飛ぶ格好にも自在に形を変えることができます。中でもツガイのコウロギはメスには輸卵管がついており、オスは羽を広げてくださいましたが、こすり合わせると今にもおとがでてきそうなかんじで、大きさは原寸大。
 超リアリティ、超精巧な神業を持つ作家の名は満田晴穂という方で1980年島根県生まれ、千葉県我孫子市そだちで、虫好き少年でその作品はあらゆる昆虫を網羅されています。東京芸術大学卒、師は高瀬好山に師事し、江戸時代からの自在の伝統を引きずかれ、その技術は日本古来の技術を根底に敷かれていると聞きました。
 蟲をこよなく愛され、滅びゆく虫たちを、原寸大で、生きているがごとくありのままの姿でとどめたいとー自然に対する深い敬謙な敬意からこのような素晴らしい、精巧な作品をうみだしてくださっているように感じました。
 日本の国土は、古来から神々によって守られてきました。そのお蔭様で、蟲たちから人間まで、生きとし生けるものが、幸せにその寿命を終えられています。ありがたいことです!感謝です!!

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

新宮殿、素敵なところなのでしょうね。
金銀に輝く装飾品や財宝よりも、荘厳な神社の方が日本人には合うと考えますし、落ち着くと思います。
京都に住む私にとっては、皇室を思うときは京都御所と離宮しかないのですが、ある意味これで十分です。

京都御所は、西欧の宮殿とは趣が全く異なります。
私の場合、豪華とは何かと考えますと金銀をちりばめる秀吉が分かりやすいと思っているのですが、御所はそうでは無いと考えます。

それだけでなく、京都御所と周囲を隔てる塀を見たら驚くべきことに、その気になれば誰でも侵入できます。実際、過去には過激派が塀を隔てた駐車場からロケット弾を打ち込んでいます。
それ位に、不用心なのが京都御所です。

今の皇居は、元が徳川家の城ですからまともな堀がありますけれど、日本の国の平和を示しているのでしょう。

2000年前と2000年先の世界を考えた上で日本を考えるとき、世界の平和が必要になります。
征服する統一よりも、共存する統一を考えることは日本の天皇にしかできない発想だと思います。
それを考えておられた昭和天皇は、世界で唯一の存在だったと思いますし、その素晴らしさを我が心の奥に隠しておきたいと思います。

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