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2019年9月 6日 (金)

香港人による自由・民衆政治・法治・人権を守ろうという運動は北京共産党政府にはもう止められない

ーー以下「宮崎正弘ブログ(読者の声、落合道夫)」より抜粋編集


1.現状

香港人による自由・民衆政治・法治・人権を守れという運動は、一向に収まることなくむしろ規模を拡大し続けている。

日本語ネット上では毎日のように詳しく取り上げられ解説されている。

北京政府は香港人の運動を暴動とみなし鎮圧する動きを見せてはいるが、国際世論の動向を見極めようとまだ身動きできないでいる。

自由主義者・リベラルらは、これまで口をそろえて絶賛していた北京政府がどのように暴動を鎮圧するのかを息をひそめて伺っているだけだ。

在日・反日勢力が支配している日本の既成言論・メディアも沈黙したままだ。

北京政府は9月1日夜、香港に、大量の治安維持部隊を闇に紛れさせて投入した。

香港国際空港は機能を停止し、香港株式市場は暴落、金持ちは金塊を抱えて香港脱出を狙っている。

ーー

2.共産主義社会の無価値性

1953年にスターリンが死ぬと、ソ連内部でも民衆政治を求める機運が高まった。

やがてポーランドの労働者は民衆政治を求め連帯運動を始める。

ーー

ソ連は連帯運動を鎮圧出来ないポーランド共産党幹部ラコフスキをモスクワに呼ぶ。

するとラコフスキ曰く、「私が皆様に会いにきたのは、非難や告発を聞くためではありません」と。

そして次のように言ったのだという。

ーー

「一言で言ってしまいましょう」

「我々が40年、あなた方が70年を費やして築き上げてきた共産主義社会は、一文の価値もなく、これ(連帯運動)をどうすることも出来ないのです」

「だから私が共産主義社会を売ったと非難される理由はありません」

「無価値のものを売ることは出来ないからです」

しかし香港の行政長官がこうした意見を北京共産党政府に言えるか、が問題である。

ーー

3.共産主義社会の無権威性

共産党の弱点は人民を支配するための正当性を欠いていることである。

共産党が人民を暴力で押さえ込んで、支配者であると主張しているだけだからだ。

政治権力の正統性は(通常、選挙によって)国民が与える。

しかし支那共産党に人民が権力を与えたという事実はない。

つまり支那には選挙制度がない。

ーー

例えば日本の新聞・テレビは支那共産党の全人代を国会と付記する。

しかし支那は共産党による独裁国であり、法の上に共産党が存在している。

つまり全人代は、法を決める場所つまり国会ではありえない。

全人代とは、共産党が決めた法を承認する、共産党の翼賛機関に過ぎないのである。

ーー

4.共産党による統治の内部矛盾

共産党の目的は独裁の維持だけである。

共産党にとって人民の福祉はどうでもよいのである。

ただ、政権維持のための宣伝として、福祉政策を重視しただけだった。

しかし毛沢東の死後、鄧小平は、1978年、人民を豊かにするとして、改革開放政策を採用してしまった。

ーー

これはつまり、西側の資本や情報を受け入れることを意味した。

もともと香港は、西側の英国が清国から租借した土地であり、自由・民衆政治・法治・人権という西側の価値観が存在していたところだった。

その香港が1997年に、北京政府が50年間・一国二制度を認めることを条件に英国から共産支那に返還された。

つまり、香港で民衆政治が実施されていたこと、それが50年間守られるという国際的な約束は、支那全土に知られていた。

ーー

それに元々共産主義国は自給自足経済を前提としている。

外国に依存する共産主義経済は考えられていない。

つまり世界経済とつながった時点で共産主義の支那はもう終わっている。

ーー

ソ連末期、毛沢東は共産主義社会でも階級対立が起こると述べて、ソ連人の強い関心を集めたという。

つまり、共産主義も変わらなければ権力を維持できないということになる。

ーー

ヘーゲルは、実態(唯物)は空想(観念)によって新たな実態を生み、それがまた新たな空想を生むという風に実態が無限に変えられていくと論じた。

マルクスは共産主義思想が空想(観念)的と言われるのを嫌い、ヘーゲルの弁証論を否定し、自説を科学(唯物)だと言って固定してしまった。

しかしそれは、マルクスの共産主義が変化(進化)しないことを意味する。

つまりマルクスの共産主義は論理的に変化する実態についていけず崩壊せざるを得ないことになる。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>共産主義は中世の遺物
 流石に、宮崎さんだなあと思う部分は、鄧小平が改革開放に踏み出した時に、共産主義は、終わって居たと言う事でしょう。

 それに共産主義は、選挙と言う制度を認めて居ないが、是は、共産主義が生まれた19世紀の世の中は、選挙制度は有っても、民衆のものでは決して無かったからでしょう。

 つまり民主主義の成分がそっくり抜け落ちて居る事に成る。 それに、固より、共産主義は、絶対王政の専制制度に対するアンチ・テーゼにしか過ぎないので、勿論、不完全なものだったのを、後世のレーニン達が、自分達の都合で、改竄して居ったのではないか?

 其れは、名だたる共産主義者が、共産主義の理想を実現しようとして居たのではなく、自分達の為の政治体制を作り上げるのに、如何にして、共産主義を利用しようと腐心していたと思われるからです。

 処が、殆どの党員は、共産主義の本質に気が付けて居ない、居たとしても、鄧小平や毛沢東の様に、時代と共に思想は、進化して行けると思って居たのかもしれない。

 然し、致命的な欠陥部はどうしようもなかった、其れは。ダイジェスト内の指摘に有る様に、外国との交易や経済交流と言う視点が丸で無いと言う事だろう。 マルクスもエンゲルスも、世界経済と言う視点は、終に持つに至らなかった。

 是では、共産主義は中世欧州の遺物に過ぎない。

 「シナからの共産勢力駆逐」が新たな、赤盾と安倍・トランプチームの目標になっていると、私は思うが、現状からその政体を評価すれば、非民主主義、侵略的外交、独裁的政治を見るに、戦前欧州に一時期流行って第二次世界大戦の主因になった、「全体主義(ファシズム)」と全く同じものだろう。

 思うに、ソ連も共産シナも、資本主義を批判しているが、彼らの国では「自由な民主国家」と言うものは、経験して居ないはずである。 

 つまりは、実体験の無い事を想像や理論ダケで、批判しているに過ぎない、然も、自由社会の特徴であるイノベーションに、拠る科学技術の発展等は、結果平等の共産主語社会には、競争自体が必要無いのだから、望むべくもない。

 民主化したと言われているロシアが、未だ、地下資源輸出国で、何れ科学技術の発展に拠って、滅び去る国と見られているのは、何より、国民の科学技術の自主開発力が皆無に近いカラだろう。

 共産主義の後遺症の様なモノで有ろうが、やはり、西欧各国の様な、法治社会と、キリスト教系の中世の道徳規範との、相克の下で、科学技術を発展させて、文明を築いて来た社会とは、その道徳面に於いて、格段の開きを感じる。 

 西欧社会は、戦後突然、植民地を失った事での、国力の衰微や文化的な底の浅さを自覚した事での自信喪失が大きいと思いますね。 

 例えば、オリンピック等でも、日本人などの有色人種が、台頭し始めると、その競技のルール変更が必ず検討されて居る様だし、陸上競技でも、嘗ては、欧州勢が独占して居たメダルを有色人種が、特に黒人が独占し始めると、途端に興味を失って居る様に見える。

 つまり、彼らは固より、欧州半島と言う世界島の黒海以西部に棲んで居た民族に過ぎず、千年、二千年のスパンなら、世界も制覇出来たと言えるが、5千年以上となれば、全くの未知の領域なのだろう。

 共産主義は、今から、2千~3千年前に、異人種の青人が、生み出した思想を剽窃したモノだと考えれば、その思想は、考えた時代に併せたものに過ぎないので、時間の経過と共に、齟齬が出て来て当然の話だろう。

 然し、人類は直感的に、この世には、如何に状況や環境が変わっても、人に安寧を齎す、普遍の真理や思想が有ると思って居ると思うが、ならば、其れは、人が造ったものでは無く、神が創った自然の中にこそ、織り込まれて居るのでは、無いだろうか。

 自然の中にこそ法則が潜んでおり、其処に気付いたからこそ西洋文明は、自然を観察する事から法則を発見し、数式化して、少なくとも、地球上では普遍の真理として扱われて様々な科学を進歩させるに至って居る。 

 「科学とは、自然の中に隠された神のご意志や法則を読み取る術である」と、私は確信しているので、仏の教えは、其れに最も近いものだと思います。 

 科学は、「神の領域を解明する手段」であり、「常識を疑う」処から始めるものであって、「人工的なモノ、人間の恣意を加えたモノ」を意味しているのでは、有りません。

 マルクスのk共産主義は、ヘーゲルの唯物を基に、想像が生まれ、その想像を現実にする処に、進歩が有る、と言う部分を否定して終ったから「歴史と言う経験知の蓄積を、重要視し無いでは、同じ失敗の繰り返しになる」と言う、日本の神道の戒めを持って居ない、西洋やシナの騎馬民族社会には、進歩が無いので有ろう。

 弱いモノから収奪して、自分は楽をして暮らす事が理想なら、一生懸命働いて居る人達は、平等な権利を持った人間では無い事に成るだろうが、それが神のお望みになられた事かどうかは、自分と彼らの立場を入れ換えたら即座にわかる話だろう。

 何故、自ら働いて、モノを生み出す事に喜びを見出せないのか? 何故、地球上に生きて居る皆が、人類の仲間だと、思えないのか? 其れでは、神が定めし自然の中の真理を読み取る事は、永遠に出来まい。

 神に見捨てられた生物種は、地球に要らないモノとして、滅びを待つだけになろう。

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
 自分には、本当に魂が浄化されたような経験があります。高校を目指して勉学中、いつものことながら、本に夢中になってしまったのです。兄たちのからっぽの机が並べてある道路に面した2階の寒々とした勉強部屋で、私は感動に震えておりました。そのとき読んでいましたのが、パステルナークの「ドクトル・ジバゴ」で、小説の本体ではなく、その後についている詩篇があまりにも透明で、澄み切っていて自分の心に入り込んできて、なぜかしら星に祈らずにはおられないような切羽詰まった気持ちになったのを覚えています。
 当時パステルナーク氏はソビエト連邦から、反体制側と見なされていて、 圧力をうけ、ノーベル文学賞を辞退されたのでした。氏の詩は魂の自由を謳われており、直接心に響きました。後に続くソルジェニッィン氏も抑圧を受けられたようです。
 今朝、NHKで1974年ロシアからフランスに亡命されたピアニスト、ヴァレリィ・アファナシェフ氏の「もののあわれを弾く」で、共産党の一党独裁が、人間性や芸術性を破壊するのに耐えられず、亡命されたのですが、氏は源氏物語や吉田兼好の徒然草にも造詣が深く、能楽における、間の取り方や、深い静寂の中に「もののあわれ」があり、ショパンなどの西洋音楽にも共通して在ると、実感されており、ピアノで「もののあわれ」を歌うようにこころをこめて弾いておられる姿にこころうたれました。
 人間性や、人間の高尚な魂の破壊するやり方や、うつくしい芸術豊かな心の迸りを認めない全体主義や、人間そのものを否定する共産党のやり方は、自然の成り行きとして消えてゆくのが本筋だと思います。香港の方々が、頑張ってくださっていることに敬意を表します。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

民主的な国には、選挙があるのですね。
2009年に民主党が政権を取ったとき、細野豪志氏は次からの選挙でも民主党が勝つから、自民党は二度と政権に復帰しないようなことを言っていました。

民主党の後継政党である立憲民主党や国民民主党は、参議院選挙のときに共産党と選挙協力をしました。
そして、民主党の後継者や共産党の候補者が勝った選挙区もありますけれども、幸いにして参議院は政権選挙ではなかったです。
もし、次に衆議院選挙があり、野党協力で共産党が加わった場合、けったいなことが起きて野党が勝ちますと、共産党が政権に加わった場合には、どうなるのかと思いました。

選挙で選挙を否定する政権が政権を取った場合には、次の選挙はなくなったりして・・・・・・・、

香港では、香港政庁が民間人の反政府運動の取締や弾圧する事を止めるようですが、日本の左翼は香港を北京が吸収した後は、どうなれば良いと考えているのでしょうか。
現在、社会主義や共産主義を支持している人達は、そのとき、選挙がなくなる現実と民族浄化を知って、政治思想を変えるのではないでしょうか。

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