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2019年9月 4日 (水)

この点からすると、今の自由主義者・リベラルも過去の共産主義国指導者と本質的に同じ思想を持っていると考えざるをえない

ーー以下「大紀元時報2019/8/26掛谷英紀コラム」より抜粋編集

これまで共産主義を目指した国は数多くあり、その企ては全て失敗している。

再度共産主義国の実現に挑戦するなら、過去の失敗の原因を究明して、それを修正する必要がある。

ところが共産主義者らには、そういう真摯な姿勢はみられない。

彼らは、ソ連や東欧を絶賛していて、それらが破綻すると、はじめからなかったかのように扱い、次は支那やベネズエラを称賛する。

そしてベネズエラが破綻しても、破綻の原因は共産主義であったとは決して言わない。

つまり、彼らは全く反省しないのだ。

だから失敗を繰り返す。

ーー

科学の研究では、失敗すればその原因を徹底的に洗い出し、それらを修正してから次の実験を試みる。

そうしなければ、いつまで経っても科学的事実の発見や実証はできないからだ。

目的の科学技術も完成しない。

私はそういう習性をもつ科学者の一人だ。

だから、共産主義者らの失敗が歴然としている思想を反省もせずに実現しようとする行動原理が全く理解できない。

ーー

労働価値説や階級闘争史観で労働者の開放を目的とする運動の結果、政権に就いた人々が、結局労働者階級から搾取する側になり、やがて政権から追放される事態になる。

共産主義者らは、こんな失敗を何度も繰り返しているのだ。

科学的思考の持ち主で、あえて失敗を繰り返すこのような共産主義者らの行動原理に共感できる人は稀有なのである。

ーー

もちろん、もともと社会の破壊と自らの独裁を目指す人にとっては、過去のソ連や東欧の試みは成功であって失敗ではない。

だから、社会の破壊と自らの独裁を目指す人たちは同じことを繰り返そうとする。

しかしそれはもう共産主義とは何の関係もない。

ーー

昔の共産主義者と今の自由主義者やリベラルとは違うと反論する人もいる。

しかし、特に北米の自由主義運動を見ていると、人を物扱いし、人命を著しく軽視している。

この点からすると、今の自由主義者・リベラルも過去の共産主義国指導者と本質的に同じように考えていると思わざるをえない。

ーー

今年5月、米国のジョージア州で6週を過ぎた胎児の中絶を禁止する法案が、そしてアラバマ州では一切の中絶を禁止する法案が通ったことは、日本でも広く報道された。

米国の保守派が極端な主張に走っているという印象を受けた人も多いだろう。

しかし、その前にブルー・ステイト(Blue State, 民主党が強い州)で、逆の極端な動きがあったことを日本の大手メディアは伝えていない。

それを知っていれば、このニュースは全く違ったものに見える。

ーー

妊娠中絶をどの時点まで認めるかは、国や州によって異なる。

が、一定の限度を設けているのが普通である。

ところが、この制限の撤廃を求める自由主義運動が勢いを増している。

その結果、今年1月、バージニア州とニューヨーク州で出産直前までの中絶(late-term abortion)のハードルを下げる法案が通った。

そこで議論になったのが、中絶手術に失敗して生きたまま出てきた場合はどうするかということである。

自由主義運動家たちは、その場合は殺していいということまで言い出しているのである。

ーー

こうした主張を見ると、人間を物扱いにする共産主義の唯物思想を今の自由主義者も受け継いでいると考えるのが妥当だろう。

アラバマ州やジョージア州の動きは、こうしたブルー・ステイトの極端な動きへの反動として出てきたものなのである。

ーー

日本では文系の大学教授のリベラル化が顕著だが、これは世界共通の現象である。

北米も例外ではない。

そうした自由主義者・リベラル教授たちの思想の本質を垣間見ることができる話(エピソード)を一つ紹介しよう。

ーー

ルービン・リポート(Rubin Report)という米国のインターネット番組がある。

番組ホストのデイブ・ルービン(Dave Rubin)はゲイ男性で同性婚もしている。

彼は自由主義者なのではないかと思われるだろう。

実際、この番組は開始当初、ザ・ヤング・タークス(The Young Turks)という自由主義系のインターネットテレビ局で放送されていた。

しかし、ルービンは自由主義の欺瞞と暴力性に気づき、そこから離れて自由主義を批判するようになった。

彼は自らをクラシカル・リベラルと称しているが、今ではリベラルを自称する人たちから激しく非難されている。

ーー

昨年10月、そのルービン・リポートのゲストにオタワ大学の教授ジャニス・フィアメンゴ(Janice Fiamengo)が登場した。

そこで彼女はリベラル教授たちの恐ろしさを示す貴重な証言を行った。

彼女はもともとフェミニストとして自由主義運動に従事していた。

自由主義・リベラルからの転向組という点で、ルービンと共通している。

ーー

番組でルービンはフィアメンゴ教授に転向のきっかけを尋ねた。

彼女は2001年の9.11同時多発テロだと答えた。

その話(エピソード)が強烈なのだ。

ーー

当時、彼女はサスカチュワン大学の教員だった。

テロのニュースを見て彼女は動転していたが、周りの教授たちはいかにも嬉しそうで(barely contained sort of vaunting pleasure)、満足気だった(certainly a kind of satisfaction)というのである。

実際、テロが起きてから1時間も経っていないとき、出くわした同僚は彼女の前でこう言ったそうである。

「ざまあみろ(They’ve got what they deserved.)」と。

ーー

つい最近も、ザ・ヤング・タークスのコメンテータであるハサン・パイカー(Hasan Piker)が「アメリカにとって9.11は当然の報いだ(America deserved 9/11.)」と自らのネット配信動画で語ったことが話題になった。

自由主義者中核層のこうした本音を直に聞けば、浮動層は自由主義運動と訣別することができるだろう。

(浮動層については9月1日付のブログで確認してください)

ーー

米国にはアンティファ(Antifa)と呼ばれる集団がある。

C.R.A.C.(元レイシストしばき隊)の米国版というと分かりやすいかもしれない(アンティファの方が歴史は古く、本家である)。

実際、C.R.A.C.にはアンティファを真似ている部分が多く見られる。

ーー

アンティファは保守系の人間が大学で講演会をすると聞くと、その大学のキャンパスに押しかけて妨害するなどの活動を繰り返している。

最近は、活動が過激化しており、人に向かって暴力を振るうこともしばしばである。

実際、今年6月には、オレゴン州ポートランドでアンティファを取材していたフリージャーナリストのアンディ・ノー(Andy Ngo)が暴行され、大けがを負い集中治療室に収容された。

ポートランドはアンティファの主要拠点の一つであり、警察も手を出せないほどの状況になっているのだ。

ーー

自由主義者らは、社会的弱者やマイノリティの味方であると自称する。

しかし、それが欺瞞であることは昔も今も変わりない。

現実には、彼らは自分の政治思想(イデオロギー)に都合のいい弱者やマイノリティしか保護しない。

自分に都合の悪い弱者は容赦なく潰す。

実際、自分の邪魔になる新生児は殺していいと平気で言う。

9.11同時多発テロを喜ぶ。

被害者のことなど全く顧みない。

性的マイノリティ(ゲイのデイブ・ルービン)や人種マイノリティ(ベトナム系2世のアンディ・ノー)であっても、自由主義思想(イデオロギー)に従わないものには容赦しない。

ーー

自由主義運動に騙されないために必要なことは、彼らが何を言っているかではなく、何をやっているかに注目することである。

弱者の味方を騙(かた)るが、現実には自分に従わない弱者には敵対する。

多様性が大事だと言うが、自由主義思想(既存社会の規制からは自由であるべきだ)に従わない人間の言論は弾圧する。

しかし自由主義者中核層が目指す社会は、自分の思い通りに動く独裁的な社会なのである。

つまり冷静に考えればこんな運動が失敗しないはずなどないのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>リベラリストの正体
 このリベラルを名乗るアンテイファという無法者達の集団の本質を簡単に言えば、利己主義者でしかないと思う。 世の規制の秩序や常識を覆して、自由だと言って居るに過ぎない、彼ら賀言って居る「共産主義」と言うのは、ソ連もシナもそうだったように、タタの看板、独裁政治の言い訳に過ぎない、

 単に未開なだけで、自分の中の原発的な破壊願望や、支配欲を満たそうとして居るダケだと思うが、一人や二人の話では無いので、群れ集うだけの理由があるのだろう。 多分其れは、金権主義の米国の支配階級が、理論武装した金持ち階級で、彼らに精神的慾圧を受けて居る事への反動だろう。

 共産シナの一時的な成功に触発された、ネオ・共産主義とも言えるベネズエラの独裁者たちにもいえるが、彼らの主張は、全く科学的では無い。

 其れは、歴史と言う経験知の蓄積を全く評価して居ない共産主義に遠因が有るものと考えて居る

 彼らの自由「=リベラル」とは、そうした過去の経験知から造られている常識や道徳・秩序からの自由を云って居るのであるが 其れで顕現する社会は自由では無く、秩序無き放埓でしかないだろう。

 其れにしても、嬰児を殺害しても良いと言う法律を可決しようとする如きは、人類に対する犯罪行為で有り、神に対する背徳行為以外の何物でもないが、是を自制できない人間を生み出す社会は、滅びが目前に迫って居ると云えよう。

 地球上の全ての生物は、種の保存の使命感に支配されており、自分の血を受け継いだもの「=自分の遺伝子を受けつだものの」保護に、全力を尽くしている。 明らかに、是は神の定めし、「自然の法則」である。

 是を自分の現世の利己的な願望を、満たす為に、犠牲にしてよいと考えるのなら、生殖能力を放棄したと、採られても仕方が無い。 

 そういう場合には、法則は素早くその主を絶滅に追い込む事に成ろう、白人種の文明化に拠る少子化が人種の消滅の危機を亜タブまれているが、其れに拍車をかける行為でしかない。 シナ人が、死産した嬰児を薬として食べて居るのと全く変わりはない。

 白人種は、最も遅れて文明化した人種で、その最古のものでも、BC10世紀のゲルマン族だし、一番遅れて居るのは、AD10世紀のスラブ族であるから、未だ文明化して千年しかたって居ないのだ。

 然し、是は人種では無く、環境から来る生業に拠る区分法で言えば、文明化では、遊牧民が一番遅れて居ると云えよう。 その遊牧民の血筋を持ったものが、現在のシナ人や朝鮮人である。 彼らには、農耕民の様な未来を経験知を基にして描くような叡智は無い。

 遡って考えれば、ヘブライの民も元は、ベドウインと呼ばれる遊牧民で有るが、彼らに共通しているのは、「今を生き延びる」事を最優先にして居る事で有る。

 ダカラ、歴史を大事にしない、民族が死に絶えて終えば、歴史処の話では無くなるからだ、つまりは、生存条件が厳しいと、歴史は紡げない、そして歴史の無い処には、真の文明も無いとも、言えるだろう。

 然し、環境的には文明化して、風雨氷雪が齎す酷寒や炎暑干天が齎す旱魃といった自然の脅威は、文明の発達によって軽減され、人間の生存を脅かすものでは、必ずしも無くなっている筈だ。 

 然し、こうして、利己的な要求を人間の原初的な権利の様に思いこんで居る連中の心は、昔と変わらず、冷たく、乾いて、そして飢えて居るのである。

 是は、単に文明に順応出来ていないから、としか云い様が無い、つまり、互いを思いやり、子孫の為に、より良き明日の社会の資する事を、自分が社会の礎となる志と覚悟を以て、人生を送らんとする段階には、辿り着けていないと言う事だろう。

 彼らに取って、社会とは自分の利己心を制限し、時には罰する敵でしかない。 ダカラ、9・11で、多くの無辜の人々が死んでも「ざまあみろ」と言う感想なのだろうが、是はどの様に、考えて看ても幼稚な利己主義でしかない。

 斯うした状況の発生原因として一番考えられるのは、キリスト教の偽善だろう、即ち人類教と言うのは、差別を容認して居る事から、大嘘で、その実態は、未だに2千年前の、ユダヤ教ゲッセネ派のママ、或いは、後継者パウロが、大幅に改竄した、そして、イエスを磔刑台に送った、ファリサイ派ユダヤ教に、地中海沿岸の土着宗教をミックスしたものでしかないからである。

 では、真の神のご意志は、どこにあらわれるのかと言えば、其れは自然の法則に現れて居るのである。 即ち、期せずして、白人文明は、科学的な思考に拠って、自然の法則を、即ち、神のご意志を解き明かして、現代文明を築き上げて来たのである。 

その旗手たる、白人種が、今、先祖返りの様な真似をして挙句に人類を根絶やしにしようとして居るのは、絶対に、阻止しなくてはならない事だと、私は思いますね。

 LGBTの人達の存在は、数学の確率論の「ガウスの正規分布」と言う自然の法則に云う10%の特異な人の中に入るモノと考えれば良い、神はそう言う特異な人々の存在もお認めになられているのである。

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