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2019年8月12日 (月)

支那共産党による大量殺人と法輪功修錬者からの臓器の強奪は、疑う余地のない事実だ

ーー以下「大紀元時報2019/8/10クライブ・アンスレイ(Clive Ansley)」より抜粋編集

今日、支那共産党による大量殺人と法輪功修錬者からの臓器の強奪は、疑う余地のない事実だ。

申し分のない確かな情報源から得られた大量の証拠よって、我々はこの虐殺が支那共産党員によって行われた事実であると認めざるを得ない。

これらの残虐行為はナチス・ドイツが行った数々の残虐行為でさえ些細なものに見えてしまう。

共産支那ではこれらの残虐行為が1999年以降も衰えずに続いている。

その原因となっているのは共産党による統治つまり党治であろう。

ーー

それはどこから来たのだろうか、なぜそれが可能になったのだろうかについて以下に述べてみたい。

ーー

最初に法輪功に憎悪と辛辣な批判を向けたのは江沢民だった。

そして党員らに「邪教」との英雄的な戦いを指示したのだった。

党員らは、「邪教」を信じる人々に対して、英雄的な戦いとして最も残酷な残虐行為と拷問を行った。

つまり、英雄的な戦いというのは、共産党員らの人道的感覚を麻痺させるために、意図的に準備され提供された言葉だった。

ーー

ナチス・ドイツと今日の支那共産党の際立った特徴を並置すると、

ナチスも支那共産党も「その犯罪行為を注意深く隠ぺいする冷酷な政党」「市民からなる理性的な社会の暴走」と、不気味に類似している。

あるイスラエルの教会裁判所は、両方とも「迫害が社会に受け入れられてきた」と判決の中で指摘した。

ーー

ゲッベルスの理論「何度も繰り返し広範囲に嘘を伝えることで、人々は真実だと思い込むようになる」「大きな嘘」は、詳細な説明が不要なほどだ。

ナチス・ドイツはその原理を最大限に利用して、ユダヤ人を悪魔であるとした。

彼らは、ユダヤ人は本当の人類ではなく亜種であり、ドイツ社会にとって危険な脅威であると洗脳することに成功した。

ーー

これは私が見た、支那共産党が法輪功に対して実施した「大きな嘘」と同じである。

支那共産党の政策モデルの多くは、ナチス・ドイツの中に見られる。

いわゆる支那共産党というのは、「権力で労働者階級を押さえ、外国に対しては侵略政策をとる独裁制」というファシズムの定義に完全に適合している。

ーー

私が目撃した法輪功に対して展開された運動は、ナチスによるユダヤ人を悪魔とみなす運動の日々を思い起こさせるものであった。

しかし、私はさらに恐ろしい事実を予想できなかった。

支那共産党が支配するメディアは、法輪功修練者に、非人間的な犯罪やわいせつ犯罪などの様々な濡れ衣を着せ、法輪功を中傷した。

ーー

迫害の当初、法輪功を「邪教」と断定したのは、江沢民であった。

それを受け支那共産党メディアは法輪功に対する憎悪を幅広い範囲で煽る。

そのために、「法輪功修煉者が自分たちの子供を殺したとか、さらには修煉者が本当に自分たちの子供を食べてしまった」とまで記した記事を発表したのである。

人民は、支那共産党メディアによる恐ろしい記事や作り話によって、法輪功を「邪教」と認識させられたのだった。

ーー

南京の人気レストランで食事をした客の42人が死亡した事件があった。

メディアは、ある人物が殺鼠剤を麺料理に入れたのが原因だと伝え、「ちなみに、彼は法輪功学習者であった」と一言付け足していた。

しかしこの殺人の被告人の「裁判」については十分に公開されていて、その報道の中では、法輪功についての言及はなかったのだ。

つまり法輪功との関連性は後で付け加えられたのだということを、私ははっきりと覚えている。

ーー

このように、初期の頃支那共産党メディアの報道には、すべて法輪功に向けられた激しい憎悪が込められていた。

その報道はたいてい、極悪非道の非人間的な行動は法輪功を学んだ結果であると結論づけられていた。

ーー

先ほども述べたが、私は法輪功が迫害されだす初期、法輪功について全くの無知であった。

しかし私は、支那共産党メディアの法輪功糾弾にはかなり懐疑的であった。

というのも支那共産党メディアによって名誉棄損の被害を受けた法輪功の人たちには、糾弾に対して回答するための公開討論も認められていなかったからだった。

ーー

私は、長らく支那で暮らしていた個人的な経験から、共産党政権下の支那社会が組織的な虚偽に基づいて成り立っていることを知っていた。

支那共産党の指導者、党と政府組織、そして報道官が事実上狂っている(病気である)という見方は正しい。

彼らは真実を、たとえそれが彼らに害を与えないものであっても、語ることができないのだ。

支那共産党は一般原則として、たとえ真実を隠す理由がなかったとしても嘘をつく。

支那で広く知られたジョークに「人民日報の唯一の真実は日付だけ」という決まり文句がある。

そのため、私は支那共産党に対して懐疑的であったのだ。

ーー

それではなぜ、支那共産党は人民に「大きな嘘」を「それが当たり前と思われるほどにまで」売りつけることができたのか。

これは単純ではなく、また不可解な疑問である。

なぜならば、ほとんどの支那人にとって、共産党は全く信頼できない相手なのだ。

ところが人民の行為からは、人民が共産党を信頼して行動しているように見える。

共産党の指示にしたがっているようにみえるのだ。

ーー

支那共産党は数々の理由により人民から憎まれている。

そんな共産党が、どのようにして人民を思い通りの「法輪功への迫害」に加わらせているのか。

人民は、共産党に対して一方で軽蔑しながら、もう一方で共産党の言いなりになっている。

ーー

この相反する行動を理解するためには、支那人が、複雑で多面的な思考の持ち主であると考えるほかない。

すべての独裁(ファシスト)政権同様、支那共産党は国の内外に架空の脅威を作り上げてきた。

それに対する人民の愛国心を利用することで党による支配つまり党治をしてきたのだ。

ーー

支那共産党は、支那に対する西側の帝国主義的な侵略と略奪の歴史を利用してきた。

19世紀から20世紀にかけて支那は、西側の帝国主義的な侵略で被害を受けた。

この風化しかねない遺産を執拗に主張することで、支那共産党は、国際法の順守を要求する西側に「西側が作り上げた国際法には従わない」と傲然と言って西側を黙らすことに成功してきた。

ーー

その結果、反米デモやチベット、台湾、東シナ海あるいは南シナ海の島々に対する領有権を主張する支那共産党を陰で支持する人もいる。

ーー

たとえば、ほぼ100%の支那人が死刑制度に賛成している。

しかし、支那共産党が警察と法廷を隅々まで管理しているという事実は、彼らの頭には決して思い浮かばないのである。

ーー

自分の子供二人を殺害した女性法輪功修錬者の話について、ある弁護士と議論したことを私はよく覚えている。

その時、私は法輪功について何も知らなかったので、話がでっち上げだとは主張しなかった。

ただ、なぜ与えられた根拠を信じなければならないのかと聞いてみた。

議論は、法輪功修錬者は「ひどい人々」であるという弁護士の言葉で熱を帯びるものとなった。

私はその確信について尋ねた。

ーー

その弁護士は、この法輪功の母親による二人の幼児の殺害の話を例に挙げて答えた。

私が「しかし、どのようにしてあなたはそれが真実であると、それが本当に起こったことであると知ったのか」と尋ねた。

すると、彼はただ夕方のテレビのニュース番組を見て知ったと答えた。

私もそれを見ていた。

その時、私は誰が支那中央テレビ(CCTV)をコントロールしているかを彼に思い起こさせた。

彼は頻繁に、CCTVの報道を信じるべきではないと主張している人であったからだ。

それでも彼は、支那共産党中央宣伝部の検閲を通じて伝えられたテレビ番組に基づいて議論をおこなったのだ。

ーー

私は同様に、南京のレストラン毒殺容疑者について、他の支那共産党批評家・懐疑論者と議論を交わした。

この女性もまた、新聞やテレビの主張を鵜呑みにして法輪功に怒り、非難した。

北京の天安門広場で法輪功学習者とされる5人が集団焼身自殺を図った時、印刷媒体やテレビは集中的に報道した。

これは非常に効果的だった。

私の観察では当時、事件報道を知った大部分の支那人が、法輪功に批判的だった。

ーー

私でさえ、この集団自殺が生じたこと、および報道が本物であるという「事実」を受け入れた。

これまで見てきた他のほとんどの反法輪功の話と違って、一つのライブ映像が流されたため、私は恐ろしい事件の「目撃者」となった。

いくつかの理由で、私はそれでも反法輪功にならなかったが、この事件報道は事実だと疑わなかった。

ーー

しかしわずか数年後、私は、この事件が北京の警察による自作自演であったという説得力ある証拠を見ることができた。

ーー

法輪功への迫害に精通している誰しもが、今は、本当に何が起こったかを知っている。

映像自体は本物だったが、事件自体は嘘だった。

自らにガソリンをかけて火をつけた5人は、あきらかに法輪功学習者ではなかったことが示された。

「抗議者」それぞれの背後には、消火器を手にした警官が立っていた。

そして、5人は難燃性の衣類をまとっていたため、着ぶくれしていた。

また、消火器は通常、天安門広場の中心部から非常に遠いところに設置されているであろうということにも思い至った。

この事件が演出され、計画されたものでない限り、消火器を持った10人の警官が、ただちに消火に駆けつけることはできなかったはずなのである。

ーー

しかし当時、我々はそんなことを考え付くはずはなかった。

私は、事件が自作自演だとは主張しなかった。

支那人弁護士との議論における私の主張は、観察結果に限られていた。

第一に、どのような組織や活動にも、一部の過激派が存在するからである。

精神不安定な米国の母親が「イエスがそのようにしなさいと言った」という理由で、5人の子供をバスタブに沈めたからといって、私はキリスト教を非難したりしない。

第二に、焼身自殺は、迫害によって人生を狂わされた人々の自暴自棄からくる反応でありえたからである。

第三に、1960年代初期のベトナムの佛教僧や、最近のチベット僧の同様の焼身自殺は、行き過ぎたヒロイズムと自己犠牲からの行為と認められていたからである。

ーー

私たちは、この共産支那における迫害、そしてその迫害を容易にしたメディアによる宣伝から、一つの教訓を得た。

つまり、国が占有するメディアは信用できないと意識している人でさえ、報道が繰り返されれば、場合によってはそのメディアによって騙され、操られてしまうということである。

それは以下のような場合である。
1、「大きな嘘」が絶え間なく繰り返されている
2、メディアの独占が絶対的である
3、メディアによって糾弾された者が声を出すことができない状態である
4、「大きな嘘」を信じることが愛国になる
5、外部や内部の敵の脅威が不当に利用される

そうなると、見識豊かで国の宣伝機関の報道に騙されそうもない人々でさえも、実際には再三再四、騙されてしまうのである。

ーー

紙媒体や放送のメディアの情報の100%が完全な情報独占状態に置かれた時に市民に与える影響を想像してみるべきであろう。

市民は全般的で様々な皮肉を言うが、しかし単一の視点から報じられる特定の問題あるいは出来事については繰り返し騙される傾向がある。

過去15年の法輪功への迫害はこの好例である。

ーー

私たちの西洋のメディアも、様々な形の賄賂で動く。

確かに、米国とカナダの民間メディア機関は特別な既得権益を代表しており、これら特別な既得権益に利益をもたらすようなニュースを重点的に報じている。

しかし、名誉を棄損された者は通常、世間に対して反論し、反対の視点を与えることができる。

ーー

もし情報あるいは見解の出所が、広く世間に軽蔑されている宣伝機関engineである場合、決してそれを軽視してはならない。

糾弾されている母親が法輪功修錬者ではなく、あるいは、子供を殺してさえいなかったことを知る隣人が、間違いなくいたはずである。

法輪功修錬者であれば、法輪功の教えは殺人を容認していないと、メディアの取材に答えられたはずである。

南京のレストランでの大量毒殺事件の犯人は法輪功修錬者ではないと証明できた人がいたはずである。

法輪功修錬者ならば簡単に、疑惑の天安門焼身自殺事件で、自殺を試みた者の座禅の姿勢が法輪功と異なっていると指摘できたはずである。

ーー

しかし共産支那においては、どうすればこのような指摘ができたであろうか。

どうすれば大勢の前で異論を唱えることができたであろうか。

彼らには、いかなる声をあげる方法も閉ざされていた。

ーー

彼らが出した編集者への手紙は出版される可能性がなかった。

新聞の論説欄に意見を書くこともできなかった。

テレビのニュース番組で取材されることもなかった。

公共の場でプラカードを掲げて集会を開くこともできなかった。

ただ一つの声、支那共産党の意見だけが聞かれたのだ。

ーー

この、様々な事件に対する単一的な視点のみが、いやになるほど日々繰り返され、そして反対意見が一切聞こえて来ずに、返答が現れなければ、支那共産党メディアによる報道は何も信じないようにと助言した人々でさえ、自分自身の意見よりもその報道を信じ始めるのである。

ーー

法輪功修錬者が糾弾された時、反論ができる場所がなかった。

起訴されたとおりの有罪であろうと、卑劣な中傷の犠牲者であろうと関係なく、法輪功修錬者の声は支那人民に届くことはなかった。

さらに迫害の初期、人民は支那共産党の反法輪功宣伝を受け身的に鵜呑みにするだけでは済まされなかった。

法輪功を非難し、修錬者を公の場で批判させるための多くのメディアによる大規模な糾弾大会は、反地主闘争、反右派闘争、文化大革命、反孔子運動、反林彪運動などの先例を嫌というほど思い起こさせた。

このような宣伝運動(キャンペーン)はいつも、受け身的な読者や視聴者を、積極的にその批判運動に参加する人に変える。

宣伝運動は、そうなるように支那共産党によって仕組まれたものであったのだ。

ーー

実際に迫害に参加した人々には、その心理面にも効果てきめんである。

参加者は共犯者となったがゆえに、一層関与を深めていく。

文化大革命の最中、自分の政治的な純粋さと運動への忠誠を示すために、夫に対する大衆からの厳しい非難と暴力に、妻が参加するのは、めずらしいことではなかった。

文化大革命の期間も法輪功を迫害する期間も、実際に迫害に参与するのは、自分が迫害の対象になることを避けるためでもあった。

ーー

公衆の面前での非難、警察からの恣意的な殴打、財産と銀行口座の没収、雇用者による法輪功修錬者とされた者の強制解雇、「管理」と称する、修煉者の日常的で恣意的な拘留と投獄など。

これらは、法輪功修錬者とは何か「普通の人間ではない」者であり、従って普通の人に対して払う基本的な敬意を払う必要がないということの暗黙の受け入れを強化するために行われた。

支那警察、人民解放軍、医療関係者、そして従順に殺人や悪魔のような拷問を行う看守が、これらのこと全てを実行していた。

そしてホロコースト以来の人間性に対する最も残酷な犯罪が見つかった。

ーー

もちろん私は、支那人が、生存している人から臓器を取り殺害し、その臓器を販売し巨額の利益を支那へもたらしていることを訴える。

ーー

ナチスは死の収容所を決して公に認めなかった。

支那共産党も、法輪功修錬者に対して行っている非人道的で残虐な犯罪について、決して認めないということを忘れてはならない。

ユダヤ人と法輪功修錬者に向けられた、人間ではなく悪魔であるとみなす運動の役割は、いずれも残虐行為に加担する政府組織の者たちを麻痺させるためのものであった。

迫害を加える者たちの耳に、瀕死の犠牲者たちの叫び声は届かない。

なぜならば、一般のドイツ人や支那人にとっては、彼らは人間ではなく「ユダヤ」や「邪教のメンバー」とみなされたからである。

ーー

国家資格を持つ医療従事者を犯罪的行為に関与させた。

この宣伝活動の成功は、おそらく比類するものがないであろう。

共産支那とナチス・ドイツ以外で、健康な人間を、定期的に殺害することに積極的に参加する医療専門家がいることを、誰が想像できるであろうか。

1930年代のドイツと現代の共産支那以外で、警察と「裁判官」とが連携して「臓器提供者(ドナー)」を作っている「殺人委員会」があることを、誰が思いつくだろうか。

しかもそれは裕福な顧客に生き生きとした臓器を供給するためになされているのだ。

これが共産支那の今日の医療従事者の現実である。

これは法輪功に対する支那共産党の迫害政策なしに、実行が可能であるとは思えない。

ーー

共産支那に詳しい人が証明するように、共産支那には「法の支配」がない。

法律は、その時の共産党の指示でどうにでもなる。

法輪功は「邪教」であると宣言され、江沢民の単純な命令で「起訴」の対象となった。

現在にいたってもなお共産支那には、法輪功に適用される刑法の条文はない。

もしそのような条文があったとしても、「法廷」は、法律の解釈や証拠の審議をすることは決してなかったであろう。

時の裁判官らは、単にすべての法輪功修錬者を有罪とし、迫害を進めたのである。

ーー

臓器収奪のための大量殺人が現在進行している共産支那が法治国というのは嘘偽りである。

1979年以後、支那共産党は第三帝国の時代にナチスがやったように、法制度を本物に見せかけることに努力してきた。

それは全体主義国の為政者にとって、全ては法律に根差していると国内外に主張するのにとても重要だからである。

ーー

まさに以下は共産支那の「法制度」の虚偽を物語っている。

1、共産支那の裁判所は法輪功修錬者からの訴訟を受けつけない
2、支那人弁護士は法輪功修錬者の弁護を禁止されている

ーー

共産支那が「法の支配」の下にあり、司法が独立しているという明らかな嘘をつくことは、共産支那の尊厳を海外に示すために必須の基本的な道具であった。

この道具は、支那共産党自体によって、またはこれに傾く西側諸国の小間使いにより、広く使用されてきた。

ーー

この最悪の人権侵害に寄与したカナダの二人の元首相が、明らかになった。

彼らは、しばしば「法的改革」を展開しているとカナダ市民に嘘をつく支那共産党指導部と親しい友人といわれる。

法輪功への迫害が始まってから3年目の時、ジャン・クレティエンは江沢民と肩を並べて、江政権の「最後の10年の人権状況は、江沢民氏のリーダーシップのもと、驚異的な進歩を遂げた」と絶賛した。

クレティエンの後任であるポール・マーティンは、ここまで滑稽ではないものの、共産支那の人権状況の進歩と「法の支配」の実施を称えた。

この二人の首相はともに、支那共産党が法律より上に位置し、法規、警察、検察、 「法廷」と法律の解釈のすべてを牛耳り、理論上、そして実際に、完全に制御しているという基本的な事実に言及したことはなかった。

ーー

国は、(共産)党によって制御される法体系を持つか、あるいは「法の支配」を行うしかない。

両方の概念を持つ支配は不可能である。

支那共産党が「法の支配」を行っていると宣伝するかぎり、西側のクレティエンやマーティンに、共産支那では「法の支配」が順調に進展中であるという誤った説明を国民にさせ続けることが可能となる。

ーー

支那共産党が力を持ち続ける限り、弾圧や強制的な臓器収奪が、近い将来終息すると考えるのは難しい。

しかし、これを実現するには、支那人民や世界の人々に、この犯罪の存在を徹底的に知らせる必要がある。

皮肉なことに、その法輪功修練者らによって、我々は今、支那共産党が、法輪功修練者、人権弁護士、反体制派、キリスト教徒、ウイグル人、チベット人に対して迫害を与え続けていることを知らされている。

ーー執筆者紹介

カナダの人権弁護士、共産支那で14年間弁護士業務に携わる。

北京語も堪能。

共産支那の裁判所で代理訴訟300件以上、共産支那の法律問題の専門家として北米、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、香港などの法廷で専門家の見解を陳述したことがある。

カナダの二つの大学で支那問題の研究と共産支那の法律の教育に従事したことがある。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>江沢民の悪魔の臓器売買ビジネス
 読んで居る裡に、この論者は「何を云い訳しようとして居るのか?」と言う疑問が湧いて来た。 確かに、シナ社会には、正義は無いが、其れは謂わば、伝統的な事で有る。 

 非西洋社会では、正義の意味も範疇もその運用も、全て、国に拠って、民族に拠って、そして宗教に拠っても違ってくるのは当たりませダカラである。 其れを西洋的な見地鹿持ち合わせて居無いカラ、自分が納得出来る、批判が出来無いのだろう。

 思うに、最初の法輪功の事件で、江沢民国家主席が、法輪功を意味嫌い、「国家の有害分子」「人民の敵」と定めた時に、大した疑問を持えなかった自分自身を呪って居るのかと、ふと感じたが、其れは完全に思い過ごしと言うものだろう。

 何故なら、同じ様な「同じ人間を、異人種が故に、異教徒が故に、同じ人間と見做さず、400年間に亘って、家畜同然・獣同然の扱いをして来た事は、貴方方白人種の紛れも無い歴史的犯罪で有る事は、既に、世界が知っている事で有る。

 共産主義やナチズムを含む全体主義国家の例示を挙げて、「デマゴギーも操作に拠っては、国家的、民族的なスローガンになり得る」事を挙げて、恰も、自分達も、シナ共産党に「上手く騙された、被害者の様」な立場」を取っている様に感じた。
 
 然し、現実は、江沢民が国家主席を降りてもう、20年近くたって居るのに、臓器抜き取り~販売ビジネスは、その新鮮さを保つ為に、移植要請があったタイプの臓器の持主を選別して、手術を行って、臓器を抜き出して産短時間で、届けると言う悪魔のシステムが出来上がって居る筈である。

 言い訳を長々とするより、何故約15~20年もの間、そうしたシステムの詳細を調べて、告発しようとしなかったのだろうか? そうした機会は、日本のメデイアにも、他の国の派遣員にも、そして、この人の前任者にも与えられて居たに違いないのだから。

 是は、非常に基本的な事だから、彼に罪を問うのは余りに過酷で有ろうが、「この地球上の、全ての生物は、神の創造物で有り、命として平等に神聖なのだ」と言う、自然の法則が、キリスト教「=改竄したユダヤ教」に拠って、歪められている事に、気が付けて居ない。

 確かに、何処の国にも民族にも、偏執狂的な考えを持った人はいるが、ダカラ、我が子2人を殺したから、悪魔の教団である、と言う宣伝に理性が何時しか薄れて行くのが、普通の人間で在ってイケないのでは、無いのか? そんな社会がオカシイと、疑念を持つべきだろう。

 其処を沈黙していたから、斯う言う悪魔的な金儲けの手段が、ビジネスの域にまで成長したのではないのか? 殊に、カナダの2人の首相の、弾圧を行って居た江沢民に、同調した罪は、重いと言う他は有りませんね。

 抗議の焼身自殺をした仏教徒を、丸で犬死の様に記述しているが、仏教は、世に争いを起こす事で、自分以外の人達も被害を受ける事を、怖れて居るのであるが、是は、仏教では。魂こそが、人間の本来の姿で有って、下生した間は、魂の錬成の場とかんがえているからですが、どうも、中途半端な理解に止まって、死生観の違いを理解できていないと思いました。

 然し、彼には「この世を糺さねばならない」と言う使命感が有る様に思えます。 是は、取りも直さず、イエスが人類に期待している事と同じ範疇の事の様に思います。 イエスの思いを実現しようと言うのなら、多少の疑問点はあっても、結果として見上げたものだ、と言えるでしょう。

 安全な場所に居て、暖衣飽食を当たり前の様に享受している、我々日本人と比べて、遥かに上等な人間だと思います。

 但し、キリスト教全般がそうで有る様に、後世の「賢人」や「英雄」達に拠って、その期待があらぬ方向に歪められ、何時しか白人優越主義を「神の御前で」正当なモノとして来たのが、白人の文明の歴史ではないか? 此処を自らが、糺さない限り、本当の意味での「悔い改め」にはならないと思いますね。 

 況や、その白人が、同じ白人同士の名前が違うだけの理由で大虐殺を行った、ナチスを批判など出来はしない。 彼らは、それ以前に有色人種を、まるで、獣の様に何千万人も殺して、異民族や異文明を根絶やしにしているのですカラね。

 私は、シナ人の他民族に対する冷淡さ、過酷さの原因は、彼らの祖先から受け継いで来た阿頼耶識に有ると思って居ます。

 原発性の意識=無意識の意識と言うものは、先祖の霊に刻まれた、阿頼耶識の蓄積です、現代では、是をDNAに仮託して居る人が居ますが、例の構造が明らかでは無いので、原理的な説明は出来ませんが、先祖が、下生して居る時に常識として身に着けた事が、阿頼耶識として蔵われて、子孫に受け継がれると言う事です。

 現代のシナ人の阿頼耶識は、嘗て、世界に冠たる文明を築いたシナ文明を築いた「漢民族」の子孫のモノではなく、飢えて蝗民化した遊牧民族の末裔でしかないので、遊牧民の国家観=部族内だけが味方=国で有り、結果としての宗族主義なのです。
 
 ですから、現代のシナ民族は、「手段を選ばす、自分が生き抜く事だけが、人生の全ての目的」なのですから、況してや宗族主義のシナ人に取って、10㎞離れた村は、もう異国なのです。 

 ダカラこそ、70年も、多くの死者を出した、「大躍進政策」「文化大革命」「天安門事件」「数多の公害被害」他、年間10~20万件を超す暴動発生を武装警察官のゾ人民軍並みの増員で抑えて居る悪政が続いても、政体が変わらない「革命は、永遠に続ける」と言って置き乍らです。

 シナ社会で伝えられる本当の事は、確かに日付だけなのでしょう。

 取り敢えず、トランプ政権が「DSの手先である江沢民こそ、米国の真の敵である」と、見据えて、米支戦争を始めて、その悪業を暴き始めたから、この問題が浮上したので有って、シナ人民も、共産党にも、この悪魔の所業を告発し、止めさせる自浄力・自制力は、欠片も存在して居ない事は、確かな事で、人類の歴史に深く刻まれる事だろう。

 そして、仏教の真理、神道の自然の法則でもある「重々無尽の理」が、やがて、シナ人民の上にも、倍旧して還って来るであろう。

 つまり、トランプ政権出現が無ければ、今でもウイグルの「思想改造収容所」に強制収容されている200万人ものウイグル人は、生きた「臓器バンク」で有る事を、現代のシナ社会は、未だに容認して居るし、シナ社会から抗議の声すら上がって来ないを、シナ人は、もっと自身の社会の浄化作用の無さを、深刻に受け止める必要がありはしないだろうか?

 この事実を、シナ社会に14年間も暮らして、その実態を見知って居るカナダ人が、告発の声を上げた事は、世界的にも大きな意義がある事だと思います。

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