無料ブログはココログ

« 香港が、ホントに支那の一都市になってしまうんじゃないかって心配してます | トップページ | ハザール勢は世代間の支配の痕跡を隠すために、名字や経歴を変えてしまう »

2019年8月16日 (金)

戦後74年、そのうち60年をかけて祖国の復興を成し遂げて以来、今年は14年目になります

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

【終戦の詔勅原文】

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

ーー

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所

曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス

加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻リニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス

延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

ーー

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス

帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク

且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ

ーー

惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル

然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

ーー

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ

常ニ爾臣民ト共ニ在リ

若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム

ーー

宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ

爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

御名御璽

昭和20年8月14日

ーー以下【解説】

朕(ちん)深(ふか)ク世界ノ大勢(たいせい)ト帝国ノ現状トニ鑑(かんが)ミ非常ノ措置(そち)ヲ以(もっっ)テ時局(じきょく)ヲ収拾(しゅうしゅう)セムト欲(ほっ)シ茲(ここ)ニ忠良(ちゅうりょう)ナル爾(なんじ)臣民(しんみん)ニ告(つ)ク

私(天皇)は、深く世界の大勢と、帝国の現状をかえりみて、非常措置をもって事態を収拾しようと考え、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げます。

ーー

「忠良ナル爾臣民」というのは、裏返しに言えば、臣と民(たみ)が、陛下の「おほみたから」であるという認識のもとにある言葉です。

そしてこの言葉は、当時日本であった、北海道、本州、四国、九州、朝鮮半島、台湾、琉球諸島他島嶼部、および、日本の保護領となっていた太平洋の島々、樺太、千島列島にまで及ぶ、当時の日本の領土すべてに住む人々が、陛下の「おほみたから」である、という認識の上に立っているということをまず、申し上げたいと思います。

ーー

朕(ちん)ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

私は、帝国政府に、米英支ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させました。

「蘇」というのはソ連のことです。

ーー

抑々(そもそも)帝国臣民ノ康寧(こうねい)ヲ図(はか)リ万邦共栄(ばんぽうきょうえい)ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ皇祖皇宗(こうそこうそう)ノ遣範(いはん)ニシテ朕ノ拳々(けんけん)措(お)カサル所

そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにすることは、天照大御神からはじまる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてきたもので、私もそれをつねづね心がけてきました。

ーー

「康寧」というのは、やすらかで平穏無事であることをいいます。

民がやすらかで平穏無事に、そして万国がともに栄えることこそが、皇祖皇宗から遺された手本であり、拳々(両手でうやうやしく捧げ持つこと)して、下に置かない、つまり常に願い続けることだということを述べられています。

ーー

「万邦共栄(ばんぽうきょうえい)ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスル」は、イザナキ、イザナミの時代から続く神々が地球全体に与えた目的の「豈国(喜びあふれる国)」のことを指します。

この地球全体を「よろこびあふれる楽しい国とする」という意味です。

ーー

曩(さき)ニ米英二国ニ宣戦セル所以(ゆえん)モ亦(また)、実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出(い)テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵(おか)スカ如キハ固(もと)ヨリ朕カ志(こころざし)ニアラス

先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって、海外に出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときは、もとより私の志すところではありません。

ーー

「曩(さき)」という字は、「先」と同じ、一定の時点よりも前を意味する字です。

ここで陛下は、戦争に至った理由が、どこまでも自存自衛と東亜の安定を「庶幾(こいねがうこと)」するものであったと明確に述べられています。

ーー

然(しか)ルニ交戦已(すで)ニ四歳ヲ閲(けみ)シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司(ひゃくりょうゆうし)ノ励精(れいせい)朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘(かかわ)ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス

しかるに交戦状態はすでに4年を過ぎ、私の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、私のすべての官僚役人の精勤と励行、私の一億国民大衆の自己を犠牲にした活動、それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、戦局はかならずしも好転せず、世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえません。

ーー

「閲(けみ)シ」は、数えることで、交戦状態がすでに4年に至っていることです。

そして続けて陛下は「陸海将兵ノ勇戦」「百僚有司(ひゃくりょうゆうし)励精(れいせい)」これは、すべての役人の誠実な勤務。

「一億衆庶ノ奉公」

それぞれが各々(おのおの)最善を尽して戦ったことを述べられています。

ーー

注目すべきは、それぞれに「朕(私)が」と、軍も、役人も、民間人も、すべて天皇の民であることを、ここで「朕が」と三度繰り返して述べられていることです。

基本的に、文語体の文章は、できるだけ言葉を省いて書くものです。

ですから、同じ語が二度繰り返されていれば、それは相当の強調を意味します。

それが三度繰り返されているとなれば、それはただの強調ではなく、重要なことであることを意味します。

要するに、軍人も役人も民間人も、すべては、陛下の「おほみたから」であるということを、ここで重ねて強調され、さらに重要なことであることを宣言されているわけです。

ーー

加之(しかのみならず)敵ハ新(あらた)ニ残虐(ざんぎゃく)ナル爆弾ヲ使用シテ頻(しき)リニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真(しん)ニ測(はか)ルヘカラサルニ至(いた)ル

而モ尚交戦ヲ継続セムカ

そればかりか、敵は新たに残虐なる新型爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれません。

この上、なお交戦を続けるのでしょうか。

ーー

「新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ」とありますが、これは広島と長崎に投下された原爆のことを意味しています。

この投下された原爆のことを当時は「新型爆弾」と言いましたが、広島に投下された直後に、日本において、それが「新型爆弾」だとわかったのは、投下されたのが8月ですが、同じ年の1月の段階で日本では、原爆の開発がすでに終了段階に達していたことによります。

当時陸軍では、この爆弾を、本土近海に攻めてきた敵艦隊、および米本土への投下に使用することで戦局の打開を計画していましたが、陛下は、この爆弾の使用はおろか、開発までも即時停止をお命じになられています。

ーー

たとえそれが敵の軍事施設や敵艦船だけを狙うものであったとしても、その被害影響は、必ず周辺住民に及ぶからです。

つまり原爆の使用は、通常の制服軍人同士が行う戦争と異なり、民間人に打撃を与えます。

これは、いわば、リングの外の場外乱闘であって、すでに国際法に規程する国家の戦闘を超えます。

だから陛下は、即時開発停止と使用の禁止をお命じになっているのです。

ーー

陛下がこのように直接ご下命されることは、我が国の慣例として、通常はありえないことです。

ーー

なぜなら、陛下がご命令をなされれば、それは陛下が政治権力を行使することを意味してしまうからです。

陛下が政治権力を行使すれば、陛下の「おほみたから」であるから権力からの自由を得ている民衆は、諸外国と同様、権力のしもべになってしまいます。

つまり、権力の下にある隷民となってしまうのです。

そもそもこれを否定したのが、我が国の天皇という存在です。

ーー

したがって、陛下の原爆開発と使用禁止ご下命というのは、あり得ない、あってはならないことなのです。

それでも陛下がそのようなご下命をされたことは、我が国が行っていたことは、どこまでも戦時国際法のルールにのっとった戦争であって、場外乱闘ではないということを意味します。

ーー

そして陛下は、「而モ尚交戦ヲ継続セムカ」と、場外乱闘となってまでも、「尚、交戦を継続するのですか?」と我々国民(臣民)に問うておいでになられます。

それは「戦争とは何か」を、あらために国民(臣民)に問うものです。

私は、このお言葉に「民族としての誇り」を感じます。

みなさんはいかがでしょうか。

ーー

終(つい)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来(しょうらい)スルノミナラス延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却(はきゃく)スヘシ

ついにはわが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいありません。

ーー

新型爆弾(原爆)を使用し、このまま原爆を撃ち合っての場外乱闘を続けるならば、それは日本民族云々の問題を超えて、人類文明そのものを破壊し滅ぼしさってしまうということを述べられています。

ーー

実は、1921年に発掘されたパキスタン南部のモヘンジョダロ遺跡で、埋葬されることなく、互いに手をつなぎ合って、ただ路地に横たわっている数十体の人骨が発掘されています。

また、人骨群の一部からは、通常の50倍に上る放射能、および遺跡の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたときにできるガラス質が発見されています。

これらはいずれも紀元前2300年〜2500年前のものですが、周囲に火山もありません。

ーー

また、インドのボンベイ遺跡からは、大量のクレーター跡も発見されている。

最大のものは直径が2.1kmに上ります。

こちらの年代は約5万年前のものですが、これら遺跡が示すことはただひとつ、この地で、その時期に核爆発があったということ以外に、実は理由の説明のしようがないのです。

ーー

普通に常識で考えていただきたいのですが、今年が西暦2019年です。

人類が銃器を使ってドンパチやっていた時代から、空から核爆弾を降らせるようになるまで、たったの500年です。

何千年という歳月、あるいは何万年という歳月は、もしかすると人類が文明を興しては、核で滅びて文明を失うことの繰り返しであった可能性は否定できない歳月といえるのです。

ーー

その意味において、我々日本人は、多くの同胞の命を犠牲にしながらも、ここで場外乱闘に自ら終止符を打つことで、人類滅亡を食い止めたということができます。

これは大切なことです。

ーー

斯(かく)ノ如(ごと)クムハ朕何ヲ以(もっ)テカ億兆ノ赤子(せきし)ヲ保(ほ)シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ

そのようになったならば、私は何をもって億兆の子を保てばよいのでしょう、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいのでしょうか。

ーー

「赤子(せきし)」というのは、一義的には生まれて間もない子のことを意味しますが、天皇がこのお言葉を用いるときは、天皇の民を意味することになります。

これを陛下は「億兆の赤子」と詔(みことのり)されています。

「億兆」は、水平方向に考えれば、日本の民は、前のところで「一億」と述べられていますから、これは世界の人類を意味することになります。

ーー

しかしいまでも、世界の人口は70億人です。

「兆」はいません。

ということは、ここでいう「億兆」というのは、世界の民衆という意味だけでなく、すでにお亡くなりになっている世界の人類のご祖先の御魂、そしてこれから生まれてくるであろう未来の子供たちすべてのことを述べられているとわかります。

「いまさえ良ければいい」というのではないのです。

陛下の御心には、常に、先祖代々、そして未来に続く人々の子らすべてに対する責任の自覚が明確にある、ということなのです。

ーー

是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以(ゆえん)ナリ

以上が、私が帝国政府に命じ、ポツダム宣言を受諾させるに至った理由です。

ーー

つまり陛下がポツタム宣言を受諾された理由は、

1 戦況に利あらず
2 敵の新型爆弾使用による場外乱闘

の2点にあるということが、ここで明確にされています。

ーー

ただしここでいう1は、敗けているということばかりを意味していないことにも注意が必要です。

なるほど当時の戦況は、島嶼部を奪われ、本土にも度重なる空襲が行われていたことは事実です。

原爆も無辜(むこ)の民を殺しますが、空襲による焼夷弾投下も、無辜の民を殺すことでは同じです。

なるほど広島に落ちた原爆は、16万6千人の命を被爆から4ヶ月以内に奪い、また、原爆投下後の入所による被爆者も含めると、被爆による被害者は56万人を数えるといわれています。

しかし、3月10日の東京大空襲でも、当日の空襲による火災の煙は高度1万5000メートルの成層圏にまで達し、即日死亡者だけでも8万3千人、被災者は100万を超えています。

しかしそれでも日本は、音を上げていないし、敗北も停戦もしていなかった。

ーー

8月の段階での状況をいうと、この月の8月7日には、新型ジェット戦闘機が橘花(きっか)が初飛行に成功しています。

そして15日には、数十機程度が量産状態に入り、橘花16機・九九式艦上爆撃機24機・練習機12機による第七二四海軍航空隊が、予科練甲飛14期生100名と16期生200名で編成され、訓練にはいっていました。

また、陸軍は、殊戦闘機「火龍」、局地戦闘機「震電」を開発しており、これらは9月には実飛行に配備され、実戦投入される予定でした。

ジェット戦闘機の登場は、朝鮮戦争時に米軍のB-29を廃棄に追い込んでいます。

つまり日本はあと2ヶ月で本土空襲を完全に排除できる能力を持っていたわけです。

ーー

沖縄戦という局地戦でさえ、米軍は即日戦死だけで7万2千人の被害を受けていました。

これが本土決戦となれば、米軍の被害は100万を下らないというのは、米国側の試算にもなっています。

本土近海の米海軍艦船は、ジェット型の爆撃機による特攻の前には、完全に無力です。

速度的に敵わないのです。

そしてそのような事態になれば、米国の方が、むしろ停戦を求めざるを得ないという状況が生まれた可能性も、否定はかならずしもできない状況にあったわけです。

ーー

それでも陛下は、戦いが新型爆弾によって完全に場外乱闘の域に至ったと判断された段階で、終戦のご英断をされています。

理由はひとつです。

原爆です。

原爆を使う戦闘行為は人類社会そのものを破壊破滅に導くものであると陛下がお考えになったからです。

ーー

朕ハ帝国ト共(とも)ニ終始(しゅうし)東亜(とうあ)ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾(いかん)ノ意ヲ表セサルヲ得ス

帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ、職域ニ殉シ、非命ニ斃(たお)レタル者、及(および)其(そ)ノ遺族(いぞく)ニ想(おもい)ヲ致セハ、五内(ごだい)為(ため)ニ裂(さ)ク

且(かつ)戦傷ヲ負(お)ヒ、災禍(さいか)ヲ蒙(こうむ)リ家業(かぎょう)ヲ失(うしな)ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念(しんねん)スル所ナリ

私は、帝国とともに終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるをえません。

帝国臣民であって戦陣で戦死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者、およびその遺族に思いを致すとき、朕の五臓六腑は、それがために引き裂かれんばかりです。

かつ、戦傷を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失った者たちの健康と生活の保証にいたっては、朕の心より深く憂うるところです。

ーー

「軫念(しんねん)」というのは、天子が心を痛めることをいいます。

つまり陛下は、同盟国となった諸国、我が国で共に戦った戦死者、戦傷病者、その遺族、戦争で土地や家屋を失った民衆すべてに対して、天照大御神の血筋をひく日ノ御子(ひのみこ)、天皇(すめらみこと)として、天上界を代表して心を痛めていると述べられていることになります。

ーー

たいへん残念なことをひとつ書いておかなければならないのですが、終戦後に我が国の統治者として入ってきたGHQは、日本の戦病傷者に対する補償の一切を打ち切りました。

これが復活するのは、昭和27年に我が国の主権が回復してからです。

戦場で、手腕足を失った者、視力や聴力を奪われた人々は、その間、本当につらい、生きていくことそのものを否定されたような生活を余儀なくされました。

これは米国国家として、人道上恥ずべきことであったと言わせていただきたいと思います。

ーー

惟(おも)フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固(もと)ヨリ尋常(じんじょう)ニアラス

爾臣民(なんじしんみん)ノ衷情(ちゅうじょう)モ朕善(よ)ク之(これ)ヲ知ル

思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではありません。

汝ら臣民の真情も、私はよく知っています。

ーー

「衷情(ちゅうじょう)」というのは、誠をもった心の中のことをいいます。

どこまでも国民(臣民)の良心と誠意を信じ抜いていると陛下はおっしゃられています。

ーー

然(しか)レトモ朕ハ時運(じうん)ノ趨(おもむ)ク所、耐(た)ヘ難(かた)キヲ耐ヘ、忍(しの)ヒ難(かた)キヲ忍ヒ、以(もっ)テ万世(ばんせい)ノ為(ため)ニ太平(たいへい)ヲ開(ひら)カムト欲(ほっ)ス

しかし、ここは時勢のおもむくところに従い、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、泰平の世への一歩を踏み出したいと思います。

ーー

有名な「耐ヘ難キヲ耐ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ」です。

いろいろな思いはあることだろう。

けれど陛下は自ら子々孫々のために、「太平を開く」とおっしゃられている。

ーー

「太平」というのは、世の中がよく治まって平和なことをいいます。

「開く」というのは、ここでは「きりひらく」の意味につかわれています。

つまり、陛下は、戦争を終らせるのではなく、未来を開くのだ、と仰られています。

終戦で終わりではないのです。

ここからが、新たな始まりなのだと述べられているのです。

ーー

朕ハ茲(ここ)ニ国体ヲ護持(ごじ)シ得テ、忠良(ちゅうりょう)ナル爾臣民ノ赤誠(せきせい)ニ信倚(しんい)シ、常(つね)ニ爾臣民ト共ニ在リ

私はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころを信頼し、常に汝ら臣民とともにあります。

ーー

「ここに」という字を漢字で書くときは、「此処に、是に、爰に」などがありますが、陛下はここで「茲(ここ)に」という字を用いられています。

「茲」という字は、下に「心」が付きますと「慈」になりますが、もともと「並び生えた草を育てる」という意味があり、そこから「子を生み育てる」ことを意味するようになった字です。

その字を用いて「茲(ここ)に」と述べられているということは、皇祖皇宗の時代から、天皇によって国民を「おほみたから」とするというシラス国の体制を護り持(たも)ってきた、という意味が重ねられていることになります。

つまり「茲(ここ)に」と、「国体ヲ護持」は、「国民を慈しむ」という意味が繰り返されていることになります。

ーー

そして「信倚(しんい)」というのは、信頼することです。

陛下は、「おほみたから」である国民を信頼し、その「おほみたから」と常に一体であると述べられています。

これはとてもありがたいお言葉です。

ーー

若(も)シ夫(そ)レ情ノ激スル所濫(みだり)ニ事端(じたん)ヲ滋(しげ)クシ、或(あるい)ハ同胞(どうほう)排擠(はいせい)、互(たがい)ニ時局ヲ乱(みだ)リ、為(ため)ニ大道(たいどう)ヲ誤(あやま)リ、信義(しんぎ)ヲ世界ニ失(うしな)フカ如(ごと)キハ、朕最(もっと)モ之(これ)ヲ戒(いまし)ム

もし、事態にさからって激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごとき事態は、私のもっとも戒めるところです。

ーー

「排擠(はいせい)」というのは、他人を押しのけ陥れることをいいます。

世界は広くて、国によっては、他国を押しのけ陥れて、時局を乱して、大道を誤って、世界中からの信頼を失っている国もあります。

また近年、日本人が劣化し、個人主義のもと、他人を押しのけたり陥れたりし、森友だの加計だのと時局を乱し、目の前に震災や大水、土砂災害のような大事があっても大道を誤って、世界中からの信頼を失っている人たちが国内で目につくようになりました。

そうはならないように自ら戒めていると昭和天皇は、いまから74年前に述べられておいでです。

ーー

宜(よろ)シク挙国(きょこく)一家子孫相伝(あいつた)ヘ、確(かた)ク神州(しんしゅう)ノ不滅ヲ信シ、任(にん)重(おも)クシテ道遠キヲ念(おも)ヒ総力(そうりょく)ヲ将来ノ建設ニ傾(かたむ)ケ、道義(どうぎ)ヲ篤(あつ)クシ、志操(しそう)ヲ鞏(かた)クシ、誓(ちかっ)テ国体ノ精華(せいか)ヲ発揚(はつよう)シ世界ノ進運(しんうん)ニ後(おく)レサラムコトヲ期スヘシ。

爾臣民其(そ)レ克(よ)く朕カ意ヲ体(たい)セヨ

そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、持てる力のすべてを未来への建設に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう心がけなさい。

汝ら臣民、以上のことを私の意志として体しなさい。

ーー

「道義」とは、条理に沿った道のことです。

「志操」とは、志を変えず、身をかたく保持することです。

ですから昭和天皇の「道義を重んじて、志操を堅固に保ち」というお言葉は、「ものごとの条理を大切にして、志を変えてはならない」「身も心も堅固に保ちなさい」と仰られ、これを結びの言葉にされています。

ーー

「国体の精髄と美質」というのは、シラス国と和の心です。

「道義、思想、国体の精髄、美質」いずれも、戦後の日本が見失ったものです。

ーー

戦後の日本は、持てる力のすべてを、まずは国土の復興にあててきました。

そうすることで、国力も経済も回復させました。

陛下は、「道義を重んじ、志操を堅固に保ち、国体の精華と美質を発揮せよ」と述べられています。

焼け野原からの復興のときには、いろいろあることは、ある程度仕方がないという側面もあったものと思います。

ーー

けれどいま必要なことは、日本人が、個人主義のもとで他国や他人を押しのけたり陥れたりし、森友だの加計だのと時局を乱し、目の前に震災や大水、土砂災害のような大事があっても大道を誤って、世界中からの信頼を失うことではないということです。

いよいよ、本格的な「道義」や「志操」、そして本来あるべき我が国の「国体の精華と美質」の素晴らしさを学び、取り戻し、日本的精神の復興を強力に推し進めていくことではないでしょうか。

そしてそれは、決して、暗く暗澹としたものであってはなりません。

どこまでも明るく楽しく、よろこびに満ち溢れた、愛と幸せと美しさのあるものでなければなりません。

ーー

それが、皇国臣民の、祖先に恥じない生き様なのであろうと思いますし、国土の復興を終えた日本の、いよいよこれからが詔勅に基づいた、新しい日本の心の復興です。

ーー

ひとつの時代が終わり、新しい時代が始まるまでに、およそ60年と言われています。

戦後74年、そのうち60年をかけて祖国の復興を成し遂げて以来、今年は14年目になります。

すでに新しい日本の、道義と志操と国体の精華の発揚の時代がはじまっています。

それは、世界が求める進運でもあります。

その世界の潮流に、私たちは遅れてはならないのです。

« 香港が、ホントに支那の一都市になってしまうんじゃないかって心配してます | トップページ | ハザール勢は世代間の支配の痕跡を隠すために、名字や経歴を変えてしまう »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子様
 
 【終戦の詔勅原文】を掲載してしていただき有難うございます。
昭和20年8月15日のことは、日本の全国民がひれ伏して、玉音放送を聴く映像によってしか敗戦ということを理解するすべはなくおりましたが、本日のブログにより、昭和天皇の苦悩の決断のすべてがここに読み取れ、震撼する思いであります。

 ≪加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻リニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス

延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ≫

 すべては残虐なる爆弾、原爆が原因でした。それに、東京大空襲、大阪大空襲によって無差別にうちこまれ、焼け野原に化してしまった国土を憂え、これ以上虐殺を放置すれば≪尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ≫ということを直視なされ,≪斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ≫と、ご英断されたのです。このご英断なくしては、更なる泥沼に陥っていたかもしれません。
 ここにあの「焼き場の少年」の一枚の写真が浮かんでまいります。少年は責任をもって、家族の御霊を弔うために並んでいます。私はのような、立派な家族思いの少年が戦後の日本を支えてくださっていたものと確信致し、「すべてのみたまの安からん」ことをお祈りいたします。合掌

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>終戦のご詔勅
 ご詔勅の文章は、もう数十回は読んだと思いますが、都度、陛下の国民を思う大御心に触れて、涙が止まりません。

 私が最初に就職して22年間お世話になった会社の上司は、皆、昭和一桁か、或いは、大正末期の所謂、戦争の為に、青春時代を失った人々でした、彼らは男女を問わず、異口同音に「何故、戦争を止めたのか?」について、賛否両論ありましたが、その主たる理由は、半年以上前に完成して居た原爆の開発と使用を陛下が乙女になった、原爆を米国は平気で使用した事に有ったとは、是に気付いて居る日本人は、そう多くはいないでしょうね。

私の上司達は、歳が若くなる程、戦争の遂行の方法に対する不満・批判が、強くなる傾向がありましたが、彼らは、実際に戦場には出て居ない人達で、私の直属の上司などは、昭和5年の生まれで、志願して予科練習生だったけれど、毎日、退避壕堀りと、空襲から逃げ回るダケで、飛行機なんか載せて貰えなかった、と暗い顔で話をしてくれました。

 そう言う世代は、昭和元年「=大正15年」生まれまで続き、清水の1期生「=東京商船大の前身」の人も、空襲で逃げ回る日々だった、と「戦争体験とは、言い難い」と前置きして、話して居ました。

 彼らに共通するのは、「自分達も、戦いたかったのに・・」と言う思いが、悔しさとなって、現れて居ると感じました。唯、私の親父は昭和3年3月生まれなので、昭和2年組と同じで、終戦時には、鹿児島の鹿屋の海軍基地で通信士をやって居たので、先ほど見送った人からの「我突入ㇲ」の音信を何度聞いたかと、爾来、通信士の仕事は。私が生まれる9年後迄止めて居ましたね。

 然し、その少し前の世代になると、実戦を経験した人ばかりで、母校の商船学校の教官をやっている人には、重巡クラスの航海長をやって、3回泳いだ「=沈められた」人、

 日本郵船の客船新田丸を改装した空母「冲鷹」の運用長で乗船中に撃沈されて、3日3晩、海で漂流した経験がある人、

 船に乗って居たのは、軍艦より圧倒的に、民間の船が多かったのに軍艦の乗理組が多いのは、軍船の頑丈さの所為でしょうし、生き残って居るのが全て、航海士ばかりなのは、機関部は、機関室浸水の場合、船と運命を共にしたからです。


 是が、一般の徴兵で従軍した人の中には 近衛師団に居攻め空襲も受けたのに、満州転属を命じられ、赴任した途端にソ連から攻められ、1週間もしたら、終戦で武装解除、やれやれ日本に帰れると思って居たら、列車に載せられ着いた処が、バイカル湖よりも更に西の奥地で、其処で10年間も、毎日、重労働をさせられた人が居ました

 最初は、5~6百人は居たのに、10年経って帰る頃は。半分も残って居なかったと言う人、

 何れも、過酷さで、命があるのが不思議な位ですが、この辺りは、歳の巡りの吉凶だと言う他は無いと、零していましたね。

 何時も思いますが、陛下は、斯う言った世代の違う人々の不満も、その過酷で悲惨な現実も、全て呑み込まれて、おられたのだと思います。 其れは、陛下が戦後、全国御巡幸を思い立地、10年間に亘ってそれを行われた時に、各地に残るエピソードに現れて居ると思います。

 陛下が居らっしゃると聴いた国民が大挙して集まる中、陛下は、一人一人の前に立ち、子供には質問をし、老母からは、その訴えを訊いた、すると、老母の上から、雨のしずくの様なモノが落ちて来た、そして「陛下が泣いて御座った」と。 会場の皆は驚くと共に、その有り難さに、共に泣いた。
 
 是は、他の悲しみを共有する「悲の心」そのものの発現であり、日本のスメラミコトの「おほみたから」に対する愛であると私は思います。 日本では、帝さえも、悲しみや苦しみを、民と共に分かち合って居るのだ、と言う事です。

 こんな支配者が、他の国に居るだろうか、第一にGHQは、陛下がご巡幸を申し出られた時に、「陛下が全国で、反米活動を鼓舞するのではないか?」と言う危惧の声も挙がったが、大方は、「負けた国の国王が、国民にどの様な目に遭うか」を体験で知っている連中は、薄ら笑いを浮かべながら「まあ、見て居なさい、キット殺されるか大けがを負って帰って来る」と許可したとの事。

 然し、結果は是です。 陛下は、行く先々で大歓迎を受けましたが、当時は。食べ物さえ不自由な時代、泊まる処も、正式な旅館やホテルで無い事も屡々、陛下はそれにも構わずご巡幸を付けられました。これで、日本の国体は、自らの生命を保ったのです。

 たしか、この時には、既に、総司令官のマッカーサーは、朝鮮半島に移っての日本には、居なかったと思いますが、マッカーサーは、そうした陛下の真の皇帝と呼べる、高貴な人格と、命や金品に拘らない、高い価値観を知ってそ心より、陛下を尊敬して居ました。

 つまり、遭って看ないと判らないのでしょうね。

 敵方の大将に、絶賛されるのは、米海軍提督のニーミンツに、ペリリュー島の日本人兵士の勇戦奮闘ぶりを称えて「日本の兵士は世界一、勇敢で優秀だ」と言わしめた事を考えれば、日本は上から下迄、「同じ人間として、尊敬に値する」と敵将を唸らせ、敵からも称賛れる程の人達であったと言う事ですね。

 我々は、その子孫として、先祖に恥ずかしくない人生が送れる様に、心と体を確り鍛えて、先祖が身を挺して創り上げた、礎の上に、陛下の仰有る「康寧なる国」を、そして世界を築いて行かねばなりませんね。

 戦後の日本を覆って居た暗雲が、晴れた今、新たなパラダイムを持ったこの新たな道が我々の前途に広がって居ます。 この道も終戦時の様に、任重く、道遠いモノで有りましょうが、千里の道も一歩から、勇を奮って、先ずは一歩を進めて行きましょう。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

大東亜戦争を、日本の兵隊は本当によく戦ったと思います。
多大化に戦況が苦しくなったとしても、特別攻撃隊を発想し、この効果が大きかったからと、特別攻撃隊の方法を幾つも考え出した海軍と陸軍には唖然としますし、他のことは考えられなかったのかと呆れます。

徴兵は一銭五厘だったと思いますが、兵隊は皆天皇の子供だったのですが、此を右から左へと順番にタヒなせるような作戦ばかり思いついてどうするのかと思うのです。

この特別攻撃隊を創り出す作戦を考えた軍隊は、やはり評価することは出来ないし、兵隊を無駄にタヒなせたのではないかと思います。

しかし、この作戦に文句を言わず(言ったとしても、作戦に従ったのです。)出撃した兵隊程、日本の国のことを思って戦った兵隊はいなかったと思いますし、これ程の兵隊に恵まれた軍隊は、世界の何処にもなかったと思います。

その有り難さを、特別攻撃隊を発案し、出撃させた指揮官達は、知っていたのだろうかと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 香港が、ホントに支那の一都市になってしまうんじゃないかって心配してます | トップページ | ハザール勢は世代間の支配の痕跡を隠すために、名字や経歴を変えてしまう »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31