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2019年9月 1日 (日)

正直で頭のいい人は共産主義者にはなれない

ーー以下「大紀元時報2019/8/20掛谷英紀コラム」より抜粋編集

小学2年生のとき、担任の先生が産休に入り、自習の時間が多くあった。

私は与えられた課題に黙々と取り組んでいた。

しかし、小学2年生が自習を課せられて、黙って勉強するはずがない。

みんな大騒ぎした。

それで隣のクラスの先生が注意に来た。

結局、私を含めクラスの生徒全員が罰を受けることになった。

ーー

真面目にやってもやらなくても、みんな同じように怒られるなら、誰も真面目にやらない。

結果の平等は絶対うまくいかない。

私はとてもませており、結果平等を主張する共産主義のことを知っていた。

それで、そのとき、共産主義は絶対うまくいかないと確信した。

ーー

私が小学2年生だった1978年当時、ソ連は共産主義の大国として知られていた。

私の周囲にも共産主義は素晴らしいと考える人が多くいた。

でも、おませな私は彼らを信じなくなった。

「結果平等は絶対うまくいかない」そんな単純なことをなぜ大人は分からないのだろう。

とても不思議だった。

ーー

その11年後、東ドイツの共産主義体制が崩壊し、東西ドイツを分断していたベルリンの壁が東西ドイツ国民によって破壊された。

さらにその2年後には、広大な国土と豊富な天然資源や人材を持つソ連が、それらを活用できずに破綻してしまったのだ。

共産主義体制では、国土を破壊するばかりではなく、人々の持つ才能を生かすこともできなかったことになる。

ーー

つまり、私が小学校の時に確信した「結果平等は絶対うまくいかない」ことが証明された。

ーー

しかしながら、このような結果を目前にしながらも、共産主義を信奉し続ける人は存在し続けた。

私はそれがまた不思議だった。

共産主義者のウソに騙されたのか、それとも単に目前の事実を理解できないのかという点が当時の関心事だった。

正直で頭のいい人は共産主義者にはなれないというレイモン・アロンの言葉を知ったのはその後のことである。

ーー

共産主義者とは何か。

人はなぜ共産主義者になるのか。

私にとって謎であり、常に頭の片隅に存在し続けたものの専門外の事なので放置していた。

ところが、幸いにもここ2、3年の間に、その謎がかなり解けてきたのである。

ーー

きっかけは、英語圏の政治系YouTuberによる情報を得たことだった。

そこで、英語圏の人々が自由主義者の横暴に苦しんでいる現状を知った。

民衆政治democracy国では、ソ連との冷戦を戦うために共産党は政治の表面に出ることを禁止されてしまったため、共産主義者は自分たちを自由主義者と名乗っていたのだった。

そしてメディアを支配していた彼らは、民衆政治国を自由主義国と呼んだ。

ーー

日本では、連合国軍の占領政策つまり旧体制の破壊に協力したため共産党も存在できたが、共産主義者の多くは、その破壊的な印象を避けるため、リベラルと名乗った。

私はyoutuberの情報を通じて、欧米の自由主義者と日本のリベラルの共通点を見出すことに成功した。

そして自由主義・リベラルというものの分析、見える化(言語化)を実行した。

ーー

もう1つのきっかけは、インターネット・SNSの隆盛により、大量の言語資源が得られたことであった。

私自身の専門分野の一つは人工知能である。

インターネット上のビッグデータが人工知能の機械学習に使えた。

その結果、政治問題や社会問題に関する言説を定量的に分析できるようになった。

私は、自らの理工系の知見を自由主義者・リベラルの分析に使った。

ーー

以下に分析の結果の一つをお目にかける。

欧米の自由主義運動と日本のリベラル運動には共通点が存在する。

いずれの運動も、人権、平和、寛容、多様性など常に美辞麗句を看板に掲げる。

しかし、その運動の目的は、客観性・公平性・公共性が基準になっているのではなく、恣意的につまり彼らの単なる政治目的を基準に選ばれているのだ。

ーー

それゆえ日本の場合、リベラルの人権運動は北朝鮮による拉致被害者の人権を無視する。

平和運動も、支那・朝鮮の核開発や軍拡に抗議をしない。

反原発運動も、支那・南北朝鮮の原発には反対しない。

これらに共通するのは、周辺諸国が日本を侵略しやすい状態を作り出す方向に運動が向いていることである。

つまり日本のリベラルの政治目的は日本国を武装解除しておくことであることが分かる。

ーー

それゆえ、日本では「リベラル(共産主義)=反日」と理解されていることが多い。

日本人の目につくリベラル運動にかかわる外国人は、みな反日勢力に見える。

それゆえ、欧米の自由主義者も反日であると見なす日本人が多い。

しかし、それは間違いである。

ーー

欧米の自由主義者にとっての最大の敵はキリスト教的価値観(に基づく西洋文明)である。

だから彼らは、イスラム教などの異文化に対する寛容(トレランス)を主張しつつ、キリスト教的価値観を弾圧する。

たとえば、米国の大学では学内のキリスト教徒のサークルを解散させるなどの動きがある。

また、欧米のフェミニストは女性の権利を主張する一方で、イスラム系移民の性犯罪の被害を受けた女性に対しては口封じをする。

ーー

自由主義者とリベラルに共通する点は、いずれも自らの属する社会や文化を憎み、その破壊を意図していることである。

その憎悪の感情は、過大な自己評価ゆえに、周囲が自分を正当に評価していないと不満を持つことから生じている場合が多い。

ただし、これは全ての自由主義者とリベラルに該当するわけではない。

ーー

自由主義(リベラル)運動は、さまざまな種類の人間の複合体である。

私は、その構成員を次の3つに分類している。

1.中核層

自らが属する社会を憎み、それを破壊することを目指す人たち。

見せかけの理想を掲げて活動を興し、その活動が社会の破壊に結びつくよう巧みに制御する。

良心は無いが知的レベルは高い。

ーー

2.利権層

中核層に従うことで、活動資金や仕事(テレビ出演など)を得ることが目的の人たち。

ーー

3.浮動層

中核層が掲げた理想に共感する人たち。

正義感に基づいて行動するが、いい人と思われたいという虚栄心があることも多い。

知識を身に着けると、騙されたと気づいて活動から去る。

ーー

初代FBI長官のジョン・エドガー・フーヴァー氏は、共産主義者(コミンテルン)を以下の5種類に分類している。

「公然の(共産)党員」
「非公然の党員(共産党の極秘活動に従事する人)」
「フェロー・トラベラーズ(共産党の同伴者)」
「オポチュニスツ(機会主義者)」
「デュープス(騙されやすい人)」

(この分類は、江崎道朗氏の著書『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』に紹介されている)

このうちの最初の3つが中核層、利権層がオポチュニスツ、浮動層がデュープスに対応する。

ーー

正直で頭のいい人は共産主義者にはなれないというレイモン・アロンの言葉に対応させると、中核層と利権層は不正直で頭のいい人であり、浮動層は正直で頭の悪い人である。

その複合体が自由主義者・リベラルというわけである。

ーー

保守派は自由主義者・リベラルと違って単純な人が多い。

そのため、上で述べた自由主義者・リベラルの全貌が見えていない。

自由主義者・リベラルはみな浮動層であると勘違いして甘く見る。

しかし、その認識自体が完全に自由主義者・リベラルの術中に嵌っているのである。

ーー

自由主義・リベラル運動が巧みなところは、その運動において浮動層を前面に押し出すことである。

中核層は基本的に表に出てこない。

浮動層は善良な庶民であるから、自由主義・リベラル運動を叩く人は庶民の敵だとレッテルを貼れる。

浮動層には悪意がないから、自由主義・リベラル運動の真の目的が破壊であるとの批判は濡れ衣に見える。

浮動層には知性も感じられないから、取るに足らない相手だと保守派も油断する。

ーー

自由主義・リベラル運動の知性の高さは、その攻撃先の選定に見て取ることができる。

例えば、日本の自然保護運動を考えればわかる。

リベラルは、ダム、堤防、防潮堤、基地建設、高速道路、リニア新幹線、地熱発電のように、日本の安全や経済にプラスになる開発行為の自然破壊は非難する。

ところが、太陽光発電、風力発電、共産支那の珊瑚乱獲のように、日本にとって経済的・社会的マイナスが大きい自然破壊は問題視しない。

中でも、発電に関する態度の違いは、それなりに高度な知識がないとこのような見極めはできない。

ーー

さらにリベラルの頭の良さは、主力は上述のような攻撃先の選択をしつつ、それ以外の勢力はある程度意見を散らしている点にも見ることができる。

これにより、批判されたときに傍流の人々を引き合いに出し、批判が不当なものであると反論できるように準備している。

ーー

自由主義・リベラル運動は、今後もその頭脳を駆使して庶民の味方を詐称し続けるであろう。

しかし現実には、自由主義者・リベラルは庶民に選択の自由を与えない。

自分の言いなりにならないものは、弱者であっても容赦なく叩きのめす。

であるから、本来彼らは、社会の因習から自由になるという自由主義(リベラリズム)とは最も遠い存在である。

にもかかわらず、彼らは自由主義者・リベラルを自称し、その称号を社会的に広く認めさせることに成功している。

ーー

しかし彼らは過去あるいは現在の共産主義諸国が何をし、何をしたかをひた隠しにしている。

法の上に共産党が存在するという国民にとっての絶望は、日本共産党の「志位和夫の独裁19年」でもあきらかだがそれを隠している。

つまり共産主義者であることを隠して、自由主義者・リベラルと自称している人たちの欺瞞を示す最も有効な手段は、ソ連や共産支那で行なわれていた事実を人々に思い起こさせることなのである。

ーー

共産主義者らは、常に庶民(労働者)の味方であると自称してきた。

しかし、過去全ての事例において、共産主義者らは、法の上に存在する特権階級となり庶民を虐げる社会を作り出した。

そして共産主義者らは、自分たちに従わない人々に対して共産主義に従わないと言っておびただしい命を奪ってきたのだ。

その歴史をできるだけ多くの人に直視させることが、共産主義の悲劇を繰り返さないために最も重要なことなのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本の伝統的な考え方と共産主義
 何故人は共産主義に憧れるのか? と言う疑問は、実は、私も高校生の時、親父と議論した覚えが有ります。 時は、高校1年の冬、お袋との離婚話を親父が持って来た時でしたから、76年ですね。 

 私はその頃商船高専生でしたから、強制入寮制でしたので、離婚の裁判に立ち会う為に、態々学校を1週間休んで、山口から鹿児島へ帰郷しての話です。

 親父は、私に「お前も、流行りの学生運動に被れているのか?」と最初から、頭ごなしに、言い始めたので「否、誘われているけど、色々疑問が有って、ダカラ相談してるんだけど」と言うと、「共産主義は、流行り病の様なモノで、『若い裡に共産主義について考えないモノは馬鹿だが、歳を食っても、共産主義をやって居る奴は、もっとバカ』っていうんだ」と、一蹴されました。

 言い方に、むかつきましたが、現実を見てみれば「一理あるなあ」と思って居ましたね。

 固より、共産主義の元になる社会主義は、日本の「相互扶助」「歴史的な神道に拠る平等」「社会秩序を重要視する」と言う、厳しい自然災害に囲まれている環境で、力の弱い人間、或いは集団が、生き抜いて行くのに、必要な要因は「団結力」だったから、自然な常識として、社会に在ったものでしょう。 

 一方、民主主義も、農村部で、水争いや田んぼの境目に拠る年貢の差等、公平性を保持し無ければ、忽ち、生存権の如何に結びつく事がらが多かったので、次第に、上位のものが、後世に最低を下し、下位のモノは其れに従うと言う「形」が、出来上がっていた。

 日本全土に棲む人々が、未だ、数が少なく⒑万人に満たない場合、地方部の農村部で、食糧自給の為に、或いは、もっと多くの消費者を抱える村落から、商業が行われる、数千人規模になれば、人々の間で生じる問題も複雑になり、単純な、権威主義では解決不能な問題が有ったであろう、その場合、村落同士の暴力沙汰を回避する為に、話し合いや競争や神祇に拠る場合もあっただろう。

 それでも不満が有る時は、最終的に、強制力「=武力」を持った「お上」に、訴え出たが、お上も、評定を開いて、最終的には、多数決で是を決めて居たが、そこで大事にされたのは、「公平」で有って、要は、「力の強いモノが正義」と言う、「団結を維持する」こととは、相反する事を避けて、皆が、納得できるものに落ち着かせるものだったでしょう。

 ダカラ、明治の留学生は、西洋の政治システムを知って、「既視感」を感じたに違いない、僅かな違いは有っても、日本社会の「正義を維持する」構造と同じものだったからである。

 然し、村田新八等は、その目的が西洋と日本では全く違う事に、気が着いたと思う。

 日本のモノは、社会における公平性と正義を保持する事に拠って、社会の団結心を維持しようとするモノだが、西洋のものは、「利害の調整」であって、随い、常に力の強いモノに正義が有る様な結果に成る。

 上辺ではそれを批判しているが、結局、其処には、神に対する畏れ「=恥」が存在して居ないので、村田には、不満に思えたのだと思います。

 他にも、建前と本音が余りに乖離して居る事が多過ぎて、村田は、「偽善だらけで、学ぶべき処は何も無い、西洋社会は、日本よりも、遥かに劣った社会だ」と喝破して、逸早く帰国して、新政府も辞めて、西郷を追って、さっさと薩摩に帰国して終ったのである。

 共産主義の退嬰現象が、世界に明らかで有る今、我々が共産主義の不都合な理由を知った処で、日本の大方の世代は、既に、それを知っている。 

 リベラルと名乗ろうが、コミュニストと名乗ろうが、日本の政治の目標である「団結心」を壊すモノなら、本能的に、忌避されるだろう、是は、 勿論、阿頼耶識の為せる業である。

 加えて、我々日本人は、この団結心を護り、高める事で、3万年の歴史を紡いで来たのですから、僅か500年の洋智の一つに過ぎない共産主義に、迷う様な事は有っても、生涯、其処に疑問も抱けない様な、乏しい知性では、日本の何時の世に在っても、世の主流には、なり得なかったであろう。

 ダカラ、今の日本に必要なのは、正しい日本の3万年の歴史に流れる、「民族の団結心」の重要性とそ、の保持の為に、先祖が如何なる工夫を凝らして来たのか、それを施行するに当たり、如何なる事に留意して来たか、例えば、世に云う、「三下り半」という離縁状は、女性差別一辺倒の世の中では、存在しえないモノで有る事を、女権運動家は、詳しく知るべきである。

 事実そんなものは、女性が家畜同然の権利しか持たない、シナ・朝鮮社会には、存在しないが、戦後日本では其処も、完全に歴史から抹殺しているのが現在の歴史教育である。

 スイマセン、最後は歴史好きなので、その視点に偏って終った様な気がします、共産主義についての私論には、程遠いかもしれませんが、現代に本の歴史教育のお粗末さ、固より、日本の教育は、文系一本やりだったのに、文系のこの体たらくでは、世の文系学者ともは、万死に値すると、常々思って居ますので、ついww

 教育改革が必要ですね、特に文系の大学に。

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