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2019年7月23日 (火)

移民が急増していけば、社会の混乱は恐るべきものになる可能性があろう

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声(椿本祐弘)」より抜粋編集

スウェーデンは、人口が2013年で991万人、人口密度20人/㎢に過ぎないところに、移民が急増している。

藤原正彦氏は、月刊文春8月号で、その実態について以下のように述べている。

「低賃金でほとんど税金を納めない人々のための健康保険や失業保険による財政逼迫、言葉を話せない青少年を大量に引き受ける教育現場の混乱、治安の悪化や国内労働者の賃金低下」などが進んでいると。

ーー

しかしヨーロッパには、人口1731万人(2019年)、人口密度417人/㎢の、オランダという国がある。

このオランダで、2004年11月2日、画家のヴィンセント・ヴァン・ゴッホの甥の孫、映画監督テオ・ヴァン・ゴッホ氏がイスラム過激派に惨殺された。

もう15年も前のことになる。

ーー

この時の、オランダ社会の反応については、あるサイトが、下記のように述べている。
https://akaitaro.com/text/vangohho.html

「オランダ社会はこの事件に大きな衝撃を受け恐怖に包まれた」

「オランダはそれまで、周知の通り多文化社会、多極共存型社会を標榜し、人種差別や政治的暴力が起こる余地はないと広報に努めてきたからだ」

「オランダ国内ではカトリック、プロテスタントなどの複数の宗派が存在し、各宗派が「文化の柱/列柱」を構成し、それぞれが十分な文化的自立性を保持できる構造があるといわれてきた」

「そんな中でフォルトゥインの暗殺があり、そしてテオ・ファン・ゴッホの暗殺が起きたのだ」

「オランダが自慢げに後方に勤めていた信念はただの幻想であると思い知らされた格好だ」

ーー

「多文化社会、多極共存型社会」などというのは、異人種が増加して、その比率が高まってくると、具現化するのが難しくなる。

移民の大多数が善良な人々だとしても、その中のごく少数が、過激、異常な行動に走ると、結局は社会全体をゆるがす大問題となってしまうからだ。

私は、大阪市中心部(現中央区)の出身で、出身小学校は明治5年創立、150年近い歴史を持つ伝統校で、統合された結果、作家の山崎豊子氏は広義では先輩となっている。

その母校の児童の4割程度が外国籍だと聞いたのは、もう5年以上も前のことである。

ーー

船場のイトはんが通った名門校の後進である小学校で、在籍児童の多数が外国籍児童となりつつあるという驚くべき事態が、我が国でも既に進行しているのである。

既に、健康保険も外国人によって蚕食されている。

生活保護についてもしかりであろう。

移民の単純労働者が増加すれば失業保険もどんどん食われていくことだろう。

ーー

いったい、わが国民は、財政難が進む中で、このような事態を甘受するつもりなのか? 

ーー

藤原正彦氏は、スウェーデンの実情について上記誌で述べる。

「治安の悪化や国内労働者の賃金低下は予測したものの甘かった」

「最大の思い違いは、移民が移住先の文化や伝統、そして価値観にいずれ同化するだろうと思ったことだった」と。

ーー

我が国では、お互いが相手を重んじる暮らしをしてきた。

つまり異民族にも、それを期待してしまい、そのことが対応力、親和力、共存適性を弱めている。

移民が急増していけば、社会の混乱は恐るべきものになる可能性があろう。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>多民族社会への甘い想定
 この投稿者の方は、スエーデンとオランダの例を挙げて居ますが、孫選択意図が不明ですね、そして、余りに移民のネガテイブな面に対する考察や対策が、甘すぎる事が、投稿者の方が紹介された2つの政府見解に現れて居ると思う。

 然しでは、何故移民を受け容れる「必要」が生じたのだろうか? と言う極めて当然な疑問に対する説明は行われて居ない。

 唯々「移民の害」が予想を超えていたと言うだけであるが、是では、移民に対する事前の客観的な考察や警戒感は一切なかったと言う事に成るが、国を預かる為政者として、こんな情けない答弁は無いと思う。

 移民で問題になるのは、昨日のお題だった「民族性の違い」は当然だが、それ以前に、有る集団に突然、組織を維持する為の義務を履行出来ない人々が、既存人口の30%近く入って、同じ権利を主張し始めたら、その組織の既存者への負担割合は、確実に増えるのに、社会サービスの質は確実に下がるだろうから、既存者の側から、様々な不満の声と不安の声が上がって来るのは当然の話だろう。

 況や、移民は前述の異民族と言う要素が上述の不具合に付加される訳で、殊にスエーデンの場合、既存者の人口が固より少ないのに、「税金を納めない」「社会保障に只乗り」「言葉が通じない」ダケで無く、「社会常識や習俗が違う」「遵法意識が低く、暴力的だ」となれば、「何故、こんな移民を大量に、短期に入れたのか?」と言う処に、疑問や批判が集まるのは当然だろう。

 その答えとして予想されるのは、「少子高齢化に拠る、生産年齢層の減少に拠って、産業の活力が著しく低下した」のは、欧州社会全部に云える事だが、スエーデンの場合、「高福祉社会を支える高率の税金や高額の社会保障費」に耐えきれず、国を出て行く生産年齢層の労働者が増えて居るカラだろう。 

 その補填として、貧しい国からの移民を受け容れたのだろう。

 それも、旧植民地からの有色人種では、ドイツや英仏の「国内での大規模テロ」と言う失敗の前例を目の辺りにして居るカラ、旧東欧圏、特にポーランドやチェコ・スロバキアの様な国を対象としたのではないだろう。

 然し、旧東欧圏の国の国民は、基本非ゲルマン族で、ゲルマン族に反感を持って居るスラブ系白人が多いのだが、そうした白人同士の相克の歴史どころか、ローマが青人の文明で有る事すら認めて居ない、白人種の好い加減な歴史観を容認して居る、或いは、知らない欧州社会の認識では、そうした考慮を要求する方に無理があろうが、此処まで来ると蒙昧の誹りは免れまい。

 然し、この現象を日本人は嗤えない、戦後の23年(1948年)には、李承晩に拠る、済州島4・3事件が起こり、25万人もの政治難民が日本に逃げて来てから、日本各地に「朝鮮部落」が、出来て、治安が悪化、更には、既に日本に来ていた朝鮮人金天海が、数が増えたのを利して、「朝鮮進駐軍」なるものを結成して、日本中を荒らしまわったが、GHQによって、国内治安を与る警察まで、武装解除して居たので、朝鮮人のやり放題になった。

 この騒ぎで、主に警察官を中心に殺され人、民間人で強姦などの被害に遭った日本人は、オソラク万を超えて居るだろう、全て、朝鮮人とその犯罪を看過したGHQの責任だと云えよう。 この騒ぎに、日本人で抵抗したのは、神戸の山口組と言う後に好意希望ry区弾として、世界有数の組織になる、日本伝統の「ヤクザ」ダケだった。

 こうした白人文明の「異民族の扱い」についての考察は、余りにも稚拙、或いは、悪意的で、その事が、様々な人種問題の温床になっているのは、明らかで、彼らが目指して居るのが「人種問題の解決では無く、異人種・異民族の抹殺、或いは、家畜支配である」証拠で有る。

 日本人は大衆に至る迄、斯う言う「悪意」に気が着けない程、蒙昧では無いが、教育と法律が、異民族による侵略を容認して居るのなら、秩序を重んじ、遵法精神に富んだ国民は、どうしても、「お花畑的な解釈」に陥るしかない。 

 特に、暴力には、非力な女性・子供はそうだろうが、つまり、日本人の半数以上がそうなるのである。 この点は、認識しておかねばならないと思いますね。

 こう言う状況になる、シナリオや計算は、GHQが最初から考えての事だろう、是等を考えたのは、FDルーズベルトの子飼いの、マルキストであるニューデイラであった事だろう、即ちハザー人の集団である。

 けれども、私は、この投稿者が大阪の出身で有る事に、不快感を覚える。 彼らの言動が、「目先の損」だけに捕らわれた、極めて近視眼的・打算的なものダカラで、其処を指摘すれば、反論せずに、ふくれっ面をして、再び議論に応じようとはしないし、相手の身になって考える事等、爪の先程の余裕も持たないが、是で葉議論をする資格が無いと云えよう。

 是は、隣の宇宙民族と変わらないではないか? 

 外国人に対する、本当の危機感が無いのは、大阪人だけでは無い、やたら格好つけるが、傍利を知って居るダケで、その中身は全く知らないと言う寄りも関心が無い東京人は、大阪の方が、なんぼかマシだし、先進文化と言う評価を求めて居る癖に、成功した例の2番煎じ、3番煎じばかりを追って、物事の本質的な在り様には全く無関心な、永遠の田舎者の名古屋人も、酷いものだと思うが。

 植民地侵略された国を除けば、世界で一番外国人の被害に遭って来たのは日本人の筈なのだが、なぜこうなのかを、一度ゆっくり考えて看たいですね。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

日本に移民問題というのか、外国人問題が出たのは明治以降だと思います。そして、戦前については、関東大震災で朝鮮人の暴動がありましたけれど一時的なものであり、此を引きずることはありませんでした。

しかし、戦後に始まった外国人問題は、未だに大きな問題として日本の社会に残っています。
これは、日本の大東亜戦争が終戦したときから始まりました。

謂わば、日本が日本の統治能力を、なくしたときに始まったものだと思います。
そして、当時の移民というのも、正確ではありません。
何故なら、この問題を起こしたのは朝鮮人ですが、当時の朝鮮人は1910年の日韓併合条約によって日本人になっていたのでした。
それが、終戦(ポツダム宣言の受諾)と共に、日本の治安から離脱したと考えたのだと思いますし、それは、後に「我々は戦勝国民」と表現して、日本から離脱をしたとの発言から明白です。

その後、日本はGHQの管理下となったのですが、日本の治安を維持する警察に従が配置されなかったのに比して、朝鮮人は自称(僭称)して、銃や剣で武装して日本人に脅し、暴行、強奪したのです。
此が行き過ぎて、GHQがMPを派遣して警察と共に暴動の鎮圧をしたこともあれば、警察が現在の反社会的集団に応援を求めたり、反社会的集団が彼等を中心に朝鮮人の集団と対峙したこともあったのです。
此は、事実ですから昭和30年代の反社会集団は、それなりに敬意を払われていた部分がありました。

これらは、サンフランシスコ平和条約の締結で日本が施政権を取り戻して以降、治安は落ち着いて収まった部分がありましたけれど、その代わりに特別永住者を認める他、様々な優遇策を与えました。


現在は、日本と韓国の間は日韓基本条約で国際条約を締結しましたが、日本国内で今も優遇政策が残っています。
また、戦前は移民と言っても朝鮮人・台湾人を中心とするものでしたけれど、戦後は此に中国人やフィリピン人、ベトナム人等が来日して滞在していますし、日本への移住を求める人もいます。

また、戦後という表現をしていますが、サンフランシスコ平和条約の締結以前は、朝鮮人・台湾人以外に日本への移民はなかったと思います。と言うよりも、日本が貧しかったから、日本から外国へ移民していたのですから、こんな国へ来てもメリットはなかったと思います。

そうした時代を経て、今は日本への移民希望者が増えていますけれど、その間に日本は経済が発展して、国民は豊かになりました。


今、日本は高齢社会となり、若い世代が人口減少で少なくなっていますから、企業の需要を満たす労働者がいないのかも知れませんが、だからと言って外国からの移民は、言葉の問題に始まって、生活様式、生まれたときからの風習、宗教が異なるだけでなく、善悪の判断基準が異なる場合もあります。

すると、日本の労働、納税、子供に教育を受けさせる義務すら、感覚が異なり、労働をしなくても生活保護で生活をすれば良い、税金を払うのが勿体ない、子供には国で教育させれば良いとする者も出てくるし、それだけでなく、日本の憲法は安全保障を放棄していますから、それで良しと考えたり、気が付けば乗っ取られる可能性すらあるのです。

何しろ、日本は憲法で安全保障を放棄しているだけでなく、スパイ防止法はないし、日本のパスポートの信用を使えば世界の何処でも通用される素晴らしい国なのです。
此は、基本的に真面目によく働く、賢い国民性によるものですが、此を利用すれば、怠け者が生活を保障されて、仕事をせずにのんびり生活できるのです。

そして、中国などは日本に在住する中国人の生活は、中国に関係ないなどと言っていますから、日本に任せれば良いと思っているだけでなく、国防動員法によって、必要に応じて中国の兵隊を養っていると考えているのかも知れません。


そう考えるとき、外国人を安易に日本で生活させたり、移民をさせることに疑問を持ちますので、彼等を移民として受け入れる際には、日本への忠誠を誓わせ、日本で生活の基盤を持ったものであり、日本の生活に合わせた生き方を出来る者でないと、受け入れることは出来ないと思います。

それから、彼等だけの居住区を作った場合には、何らかの危険性が大きくなると思います。

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