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2019年7月11日 (木)

日本国と日本人を貶め続ける朝日新聞社

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

門田隆将氏の新著『新聞という病』(産経新聞)が面白い。

門田氏は綿密な調査に基づいた記録小説(ノンフィクション)に定評がある。

事実調査を徹底して行っている。

その結論が、昨今の報道記者は取材力を失ったというものだ。

そして、「新聞という病」を論じている。

ーー

その極めつけが朝日新聞の「吉田調書」誤報事件である。

ーー

これは朝日新聞が平成26(2014)年5月20日から始めた、大宣伝活動(キャンペーン)だった。

東日本大震災直後の平成23(2011)年3月15日朝、福島第一原発についての虚偽の報道であった。

曰く、「東電職員の9割が『所長命令に違反』して、『原発から撤退』していた、すなわち『命令に背いて』逃げていた」と。

さらに、政府事故調査・検証委員会による福島第一原発所長・吉田昌郎(まさお)氏の聴取記録、いわゆる「吉田調書」によって、そのことが明らかになったと報じたのだった。

(この時「吉田調書」は未公開だった)

ーー

この朝日記事を受けて、『ニューヨークタイムズ』や英BBCは次のように報じた。

NYT「2011年、命令にも関わらず、パニックに陥った作業員たちは福島原発から逃げ去っていた」

英BBC「朝日新聞は、福島原発の労働者の約90%がメルトダウンの危機が目前に迫った状況で逃げた」と。

ーー

東日本大震災での秩序ある行動で世界を驚かせた日本人の評価を、朝日はこの宣伝活動で一気に貶めたのである。

ーー

ここで立ち上がったのが門田氏だった。

そして、門田氏は、吉田所長はじめ100名近い関係者への取材(インタビュー)をし、『死の淵を見た男 吉田昌郎(まさお)と福島第一原発の五〇〇日』を上梓したのだった。

ーー

氏は様々な週刊誌、月刊誌などで朝日の記事が誤報であることを訴え続けた。

その間、門田氏は、朝日から「法的措置も辞さない」との強硬な抗議書を何度も受け取りながらも、一歩も引かなかった。

そしてついに、朝日の木村(朴)伊量社長の引責辞任と謝罪会見に追い込んだ。

ーー

この事件で、朝日が作為的に誤報記事(フェイク・ニュース)を作り出ことが、満天下に知れ渡った。

朝日新聞社は、今や、最も信頼できないメディアとなっている。

その意味で、戦後のマスコミ史でも特筆すべき事件だった。

門田氏著『新聞という病』には、その過程が詳細に描かれている。

ーー

今回は「吉田調書」のみを取り上げて、朝日の「病」を詳(くわ)しく見てみたい。

ーー

朝日の平成26(2014)年5月20日付け一面記事は、「所長命令に違反、原発撤退 福島第一、所員の9割 政府事故調の『吉田調書』入手」と題して、次のように始まる。

ーー

東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書=キーワード)を朝日新聞は入手した。

それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。

その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。

東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。

ーー引用ここまで

記事は、さらに「全資料、公表すべきだ」との見出しまでつけて、さも政府ぐるみで隠蔽を図ってきたかのような紙面作りをしている。

ーー事実はこうだった。

第一原発(1F)2号機が最悪の危機に陥った3月15日午前6時半頃、吉田所長は「各班は、最少人数を残して退避!」と命じた。

これに従って、女性を含め600名を超える職員が一斉に第2原発(2F)に退避した。

一糸乱れぬ動きだった。

すでに前夜から、2Fの増田尚弘所長との間で調整が済んでおり、「退避」とは「2Fへの退避」であることは明らかだった。

ーー

危険な第一原発に残って、後に「フクシマ・フィフティ(福島の50人の英雄)」として海外でも称賛された班長は、門田氏にこう語っている。

ーー

俺も残ります、と部下に言われ、「俺が倒れた時はどうするんだ。頼むから2Fに行ってくれ」と命じました。

あの時、うちの班は二十人近くいましたが、私を含めて三人を残して、すべて2Fに移ってもらいました。

2Fに行った部下たちが朝日の報道によって、「逃げた」ことになりました。

申し訳ない思いで一杯です。

ーー

門田氏は「朝日新聞の報道は誤報である」とブログで発信した。

平成26(2014)年5月末のことだった。

その記事は大きな反響を呼び、様々な所に転載された。

そして門田氏は、『週刊ポスト』の6月9日発売の号に、「朝日新聞『吉田調書』報道(スクープ)は従軍慰安婦虚報と同じだ」と題した6ページの記事を書いた。

一般のメディアが「誤報」と指摘したのは、これが最初だった。

ーー

発売と同時に朝日から激しい反発が来た。

「朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損しており、到底看過できない」

「週刊ポスト誌上での訂正と謝罪の記事の掲載を求める」

「誠実な対応をとらない場合は、法的措置をとることを検討する」

という強硬な抗議書を送りつけてきた。

ーー

門田氏への取材(インタビュー)記事を載せた『フラッシュ』にも同様の抗議書が来た。

ーー

自らは現場で命をかけて奮闘した人々の「名誉と信用」を傷つけたことを恬(てん)として恥じない。

それに対し事実に反すると批判の論評を掲げた報道記者(ジャーナリスト)に対しては、法的措置をちらつかせる抗議書を送りつける。

私は、朝日新聞が持つ「言論封殺」と、「独善的体質」に対して、いうべき言葉を失った。

ーー

これに対し、門田氏は闘志をみなぎらせて朝日新聞社と戦う決意をする。

月刊誌でも対談を行い、論評記事を掲載した。

ーー

8月に入って事態は急展開する。

産経新聞が、吉田調書の全文を入手し、門田氏はそれを読んだ上で「朝日は事実を曲げてまで日本人をおとしめたいのか」という論評を八月十八日付産経紙面に寄稿した。

これにも朝日は間髪を容れず、抗議書を送りつけてきた。

門田氏は調書を読んでの感想を、次のように記している。

ーー

私は二日間、徹夜でこれを読んだ。

そして、朝日の悪質さにあらためて驚愕した。

その中には、部下が命令違反で「撤退」したどころか、部下の勇気を讃え、さらにはバスを用意して2Fに向かわせたことが繰り返し出ていたからだ。

「関係ない人間は退避させますからということを言っただけです」
「2Fまで退避させようとバスを手配したんです」
「バスで退避させました。2Fの方に」

そんな吉田証言が次々と出てくる。

そして、「部下の命令違反」などの証言はどこにもなく、逆に吉田所長は、調書の中で部下たちをこう讃えていた。

「本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」

命を落とすかもしれない現場にそれでも行こうとする部下たちとの絆の強さを感じさせる証言が、調書のあちこちに存在していたのだ。

ーー

調書をそのまま読めば、「所長命令に違反して、所員の9割が逃げた」などという事は誤報であることがすぐにわかる。

というよりこの報道は、朝日新聞社がわざと日本人を貶めるためにした虚報である事がすぐに判る。

読売新聞、共同通信と、他のメディアも次々と吉田調書の全文を入手し、朝日の誤報を論じ始めた。

ーー

9月11日に吉田調書が政府によって正式に公開された。

すると、朝日は突然、木村(朴)伊量社長の謝罪会見を開いた。

その翌日、門田氏は朝日の広報部長からつぎの謝罪の電話を受け取った。

「抗議の前提となっていた記事を取り消しましたので、抗議したこと自体が誤っておりました」

「二つの抗議書をいずれも撤回し、心よりお詫び申し上げます」

翌日には謝罪文が届けられたのだという。

ーー

吉田調書が公式公開されると即座に誤報と認め謝罪するとは、誰が見ても誤報と判るからだろう。

逆に言えば、朝日は調書が公開されない限り、言い逃れできる、と思っていたように見える。

ーー

吉田所長は、混乱の中で記憶違いなどがあってはならないと、調書の公開を望まなかった。

そのため、政府は非公開の立場をとっていたが、その方針を転換した理由について、菅官房長官は次のように説明した。

ーー

「断片的に取り上げられた記事が複数の新聞に掲載され、一人歩きするというご本人の懸念が顕在化しており、このまま非公開となることでかえってご本人の遺志に反する結果になると考えた」

ーー

部下を貶めた朝日の虚報には故・吉田所長も草場の陰で無念の涙を流していたろう。

政府としても、調書公開によって、朝日の虚報にとどめを刺そうと考えたのかも知れない。

ーー

それにしても「朝日は、なぜ事実をねじ曲げてまで、日本を貶めたいのか」。

この疑問に門田氏自身はこう答える。

ーー

朝日には友人も多いので、私はたまに彼らと議論することがある。 

その時に気づくのは、彼らに「自分たちが日本を貶めている」という意識は全くないことだ。

私が問うと、彼れらはだいたいこう答えることが多い。

「朝日新聞はリベラルであり、権力と対峙し、これを監視している」

「その使命を負っているのが朝日新聞だ」

私は、いつも、その答えに苦笑する。

そして、こう言う。

「朝日がリベラル?」

「単なる『反日』だよ」と。

私が驚くのは、彼らには、日本を貶めている意識はなく、むしろ国家権力に対して厳しい記事を書いていると思い込んでいる点だ。

ーー

もちろん、こういう記者も多いだろう。

しかし、「権力と対峙し、これを監視している」意識だけで、こんな作為的虚報まで創作するだろうか。

吉田調書を読めばすぐに嘘とバレる、バレたら朝日新聞社の信用を地に落とす。

朝日記者はそんな記事をあえて書いている。

普通の日本人には、こんな「度胸」はない。

この記事の背景には、異様で強烈な、日本国や日本人に対する悪意の存在を感じてしまう。

ーー

ここで思い浮かぶのは、朝日がこの大虚報宣伝活動(キャンペーン)を始めた一ヶ月ほど前に、韓国でセウォル号沈没事故が起きていることだ。

波高わずか1メートルの静かな海面で、暗礁もなく、視界も良好の中で、突然、転覆・沈没して、300名以上の死者を出した。

事故の原因は、船が無理に増・改築され、過剰積載された上で、新人船員の操船ミスであったとされている。

ーー

そして、何よりも国際社会を唖然とさせたのは、船長以下、操船関係者全員が乗客を船内に置き去りにしたまま、我先にと脱出してしまった事だ。

「福島の英雄」たちが我が身の危険を顧みずに立ち上がって国際的な称賛を浴びた。

それに比べれば、この韓国人のふるまいは、韓国を愛する人々にとっては、耐えがたい屈辱だったろう。

ーー

平成17(2005)年の東京本社編集局長時代に田中康夫・長野県知事(当時)らの新党結成問題に関して、ある記者が取材せずに記事を捏造した。

この時のテレビニュース画面で、「減給・更迭 朴伊量 東京本社編集局長 金裕司 長野総局長」という報道がなされた。

その後社長となった木村(朴)伊量は、この事件で、金本(金)裕司(長野総局長)と共に減給・更迭処分を受けていたのだ。

ーー

記事捏造事件で処分を受けた人間が、その後、社長になる、というのは、日本社会の常識から見て想像を絶するが、朝日の社内はそこまで外国人が実権を握っていることがうかがえる。

―ー

支那・朝鮮社会には「誣告(ぶこく)」という伝統がある。

誣告とは「虚偽の事実で相手を貶(おとし)める」という意味だ。

韓国で偽証罪が多いのは、この誣告の伝統の現れと考えられている。

韓国で2010年に偽証罪で起訴された人は日本の66倍、日本の人口が韓国より2.5倍多いことを勘案すれば165倍に達する。

これはもはや文化の違いとしか言いようがない。

ーー

朝日新聞社が「従軍慰安婦」を捏造し日本国と日本人を貶め続けたのは、まさしく「誣告」の伝統によるものだ。

そして、今回の「吉田調書」誤報事件も、「誣告」の伝統を継承した人々による仕業(しわざ)と考えられる。

そう考えると、通常の日本人には発想すらできない誤報事件がなぜ仕組まれたのか、得心がいく。

ーー

この点については門田氏は一言も触れていない。

あくまで弊誌独自の感想である。

しかし、現代の新聞やテレビで、「誣告」などという前近代的な伝統を継承する輩(やから)が力を振るっている。

事実の報道がされなければ国民は誤報で議員の選択を間違ってしまう。

選挙が正しく行えなくなってしまう。

つまり民衆政治nytdemocracyは事実の報道の基盤の上に成り立っている。

その基盤が崩れてしまう。

ーー

誣告を代表とする「嘘」は、民衆政治を破壊するだけではない。

日本人の理想とする共同体内の「和」をも破壊する。

原発事故から日本を救ったのは、吉田所長以下の「命を落とすかもしれない現場にそれでも行こうとする部下たちとの絆の強さ」すなわち「和」の力であった。

その「和」を貶めようとしたのが、朝日によるこの虚報であった。

ーー

「和」こそは我が国の美しさであり、強さの源だ。

「嘘」は、その「和」を破壊する。

「嘘」を許さない事が、我が国の姿を護る道である。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本を貶める報道機関今昔
 文中で指摘が有る様に、この朝日の「吉田調書虚報事件」が、セウォル号転覆沈没事件の世界の報道に対する報復で有った可能性は高いですね、つまり、朝日新聞の内部は、完全に朝鮮人が支配していると言う事で、朝鮮人マインドで動いて居ると考えれば、良く分る、ということでしょう。

 然し、そう言う事は、以前から朝日を注視して居れば、予想が着いた事で驚くにはあたらないでしょう。 私が驚かされたのは、この虚報に対して告発の声を上げた産経新聞以外のメデイア、特に新聞が、その報道に疑問も呈していず沈黙していたのは、日本では、既に、ジャーナリズムと言うものが、少なくとも新聞界では、死に絶えて居る事を示して居る。

 こんな、咋な現象を目の辺りにしても、国民の中には、朝日信仰を捨てない人が大勢居た、朝日がやって居る事は、紛れも無い侮日であり、同時に、日本人を貶めるモノで有る事は、中学生レベルでも分る事で、この事案を知って怒りを覚えない人は、自身も反日か、余程鈍い人だと思う。

 吉田所長は、惜しくも事件から、2年後に、亡くなられていますが、事故発生時に、朝日の報道内容とは、真逆に多くの部下たちが、日本伝統の集団の責任意識を発揮して、皆が自分の持ち場を放棄せず、残る意思を示してくれた事は、現場を指揮するモノとして、何にも増して、嬉しかったに違いないと、惻隠の情を覚えますね。

 其れにしても、予め吉田調書を読んだ上で、あぁいった虚偽の報道が出来るのだから、朝日の記者には、日本人の成分は、殆どないと見ても良いだろう。 マァ、ダカラ、帰化人の社長が、引責辞任したのだろうが、完全なトカゲのしっぽ切りにしかみえない。

 この対策は、安倍政権にとっても、憲法改正と並ぶほどの重要案件であると思うが、現状の韓国の惨状を眺めていると、我々国民さえ、日本人を信じていれば、朝鮮人の嘘如きに、惑うモノは、所詮、日本人の程度からして低いとみる他はないだろう。
 
 それに国柄というののは、多数の国民の性行をも含んだモノで出Kていると、考えるカラ、不埒なくぇい分を持った連中もその一部としなくてはならないが、正直に言わせて貰えば、早々に日本人を辞めて頂きたいと、思うのだが。

 然し、ネットの急速な普及に拠って、こうした朝日の嘘報道が糾弾出来る様になったが、ネットが無かった、ついこの前までは、こうした嘘報道も、我々は、検証する術が無かったので、鵜呑みに、信じて居たのである、考えて見れば恐ろしい事では無いか、同じ事が別の新聞にもいえるわけですね。

例えば、支那事変の際の、「百人斬り競走」などは、科学的にも不可能で有る事が証明されているし、何より、遣ったとされる二人の少尉が「実行してい無い」と証言しているのに、この事件を「戦意高揚」の為として、大々的にk書き立てて立てた。

結果、2人の少尉は、戦後にシナに呼びだされて、一方的な裁判で絞首刑にされているが、当然乍ら、毎日新聞が彼らの真実を明かして、弁護に注力したとか、処刑後に遺族に、謝罪や賠償したと言う話は聴いたが無い。 日本にジャーナリズムは存在しないしないのは、戦前も同じ事の様である

 斯う言う、捏造報道の歴史を知ると、新聞を鵜呑みに信じる事が、如何に危険な事で有
るかが、分ると言うモノで有る。 幸いなことに新聞社への応募者は年々減り続けて、絵も起って居る様です。

 然るに、内容の劣化は、更に激しくなって居る様で、特に、東京新聞の女性記者のトンデモ無い質問やジャーナリストを名乗る者として、弁えるべき常識的な態度をとれず、菅官房長官の失笑や、怒り抑えこんだ苦り切った顔が、定例会見の名物に
って居るそうです。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

東日本大震災に於ける福島第一原発の被災と、此に立ち向かった吉田昌郎所長と原発職員の活動は、正に日本人らしいものであったと思います。

>原発事故から日本を救ったのは、吉田所長以下の「命を落とすかもしれない現場にそれでも行こうとする部下たちとの絆の強さ」すなわち「和」の力であった。

福島第一原発の職員は、吉田所長以下「命を落とすかも知れない現場」に対して、命を賭けて仕事をしました。
此は、職員達が吉田所長に「命を預けて仕事を出来る程」、信頼性が高かったからこそ出来たことだと思います。

そして、これは福島第一原発の職員の職員に限らず、日本人全体にある特質だと思います。
此は、職員の仕事に対する意識が高く、仕事に対する誇りもあったし、何よりも事故を大きくしたくないとの想いが全員に共通していたからだと思います。
此に比べて、朝鮮人の意識の低いことは見事な対象であり、彼等に責任感はなく、危険なことを把握したらさっさと逃げるのですが、まさにセオゥル号事件が示しているように責任を取らなければならないもの程逃げ出していました。

自分の命を捨ててでも、物事をなすことができるのは何故かと思うとき、民族の一体感が強いから自己がなくなっても、自己の生きる目的を共通する民族構成員に後を託すことができるのだろうと思う他ないのです。

此が、今さら戦争のことを持ち出すのは恐縮ですが、大東亜戦争で特別攻撃隊を、継続的に実施した根底にある意識ではないかと思います。

自分の命を捨てて行う行動は、日本人にしか出来ないと思いますし、それが民族の「和」の集大成の心でしょう。
戦後74年を経過しましたけれど、GHQは日本人の「和」の心を完全に破壊したと思ったと考えますが、世界で最も古い国が日本であり、その国を支えてきたのは「和」の心でした。
残念ながら、GHQが目標にした日本人の「和」の消滅は起こらなかったし、今なお姿を変えて残っています。
私もまた、実感したことがあります。


それで、朝日新聞社だけではないのですが、戦後の反日・敗戦利得者達は今もなお、日本人の民族魂を潰そうと嘘でも脅かしでもやっていることがよく分かりました。

此からの日本は、たった一度の敗戦で勝利者に見事にやられましたけれど、日本民族の強さを復活させて、世界に日本人の素晴らしさを見せなければならないと思います。

十七条憲法の「和(ワ)を以て貴しとなす」ですが、これを逆手にとって、協調圧力だ、などと言うあんぽんたんがいます。
ところが、「和」を(やわらぎ、なごみ)と読んでみると、少し違った意味にもなります。
吉田所長達が「多くの人をなごませる」ために身の危険を省みずに行動した。彼らの行動ををそんな風にとらえると、大和言葉にあてた「和」(ワ)に、奥深さ(やわらぎ、なごみ)を感じとることができます。

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