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2019年7月 7日 (日)

シーレーンの要衝を共産支那が軍事的に制圧するとどうなるか?

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

丸谷元人『日本の南洋戦略 南太平洋で始まった新たなる戦争の行方』(ハート出版)

この稿を書こうとした矢先、米国防省は、共産支那が、6月30日に南シナ海へ向けて二発の対艦弾道弾の発射実験をしたと発表した。

G20でトランプ・習会談が行われた直後だった。

共産支那による対艦弾道弾発射実験は、明らかに「自由航行作戦」を展開中の米を牽制する狙いがあった。

そう考えるのが自然だろうが、その行為は同時に共産支那の不誠実さを如実にあらわしている。

ーー

共産支那が狙っているのは「尖閣」や沖縄、台湾だけではなかった。

南シナ海の美しい珊瑚礁を破壊して人口島を七つも造成し、そのうち三つには滑走路、レーダー基地に弾道弾を配備し、あげくにその弾道弾の発射実験を強行した。

南シナ海の人口島造成に続いて、共産支那は紅海の入り口を扼するジブチに支那軍基地をつくった。

マラッカを超えて、まずはミャンマーのチャウピュー、つぎにバングラのチッタゴン、そしてスリランカのハンバントタ港は99年の租借。

インドの南端を回り込んだモルディブでは無人島を狙い、パキスタンのグアダール港は43年の租借とした。

ーー

シーレーンの要衝を共産支那が軍事的に制圧するとどうなるか?

ーー

これらの事実経過を踏まえて、目を南太平洋に転じてみよう。

米国、英国、仏蘭西、ドイツ、そして豪、NZと、列強の権益が錯綜して入り込んだ海域に14の島嶼国家がある。

が驚くなかれ、台湾と外交関係を維持する国々は、いまでは僅か6ヶ国を残すのみである。

ーー

共産支那が静かに接近し、経済援助と巨額投資を積み上げながら、政権トップに近付き、台湾と断交させてきたからだ。

小誌でもかなり詳細を報告してきたが、トンガ、バヌアツなどへ行くと立派な支那大使館がある。

ところがバヌアツに日本大使館はまだない。

ビルの一室に大使館開設準備室があるだけ。

このバヌアツの北側のエスピリトゥサント島のルーガンビル港は共産支那が近代化工事を請け負っている。

ーー

共産支那の狙いルーガンビル港の「南太平洋のジブチ化」である。

フィジーでは、華字紙が日刊で発行されている。

これらに関しての詳細は拙著『日本が危ない 一帯一路の罠』(ハート出版)ならびに近著『地図にない国を行く』(海竜社)に書き込んだ。

ーー

さて本書では、こうした共産支那の南洋戦略を論じ、とくにパプアニューギニアに焦点を当てる。

共産支那の登場によって当該海域の国々の政治家がいかに変化したのか。

共産支那の遣り方を現地の政治家は心よく迎えているのではない。

宗主国として威張りちらしてきた豪への心理的反発が共産支那とのバランスをとるという危険な綱渡りが政治の出発点となっているのだ。

ーー

随所に著者の思い入れが強く、重々しい筆圧を感じる。

思いの丈を原稿にたたき込んだという熱気が行間に犇(ひし)めいている。

ーー

実際に著者の丸谷元人氏は豪に留学し、偶然パプアニューギニアに通い始め、会社も経営して、首相や政治家の有力者とも親しく付き合った。

だからこそ、これまでに欧米人やオーストラリアのジャーナリストが書いてきた『西側史観』とは、立場が明瞭に異なる。

上から目線ではなく、現地の目から見た政治地図が活写される。

それゆえに貴重な報告である。

ーー

評者(宮崎)は、なぜパプアニューギニアの人々が親日的なのかと不思議に思いながら、戦跡を訪ねるうちに何回も日本兵の幽霊をみた。

日本兵は、およそ14万人が犠牲になって、巻き添えでパプア人も相当数が亡くなった。

それでも初代首相は日本の教育を受けたソマレ氏で、大の親日家だった。

大東亜戦争での激戦地だったことから、ラバウル航空隊、ガダルカナルへと思いが募る。

ーー

もっとも引き込まれる箇所は丸谷氏がパプアニューギニアにおいてタクシー会社とジュース工場を経営した記録である。

「のろま、怠け者」「すぐに袖の下を要求し、それでも動かない」として多くの日本企業はさっさと引き揚げた。

「カントリーリスクがある」ので儲からないという理由だった。

ーー

それはそうだろう、あまりにも文化、慣習が異なる。

言葉は通じないし、食事も口に合わず喉を通らない。

そのうえ丸谷氏が日本に帰国したとたんに、信頼した部下が裏切り、横領、女遊びにふけり、会社は傾く。

しかし再建のために丸谷氏が戻ると、彼を信じて現地の人々が十数名ついてきた。

そうして彼らの協力によって、悪戦苦闘を続けながらも、血の滲むような努力と工夫の積み重ねによって、会社は立ち直る。

なぜなら彼らこそは日本軍人が残していった精神、謙虚・誠実・勤勉に深く感動した人たちであったからだった。      

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>共産シナの悪辣さ
 シナの悪辣さは「一帯一路」の中身を知れば、予想通りの事だが、現地の人々が何故こんなにも簡単に引っかかるのか、と言えば、現状の支配者である白人国家の相変わらない、差別観と、収奪当然のモラルに対する反発だろう。 
 
 その反発のベクトルの方向が、何故、自身への賄賂に繋がるのか、と言えば、これも、白人達がやって居た「常識」の模倣なのだろう。

 それが為政者の権利だと勘違いして居るので、固より罪悪感に乏しいと言う可能性が有る、代表的な例が、インドネシアのジョコ大統領だろう。 

 シナが落札した、インドネシア新暗線だったが、シナの計画はインドネシア政府から示された、日本の計画をそのママ、盗んだ上に、価格だけを大幅に削ったものだったが、工事費に含まれていた、予想出来ない障害対策費が、丸々削られて居た。 

 そして、固より、シナには、新幹線を真っ直ぐ、平らに走らせる技術しか持って居ず、大きな高低差を、横傾斜を持たせたスパイラル状の線路で、加速しながら登って行く技術が無いことで、、ジャカルタ・バンドンの200mの高低差を克服出来ないママ、計画は、頓挫してしていると聴く。

 こうした、技術的トラブルが頻発しても、シナ側は、責任を取らないが、契約書の内容にそう書いてあるのだから、是は、契約当事者の責任範疇で有ろう。

 然しこの点だけでなく、シナの契約書の内容は、全くの「サラ金」並みの、「詐欺的な悪意を秘めた内容」である。 その点を、指摘されて、「一帯一路」プロジェクトは、完全に渋滞に陥った。

 つまりは、一帯一路計画が破綻寸前なのは、シナの「自業自得」であり、「身から出た錆なのだが、契約の結果、「租借権」が、残って居るのは、シナにとっては大きなメリットになるだろう。

 例えば、豪州のダーウィン港の中心部にも、シナが「99年租借」契約を成功させた土地があるが、此の近傍には、米国の海兵団の駐留地があるのだから、米国が、豪州に抗議をして居る。 つまり、先進国に近い豪州ですら、騙されているワケで、是と同様な現象が、経済不振に喘ぐ、EU各国の主要港でも起っていると聞く。

 こうして騙される結果となったのは、目先の私益=賄賂に目を眩ませて、甘い契約を見逃した事に拠るものダカラ、謂わば、是も「身から出た錆」なのだが、事態は深刻であろう。 

 シナが対艦ミサイルの発射実験をやったと言う事は、予想される米空母艦隊に対する「恫喝」以外の何物でも無い事は、軍事の素人でも直ぐに解る事で有る。

 是を阻止する為なら、米国は、先制攻撃でミサイル基地を、徹底的に破壊する必要がある。 然し、その場所が、複雑で分かり難いならば、米国は、躊躇わずに、広域を消滅させ得る威力の有る、水爆ミサイルを使うだろう。 

 然し、この水爆が使用されるのは、オソラク、北京の方が先だと言うのは、こうした場所は絶対に1か所だけでは無いカラである。

 南シナ海の7つの人工島全てと、海南島の水中潜水艦基地への使用は、優先的になるだろうが、それ以前に、シナの核弾頭ミサイルを全て無力化して置かねばならないが、米国国防省は、是等の拠点情報を、衛星監視と配下の諜報員の収集力で、全て把握しているのだろうか?

 斯うした、unknown factor が、米支間には未だ多く存在して居る様に思う。

 是で、習近平が経済戦争で完全に追い詰められているのに、未だに、余裕を見せて居る理由が分った様な気がする、成る程、完全に降伏して、全てを失うには、未だ条件を有利に運べる可能性が残って居そうである。

 それに江沢民一派の動きも、米国へのけん制になっているだろうが、此方は、下手に動いて「偕老同穴」視されると、真っ先に潰される理由を提供する事に繋がる、何故なら、世界が怖れて居るのは、「統御不能な、13億人の難民の発生」だからである。

 この問題も、最終的には核を使用する可能性を捨てられない。 確かに核保有国同士の戦争では、核は使い難い兵器だが、もし、片方が核兵器を陳腐化出来る兵器を持って居るとしたら、話は変わって来る。

 核を脅威から、恫喝手段に切り替えるダケ、即ち、陳腐化出来る兵器を持って居ない方の核の向きが変わるダケの話、つまり、具体的には、米国の同盟国の日本に、シナの核が向いて居る可能性が高くなる。

 此の可能性が有るので、日本がシナの核に対応できる態勢を、早急な法整備から進めて行こうと言うのが、今回の参院選のテーマ「憲法改正」なのでは、無いだろうか。。

 戦争で、核被害に遭った経験を持つ、唯一の国として、核の被害は、繰り返してもらいたくないのが、正直な話で有る、特に南シナ海の美しいサンゴ礁を埋め立てると言う無法は有ったけれど、周辺の生物たちには何の罪もない話で有る。

 此処で核を使用すれば、南シナ海沿岸国も大きな被害を受けるのは当然だろう、水爆投下で、起るであろう環境破壊は、不可逆的な規模と程度になるから、是は、地球に対する罪「=神に対する大罪」で有る事は論を俟たない。

 然し、生きて居る人間の臓器を強制的に、抜き出して、商売にネタにする様な、悪魔的な事を平気でやっている連中「=江沢民一派やハザール人」は、その罪の深さを、自覚して居ないで有ろう。

 その江沢民を師として崇める日本人、自民党幹事長の二階俊博は、この事案に関わって居ると言うなら、その罪を免れる事は、到底出来ないと思われる。

>江沢民を師として崇める日本人、自民党幹事長の二階俊博

・・・二階氏は随分以前路線変更して(安倍サイドに)寝返ったと訊きます。(麻生派)議員秘書さんたちからの情報だそうです。その為に何気に党内の雰囲気も変わったと喜んで(?)もいたようで‥。
(麻生派は代々、中小の企業さんに結構やさしいですね。)

◎参考までに、以下江沢民派の(輝かしい?)業績
・チベット弾圧やってたのは江沢民派
・天安門事件も江沢民派
・北朝鮮の核開発支援も江沢民派
・北朝鮮の武器販売マネーを資金洗浄したのも江沢民派
・クリントンに献金したのも江沢民派
・慰安婦像建てたのも江沢民派
・日本への反日工作も江沢民派

『「一帯一路で日本と香港が協力を」 香港貿易発展局がメリット強調』 (産経)

日本に一帯一路を勧めてくるのは、なぜか習近平主席とは水と油の、香港貿易発展局である。
かつて英国金融が中国から99年租借で奪い取ったのが香港だ。 そして、また同じことを日本に勧めてくる。

・・・・てことは一帯一路参加は、・・・・ゴールドマンサックス・ストーリー。

習近平は一帯一路をG20のコンセンサスを得て、中国という国家主導で再出発したい。
安倍トランプとも連携したいよぅ・・・。
助け舟を出したのが、イタリアのコンテさん。
そうはさせじと、香港で愚民を焚きつける欧米金融。
という展開です。
南沙も奴らが黒幕でっせぇ。


>日本国民さん ソロです。
 G20が無事閉幕して、参加国での共同宣言まで発信出来ましたが、このセレモニーでの意味は「我らこそ、現状世界の平和と繁栄に責任を持って臨むモノである」と言うメッセージが、含まれて居た様に思います。

 其れは、換言すれば、「此処に居ない政治勢力は、我らの敵だったり、世界平和にとって警戒を要する相手である」と、言うメッセージの発信の様にも、感じましたね。

 勿論、G20の中には、ドイツも韓国も居たわけで「何を言って居るんだ?」と、云う声が挙がりそうですが、韓国は兎も角、自力でマトモな外交能力を持って居る国ですので、国際政治に関わって居る当事者達の判断で、この共同宣言に賛同した国々を「世界の平和維持に賛同する勢力」と言う位置づけが出来たと思います。

 そして、此処でドイツや韓国よりも疑問視されるべきなのが、共産シナで有る事は論を俟たない事でしょう。

 マスコミや顕在言論機関が、伝えない/伝えられないダケで、ネット言論では、シナの内部は実は2つ、或いは3つに分かれて居て、その裡の政権を握って居る習近平=北京派(旧太子党)と、2代前の国家主席江沢民率いる上海派との対立が、この数年その激しさを増している。

 その原因は、江が引退後も在任中に築き上げた、米国民主党との利権に執着して、シナ共産党内に院政を布いて来たが、リーマン騒動を契機に、世界金融の勢力に構造変化が起りました。

 ロックフェラーの裏切り~失脚ですが、それに伴って、金融勢力のシナ戦略への見直しが諮られ、国家主席になりたての習近平は、上海派の擁立でその座に着いたにも拘わらず、その上海派中心で出来上がって居た、産業別の利権収奪構造への攻撃を開始した。

 是は世界からは、シナに有り勝ちな、単なる利権の付け替えだけの戦いで有ろうと見られていたのは、習近平もその経歴では、米国との接点の濃い人物ダカラでしょうね。

 70年代の米支国交再開から、蜜月状態に有った、太子党と江派が、習近平の変心に拠って、シナ内部が大きく変わり始めたと言って良いでしょう。  問題は習の変心が起こった原因でしょうが、ロックフェラーと上海派の陰謀が発覚した後ですから、端なる権勢慾の発露では無いと私は思います。

 是が起こったのが14年ですが、ロックフェラーは12年に失脚、14年3月には死亡して居ますので、是は純然とした、シナ内部抗争なのかと言えば、然に非ずでしょう。

 何故なら、この時点で既に、米国内では、米国経済の乗っ取りが進捗中で有った事が、後のペンス副大統領の演説で明らかにされて居ます。 つまり、金融勢力は、米国のみならず、シナをも乗っ取ろうとして居た事が分ります。

 上海派の息が懸った人民軍幹部の創立になる、ファーウェイを始めとする世界の先端を分野の企業の創業が相次いだのは、08年のリーマン騒動の直後からダカラ、計画派それ以前と言う事だろう。 オソラク、江が主席時代には、既に、ロックフェラー一味から、提示されて居た計画では無かったか。

 ダカラ、米支戦争が終盤を迎えたこの時期に、習近平の旗幟が問題になるのだろう、彼は、永らく江派とは、親しい関係に有り、ダカラこそ、モゥ一つの勢力である団派の胡体制の後継として、白羽の矢が立ったのだが、已然として江沢民に拠る院政は継続するものと見られていたのである。

 其処に、大きな油断があった様で、次期主席候補だった簿キ来や、情報機関を掌握して居た周永航らが次々とスキャンダルに倒れ、上海派の逮捕者は、共産党上層部だけでも、千人を超えた。

 然し、江派の本ボスと思しき曾慶紅は、無傷だったし、江沢民も難を逃れて居る。

 この匙加減を行ったのは、習近平なのか、トランプ側とそれとも王岐山なのか、は分らないが、戦って居るトランプ陣営として、看過出来る問題では無い。 敵が確定しなくては、土壇場で逆転される惧れや要因が残って終うからだ。

 新たな問題として、イラン問題が浮上している、勿論これにも上海派やDSが関与している事は、日を見るより明らかな事だが、彼らが耕作を仕掛けて居るのは、反政府分子なのは確かだが、反シーア派かどうかが分らないのではないか。

 其れは、シーア派に対立する、スンニ派の領袖国で有る、サウジアラビアの旗幟に関わるもんだいである、そしてサウジは、G20のメンバーである、そうした調査が進んで居なくては、宣言は出し難いだろう。

 考えられるのは、安倍・トランプ陣営のイラン内情の調査結果で、イラン核開発が決して、現政権主導の好戦的なものでは無いと言う事だろう、但し、反米のラフサンジャニ前大統領の勢力の動きが、その答えになるのではなかろうか、すると、イランの内戦勃発も頭に入れておかなければならないだろう。

 但し、イランはイスラム圏の宗教国家であり、権力が二重構造になって居るので、、嘗ての、ホメイニ師の様に、政治の上に宗教が有る様な、宗教支配が強いのであれば、この先も予断を許さない展開になるものと思います。

 日本では、斯うした世界情勢が、国民に伝えられる事は有りません、中韓ブログに於いても、激おこブログでも、こうした世界情勢観は、「陰謀論をベースにした観測」と言う理解に止まっているコメンターが大勢いますが、「何も知らない裡に、絶命する」のは、嫌なので、そして、真に問題を解決する為に、生きて居るものの責任として、真実を知り続けるべきかと思います。

 今後も、よろしく御願い致します。

>今後も、よろしく御願い致します。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。」という気持ちですよ。ソロさんほどに歴史認識に明るくはない私にとって、『目から鱗』情報を戴く機会も多くて、非常に勉強に成ります。有難うございます。

◎以下は習近平氏と曾慶紅氏のチョッとしたエピソードです。

チャイナウォッチャーにも認識されている方はさほど多くはないようですが、習家と曾家は、
北京の中南海に住む "お隣さん同士" だったのです。
14歳年上の慶紅を、近平は兄のように慕い、胡錦濤と李克強のように、ファーストネームで呼び合った仲だったそうです。

文化大革命(66-76年)の動乱で2人は離れ離れになりましたが、文革後はともに北京に戻り、劇的な再会を果たしたそうです。
07年3月、近平は汚職事件に関与して更迭された陳良宇・上海市党委書記の後任に抜擢されましたが、この上海市トップ人事に、上海閥の中枢メンバーであり、国家副首席として胡主席とも良好な関係を築いていた慶紅が関与していたことは間違いないでしょう。慶紅が近平を中央指導部入りさせ、胡主席の後継者の座に押し上げようという野心を抱いたことも、2人の生い立ちを知れば自然の成り行きと言えましょう。

曾慶紅には当時、政治的に致命的とも言える弱点がありました。それは、引退後もなお政治的影響力を誇示しようとする江沢民の存在だったのです。中国は、実力よりも人脈やコネがモノを言う人治社会。共産党一党独裁体制の宿命であり、癒しがたい宿痾(しゅくあ)です。

曾は、江が89年6月の天安門事件後に党総書記に抜擢された際、「懐刀」として上海から連れてきた腹心であり、両親が中央幹部だった人脈を活かし、「縁の下の力持ち」に徹した。
"汚れ役" も敢えてやり、老幹部が顔をしかめる蛮勇も奮った。
その江への忠誠心に変化が見え始めたのは02年秋の第16回党大会。

江は13年務めた党総書記ポストを胡錦濤に譲ったものの、中国人民解放軍に最高指導者の引退規定がないのをいいことに、兼任していた党中央軍事委主席ポストだけは手放さなかった。
軍権も胡に譲って引退するとの見方が大勢だっただけに、党内には驚きが走った。曾にとっても、江は権力欲の塊で、恥ずべき老醜と映ったことでしょう。それから曾は、急速に胡に接近していく。
・・・・・

長くなりそうなので、次に習近平氏の父親の人物像に触れてみます。

習仲勲(近平の父親)は、子供らへのしつけは厳しく、近平ら4人の兄弟姉妹には自分で洗濯をさせるなど、自分でできることは全部自分でさせていた。
無駄遣いにもうるさかったようで、近平は「私や弟の遠平の衣服はだいたい2人の姉のお下がりだった」と当時を回想している。このため、私たち兄弟の衣服は花柄や赤地の衣類が多かった、とも。

それらの衣服や靴をつけて小学校に行くのが恥ずかしかったので断固拒否した処、これを見た父(仲勲)は『それならば、赤い靴に墨を塗ればよいではないか』と言って、靴を墨汁で染めさせたほどだそうです。
仲勲は当時、党・政府の大幹部でした。

人民大会堂や天安門で行なわれる晩餐会などの行事に家族で呼ばれることが多かったのですが、その際、会場の受付や警備担当者が近平ら習家の子供の粗末ななりを見て、「この子たちはどこの家の子だ」と訝しがる光景も度々だったようです。近くにいた幹部らが「それは習仲勲の子供たちだ」と言うのを聞いて、近平らはようやく会場に入ることができたというほどだったそうです。

また、仲勲は金銭の支出にうるさかった。
仲勲は教育にも厳しかった。
近平は仲勲の話のなかで、特に「団結」についての話が印象深かったようです。

「父は口癖のように、『革命をするには、自分が嫌なことを人に押し付けるようなことは絶対にするな』とか、『人によくすれば、それが自分のところに回ってくる』と言っていた。
また、『すべてにおいて団結が最も重要だ。1人では何もできない。団結があれば、すべてはうまくいく。もし、団結できなければ、すべてはダメになる』と。
中国で言う「団結」とは、人間関係のようなものである。

共産主義という主義主張の点では私と異なるものの、習近平の父、仲勲は「立派な人間」だったと思われます。
全体としてみて、習の父、仲勲は人格者だったといってもよいと思います。
後に近平が「政治の世界に飛び込んでから本当にその通りだと感じたし、父の話を聞いていて、本当に良かったと思う。」
というのですから、一言でいえば、 「習近平は素直」である。

王岐山氏は、金融街との軋轢を避けるために清濁併せ呑みも辞さすに支えてきたようですし、劉鶴は米国と、李克強は安倍氏の熱意に打たれて、様々な協力体制で尽力してくださってもいます。
まぁ正直、習近平氏はビビりです。
旗幟鮮明にし過ぎると、明日はないことが多い世界ですから。
あまりマスコミ情報に翻弄されない事でしょうね。

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