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2019年7月 2日 (火)

かくして「蒼き狼」は、宮脇淳子の「草原史観」によって、日本人らしくない元の「モンゴル人」に回帰するのである

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

宮脇淳子『世界史のなかの蒙古襲来』(扶桑社)

チンギスハーンに対する印象は、日本では井上靖の「蒼き狼」という題の小説によって、うっかり定着した観がある。

が、これは大きな間違い誤認であると宮脇さんは言う。

ーー

現代作家の司馬遼太郎、浅田次郎、北方謙三らの諸作について歴史考証という視点からみると、単なる作り話であり、一種の印象操作の危険性があるという。

ーー

元寇がそうだ。

「元寇」という字面からはモンゴル人が攻めてきたように誤解しがちだ。

はたしてその「元寇」にモンゴル人は何人にいたのか、それが問題だという。

戦争というのは、米国は、朝鮮戦争やベトナム戦争で先頭部隊に黒人を使った。

英国はグルカ兵を育て、インド兵を最前線に投入していた。

マッカーサーは日本軍との戦いで、前線にはフィリピン兵を投入した。

ーー

モンゴルもまた他民族の兵を先頭にたてたはず。

少人数で世界帝国を築くには他民族軍団を駆使するよりほかなかったからだ。

そうする方法を持っていたに違いないのである。

そうでなければ、世界帝国にはなっていない。

ーー

さて宮脇さんのご主人岡田英弘氏は東洋史の大家として知られるが、学生時代にアルバイトで『高麗史』を翻訳したそうな。

本書には意外なことが書かれている。

井上靖は、岡田の翻訳した高麗史をベースに名作『風濤』を書いたのだという。

それゆえ「小説ではありますが、『風濤』は十分に学問研究にも堪えうる内容」だと宮脇女史は言われる。

ーー

『元朝秘史』は一音づつ漢字を宛て字したモンゴル語によって表現されている。

『古事記』が稗田阿礼の記憶した口伝を、太安万侶が漢字であて字して成立したように、『元朝秘史』は、文字を持たなかったモンゴルの言い伝えを漢字であて字し、蒼き狼となった。

モンゴル語を漢字に置き換えた、それをさらに日本語に翻訳した。

つまり「蒼き狼」というのは、元モンゴル語の意味とは相当な乖離が生じていることになる。

ーー

宮脇さんは次のように解説する。

「モンゴル語『ボルテ・チノ』の『ボルテ』は、動物の毛色に使う『斑点のある』という意味です」

「その『ボルテ』の漢語訳の『蒼色』には、濃い緑色の意味と白髪が交じった髪の状態、つまり、胡麻塩色とも言うべき意味の両方があります」

「ところが日本語の『蒼き』には(これらの意味を含まない)」と。

ーー

だから井上靖の「蒼き狼」は、日本人のように出生の秘密に悩んだりする。

これは源氏物語にも描かれている日本文学特有のテーマだが、モンゴル人は、そういう問題では悩まないのだという。

「(だから)井上靖が作った、なんだかモンゴル人でなさそうな(日本人のような)英雄象が独り歩きして、後世の作品でもそれが描かれ、イメージとして再生産されている」

ーー

かくして「蒼き狼」は、宮脇淳子の「草原史観」によって、元の「モンゴル人」に回帰するのである。

このようなワクワクする議論が展開される。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>モンゴルと言う隣人
 宮脇さんの著書は、生憎、宮脇さんの存在を知ったのが、目を悪くした後だったので、読めて居ませんが、夫君の岡田さんの著書は、2,3点読んで居ますが、ご夫婦共に、日本の「歴史学会」外の異端の学者だと、言う認識ですねww 

 まぁ、歴史学会の方は、「マルクス史観丸出し」にインチキ学者の集まりとしか思って居ませんので、筑波大の古田さんや東北大の田中教授の様な、方々が、正統な歴史学者だ、と思って居ますから「異端はどっちだ!」と言いたくなりますがね。

 元寇の事を取り上げて居ますが、確かに、契機はどぅあれ、元寇は「元」の命令で高麗が、船を出し、日本に攻め入って来たのですから、「元」による侵略で有ると言えば、層なのでしょう。 でも、戦って居る人間の正体は、高麗に虐げられていた半島南岸と日本海沿岸で、漁労海産で暮らして居た海人族同志だった可能性は高いですね。

 唯、日本には「戦いは武士の仕事」と言う、武士の矜持がありますから、日本側と高麗側では、海人族が果たした役割は、天地ほどの差があったでしょうがね。

 まぁ、兎に角、遊牧民族のモンゴル人で、自在に海を泳げるワケも無く、船が沈めば、即全滅を意味したから、日本の攻撃も、船を沈める事に傾注すれば良かった。  

 更に、モンゴル勢力には、気象は読めても海象が読めないので、船頭を務める海人族の進言も、意味が分からないママに、前進してしまい浅瀬などに座礁しても、エンジンの無い当時では、如何しようもなかった。

 言葉が通じない上に、海流の向きが読めないのに、思い込みだけで、勝手に指揮をして、船が引き返せなくなる事に成った例も、数多有ったと思われます。ww

 海流を読めなければ、目と鼻の先に居る敵に手が出せないと言う事への元の兵士のジレンマは相当だったでしょうが、海に落ちても、すいすい泳ぐ海人族と比べ、無様に溺れるしかない現実への無力感が恐怖に変わった。 

 そこに加えて、突然襲って来た台風は、経験した事が無い位の連続した大風を齎し、訳が分からない裡に、船が転覆したり、航行不能になったりして、日本勢に、船を沈められるケースが、数多起ったのでしょうね。

 2度目の元寇は、兎に角、上陸しさえすれば、と思い上陸したが、大陸とは違って島国は、いたるところに河や湖沼、山や谷があって、待ち伏せや奇襲に悩まされたし、何より、馬を自在に走らせてこその騎馬軍団なのに、馬が全力で疾走出来る場所が限られているのでは、話に成らなかった。

 斯うした戦いに関する周辺知識、特に地理、そして、年間を通した気候の変化、海象の変化の度合い等、現地の専門家に聴かなければ判らない事を、無視したのは、モンゴルが当時行く処に敵なしの騎馬軍団を過信して居たと思われますね。

 日本人とモンゴル人の出遭いは、この様に悲惨なモノでしたが、次の出遭いである満州では、女真族と言う永年の敵の支配者と言う形で現れ、元寇とは逆に、日本の関東軍は当時、世界一強いと言われて居た軍団でした。

 満蒙国境紛争の歴史は、百数十年も続いたものだったが、互いに遊牧民で、土地に対する執着心が薄く、本格化しなかったが、14年頃から不穏な動きが始まり15年には、ノモンハン事変が勃発して、蒙古軍も参戦したが、主に戦ったのは、日ソ間で、双方共3万人以上の戦死者と航空機や戦車などの破壊が起こったが、後の報告では、日本軍の圧勝だった。

 然し、日本軍は、南シナ方面で、英米軍からの援護で、蒋介石軍との戦いが激化して居た死、ソ連もナチス・ドイツとの間が剣呑になって居たので、不可侵条約を結んで、戦闘は終結して終った。

 そして、現代に話は移る。 日本社会でモンゴル人と言えば、第一に大相撲を挙げる程、モンゴル出身の力士の活躍は目覚ましく、日本人が思わず「相撲は、日本の国技だぞ」と悲鳴を挙げる位です。

 日本の伝統の国技をスポーツとして観る是非は有ろうが、日本の文化・文明が、世界的になって行くのは好ましく、そう言う意味で、モンゴル人が、日本で果たした役割や業績は、評価されるべきである。

 唯、この頃、モンゴル人らしさと言うのが、仄見えだした様な気がするが、それが何とは無い、違和感に繋がって居る様な気がする。 まぁ、こうした事は、この先に本が国際化するに連れて、あちこちで起こる事で有ろうから、我々は、今まで通り、彼らを観察し、見守るしか術はないと思う。 何故なら、是から先、世界も日本も、そしてモンゴルも大きく変わって行くだろうかたである。

 幸いにして、モンゴル人と言う民族には、隣の女真人の端下の嘘吐き民族や、各種の遊牧民のごちゃまぜで、傲岸不遜かと思えば、権謀術数に溢れた意味不明乍ら、反日だけは持って居る、シナとは違い、反日の成分は皆無と言って良い。

 然も、国が占めて居る位置が、ロシアとシナの間に在り、然も、民族は昔から、女真族の満州とは不仲と言う、孤立した状況だが、こうかふ幸か不幸か、国内に地下資源があると聞いた事が無いので、誰も手を付けないから、昔ながらの生活を続けて来れたのだろう。

 然し、この先ロシアの極東開発が損直し始めれば、モンゴルにも、そうした誘いの手が伸びて来るに違いない、その時に、実は、日本と言う友人が居る事を思い出して頂きたい、我々は、モンゴル人が、優れた順化する力や、日本社会で通用する常識をごく自然に身に着けて居るケースを、大相撲の力士やその候補生である、留学生を見て知って居る。

 モンゴル人には、シナや朝鮮の様に、容れ物だけが先行する様な近代化は、避けるべきである。 自国の伝統を見出し、其処に、民族や国家を表象する精神性を、掲げて、その存在感を世界に示してほしいと、思って居ます。

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