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2019年6月 8日 (土)

民衆政治(democracy)を民主主義と訳すことで、日本人の目からdemocracyが政治形態の一つであることを隠した

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声(稲村正治)」より抜粋編集

democracy(demo民衆cracy政治)については、欧米と日本でしかそれが機能していないことに気づく。

それではどうして、欧米以外日本でだけ、日本の周辺諸国では民衆政治が機能していないのに、民衆政治が機能しているのか。

多くの保守の論客が、日本は民衆政治が入ってくる前から民衆政治だった、と主張している。

しかし、時代劇などを見るとその社会は政治を行っているのは武家のみであり、民衆政治が機能しているとは思えない。

論客らは、たとえば、日本では民が天皇の大御宝(おおみたから)として大事にされた、という事実をその根拠に挙げる。

しかしこれは天皇や為政者の側が、民を大事にしたということであって、民が政治をおこなった、とは考えにくい。

つまり日本の政治形態は、決して民衆政治ではなかった。

ーー

それでは何故、欧米以外で日本でだけ民衆政治が機能しているのだろうか。

その検討に入る前に、我々の論理・思考について、見ていきたい。

というのは、それなしには正しい論の展開ができないからだ。

ーー

我々は、個人という現実と、国という空想の中で生活している。

そして、国という空想の存在に対して義務を果たすことで国民となり国を運営できている。

逆にそのような国の在り方(国体)こそが文化なのだ。

ーー

この「現実(唯物)が空想(観念)によって変化(運動)している」という事実を弁証法という言葉で表現したのがヘーゲルだった。

現実が空想によって変えられ、その新しい現実もまた新たな空想を生むことで変えられる、ということを無限に繰り返す。

例えば日本は、7世紀に聖徳太子による17条憲法(観念)をもっての統一(現実、唯物)がなされた。

13世紀には鎌倉幕府の執権北条泰時が御成敗式目(慣習法)をさだめて武家社会の規範とし、17世紀には徳川幕府が禁中並公家諸法度や武家諸法度を定めて天下統一を果たした。 

また、19世紀になってからは、明治天皇による五箇条の御誓文による統一がなされた。

ーー

このような日本の姿勢・歩みは、まさしくヘーゲルの「現実を空想(観念、法)によって変えていく」という弁証法・国家論に則ったものであった。

(ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770年8月27日 - 1831年11月14日))

というよりも日本人は、ヘーゲル出現以前に、あるいは欧州諸国出現以前の古くから彼の主張を実践していたということになる。

ーー

つまり日本人が法によって行動様式を変化させてきた記録は7世紀にまでさかのぼれるのである。

それが可能であったのは人々に客観性、公平性、公共性を理解する能力があったからだ。

明ゅう政治が機能するためにはどうしても公平な選挙がなされなければならない。

これこそが、日本人が民衆政治を機能できている大きな理由なのだ。

法によって行動様式を変化させるという認識に到達していたからこそ、日本人は、democracyを機能させることができた。

ーー

そこには自分たち国民が自ら主体的にそれらの法(慣習法)を作ったという認識があった。

それゆえに、国民は国の一部になれた。

国の一部分であるという認識が、身を犠牲にして敵と戦う原動力となった。

だから日本兵は硫黄島の灼熱地獄の中で、国のために何か月間も米軍をくぎ付けにし、頑張り続けた。

この日本軍の強さこそが連合国に天皇の存続を選択させたのだった。

ーー

マルクスは、自分の考えが空想と言われることを嫌って、空想(観念)を否定してしまった。

それゆえ、マルクス主義は唯物論という変化(動き)のない論理学、彼の軽蔑した形而上学に堕した。

ハザールユダヤ人マルクスは自分の国を持たず、異文化に寄生して生きる存在であった。

それゆえ、マルクス主義者らは、自分たちの理解が及ぶ範囲に国と国民を機械的に切り離して、国という空想の産物を悪と決めつけて、国民の属性(文化)を否定した。

そして彼ら自ら、国に貢献するという自己実現の機会を失った。

ーー

例えば日本の戦後社会を支配した在日・反日勢力(マルクス主義者ら)は、民衆政治を民主主義と訳すことで、日本人の目からそれが政治形態の一つであることを隠そうとした。

彼らが、民主(民を天皇の上に置く)とすることで、元首である天皇を否定する人たちであることは容易に想像がつく。

そして「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んで太平(たいへい、へいわ)を開かんとす」とされた天皇に、占領政策基本法ともいえるものに御名を書かせ御璽を押させた。

それこそが戦後社会を規定することになった日本国憲法である。

ーー

しかしそこには国民主権という考え方が堂々と記されており、天皇(空想、観念の存在)の存在を否定するものであることは言うまでもないだろう。

ーー

実際マルクス主義者らは、国(空想、観念)そのものである天皇を否定し、君が代を否定している。

そしてマルクス主義を絶対だとして異論を許さない。

法の上に共産党(マルクス主義者)を置く共産支那を見ればそれが確認できる。

つまりマルクス主義者らの言う民主主義というのは、democracyではないことが分かる。

ーー

日本の戦後社会の支配者となった在日・反日勢力(マルクス主義者ら)は、日本人に「護憲、東京裁判史観、侮日」を強制してきた。

日本国内で日本人とは思えないような行為ができたのは、彼らが言論・メディアを支配し、日本人の批判を封印できたからだ。

しかしネット環境の出現によって言論・メディアを支配することができなくなった。

それでようやく、在日・反日勢力(マルクス主義者ら)の「あほバカ間抜け」ぶりがあきらかになった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>democracy と日本の民主主義
 私は昨日、中韓ブログに「日本の民主主義」に関して、下記集った事は、私論の一部を書きましたが、何を書きたかったかと言えば、現在、我々が国の施策を如何に批判しようが、政体を如何に弄り改正しようが、国民の意識を変えて行かなければイケないということです。

 即ち、「俺達が創った社会だから、俺達が護り、社会を取り巻く環境に変化があれば、俺達が変わって行く事で、スメラミコトの、民をオホミタカラとする、日本社会の本質を守り抜かねばならない」と言う事を云いたかったのですが、結局、考えが纏まらず、上手く言えて居ません。

 其れで、昨晩はなかなか寝付けませんでしたが、日頃、早寝が習慣になっているので、30分位で有ってなく眠りに落ちましたwww

 昭和帝の終戦のご詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、太平の世を開かん」との一節は、その主語は「我々日本人全て」で有る事は言うまでも無い。

 つまり、日本は、その職業の貴賤を問わず、日本人で有れば、或いは、日本の国体を大事にする心があれば、共に戦後の太平の世を拓く事に、参加する資格があると陛下は仰せになられていると、私思います。

 然し、日本は庶民の国です、そして、その多くは農民です。 農民は、常に自然の変化に順応して、作物を育て、実らせる為に、絶えず試行錯誤を繰り返し、その千変万化な、しかし、時に置くに人命を奪う様な脅威を持って居ます。

 全てが順調に言って居ても、1つの台風、一回の大雨で、全てが水の泡に帰して終う事も、当たり前の様にあったのです。

 その自然=神の脅威に、人間が生き延びるには、目先の一遍の食べ物を争うのではなく、其処までに至らない様に、皆で工夫を重ね、食糧を備蓄し、経験知を蓄えて、皆で力を併せて、山に砂防ダムを、低地に貯水池を、河川に高い堤防を造って、自然の脅威を軽減して来たのです。 

 工夫の規模が大きくなれば、労働力も材料も要ります。 当然、資金が無ければなりませんが、日本の武家社会は、其れに応えて資金も労力もを拠出しました。 木曽川の薩摩藩に拠る改修工事は、有名です。

 ですが、お金を出させるには、説得力の在る計画を示す必要がありますから、其処に、皆が経験知を持ち合って、計画を練り上げる為に「寄り合い」を持って、その場に、下級役人の武士を呼んで、計画段階から参加してもらう。

 それでも、全ての工事がスムーズに捗る程、甘くは有りませんから、今で言う施主側の藩の資金の蓄えが底を衝くと百姓側が、様々な特産物、例えば綿を栽培し始めて、是を売って藩の財政を援ける、と言う公を主体とする政治運営を、自然発生的に、官民がともに協力してやってきたのです。
 
 日本の社会は「自然の脅威のはざまで生き抜く為の知恵」で出来上がっている、と言えましょう。 是を西洋社会に当てはめて、民主主義だとか、自然発生てきな社会主義だとか言うのは勝手ですが、それは、呼び名でしかない。

 飽く迄、日本の社会は、自然環境の変化に応じて変われる能力を維持して行かねば、忽ちの裡に、土壌も川も毒化して、人が棲めない土地になって終う。

 其れを忘れた結果が今のシナでは無いか。 ダカラ、求められている結論が既に有るのだから、その要求を満たせないモノは、不適当なのである。

 共産主義者は、多くに失敗例があるにもかかわらず、その主義を恰も信仰の様に捨てないモノが居る、然し、日本のこうした、読み取れない自然の変化を、経験知(唯物)と想像(観念)をつかって、自然の法則を守りつつ、自然を改良して、生き延びる生き方派、ヘーゲルの言う弁証法の実践ではないのか、それが即ち、ヘーゲルを否定した、マルクスへの回答なのではないか。。

 聴けば、共産主義はハザール人の思想らしい。 ならば、其処には、国家と言う主体が存在して居ないのだろう。 然し、彼らの本音は、ハザール帝国の再興なのではないか、故郷と言うのは、人類に取って必要だと思うからだ。

 イスラエルは、本来ヘブライ人の土地である。 此処にハザール人達が祖国を建設する事自体が、欺瞞で有る。 本当に祖国を再建したいのなら、帝政ロシア時代に、ウクライナで独立戦争でも仕掛けるべきだった。

 彼らの主張には、日本文明の様な、民族の声が入って居ないと思う。 其れは祖国を失って700年間も流浪したのだから、持ち様が無かったのかもしれない。 

 然し、目立つのは、一部の権力を握ったものが、自分の利害の為に、多くのハザ―ル人を犠牲にして来た事では無いのか? 是では、国を持たないのではなく、已然として、国を持てないのである。

 欧州社会も、日本文明の様な、地道な努力を積み重ねて、色々な智慧で、工夫や発明を生み出して来て、17~19世紀に、産業革命と言う花を開かせたが、⒛~21世紀になって、イノベーションが後退し、世界に第一線から退場している。

 今、欧州社会に必要なのは、第二次産業革命なのでは無いだろうか、日本やシナの組み立て古産業だよりで暮らして居ては、その裡、国が滅ぶ、現に、その兆候が少子化と言う現象に拠って。進行中ではないか。

 つまり、白人種自体選民主義だの白人優越主義だのと言った、自然の法則に叛く事は辞めねば、白人種自体が滅んでしまうと言う事でㇲね。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

始めにデモクラシーの定義なのですが、「民主主義」で統一できるのかと思います。どうも浅学な者で、民主主義という言葉には馴染みがあるのですけれど、デモクラシーと言う表現は「大正デモクラシー」と言うのがイメージにあります。
このことについて、戦後の義務教育ではもう一つ正確に教えられたのかが不明であると思いました。尤も、戦後の教育は今考えますと、戦後のGHQ・反日組織の影響が大きかったと思いますので、自分が本当はどの程度のことを、知っているかとの不安があるのです。
例えば、社会科の教員が、基本的に日本を愛する人であったら日本をより素晴らしい国として教育に当たったでしょうし、そうでなかったら、日本を貶める教育をしていても不思議ではなかったと思います。

私の場合は、日本を愛している教員に教育されたと思っています。
理由は、大砲の砲撃の話をしていたからで、多分元陸軍士官だったと思うのです(単純な理由ですけれど、こちらも子供でしたから、今思い出しての判断はこれ位です。)。


>しかし、時代劇などを見るとその社会は現代社会とは違っていてdemocracyが機能しているとは思えない。

時代劇は、庶民に昔の風俗や歴史を、教えてきたと思います。
しかし、情報の取得先が映画からテレビ中心に変わってきたのですけれど、大雑把なイメージで考えるなら、昔の方が日本にとって愛国的だったと思います。

昔のものが、戦争を悲劇だとして否定していることは判りますけれど、今のように、日本を否定するものではなかったと思います。
今のものは(一時よりもマシになりましたけれど)、戦争自体の否定と、日本自体の否定をしているようにしか見えません。

これは、マスコミと映画等の情報媒体に、反日・在日勢力が浸透したことに拠るのではないでしょうか。これは、昭和30~40年代になかったことだと思います。

そう考えるとき、時代劇はデモクラシーの問題ではないかも知れませんが、反日勢力に汚染されていると考えます。


しかしながら日本の国は、聖徳太子の17条憲法の時代から民主主義が存在していたと思います。だって、1条にある「以和爲貴」などは、為政者に民主的なことが浸透していなければ、出来ないことだと思うからです。

日本の周辺国は、独裁者ばかりでしたし、ヨーロッパで民主主義が出来たと言っても、それより日本の民主主義の現在の姿は歴史が長いと思います。
長いからこそ、その間には幾つもの問題をくぐり抜けてきた経験があり、それによってより良いものとなってきたと考えます。

残念ながら戦争には一回だけ負けましたけれど、その時ですら、日本人は正しい戦争と認識していたからこれに準じることが出来たのですし、その兵隊の強さには世界も恐れをなしたのです。
今の日本は、憲法で武力の行使と交戦権を認められていないから、自衛隊の精強さは訓練でしか示されていませんが、日本人ですから訓練の結果はそのまま実戦でも表されることは、間違いないのです。


敗戦によって日本人の民主主義は一時的に閉ざされましたけれど、独立を回復してからもうじき75年になります。
ボチボチと国の独立だけでなく、反日・在日勢力による敗戦利得者から様々な不当な利益を排除することで、日本本来の民主主義を、取り戻していかねばならないと思う次第です。

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