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2019年5月18日 (土)

咲たちは、私が鈍感なことを利用して、10年以上も私を騙していた

ーー以下「youtube」より抜粋編集

私は23の時に2つ歳下の咲(さき)という女性と結婚した。

両親を早くになくし、咲も同じ境遇だった。

家族を作りたいと思っていたので、一年後に無事に娘が生まれた時には、とてもうれしく、二人で愛(あい)と名付けた。

私が勤めていた会社は給料はそれほど良くはなかったが福利厚生がしっかりしており、贅沢を望まない限り不自由しない生活ができていた。

ーー

愛が小学校の3年生の夏休みが終わり学校が始まったころの事だ。

私が帰宅すると、いつも出迎えてくれる咲の姿がない。

愛を呼ぶと玄関に出てきて、お母さんが帰ってこない、と不安そうだった。

ーー

今までこんなことはなかったので、何かあったのだと動揺した。

確かに友達と外出することはあったが、その時にはその旨連絡があった。

咲の友人に連絡してみたが知らないとのことだった。

愛を入浴させ、寝かしつけてから、9時まで待った。

ーー

それでも連絡さえないので、警察に届けた。

すると、何かで帰宅が遅れているのではないでしょうかということだった。

しかし、3日しても帰らないといって警察に行くと、失踪ということで届け出を受理してくれた。

そしてこのような例はほとんどが家出であり見つからない場合が多いと言われた。

ーー

3年後、愛に初潮があり、会社の新入社員で優しそうな女性メイにその処置を教えてやってほしいと頼んだ。

メイは、私が身寄りがなく一人で愛を育てていると言うと、驚いて、休みになるとやってきては、愛に料理や掃除・洗濯物の干し方など家事も教えてくれた。

半年ほどで愛が一通りできるようになると、だいぶ出来るようになったみたいだからと、来なくなった。

ーー

私は子育てと、仕事それに会社の許しを得て私の持つ技能を生かすバイトに一生懸命になった。

愛に学歴をつけるための資金を得るためだった。

それで、失踪以来3年もたっており、家裁に生死不明を根拠に離婚申請ができるということを知っていたがしなかった。

この時はメイの気持ちを考える余裕がなかった。

というよりも、咲にまだ未練があった。

ーー

そしてあっという間に10年が過ぎた。

愛は短大を出て、結婚相手を連れてきた。

誠実そうな男で安心した。

これまで家事をして、むしろ私を支えてくれた愛に心から感謝した。

ーー

その彼との結婚式の前の夜、愛が「母と会っていた」と打ち明けた。

「お母さんは自動車で1時間くらいの距離のところで男と暮らしている」

「お母さんを結婚式に呼んでいる」

「お母さんの恋を許してあげて」と言った。

ーー

突然、しかも結婚式の前夜に、こんな話をされてどう答えればよいのかわからなかった。

結婚式をぶち壊したくはなかったので、よく打ち明けてくれた、これまで苦労を掛けた、という他なかった。

しかし咲が愛を巻き込んでまで、男に走ったことには激怒していた。

ーー

結婚式の当日、私は45歳になっており、11年振りに見る咲は43歳になっていた。

すると、若い美しい女性が「部長おめでとうございます」と言ってきた。

そして咲と愛のいるほうを向いて、あの方が咲さんですねと。

私は、うなずくと同時に、彼女がメイであり名札の姓が変わっていないことに気づいて、「君はまだ独身なのか」と聞いた。

メイは何か答えたが、聞こえなかったので耳を近づけてもう一度聞くと「鈍感」とため口で言った。

続けて「終わったら必ず電話してください」と。

ーー

無事結婚式が終わって、私は、その日のうちに会社の顧問弁護士に相談し離婚に強い弁護士を紹介してもらった。

そして、翌日、会社の上司に失踪していた妻が見つかったことを伝えた。

が、上司はもう式場で咲に会っていた。

有給を取りたいと言うと、「君は重役なのだから全日というのはダメだ」「午後だけ休みにすることはできる」といった。

それで、それから、午後に休みをとり、その時間に紹介された弁護士と会い、男を作り失踪していた妻のことを話し、妻と離婚したいという希望を伝えた。

弁護士は、「失踪して慰謝料を払わない、逃げ得は許しません」「きっちり慰謝料、養育費を取りましょう」といってくれた。

ーー

一か月かかって、咲との共有財産の処理をし、慰謝料と養育費が咲と男から振り込まれるのを確認し、離婚した。

そしてメイに「終わった」と電話を掛けた。

するとメイは「長かった」と言ってすぐに切れた。

夜、家に帰ると、門の前に大きな旅行カバンを持ったメイが待っていた。

ーー

躊躇(ためら)っていると、メイは鍵を受け取り戸を開けてどんどん入って行く。

お茶を入れてくれ、「あなたは私がしょっちゅう来ていたことを知らないでしょう」といった。

あなたと呼ばれてドキッとした。

愛に初潮の処置を教えてもらった後、「家事が教え終わった後はもう来ていないとばかり思っていた」と答えた。

ーー

メイはニコニコして、「これからは私のことを幸せにしてください」といった。

私は、どぎまぎしながらこちらこそよろしくお願いしますと言うほかなかった。

メイはすぐに夕食を作り始め、一緒に食べたのだが、それは愛が作った料理の味と同じだった。

愛が作った料理というのはメイが教えたものだったのだと気づいた。

ーー

翌日メイと一緒にメイの両親に、お嬢さんと結婚させてくださいと言いに行った。

メイの両親は私のことをよく知っていて、どうぞ末永く娘のことをお願いしますと答えてくれた。

メイは「部長がまだ平の時からあこがれていた」「結婚できるなんて夢みたい」と喜んでくれた。

ーー

私は「大切にする」といった。

メイはその時31歳だった。

結婚して、すぐに息子ができた。

愛が娘を生むよりも先だった。

ーー

ある日、その日は愛の誕生日だったが、投資資金の運用相談のため、その町の住人がお祝いの時などによく利用する、個室のあるレストランに行っていた。

そこで昼食を取り、かつて3人でここで食事をしていたことを思い出していた。

すると隣の部屋に家族連れが入って、賑やかになった。

ーー

声からすぐに愛と娘、さらに咲と男がいるとわかった。

ーー

レストランの職員が、私の表情を見て、うるさくてごめんなさい、部屋を替えましょうかと言ってきた。

続けてあの家族には10年以上前から当店を誕生祝の席としてご利用いただいておりますので・・・といった。

そういわれてみれば、愛は誕生日を友達が祝ってくれるといって出かけ、その日は遅くに上機嫌で帰ってきていた。

咲たちは、私が鈍感なことを利用して、10年以上も私を騙していたことになる。

ーー

私は、すぐにその店を出て、メイと息子の待つ家に今から帰ると電話した。

ーー

ある日、咲と愛が家へ訪ねてきた。

そして愛が、娘が白血病で骨髄移植する必要がある、骨髄バンクからお父さんの白血球抗原型が適合しているとの知らせがあった、ぜひ使わせてほしいと言った。

私は骨髄バンクに登録していた。

私にすがるような二人の姿は私の哀れを誘うのに十分すぎるものだった。

私が愛の誕生日の昼、あのレストランで隣の部屋に居たというと、一瞬、咲も愛も顔をこわばらせた。

私は協力すると答え、移植は成功した。

ーー

以来10年たち、メイとの間に息子に続いて、娘が生まれとても幸せに暮らしている。

今では鈍感でよかったと思っている。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>人間の感性が人生に齎す影響
 この人の人生は「人生の成功の要素は、運・鈍・根である」と言う格言通りですが、モゥ一つ「ご自分の『我』と言うものが、大層希薄だなぁ」と思います。 

 「若くして結婚した妻が、自分と愛娘を捨てて、男をつくって逃げた」と言う事象は、我の強い私等にしてみれば、耐え難い屈辱で有り、最低でも、正式に離婚出来た後は、2度と関わる事は無いと思います。

 幸いな事に、そうした仕事一筋の生き方を。評価してくれる上司に恵まれて、順調に出世したし、お金を稼げる特殊技術も、お持ちの様だが、そうした技術は最初から持って居るものではあり得ないので、コツコツ研鑽を積んで身に着けたもので、其れを膾炙が高く評価したのであろう。

 鈍感な事が、相手にどう映るか、と言えば、本人にはそんな心算は無くとも「度量や雅量の大きさ」に見えて居る、と言う事が屡々ありますね。 

 この話でも、孫娘の白血病の骨髄移植の依頼にも現れて居る。 是が感性のピリピリした、狭量さしか感じない様な男であれば、最初から頼みに来る様な展開にはなっていないでしょうね。

 私は、それ程、鈍感ではありませんが、男ばっかりの全寮制に、6.5年も居たので、神経質で繊細な男って、考えただけでも、2,3人の、生涯で2度と遭いたくない人達の顔が浮かびますね、大抵は上級生で、そういう奴ん限って、上級生にはビリビリしている癖に、下級生には、横柄・傲慢・無神経な奴が多いですね。

 然し、そう言う意味では、十分に狭量な私が、人生で知ったのは「他人の秘密」は、口止めされて居なくとも、決して口外し無い事でしたね。それが信用と言うものをきづいて行くモノだと思います。 それも、口が軽い奴に、では無く、傍で看て居た奴らにです、正に「自分の評価は、他人がするモノ」ですね。

 私としては、口外しないのは、告げ口が嫌いな事もありますが、妙に言質を取られて、他人の問題に巻き込まれるのが、面倒くさいダケの話です。 我の強い私が、口ダケで無く、時には、ぶん殴ったりしましたが、顛末を口外し無かったので、流石に、親しくは出来ませんでしたが、喧嘩を売ったり徴発したりはされ無かったですね。 単に怖がられているダケの様に思います。

 まぁ、昔の話ですが、やっぱり、理由はドゥ有れ、暴力を揮うと、埋めがたい溝が出来ますね、ダカラ、女性なんか幾ら頭に来ても、手出しをする事は有りません、拳骨で、分かり合えるのは、命の危険を共に味わった、男同士位しかあり得ませんカラね。

 私は幼い頃から、群れて遊ぶのが嫌いだったし、同級生より年上の連中と遊んでいた記憶しかありません、何故か、弱いモノは嫌いだからです。 弱いと、直ぐに降参する「=泣き出す」し、そういう奴に限って、簡単に人を裏切るので信用できないからです。
 
 大体私は、喧嘩でも逃げ遅れて一人遺されて、酷い目に遭わされる事が多かったですが、決して、泣かなかったので、家に帰っても何時もは、何もも言われませんでした。 でも時々、私のケガの程度を看て、一緒に相手の裡に怒鳴り込みに行ったりしましたが、大人の力を借りたのが恥かしくて取っても嫌でした。 

 然し、それを面白がって、態々虐めに来る一つ上の連中が2,3人、登下校の待ち伏せをして居るグループも居ましたし、同級生にも、私が怖い癖に喧嘩を売って来る、小学生で165㎝もある奴が2人組で、クラス委員の私を、妨害・挑発して居ました、当時私は140㎝位でしたが、喧嘩では一度も負けた事が有りませんでしたねww。 

 60歳を超えた今でも、仲が悪いので、小学時代の同窓会には決して出席しません。 今思っても、多難な小学生時代でしたね、是じゃ、鈍感では居られなかったですよねwww 良く、マトモな人生を、歩んでこれたなぁと、我ながら感心して居ますが、基本、怖がりなところもあったのが良かったのかなぁと思いますね。 是が鈍感だったら、今頃は墓の下だったかも、しれません。(爆笑)

う~ん・・・いかにも・・と云った内容で、日本人の好みそうなストーリーです。この夫の人格と云いますか人間性、霊性の高さに感じ入ったという処です。

霊的に分析すれば、咲さんの現世で犯した罪の多い事、そしてお相手の男さん、娘の愛さんも・・。
愛さんの娘さんは自発性がないので不問。

エゴでしょうね。

咲さんの儘の人生の上で因果応報がある筈です。それを、自身の反省につなげればよし、抗い、罪を重ねれば、来世に自身が裏切られる経験をするカリキュラムを己自身で組み立てて再生します。
お相手の男さんと娘の愛さんも同様でしょう。心からの反省と苦しませた相手に対する償いの気持ちが大切でしょうね。

鈍感な夫さんは、孫にあたるとはいえ、狭量な反応は見せず、「愛」を先行しました。
おそらく、長らく待たせてしまった、本当のお相手との残りの人生は暖かなものとなりましょう。ひとつの問題を残して、の事ですが・・・・。
「因果応報」、善きも悪しきも其の儘、還ってきます。


学校生活の中で、「いじめ問題」は、表に出ないものも含め、相当数の事例があるやと思います。

加害者本人もさることながら、周囲で傍観する者も、罪を背負うという事に成ります。
被害者サイドも寛容さを発揮し、やり過ごす事は、相手に今後も罪を重ねさせることを助長したという罪。
やり切れませんが、この世という修行場は厳格です。
「いじめ問題」を喩に説明いたしましたが、この世はこの法則で成り立っています。

縦椅子さま

 以前「かもめのジョナサン」という本がブームになったことがありますが、このブログを読んで、なぜかこの本が、心に浮かんでまいりました。
世の中の人を分けるとすれば、二つに分類できると思います。
 一つは「かもめのジョナサン」のように、独りを好むタイプの人で、自分の飛行の技術を極めるために、群れから一人はなれて、自分を切磋琢磨し、なんとか一所懸命自分の理想的なありかた模索続ける人です。
 もう一つは「群がるタイプ」で、漁船から落ちるおこぼれをめざして、群がっては日々の糧を得ようするひとたちで、同窓会に参加できるひとたちはこのタイプといえます。
 わたしは長い間、同窓会に参加できていません。しかし、昔楽しい思いをしたひとは、そこで語り合い、旧交を温めあう場であるかもしれません。
 要するに、「群れあう場所が必要な人」と、「一人でいたい人」、との人生観の違いがこの問題の根底にあるような気がしていま
す。
 またこの男の方は、「鈍感」というよりも、「優しすぎる」かたで、「見ても見ないふり」をされていたような気がします。-まちがっているかもしれません。

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