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2019年5月30日 (木)

報道記者(ジャーナリスト)の使命は事実を早く正確に報じること

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

門田隆将『新聞という病』(産経新聞出版)

辛辣な新聞批判の集大成である。

著者の門田氏は、とくに『朝日新聞』について、それはアジビラでしかないとする。

なぜ朝日記者らはアジビラしか書けないのか。

それは、彼らが病気であるからだとして、その病理を追求する。

ーー

朝日記者が病気であることは、かのモリカケ報道からわかる。

朝日記者らは(東京も毎日も同じだが)、事実を見ても報じようとしないのだ。

記事は、安倍政権の揚げ足を取ることを目的として書かれる。

安倍政権非難のためには、どんな些細な欠点であろうと必死で捜しだす。

そして、(読者からあほバカ最低と評される)「かれら」に都合の悪いことは報道しない。

ーー

トランプ氏を陥れるためにロシアゲートをでっち上げた米国メディアも同じ病気である。

ーー

この病気は果たして、治るのか治らないのか。

読者はもう治ることなど全く期待していない。

それは購読者の持続的な減少から明らかであろう。

ーー

評者(宮崎)は大学で「一般意味論」を習った。

この学問はノーム・チョムスキーを元祖とし、政治宣伝における語彙の選定、強調すべき点等、相手を誤断させるのに応用できる。

おそらく朝日記者の何人かは、この道(政治宣伝)の専門家ではないのか、と疑ってきた。

ーー

洋の東西を問わず、古今を問わず、本来の報道記者(ジャーナリスト)の使命は事実を早く正確に報じることである。

何らかの政治的意図をもって、「反権力」を装うことでは決してない。

その本義を忘れたメディアに明日がないことは火を見るより明らかだ。

ーー

そもそも、知性を失った報道記者の記事を読むことは時間の無駄だ。

読者が減り続つけている現状を変えようとしないメディア業界についてはもうあきれ果てる。

以下は、ネット上で繰り返し記載されている事実である。

ーー読者を減らし続けるメディアは、

日中友好絶対主義である
日本人の生命財産より憲法が大切である
裏取りをせず平気で誤報しその責任を決して取らない
日本人に対する差別はヘイト呼ばず、朝鮮人に対する差別はヘイトだと絶叫する

そこには事実の報道はない。

だから門田氏は朝日記者の書く記事を政治屋のアジビラだと断定する。

ーー

新聞は広告と販売が、命綱である。

広告は購読者数でつまりその影響力で料金が決まる。

昨今、朝日新聞はそれを読んでいるのが知れると「あほバカ最低」呼ばわりされる。

だから、読者は次々と購読をやめている。

ここ一年間で数百万部も購読数を減らしている。

ーー

学生はまったく新聞を読まない。

就活期になって、ちょっとだけ日本経済新聞を読むが、若者の朝日離れはとくに酷い。

だから地方のビジネスホテルへ行くと、早朝にフロントにうずたかく「無料です」と積まれている新聞は、たいがいが、朝日新聞である。

したがって年に二回ほど、じつは評者も朝日新聞を地方のビジネスホテルの部屋で、読む機会がある。

しかしなにか病原菌が付着した不潔な紙に思える(笑)。

ーー

評者は中退だが、あの学園騒動経験の団塊の世代は、中退組も仲間はずれにしないで呼んでくれる。

その大学の同窓会で、朝日信者と思われた女性との会話。

「とうとう朝日やめたの」
「あ、それは良かった、で産経に変えましたか」
「ううん、東京新聞にしたの」

評者は、「それじゃもっとひどいじゃないか」と言いかけて止めた。

長年洗脳され続けてきた団塊の世代には、説得も通じないのだ。

ーー
 
「大事件」が起きた。

朝日新聞の労組副委員長(36歳)が自殺したのだ。

労組は、経営側が要求する賃金カット対応に苦慮している。

業績不振の朝日は、その対策として、賃金の削減を続けている。

なにしろ朝日は、高給取りの代名詞だったからだ。

が、今回は一人平均165万円の年収カット。

それで労組は幹部をつるし上げてきたのだという。

ーー

朝日に限らず病気の新聞は読者から「あほバカ最低」と言われ続けて、どこも業績不振で氷河期に突入している。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>朝日信者という劣化現象
 朝日新聞やそれに続く、毎日、中日(東京)と言った、プレス・メディアの荒廃振りは、完全に定説化しているが、先進国の有名紙も、固より、同じ環境に在ると考えれば、単に子購読者数の違いだけに過ぎない。 つまり、日本人の新聞好きが異常だったのだ。

 米国等日本の3倍の人口を持って居るのに、最大の購読者数を持って居ると思しき、 紙でも、電子版を含めて、300万部に届くかと言う態だが、日本は遂10年前迄は、読売1000万部、朝日700万部、毎日500万部・・・と圧倒的だった。 

 それ故、大昭和製紙の様に新聞紙の製造に特化してもやって行けたし、専用線が必要な原木では無く、在来貨物船やコンテナ船でも輸入可能な、パルプ・ロールと言う半製品での輸入も、盛んになりだして居た。

 新聞業界の裾野産業は、新聞が日刊が主流だから、日本全体で約5千万部/日発刊されている新聞は、原料の買い付け・輸入運搬、紙の製造、紙の印刷、裁断・新聞の発行、地方拠点への配送、配達・販売と言った各分野で、毎日忙しく大勢の人が働いて、その体制が維持されて来たのです。 

 ですから、この3~5年程の新聞購読者数の激減現象は、先ず、末端の配達・販売業者の廃業と言う形で現れ始め、配達出来ないので解約となったケースも、地方部には多いだろう。

 新聞業界の歴史は150年を超して居るので、その間に溜まった澱の様な問題も以前から指摘されて来た。

 その大きなものに「押し紙」と言う、商慣行がある、つまりは、気象条件や交通問題で、一部の地域に配達が出来無くなった備えとして、必要な配達数の1~2割を、末端の新聞配達・販売業者が、買い取る仕組みであるが、1千万部の1~2割と言えば100万~200万部である。

 是が、末端の新聞の配達・販売を熟して居る、多くは零細業者の経営を圧迫している。

 それに、新聞広告料の出稿企業との取り決めは、その発行部数に有り、決して購読者数には無いので、購読者数の減少が起こっても、本体の新聞社に入る広告収入は、変わらない、詠まれず、そのママゴミになる分まで、数に入って居ると言う、詐欺的商法を公然と行って来たのに、一向に是正しないでいる。

 斯うした、新聞やTVの監督官庁である総務省が、規制を強化すると言う話は聴いた事が無い。 是も、外圧の影響なのだろうか、この問題は、例えこの先、新聞が絶滅しても、政治に対する外圧は問題が有ると私は思う、何が「言論の自由」「報道の自由」だろうか、ジャーナリストの卑怯な論理は、非難・排除されるべきである。

 然しマスコミの擁護に関しては、戦後一貫して国際的なバイアスが懸り続けている、所謂、「言論の自由」「出版の自由」「表現の自由」・・と言う、自由条項で有るが、抑々、事由が許されるのは、その事由に拠って生じる、様々な結果に対して、責任を持つ事で、許されるべきであろう。

 然し、日本のマスコミで、そうした責任を取るべく、自らの新聞、或いは、他の媒体を使った、謝罪広告や訂正記事を出した事が有るのは、ごく限られた新聞社の、ごく限られた事例でしかない。

 つまり、日本のマスコミは、根っこから腐って居ると見るべきである。 ダカラ、幾ら、朝日や毎日の、メガ・メディアを批判しても意味は無いのである。 然るに、メディアは。固より、「情報」を商売ネタにして来た業種で、その販売対象者は、国民である。 

 ダカラ、購読を続けて居る国民が居る限り、彼らは、生き延びて反日・売国活動を続ける事が出来るのですから、非難されるべきは、無批判に売国紙を読み続けて居る「朝日信者」であり、その多くが、サイレントマジョリティとも言うべき、高齢者であるが、この現象は、   

 沖縄の地元2紙が、丸で、沖縄が日本の占領されてるシナの領土であるか、の様な、酷い偏向振りを示しているのに、2紙が健在な現象も、こうした「朝日信者」的な、思考停止が原因と思われる。

 然し近年、ネットの急速且つ広範な普及に拠って、その情報が、格段に早く、しかも殆ど只で、配信される様になり、前述の様な大掛かりな装置を必要としなくなった。

 ダカラ、先ずは、より大掛かりな装置が必要な「遅くて、高くて、不正確な」プレス・メディアが、衰退を始め、次いで、RPC「=ラヂオ・プレス・コード(報道禁止用語)」と言う、外国からの制約に逆らえない、TVやラジオの視聴率が、どんどん低下し始めて居る。

 今の処、そ既成メディアを脅かしているのは、インターネットだけだが、新たな情報媒体が登場すれば、絶滅するのは目に見えている。

 そして更に、日本の電波使用料が、世界水準の1/100に止まっている事に着目した安倍政権は、許認可制の放送局に対し「電波料オークション」の実施を含んだ「放送法の改正案」を提示している。

 是は、国会に上梓されさえすれば、国会の自民一強の現状から、通過するのは、目に見えて居るので、一昨年の提示以来、主要TV局のオーナーである新聞社は挙って、反安倍政権、政権打倒運動を開始した。

 昨年の4・14に「安倍政権打倒、国会前⒑万人集会」を朝日・毎日・東京の3紙が、実行1週間前から、自紙で全面広告を打つてキャンペーンを行ったが、当日に集まったのは、動員した政治団体と警備の警官そして、マスコミを全部合わせても、4千人に満たなかったと言う大失態を演じて、プレス・メディアの世論形成力は、今やゼロで有る事を自ら証明して終った。

 それでも、新聞を読み続けて居る=情報収集を新聞に頼って居る層が居るカラ、メディアは反省し無いし、変われないのである。  結局、日本を変えて行くのは、国民自身で有る事の我々は気付かねばならない。

ジャーナリストの使命ですか・・・。
期待する事自体無理でしょう。
元々が洗脳手段として、端を発しています。
日本のマスコミ、新聞、メディア、どれひとつとっても信用
するに値せず。

各マスコミに是正を求めた処で、解決は得られない。
大元締めに睨みを利かされていますから。
逆らったら生きていけません状態・・・・。

器用に各社役割分担が分かれているようで、「悪、少し悪、
やや悪、ひょっとして善、善」など区分けして、市井の民を
煽動し善意の仮面の情報を信用させるように誘導する。
一律に悪党面ぶら下げていては、間抜けですからね。
二択脳の情弱者は、段階別に仮面を纏った仮面舞踏会に
すっかり翻弄され、騙されることとなる。

此の仮面舞踏会は、保守分断にはよく効くようです。

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