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2019年5月21日 (火)

三島由紀夫は自己の深部に蟠る衝動や欲動を胡麻化さないで直視した

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

佐藤秀明編『三島由紀夫スポーツ論集』(岩波文庫)

本書はスポーツに絞りこんで、三島が遺した名文を集めるという、文庫新装版である。

しかし版元の岩波書店と三島由紀夫は、政治的に相容れないはず。

これまでなら連想さえ出来ない組み合わせだ。

ーー

岩波が、文庫に三島の業績を編集し直して市場の出すのは、これが三冊目である。

こうなると、岩波なら決して編集しないであろう政治論文集もひょっとして考えられないことではない。

(例えば『文化防衛論』『反革命宣言』『革命の哲学としての陽明学』などを一冊に収める)

売れる点からすれば、潜在的に岩波書店が狙うのは三島全集ではないか、と評者はかねてから邪推してきた。
 
ーー

そんなことを考えながらも、改めて三島のスポーツ論を通読してみると、戯曲や小説や、ほかの文化論にはなかった、三島文学の真髄、その人生への姿勢が浮かび上がってくる。

青年時代の三島は兵役検査で不合格となるほど虚弱であった。

それを、どこで変えたか。

三十歳で、習い始めたボディビルからである。

ーー

その後は、ボクシング、剣道、空手、合間に乗馬も水泳もやった。

しかし、ゴルフには手を染めず、マラソンとも無縁ではあった。

そして三島は東京五輪を皮切りにスポーツ観戦が好きで、報知新聞などに短文を無数に寄稿した。

ーー三島の書き出しはこうだ。

「私は病弱な少年時代から、自分が、生、活力、エネルギー、夏の日光、等々から決定的に、あるいは宿命的に隔てられていると思いこんできた」

「この隔絶感が私の文学的出発になった」 

ーーしかしスポーツを始めてから、昭和31年10月7日の毎日新聞に次のように書いた。

「私の人生観も芸術感も変わってきた」

「幼少年時代に失ったものを奪回しよう」

ーー

作家の高橋源一郎は、スポーツ観戦記などを石原慎太郎や大江健三郎のものと比較してみて、「三島だけが『芸術』している」と比喩した。

というのも、三島はスポーツ観戦記の中に、単なる肉体の物語ではなく、文明論をちりばめたからである。

ーー

編者の佐藤秀明(三島文学館館長)の長い、長い解説が巻末に付いている。

が、これは秀逸な三島由紀夫論である。

ーー佐藤教授はこういう。

「三島由紀夫のスポーツが身体の鍛練や健康を目指しながら、遂に死を希求するところに行ってしまった」

「いつからかスポーツすることが死の準備に変化したのである」

「三島のスポーツ論には、構えない文明批評があり、希望や喜びもあり、何より小説や戯曲ではあまり見ないユーモアがある」

「書くときの眼の位置が、普通の人と同じか、やや低いところにあるからだ」

「諧謔は自己の客観視から生まれるが、そこにはスポーツでの周回遅れの気安さも手伝った」

ーー

つまり「三島由紀夫は自己の深部に蟠(わだかま)る衝動や欲動を紛らさずに直視する術に長けている」ゆえに「天与の芸術家」なのである、と。

ーー

さて、本書を通読したなかで、評者がもっとも印象深い箇所は次の三島の予言である。

「このまま行けば、男らしさは女性の社会的進出によってますます堕落させられ、ついにはペニスの大小及び機能的良否以外に、男らしさの基準がなくなるのではあるまいか?」

「そして順応主義の時代は、男の精神をますます従順に、ますます古い意味で『女性化』して、こうなると、小説家なんぞは、臍曲がりで個性を固執するという点だけでも、相対的に男らしくなるのではないか?」

いまのLGBT、女性優位、価値観の逆転を目撃すれば、あまりにも的中しすぎている。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>肉体的コンプレックスが精神に齎すモノ
 三島さんの本名は、平岡公威と言って、確か、祖母方が名家だったと思いますし、平岡家も、祖父の代に兵庫の加古川の辺りから出て来た、金貸で財を成した金持ちです。 

すると、我々庶民とは、異なる価値観の世界に育って居たと思いますが、何が基本的に違うかと言えば、庶民には、少年に成長したモノを「一人前の男」として認める基準として、「成人儀式」と呼ばれる様な「勇気と決断力を試す儀式」が世界中の民族に其々独自なモノあります。 例えば、バンジー・ジャンプ等は、其れである。

 是は、戦さや危険な災害に、男は隅っこで女子供と一緒に、震えて居れば良い訳では無く、進んで、命を賭けて、集団に対する危険に立ち向かう必要があるからです。 処が、昔から良家の子弟は、前線に立って戦う寄り、主計懸りと言う、後方で、兵站や兵士の給与を計算して居れば良い立場に配置されるのが殆どだったし、「成人儀式」が免除される場合が屡々あった。 彼もその恩恵に与っていたと私は妄想する。

 とはいえ、日本式の「成人儀式」は、厳しい訓練が主で、是を免除されると、皆がカラうりゃましがられたが、反面馬鹿にされたので「恩恵」と言う見方は、実際に訓練を受けた事が無い、「息子に危険な真似をさせたくない」と、云う女性の、就中、母親の視点でしょう。。

 いわば「女に庇われて来た」と言う思いが有ったので、彼が感じてきたのは、恩恵処か耐え難い屈辱と劣等感であっただろう。 良家の子弟で体が虚弱だと言うだけで、日本の「成人儀式」である、耐寒訓練だの長距離の遠泳や徒歩等、生命に危険があるものは、悉く遠ざけられ免除されて来たに違いない。

 その理由として「体が弱いから」と言うモノで有るが、其れは、そう言った訓練中に、もし、三島の身に何かあれば、監督者が祖の責任を厳しく問われる惧れが有るからで、謂わば、保身のためであり、決して彼に対する思いやりからでは無い事は、歳を経る毎にリアルに感じて居ただろう。

 例えば、私は商船学校の出だが、入学した時に鹿児島の受援場では、みなかった顔があるのに、気が着いた。 訊くと、前年に体格検査と体力検査で、入学を見送られたと言うはなしだった、商船学校でも「一人前」のハードルは、普通の高校生よりもかなり高かった。

 例えば入学試験の二次試験で、天井から伸びた1本のロープに、片手で1分間、ぶら下がって居なくてはならないのだが、是は、加藤木やテニスの様に、握力を鍛えて居ないモノには、カナリ難しい。  最初失敗しても、3回やり直せるが、握力は直ぐには復活しないので、やり直してで、出来るもので無い。 でも、3回試して、ダメなら午後から、追試があってそれでもだめなら、来年と言う事に成る。 そういう奴が、2人も居た。

 是が日本式の「成人儀式」の様なモノであるが、1年生では、遠泳1時間と言うのもあって、「金槌」の連中は、赤い帽子を被らされて、別メニューだった.。 是は、船乗りを目指すものにはくつじょくてきである、赤帽の奴に訊くと、大抵ぷぃと横を向かれた。

 他にも、気温が―2℃の中で、裸足で⒑㎞を歩く耐寒訓練や、50㎞徒歩等、或いは、自分の得意でない柔道をやらされて投げ捲られるのも、一種の精神鍛錬と思われた。

 更には、航海科の学生間で密かに、⒗mの煙突に、垂直ステップで上がる「胆試し」が流行ったが、共感は看て視ぬふりをして居ましたが、是は、帆船に拠る、練習航海に出て直ぐに、役に立ちました。 海面からの総高さが、52mもあるマストの頂上に在る十字架で、船をまたいで体をを入れ換える「ロイヤル渡り」を全員熟さねば合格しないと言う、念の入れ様でした。

 斯うした「成人儀式」は、本人に自身と自覚を植え付ける意味で大層有効ダカラ、世界中で行われているのでしょう。 危険だから、止めようと言う人が居ますが、では、その危険に成った時に、一体誰が、危険に立向かうのか? と言う質問には答えられない筈です、つまりは腰抜けの理屈なのです。

 でも未だ、船乗りが男の仕事だった時代の話ですし、昨年、日本丸で1名マストから落ちて亡くなり、爾来、マスト登りが禁止されているらしいが、是では、何の為の帆船訓練何だかわからない、三島が怖れて居た事が、起っていると思いますね。

 スポーツ観戦でも、三島さんが好んだのは、剣道を始めとする格技の様な、個人技の範疇が多い様な気がする。 三島は作品「憂国」の中でも、男の生き様に拘ったが、船乗りの世界は、戦時中乗船したら、機関部は、外から水密扉を閉めてしまう、と言う決まりがある。

 つまり、機関室が魚雷や砲弾を受けて、開孔浸水しても、中カラは逃げ出せない様に出来て居るワケです。 ダカラ、戦時徴用された船に乗って生き残った人の中には、機関部の人が極端に少ない、船と運命を共にしたからです。

 是を「非人間的行為」と取るか、「任務の遂行の為に、やむを得ない措置」と取るかは、現代と当時の価値観の違いと言うしかないが、日本の伝統なら、当然、後者で有る事は言うまでも無い。 その原因は、日本人の死生観に根差して居ると私は思います。

 つまり、前にもい述べましたが「七生報国」と言う様に、日本人は、魂がその我の本体で有って、肉体は容れ物に過ぎない、と言う事をベースにして居るカラ、「七度生まれ変わっても、国の為に尽くす」と言う、発想が出て来るのでしょう。

 この辺りが、あの世を具に語らない、西洋宗教には、理解不能な部分だと思います。

 彼らにとっては、国と言う意味が、日本より遥かに軽い存在なのです。 逆に日本の国を思う心「=祖神が与え、先祖が営々と築き護って来た、そして自分を育てた国や国土を大切に思う心」が、世界の中では、異常に高い次元に在るのかもしれませんね。

 三島さんも、早まらず時を待って、ノーベル文学省も素直に受けて、日本人の死生観を世界に知らしめてくれたらよかったと、今更ながらに思います。 

 けれど、其処には、幼少時~青年時代に、主に体力的な肉体コンプレックスの中で味わった屈辱が、後年それを、ボディビルで克服したとはいえ、人格を形成する上で、体が頑健で無かったが故に、「遅れ」を取った事の悔しさが一生ついて回ったのではなかろうか、とおもいます。

縦椅子様
 
 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
 ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29:ジェイ・ルービン編(新潮社)の中に忠実なる戦士Loyal Worriorsとして、興津弥五右衛門の遺書の作家ー森 鴎外と三島由紀夫の憂国が取り上げられておりました。
 「憂国」は清逸な死生観が漂い、その切羽詰まった思いが全編を貫いており、三島氏の独特な「隔絶感」漂う作品でーー
「三島由紀夫は自己の深部に蟠(わだかま)る衝動や欲動を紛らさずに直視する術に長けている」ゆえに「天与の芸術家」なのである、と。--ということを存分に著した作品であると思いました。

 

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