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2019年5月28日 (火)

外国は「一神教という狂気」で満ち溢れている

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

関野道夫『一神教が戦争を起こす理由』(ハート出版)

著者の関野氏は米、仏、蘭、西、イランに駐在し十七年間を海外で暮らしていた経歴の持ち主だ。

つまり欧米人の思考回路、ものの考え方の基本を、長年の体験から理解されたようだ。

それは、日本人的な発想による失敗を含む貴重な経験が基礎になっているのだろう。

ーー

日本人的発想からするとどうやら、日本以外の世界は、「一神教という狂気」が覆っていると。

一方の日本人は、あらゆる価値観を尊重し、和を尊ぶ「多神教世界」であり、確かにこの考え方からすると、外国は「一神教という狂気」で満ち溢れていることになる。

ーー

ネット環境の出現以来、国際関係が激変している。

その状況下で、世界を見てみると、日本というのは独特の存在になりおおせている。

この独自の多神教世界が日本人の豊かな情緒を育んできた。

しかし世界の価値観は、一神教的であり、熾烈な弱肉強食、自国優先、他国を説き伏せ、あるいは戦争で屈服させてきたのだ。

したがって日本人は、「外交戦で勝ち目はない」と言う。

ーー

つまり日本の多神教的世界観は、世界の非常識なのだ。

ーー

「(日本は)ヨーロッパに比べて、まったく平穏無事に過ごしてきた」

「(しかし)占領軍による戦争責任教育計画WGIPの洗脳だけでない、過去の経験からくる日本人に染みついた脳天気さ」が、逆に国を誤らせかねないと警告する。

ーー

なにしろ言論・メディアを在日・反日勢力に支配されてきたとは言え、どう考えてもおかしい「護憲、東京裁判史観、侮日」を強制されても日本人は黙っていたのだから。

しかも奪われた領土は戦争で取り戻すしかないと言った議員が、所属政党から除名された。

日本は確かに、まっとうな正論が通用しない特異な国であることがわかる。

ーー

ならば何故、日本は一神教世界のどっぷりと浸かることを拒否できたのか。

日本人は、縄文から和の精神を培ってきた、そしてそれが、一神教的世界観をはっきりと峻拒してきたからだ。

聖徳太子は仏教を入れたが、伝来の神道との戦いがあって、結局両者を習合する。

信長、秀吉の時代にキリスト教の浸透があっても、それを拒絶した。

ーー

本書では、ハンチントンの箴言が、おおきく紹介されている。

サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』には次の箇所がある。

ハンチントンはシュペングラーの主張に基づくとして次のように述べる。

ーー

「文明の衝突という問題は、日本にとって重要な二つの意味がある」

「第一に、日本は独自の文明をもつからだ」

「日本の文明が基本的な側面で中国の文明と異なるのである」

「(近代化の後でも)日本の文明と文化は西欧のそれと異なったままだといえる」

「日本は近代化されたが、西欧にはならなかったのだ」

ーー

「第二に、世界の全ての主要な文明には、弐ヶ国ないしそれ以上の国々が含まれいる」

「日本が独特なのは、日本国と日本文明が合致していることである」

「そのことによって日本は孤立しており、世界のいかなる他国とも文化的繋がりを持たない」(鈴木主悦訳、集英社版)

ーー

本書はほかにユダヤ人の考察があり、また第二部は著者の祖父にあたる海軍中将の文章を通して、戦争の背後にある真相にせまる意欲的な試みが為されている。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本文明論
 私も日本文明は、世界の文明で葉特殊な成因を持った文明だと思います。 然し、文明が完成するまでに要した、約3万年と言う時間から考えれば、一神教の宗教世界は、その1/10に過ぎない事は、此の論の大きな盲点に成って居ると言えましょう。

 日本が占めて居る地理的な条件、即ち、大陸島の東端に位置し、風、海流共に、日本列島を終着点とするかのように吹き、流れて居るのだから、多くの国々で、何らかの理由でその土地を追われた人々が、自然に流れ着く場所では無かっただろうか。 

 すると、著者が云う「他の文明は、2つ以上の異なる大きな集団の集積だが、日本は1民族」と言う考えには、賛同しかねる。

 それに、日本は、多神教だと言う考え方にも異論がある。 日本でも主神は、アマテル神の一つしかいない、他の神は西洋式に主神と同等の神と思われているが、日本では、主神と副神とは、その祀り方から扱いまでが全く違う事に気付くべきである。

 3万年の間に、日本にやって来た民族は、その時代の地理的条件、つまり、氷期中の大陸と地続きの場合、酷寒の大陸からの避難民や獲物を追いかけてやって来たハンターが、列島に棲み着き、亦、温暖化した海進期には、氷期に黒潮に乗って、遠くスンダランドから北上して来て、内海だった東シナ海沿岸に棲み着いて居た海人族が、海進現象で失われて行く陸地に堪らず、本格的に北上を始め、列島各地に棲み着き始めた、と考えるべきだろう。 是が後の黒潮文化圏であろう。

 此処に、「シナの四蛮」と言う、その生業で分ける民族の分類法があるが、日本列島には、氷期の間には、北狄族に当たる狩猟採集民が、海進期には、海洋民族の東夷族が、焼畑耕作民の南蛮族を伴って移住して来た筈で、来ていないのは、遊牧民の西戎族だけである。

 是は西洋でも同じで、違うのは、地理的な条件と、単に懸った時間の長さだけと言う事に成ろう。

 然し列島は、こうした多民族が混淆した状態ならば、何故、日本は、神を一つに纏める事に成功したのだろうか、其れは、日本の自然条件の多様にして、厳しい災害が故である。

 先ず、世界中で、四季の違いが、是ほどはっきりしている場所は少ない。 気候の違いは、主に緯度の違いに拠るが、大陸か島嶼か、に拠っても、その変化の幅と言う点で大きく違って来る。

 島嶼である日本列島は、気候が簡単に変わるのである。 例えば、巨大な台風が大陸を襲う事は、希でしかないが、列島には毎年決まった時期にやって来るが、列島に暮らす住民は、その都度、生命の危険に晒されるのだ。

 大雨、大風、鉄砲水、高潮、川の氾濫に拠って、今まで築き上げた、耕地や家族の命まで含むモノ、全てを失う様な、激烈なものである。 日本列島に棲む者にとって、最大の脅威は人間ではなく自然だったのです。

 ダカラ、現在の様な、気象観測力が無かった列島民に取って、その時期を推定するのは、経験知と自然の観察力しか無い事に成ろう。 

 なのに、30~50年位の間には、台風が上陸する場所も、その時期も変化する、加えて、数百年に一度の割合だが、火山が爆発し、数十年~数百年の周期で、大地震が起こる、是では、人間の叡智では、予想が出来無いが、その状況は、21世紀になっても、大差ない。

 然し何れも、民族を絶滅させるのに十分な脅威である、事実、列島では、いくつかの民族が、絶滅している記録があるが、我々が知り得た列島の歴史は、今世紀になって、精々1万数千年前である。

 3万年を超す超古代の事に関しては、その存在を示す遺跡や出土した遺物しかない。 然し、天変地異は、氷期中を除けば、周期的にやって来た筈である、随い、此の列島の上で興隆・衰亡を繰り返した民族は、他の地域に負けない程有ったのではなかろうか。

 日本人の和の精神の原点とは、日本を巨大災害が頻繁に訪れる事で、列島の激しい環境の中で生き抜く術とは、弱い人間同志が、目先の利益の為に、相争うのではなく、力を併せ、知恵を出し合って、自然と戦うのではなく自然の中で、共に、生き抜く事だった、何故なら、災害は常在しているのです。

 ならば、経験を積んだモノは、皆が生きて行く上で必要である、と言う公共心、皆が等しく生きて行かねば、力が足りないと言う環境が育む公平性、そして、例外なしに生き抜く事こそが、民族が栄えて行く秘訣だと結論付ける客観性が、自然を通して育まれて来た「気付き」だ、と言えましょう。 

 亦、外来の知恵や考え方が、今までに無い視点でモノを考えるヒントになる事を経験知で知った、列島民は、客人神(まろうどがみ)として、外来者を最初から排除する事はしなかった。

 自然の力を畏れ、同時に、その恩恵に感謝しつつも、災害に対する備えを、皆で考え、情報を持ち寄って工夫して、力を併せて設備を造る事で、厳しい自然に耐えつつも、その自然の恵みに感謝して、日本人は、3万年の長きに亘って此の列島で、文化を育んできたのである。。

 此の民族のまとまりが出来たのも、裏返して考えて看れば、巨大災害があったからである、つまり、地球も生命体で有り、自然現象はその新陳代謝に過ぎないと言う考えに思い至れば、自然の中にこそ、神のご意志があり、其れを読み取る事が、民族が生き延びれる唯一の道である、と気づいたのでしょう。 

 ダカラ、スメラミコトを、神のご意志の行方を伝える人として、万世一系の血筋として、霊的に特別な血筋の人とし、権威の王、祭祀の王として来たのが、日本文明の国体の在り様です。

 然し、関野さんが仰有りたいのは、日本の文明は、永い歴史を海で隔絶された島嶼で営んできたので、結果として、世界のものとは根本的に違い、特殊で有ると言う文明比較論であろうと推察します。

 然し、比較するならば、条件を同じくしなければ、丸で日本人が、宇宙人の様に描かれて終うが、日本文明の成因が、巨大災害を耐え忍んで生き抜いた人類の知恵であると、考えれば、亦、違う地平が見えて来るのでは、無いでしょうか。

 そして、その到達点こそが、神を戴いて僅かに3千年の民族が、目指すべき社会の姿なのでは無かろうか、即ち、客観性、公共性、公平性に富んだ、和の国です。

 人は、人を懼れるのではなく、自然を懼れ、神を畏れて一致団結し、援け合い、支え合って、厳しい自然現象を生き抜かねばならないのです。

 人類が教訓として得て来た様に、争いからは、善きものは、何も生まれないのです。

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