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2019年4月27日 (土)

経済のない道徳は戯事だが、道徳なき経済は犯罪だ

大阪に住んでいると、未だに松下幸之助の謦咳に接したことのある人がいることに気づく。

その人は、松下電器から注文を取るために多くの人たちが並ぶ中で、松下氏との面談を待っていたのだという。

外に居て聞こえてきたのは、松下氏が相手を叱責する声だった。

事細かに性能を指示し、経費へ厳しく注文を付ける、決して大きくないその声を聞いて震えあがったのだという。

恐らく外部に少し聞こえるような工夫があったのだと思ったとのことだった。

ーー

自分の行動については、どのように生きたいのか、自分で考える必要がある。

そうしなければ、今の現状維持のままになる。

その現状維持でさえ、他者の生き方の見様見真似から出られない。

それを打開するのが、理念と表現されているものだ。

松下氏は、自分の仕事に対して、理念を持ち込んだ人だ。

それが、「平和、幸福、繁栄(PHP)」だ。

ーー

その松下氏の悲願(どうしても成しとげようと心の底から念じている大きな願い)を書いている人がいる。

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

執行草舟『悲願へ 松下幸之助と現代』(PHP研究所)

松下氏はどのようにして、「平和、幸福、繁栄」を考えるに至ったのか。

本書は、松下幸之助という「経営の神様」の考えを論じるが、従来の幸之助伝や言語録とは趣きを異にする。

執行草舟氏は、成功した実業家だが、「仕事をどのように考え行うか」と考える人なのである。

それはこれまでに刊行された幾多の著作からも観察できる。

ーー

そして執行氏は或る境地に達したのだろう、それは本書の題名、「悲願」を書いているので分かる。

ーー

「(悲願とは)自分の生命の奥深くから産まれる祈りである」

「人間の悲しみが生み出す、愛の呻吟なのだ」

ーー

これでは全く意味不明としか言いようがない。

「愛の呻吟」を理解できるのは、その境地に達したものだけで有ろう。

さらに説明は以下のように続く。

「それは国や他者に捧げられた人間の魂が織りなす究極の姿とも言えよう」

「言葉にはならぬ涙(なのだ)」

ーー

思い当たるのは、ラジオで繰り返し聞いた「明るいナショナル(国)」である。

電灯の明るさではなかったのかと振り返り考え込んでしまう。

松下幸之助は「明るいナショナル」を本気で考えていたことになる。

ーー

本書では一行も論じられていないけれども、評者(宮崎)は、松下幸之助が二宮金次郎の思想に学んでいると考えている。

ーー

本書を読む前の日、評者は函館から夕方便で羽田空港へもどり、その足で半蔵門にあるホテルへ向かった。

映画「二宮金次郎」試写会前夜祭に出席するためである。

制作者のひとり、T氏から強く誘われていたからだ。

ーー

会場は支援者の集会という印象で、そこで初めて二宮金次郎映画製作の動機、苦労話を聞いた。

製作者や監督、主演俳優の話が続いた。

その中で、すでに小田原と日光では有志の委員会主催で上映されて、参観者が長い列を作った。

評価は上々だったのだという。

ーー

評者(宮崎)が小学生時代、日本中どこの学校にも二宮金次郎の銅像が建っていた。

中学時代まで流通していた一円札の肖像は二宮金次郎だった。

大きな薪の荷を背中に担ぎ、読書しながら歩く二宮金治郎は当時の日本人が目指す姿だった。

二宮金次郎の姿は、謙虚、勤勉、誠実を物語るものだった。

その像は松下幸之助の若き日に連なる。

ーー

翌日、こんどは虎ノ門のニッショーホール(日本消防会館)で当該映画の東京初上映会が行われた。

雨交じりの中、評者も家内を同道して見に行った。

驚いたのは、会場入口に長い列が出来ていたことだった。

ーー

多くの日本人が、この映画に何かを期待して、列に加わっているのだと実感した。

ーー

その二宮金次郎(尊徳)は「経済のない道徳は戯事だが、道徳なき経済は犯罪だ」と諭(さと)した。

日本に資本主義を持ち込んだ渋沢栄一は、二宮尊徳の弟子筋である。

それゆえ渋沢は「右手に算盤、左手に『論語』」と書き残した。

(令和改元後・渋沢は新しい一万円札の肖像となる)

ーー

基本的に道徳とモラルは異なる、というのも、出光佐三が「道徳には美があるが、モラルにはない」と断言していることからわかる。

(その道徳とモラルの両方をもたない国(朝鮮)と付き合うのは、福沢諭吉が言ったように謝絶すべきだろうが、そのことはこの稿では措く)

ーー

敗戦後、占領政策で、日本人に「護憲、東京裁判史観、侮日」が強制された。

その占領政策に協力した在日・反日勢力には、二宮金次郎の謙虚さも勤勉さも誠実さもなかった。

そして彼らによって二宮金次郎の像は撤去された。

ーー

ようやくネット環境ができてから、日本人は、戦後の日本社会が在日・反日勢力によって支配されていたことを知る。

それとともに、戦後社会が、侮日によって幾重にも修飾されていたことに気づく。

ーー

だから、執行氏は「オリンピックとノーベル賞はもうお仕舞い」だ、「いずれなくなる」と予言的発言を展開している。

「ノーベル賞とオリンピックが二十世紀の西欧思想の宣伝としての祝祭を代表する(ものであるからだ)」

「(だから)駄目になる」

「もう存在価値もほとんどなくなっている」(p111)

ーーと。

戦後の日本社会を牛耳ってきた在日・反日勢力は、「護憲、東京裁判史観、侮日」だけでなく、戦勝国の利権維持のための機関「国連(連合国)」の擁護にも熱心であった。

国連擁護は在日・反日勢力が、戦後体制、ひいては敗戦利得を維持する為の工作であった。

「これも、西洋信仰の没落と道行きをともにするのだろう」と氏は述べる。

こうした氏の断言も、決して暴言に聞こえないあたり、本書の魅力のひとつである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>見えて来た近代日本の復活の兆し
 二宮尊徳、渋沢栄一、松下幸之助、そして執行草舟氏に連なる、近代日本の「世造り」は、一貫したモノを感じますね。

 事業に成功しようとすれば、勤倹に勤める傍ら、勉励と仕事に励み、世の為に尽くせば、何れ、道は拓けて来る、其処で、新たな業を興し、経済の骨格を計画して、世の仲がちゃんとモノを生み出して、皆が、生活を送るダケでなく、色々な分野にお金を使って、楽しめる様な余裕を持つ迄にする事で、購買力が拡大して、経済が成長して行く、そうした、行く手にこそ、明るいナショナルが見えて来るのだ。 ダカラ、経済の無い理想は、唯の戯言だが、理想の無い経済は犯罪なのだと。 

 近代日本を築き上げた、三人の先達が生涯を懸けて遺した業績の中に、込めたメッセージを読み取るに、こうした結論に至りましたが、拙い読解力と表現力で、申し訳ありません。

 こうした市井の賢人こそ、日本文明の特徴ですね。 そして、日本は支配層も、古事記に云う「我らは神の子にて等しく神聖である」と言う基本を持って居たので、身分に拘泥せず、優れた人材は、例えば、豊臣秀吉や徳川家康の様に、出自を詳しく辿れば、賤民の出でも、取り立て平等に扱い、その果たした業績に比例した評価を与えて居る。

 然し、スメラミコトの存在を尊ぶ事は、即ち、神を尊ぶ事に等しく、祭祀王であるスメラミコトを以て、権威の王として、権力と分離したのは、天武帝であるが、私は、このご聖断が、皇統を現在に至る迄維持出来た礎であり、彼こそ、皇室を形成した帝であると思って居ます。

 スイマセン話が脱線しました、

 近代日本を創った、三人の先達が遺した精神が、日本人の中に浸透し息づいて居たからこそ、戦後日本の復興がs成就したので有り、韓国もシナも日本と共に栄えたのですが。是は、図らずも、大東亜共栄圏の実現ではなかったか。

 日韓、或いは、日中間に立って居た、日本の経済人は、少なくとも、この先達の精神を知って、是を、シナ朝鮮でも実現しようと試みたに違いない、と思います。 

 そう言う意味で、彼らも、近代日本の先駆者の衣鉢を継ぐ者足ろうとしたと思います、唯、相手が世界でも稀有な閉塞した社会で、日本とは全く違う差別社会であった事が、大きな失敗の元になりました。

 然し寧ろ、シナ韓国の社会状況の方が、世界の標準に近いと言う事は欧米文明を先進文明と仰いでいた、大東亜共栄圏を画定した時点では、予想もしていなかった事でしょう

 シナ・朝鮮の未開さや悪辣さについては知見がありましたが、欧米の悪辣さ、キリスト教徒の低いモラルについては、然程の知見は無かったので、例え、大東亜共栄圏が戦前実現して居ても、何れ日本は、世界の未開さ、その道徳心の無さに、苦汁を呑まねばならなかった宿命で有った事に成るでしょう。

 ですから、敗戦もその後の欧米に拠る文化的侵略も、全て、予定されて居た事の様に思います。 曰く、日本が世界を精神面でリードして行く国として成長する為です。 神様はその為に試練を下さったのだと思います。

 天命を知らされた三人の先達は、三人三様のやり方と分野で、下された天命に沿って具体的な行動を興し、そして成就しましたが、彼らの遺した業績で一番大きかったのは、事業の大きさのみならず、彼らが後に続くモノ達の指標になるべき一生を貫いたと言う事でしょう。

 世の為人の為になる事業に成功する事は、それ自体、偉大な事ですが、その生き方で、世人が範とする様な、徳の高い人が、間接的に育てた人は、幾らでもいる筈です。 古人に曰く、「金を遺すを下、仕事「=業績」を遺すを中、人を遺すを上とする」ですね。

 戦後の米国の日本への「文化侵略」とも言うべき、WGIPの強要は、本当に米国が、民主主義の文明先進国で有るならば、恥かしい誤謬で有り、意図的なのなら、共産主義者に着け込まれた、その品性の下劣さを確信するしかない。

 然し、戦後70年に喃々とする頃に、現れた、宰相がその類希なる社交性と明るさを以て、日米間を史上最も親密な間柄にして、日米に迫って居た危機の内容を解き明かし、好い連携を続けて、行き詰まって居た難問を次々と日米側の有利に変えて居る。

 この結果、シナ・朝鮮は、その剽窃文明の醜態をさらし、零落を始めました。 シナは、その米国や世界に対する陰謀を次々に暴かれて、国際社会の中で、孤立を始めて居ますし、朝鮮・韓国は、自ら未開な非文明国で有る事を曝け出して、世界からすっかり孤立している事にも気が着けないで居る有様で、「余命半年」と見て居る、政経評論家もいます。 

 亦、基本植民地の労働力と収奪した資源で栄えて居た、500年の欧州文明も、人口の減少、社会の白人種間格差の解消も手付かずで、労働力不足を補う心算の移民奨励策のツケが、社会保障費の増大を招いて、欧州全体の経済活性化の為に作ったEUも、蓋を開けて看れば、ゲルマン諸族の富の独占強化策に過ぎなかった。 EUも、不可逆てきな零落を始めて居る。

 今の世界情勢で希望の星は、世界の人口の半数以上が密集している、南アジア、東南アジアが、大消費圏として胎動を始めて居る事だろう。 

 安倍さんの外交能力は、此処でも発揮されて居て、ASEAN各国インドを始めとするや南アジアからの日本に対する信頼感は、絶大なものが有りますが、是は、日本が欧州勢力の様な収奪は一切行わず、言質産業の育成と、労働者層の陳羣を上げ、以て、購買力の在る中間層を育て上げた事に有ると言えましょう。

 こうした貢献は、巡り巡って、日本の為になるのですが、欧州には400年もの間何故是が出来無かったのか、と考えれば、日本の「悉皆平等神聖の神の摂理」を持って居なかったから、と言う他は無い。

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