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2019年4月28日 (日)

「永世中立国」を維持するのには、国民の地道な努力が必要なのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

歴史とういうのは、過去の事実を整理して辻褄の合う(合理的な)物語にしたものです。

そうした事実があれば再現できると考えられるものが正しい歴史認識です。

幕末・明治維新についていえば、幕府側も薩長側も、等しく尊皇です。

だからこそ朝敵とされた幕府側は戦意を失ってしまったのです。

ーー

そこを間違えると、幕末の歴史の流れが混乱するもとになってしまいます。

ーー

よく薩長は「尊皇攘夷派」で、幕府側は「開国佐幕派」と言われます。

「攘夷(じょうい)」というのは、外国人を打ち払うという意味です。

薩長側は、幕府側に勝ち明治新政府を樹立、そして「尊皇開国」になった。

変質したのでしょうか、変質したとしたら、なぜ変質したのでしょうか。

ーー

事実は、どうであったのか。

それは、幕府側も薩長側も、また、全国の諸藩いずれもが「尊皇」であった。

そして幕末、日本は「開国」していた。

欧米列強の開国圧力の前に、「鎖国」を持続することは不可能になっていた。

ーー

「鎖国」を維持するには以下の力が必要であった。

1、開国(交易)を迫る諸外国を打ち払う軍事力
2、その軍事力を保持するための経済力(財力)
3、諸外国と交渉ができるだけの政治力(語学力)

ーー

鎖国を維持する為には、世界最強の軍事力と世界一の財力、世界一と言ってよいだけの政治力がなければ、鎖国なんて現実的に不可能なのです。

ーー

「鎖国」は「永世中立」と似ているところがある。

中立というのは、戦っている双方のどちらにも与(くみ)しないという意味です。

ということは、国内を、どちらの軍の通過も許さない、ということを意味する。

ーー

永世中立国のスイスは、世界戦2で、枢軸国・連合国いずれの戦闘機の領空通過も許さず撃墜している。

その軍事力維持のため、スイスは、国民皆兵政策を実施しています。

そして全国民が武器を持ち、各家庭には重機関銃まで据え付けている。

国民全員が常に軍事訓練を怠らず、絶対に他国軍の侵入を許さない。

スイスを敵にすれば、スイス人全員を殺すまで戦い続けなければならない。

しかし軍事同盟に参加しないのでスイスから攻められることはない。

つまり、スイスを敵にすることは割に合わないことになる。

ーー

「永世中立国」を維持するのには、国民の地道な努力が必要なのです。

ーー

敗戦後、日本社会を支配した占領軍は、占領政策として日本国民に「護憲、東京裁判史観、侮日」を強制します。

占領軍に協力し実際に占領政策を実行したのが、在日・反日勢力だった。

そして現実には、在日・反日勢力は、反日メディアを使って日本に中立国を目指せと主張した。

彼らの目的は、護憲つまり「国軍不保持、交戦権放棄」という日本の武装解除だった。

ーー

彼らは、中立国になるべきだと主張しながら、日本に米軍基地があることを決して言わなかった。

米軍基地の存在は、「中立国」にはなれないという根拠になるからだった。

たとえばベトナム戦争のとき、米軍は日本の米軍基地から出撃していた。

これはどうみても、日本は米軍側に居た、そして現在も居るということです。

ーー

トランプ氏が北朝鮮に向けて空母などを展開した。

しかしその基地は佐世保や横須賀なのです。

つまり、北は、対米戦では、まず日本の米軍基地をミサイル攻撃するということです。

ーー

日本が、米国が始める戦争に巻き込まれたくないのなら、まず日米安保条約を破棄し、日本は独自に軍事を整え、それも世界最強といえるだけの軍事力を整える必要が出てくる。

なにしろ日本国は、日本人という世界有数の頭脳集団が住む国であり、占領すると莫大な利益が見込める国であるからです。

現に、在日・反日勢力は、戦後の日本社会を支配し、莫大な富を手にしている。

ーー

15世紀から始まった白人による植民地時代に、日本が「鎖国」をしていたということは、日本が世界最強といえる軍事力を持った国であったからでした。

これは当然のことで、日本がいくら「鎖国」を宣言したとしても、日本の軍事が弱ければ、外国が攻め込んでくることを阻止できないのです。

ーー

江戸時代の初め、当時の日本は、世界の1/3の金(Gold)を持つ世界最大の大金持ち国でした。

そして世界の銃器の半数を保有する世界最強の軍事国家であった。

しかも戦いに慣れた世界最強の軍事集団(武士団)を保持していたのです。

ーー

ところが徳川幕藩体制の泰平が250年続き、1853年に浦賀沖に米国軍艦が姿を見せるころには、日本の軍事力はすでに欧米列強に及ばないものになっていました。

それは、馬関戦争や薩英戦争によって確認された。

日本が江戸時代の平和と繁栄を謳歌している間に、欧米諸国は、国民国家を形成し、どこまでもいつまでも戦い続ける軍隊を保持し、しかも炸裂弾を発射できる新式の大砲を装備し、蒸気機関の軍艦を保持するに至っていたのです。

つまり幕末の時点では、すでに日本は鎖国出来る状況になかった。

ーー

そして当時の東アジアは、英・仏によって植民地にされていた。

幕府は、オランダからその情報を入手し、日本が独立を維持する為には、英・仏以外の米国を味方に付けるしかないと考えた。

米国は、新興国で東アジアへの進出を望みながらそれが実現できていなかった。

そういう背景のもとで、幕府はペリーの開国要求を受け入れたのでした。

ーー

ところが米国との間で通商条約が締結されるやいなや、英仏も幕府に開国を迫る。

英・仏の開国要求を拒絶するだけの軍事力は幕府にない。

そこで幕府が選択したことが、「公武合体」だった。

ーー

この時代、お公(家)は全国区(日本)です。

武(家)は、諸国(諸藩)ごとに別な国です。

つまり全国区(日本)と、諸藩が合体することで、武家の持つ武力を日本国に統合し、日本国として外国の脅威に当たろうとした。

これが「公武合体」です。

ーー

ところが幕府は「公武合体」を口にしながらも、すでに農民兵を採用し、陸軍としての軍事訓練を開始していました。

これは実質的には「国民皆兵」政策です。

そうであるなら、幕藩体制そのものを解体して、日本を統一国家にする。

つまり「挙国一致」の内閣と、「挙国一致」の軍事を実現する。

これが長州の若手武士たちの理論です。

ーー

薩摩と長州が当初、仲が悪かったのは、薩摩が国の形には「挙国一致」を求めながら、軍事についてはあくまで武士団を中心とした「公武合体」を求めたことによります。

ところが幕府は、すでに民兵を採用しており、国の形は「公武合体」、軍事は「挙国一致」です。

ーーつまり

(幕府)国は「公武合体」、軍事は「挙国一致」
(薩摩)国は「挙国一致」、軍事は「公武合体」
(長州)国は「挙国一致」、軍事は「挙国一致」

ーー

幕府と国についての考え方が異なる薩摩は、国についての考え方が一致する長州との連携を図る。

これが薩長同盟です。

このようにして幕府側と薩長側との闘い「戊辰戦争」が勃発する。

ーー

ちなみに「戦争」という用語は、国と国の戦いを意味します。

地方同士の戦いのような内戦は、「◯◯の乱」とか、「◯◯の戦い」といった用語で区別されます。

戊辰戦争や、その過程における会津戦争、箱館戦争などに「戦争」という用語が用いられるのは、当時の認識として、諸藩は自治権を持つ国であるという認識があったからです。

ーー

戊辰戦争で、薩長側が、錦の御旗を掲げて戦ったため、徳川御三家である紀州藩、尾張藩、水戸藩そして江戸の幕府もまた、錦の御旗の前に恭順しています。

列強と対峙し独立を維持する為には、国も軍事も「挙国一致」で行かざるを得ないと判断したからでした。

しかし、徳川幕府恩顧の大名であり、かつあくまで武士による政権維持を標榜する諸藩(諸国)は、挙国一致の意味が十分に伝わらず、結果として官軍と戦うという道を選択してしまった。

ーー

こうして戦いに勝利した薩長は、国は「挙国一致」、軍事も「挙国一致」、の明治新政府を開きます。

ところが蓋を開けてみれば、薩長政権で、薩長への政権交代だった。

諸藩(諸国)は解体され、武士たちはその身分と禄(収入)を失った。

これを不満とした武士たちが、各地で新政府に刃向かい、それが佐賀の乱などとなり、最大のものが西南戦争となった。

ーー

幕末から明治維新について日本の政治を動かした原動力は、幕府側も薩長側も尊皇であったのです。

尊王がなければ明治維新はなし遂げられなかった。

そこを間違えると、幕末の動きが説明できなくなってしまいます。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>武士を滅ぼした維新について
 ねずさんの意見は説得力の在るモノで、概ねその通りだと思います。 特に、幕末の馬関戦争、薩英戦争での、彼我の戦力の差の認識で、鎖国の維持は既に無理であった、と言う解釈は、素晴らしいと思います。 

 然し薩摩が、何故、軍を「武士の領分」と心得、拘ったかと言う点について、日本伝統の「分業思想」が有ったと思って居ます。

 「人には、生まれ落ちた処に拠って、天命が定まって居る」と言うのが、江戸時代迄、学問所で習う儒学に基づいた教えですし、その常識で社会が回って居たと思います。

 ですから、武は、普段は百姓仕事をして居る郷士でも、一旦、戦ともなれば、真っ先に命を賭けて戦わねばならない兵士だったのです。

 その分、普段から、その自覚を養う為に、厳しく己を律し、行いに「武を行うもの」に有るまじき、怯懦の心や小売り功利を疑われる様な、卑怯・卑屈な真似をしない事で、一段高く扱われていたのが現実でしょうから、その垣根を取っ払うと言うのですから、反発が起って当然です。

 つまりは武士としての矜持ですから、私も一薩摩の武士の端くれとして、当時なら反発したでしょうね。

 実は、私も薩摩の村田新八の「維新は失敗であった」と言う説に与するものです。

 確かに、ねずさんの話に従えば、「最後の一兵」になるまで、戦い抜かねば、鎖国は護れない=日本を証ミンチ化する事から、護れない」と言うのは良く分ります。 そう言う決断をすれば、積の無い民百姓までが、犠牲になるのですから、其れこそ、武士の面目が建ちません。

 でも、村田が洋行した米国や欧州で目にした、「差別社会」の有り様から、違和感と嫌悪感を覚えて「この様な社会を目指すのは、真っ平御免だ。」と私も追ったに違いないと思います。

 日本の社会は、平等と言う意味で葉欧米よりもはるかに高いモラルを持って居たし、その水準は道徳の域にすらあったのですから、「白人女性が、男性の黒人奴隷の前で、素っ裸で着替えをしても、恥ずかしくない」のは、黒人を家畜だと思って居るカラですが、全ての人間が、神が創られた同じ人間だと言う意識を持ったものには、白人女性に対する軽蔑の念しか湧きませんね。

 村田は、欧米社会の機械文明の先進性は認めつつも、人間として、基本になる事については、日本と比べれば、何処が先進億なのか? と思ったに違いないでしょう。

 然し、同行した大久保利通は、現実の危機を回避するふが大事であると言う考えであり、其処に、同じ情報を与えても、立場に拠って判断する価値基準が変わって来ると言う事でしょうね。

 其れは短期と、長期と言う将来の差でもあり、大久保も村田も、お互位が持つ懸念や嫌悪感は共有して居ても、新政府筆頭参議である大久保とその後継である村田と出は、「今為すべき事」は、自ずと違って来たのでしょうね。

 西郷はそうした、急進派と守旧派の双方から、仰がれ、慕われ、一目置かれた存在で有ったから、大久保は、何かと言えば、西郷の援護を頼りにして居たが、西郷が描いて居た新政府は、旧幕府軍に対しても宥和的なもので、山形などには、当時凶作で、困って居た山形を救ってくれた西郷を未だに顕彰しているところもあると聞きます。

 西郷は、江戸期の政治の良さも十二分に知って居て、その継続も取り入れた新政府を創りたかったのだと思います。

 唯、この先に日本ですが、国防力の強化が必要な事は言うまでも無い事でㇲが、先ずそれには、現行憲法の「9条平和主義」を何とかしなくてはなりません。

 この認識は日本を一旦亡ぼして、共産主義化しようと考えて居る共産主義者以外は、誰しも首肯する事でしょうが、この頃の「保守の心算」のネット民の中には、目先の現実だけ看て、好き勝手に批判して、「じゃあ、どうしたらよいのか?」と訊くと、「そんな事は知らん、俺が考える事では無い」と言って、平気なものが結構いますね。 

 「基本、国とは、命懸けで国を護らねば滅びてしまう、つまりは、国民一人一人が、国家防衛の当事者なのだ」と言う事も、「戦争は始まったら外国に逃げれば好い」と言う、団塊の世代が云いだした、国家観無き感性しか持って居ない、国を護る/護らないも、自分の選択肢に有ると思って居る、彼らに、国を護為に、命を捨ててくれないか?」と頼むのも、空しい話に思えます。 是では、GHQの思う壺ですね。

 米国と言う存在は、日本にとっては今や頼りになる国ですが、反面、陰謀戸田さんと功利渦巻く、村田新八が嫌悪感を抱いた、道徳無き社会です。

 日本は、嘗てその勢力が支配する米国と3年半にわたって、血で血を洗う戦いをして、325万人の戦死者を出しました。 まるで虫けらのように殺し尽くされたと言って良い。

 しかし、戦後の復興~世界有数の経済大国になって、世界経済のANN手を一手に担う様な、経済大国になったのは、米国に学び、米国市場で育てられ。そして守られて来たから出来た事です。 その恩義は当然あるとしても、日本が自力防衛力を看に着けなければ、米国が一番困る事態に徐々になりつつあるのは、神のお仕組みかとおもいます。

 この先の戦争は、人間がするのではなく電子機器を駆使して、相手の生産能力を潰し、都市機能を壊滅させ、流通路を破壊する様な、国の機能をマヒさせるような戦いになるでしょう。 

 ですから、兵士に求められるのは、勇猛さやタフな心身と言ったフッィジカルやメンタルなものより、見えない部分を、或るいは、この先、起る可能性が有る事象を正確に予想し個々に対策を講じる事が出来る能力でしょう。

 是ならキィボードの様な入力装置さえ扱えれば、小学生でも、戦闘が可能になる時代がモゥ其処まで来ています。 ダカラこそ、この、「国防は、国民一人ℋ一人が当事者なのだ」と言う基本的なことがわかっていなければならないのです。 そう言う意味で居ま日本は非常に危険な状態にあると言えましょう。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

江戸時代の士農工商とは、身分が生まれながらに固定されているもので、不平等この上ない制度と思っていたのですが、実際には士農工商間を移動したり、武士が工商の仕事をしたりと、融通の利くものであったことをねずさんのブログで教わりました。
日本の歴史は天皇を中心とした、素晴らしく民主的な移り変わりであったことも教えられました。

>幕末・明治維新についていえば、幕府側も薩長側も、等しく尊皇です。

これが判らないと、明治維新を理解できません。
幕府が全ての権力を持って、やりたい放題をやっていただけだと考えますと、江戸幕府を理解できません。
徳川家が大政奉還をしたとき、徳川家は二条城から作法に則って退出していますから、徳川家は専制的な大名としてではなく、幕府もまた大名の一つとして行動しているのです。

江戸幕府が江戸幕府のことだけを考えて欧米を相手にしていたら、フランスの支援の元で薩長と戦う道もあったと思いますが、そうはせずに大政奉還で政権を朝廷に帰し、一大名となったことはそれだけの意味があったと思います。(朝廷が日本の政治を出来ないとして、再び徳川家に政権を依頼をすると考えることも出来ますけれど、面子を考えるとそれはないでしょう。)

それに、戊辰戦争が終わった後のことですが、維新側の幕府方の人材の登用は実力本位と言えば良いのでしょうけれど、素晴らしいことであり、取り立てられた人もこれに良く応えたと思います。

戊辰戦争が終わった後、日本は欧米の帝国主義による世界で最後に植民地になるところから免れて残ったと言っても過言ではありませんが、これには米国の南北戦争が大きく影響しており、南北戦争が終わった後、米国には多数の小銃が残りましたけれど、これを日本が輸入して、戊辰戦争で使ったと思います。(この頃の日本は、西欧式の製造力がなく、衣服のボタンまで輸入していました。)

幸い日本には金が沢山ありましたから、この資金力で購入することが出来ました。尤も、日本は金と銀の交換比率が、世界中で尤も金の価値が低かったから、金と銀の交換だけで日本は大損していますし、米国から日本の小判の品質を悪くすることで、米国に金を奪われるようなこともありました。
そんなことがあっても、日本は国を維持できたのですから、日本にいかに多量の金のあったことが判ります。

戊辰戦争が終わった後に、日本を植民地にしようと思っても、日本にある武器と兵隊(武士)は十分にありましたから、武力で侵略し占領することは、欧米で会っても引き合わないものだったと思います。
そして、日本もまた、西欧の武力を考えた場合には、鎖国を継続するとは出来なかったでしょう。

こう考えるとき、明治維新後の日本が独立国として世界にデビューしたとき、植民地にならなかったことは当然だったと思いますが、もし日本がこの時に植民地になっていたならば、2019年の世界は欧米が植民地からの搾取で豊かに暮らし、アジア・アフリカの民族は奴隷でしかなかったとおもいます。
19世紀のあの時代、日本以外に自国が植民地にされないようにと、努力する国はなかったのです。


大東亜戦争に敗戦した日本ですが、戦った米国に占領されるのはともかくとして、併合地であった朝鮮人のやったことは、恩を仇で返すものでなかったし、朝鮮人は「池に墜ちた犬はたたけ」という諺そのものでした。

日本人は狡賢く立ち回ったり、苦しむ相手に冷たいことをしない民族ですけれど、朝鮮民族のやったことを許す寛容さは持ち合わせていないと思います。

韓国は、先日の自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射しましたけれど、これは日本が憲法で交戦権を放棄しているからです。
もし、哨戒機が米国であったならば、こんな冒険をすることはなかったでしょう。
この一時で、全てが理解できます。
日本は、隣国や周囲の国を見て、憲法を改正しなければ、国の安全を維持できないと思います。
経済力で戦う場合でも、相手は土壇場で苦しくなれば、暴力を振るうことを考えないと、目的を達成することが出来ませんので、軍事力を必要十分にしておいて、相手が攻撃できないようにしてからでないと、戦うことが出来ないのです。


今の日本は、なぜだか判らず、タマタマだと思いますけれど、ロシア、支那、朝鮮半島の行動は明治維新の頃に似ていルところがあると思います。
日本が今季のアジアの問題にも、上手く乗り越えてくれるようにと思っています。

「色即是空」

人間界は、神の分霊の修行場、謂わばバーチャルリアリティの世界。

修行の場にふさわしく、与えられた課題を元に、悲喜劇を人霊たちが真剣に演じて学ぶ場所です。課題をクリアしなければ何度もリトライの状況をもたらされる。
そろそろ、次のステージに駒を進めたいところです。
ゲームでいう処の前進を阻む魔物の正体にやっと気づいたところで、武器を選定し仲間を募り、助け合って打ち勝とうといった場面でしょう。
多くのパワーが必要です。しかし、多くの者が目くらましに掛かって、パワーの送り方が足りないようです。
このままでは次のステージへの扉を開くことが出来ないのでは・・・? 
てな処みたいですね。

とっとと、前に進んでもらいたいものよと、見守っている霊たちの呟きが聞こえてきそうですわ。

既に次の時代が始まっているにも拘らず、前ステージの栄華に酔いしれている者、逆に諦観に捉われすぎて、心が盲目になっている者。
はよ、目覚めてや。(笑)

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