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2019年4月30日 (火)

では連合国軍総司令部GHQがなくなった現在の主権者はいったい誰なのか

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

占領下の日本の呼称は、「連合国軍統治領日本(Occupied Japan)」でした。

昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効しました。

この条約の発効で、初めて日本と米国をはじめとする連合国との戦争状態が終結した。

つまり戦争は、玉音放送が行われた昭和20(1945)年8月15日に終わったわけでも、日本が降伏文書に署名した同年9月2日に終わったわけでもなかった。

それらは戦闘状態の終結であって、国家間の戦争が終わったことを意味していなかった。

戦争が法的に終わったのは、講和条約が発効した昭和27年になってからなのです。

ーー

このことは、サンフランシスコ講和条約の条文を見れば明らかです。

第一章 平和(講和)

第一条【戦争状態の終了、日本国の主権承認】
(a)日本国と各連合国間との戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。
(b)連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。

ーー

戦争状態の終結日は講和条約が発効する日(1952年4月28日)であると、明記されています。

昭和20年8月15日は、単に日本軍が戦闘行為を停止した日でしかなかった。

ーー

日本は、戦闘を停止した昭和20年8月15日から、昭和27年4月28日のサンフランシスコ条約発効の日まで、法的・実質的両面における連合国軍の占領下にありました。

日本からの輸出品もMade in Occupied Japan(占領された日本・製)でした。

日本の船舶は連合国が選択した赤・青・白の旗を掲げることを強制され、日の丸を掲げることはできなかった。

ーー

占領統治下にあった日本というのは、国家主権がないのですから、国ではなかった。

要するに2千年以上もの歴史を持つ日本が、日本史上はじめて外国によって征服された期間、それが占領統治下の6年8カ月であったのです。

そしてその6年8カ月の間に行われた占領政策によって、日本の文化や伝統が破壊され、日本の文化伝統を受け継ぐ学者や政治家、財界人23万人が公職から追放されました。

また日本精神の要であった教育勅語が廃止され、軍人勅諭も廃止された。

そして「占領下の日本人服務規程」としての「日本国憲法」が公布・施行されのが占領下の昭和22(1947)年5月3日です。

ーー

この時の日本は、Occupied Japanであって、日本国ではありません。

占領軍が日本に強制した日本国憲法は、「THE CONSTITUTION OF JAPAN」となっています。

しかしこのときの「JAPAN」は、Occupied Japanだった。

だから、「国軍不保持、交戦権放棄」という条文が存在したのです。

ーー

日本は、講和条約発効日(1952/4/28)をもって、主権を回復した。

それゆえこの日に、このTHE CONSTITUTION OF( OCCUPIED) JAPAN(連合国統治領日本の日本人だけを対象とした最高法規)は、廃棄されるべきものでした。

ところが当時の日本の政治家らはそうしなかった。

ーー

というのも、1950年から朝鮮戦争が勃発していた。

もし、「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を、主権国として廃棄すれば、国軍を保持し、安全保障上・米国と軍事同盟を結び、その結果米国の友軍として朝鮮出兵をしなければならなくなる危険があった。

当時の日本国・国内は、まだ復興が緒に就いたばかりです。

軍備を増強している場合ではなかった。

それよりも、経済発展のための経済基盤を作る方を優先すべきだったのです。

ーー

それで当時の政治家らは、「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ占領憲法を使って、米軍の軍備増強要請を拒否したのです。

ーー

ちなみに日本国憲法の前文に日本語で、「再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とあります。

そしてこの文章について「国民主権(主権在民)を定めている」と言われています。

しかし、原文では「sovereign power resides with the people」となっており、

「sovereign power(最高権力)」が、「with the people(国民とともにある)」と書いている。

Occupied Japan当時の最高権力者は、連合国軍最高司令官のマッカーサーだった。

つまり「主権は日本人とともに連合国軍最高司令官のマッカーサーが持っている」と書いてあるわけです。

ーー

では連合国軍総司令部GHQがなくなった現在の主権者はいったい誰なのか。

ーー

主権者というのは、国民を代表する人のことを云います。

これは当然のことで、たとえば国民全員が主権者ならば、政治問題すべてに国民全員の同意を求める必要が出てくる。

そんなことは不可能です。

要するに、国民主権とはいっても、実際の主権者は自然人でなければならないのです。

ーー

いま「日本国憲法」が、Occupied Japan状態での「日本人の服務規程」であり、その主権者は、連合国軍最高司令官であることがご理解いただけたと思います。

ーー

では、サンフランシスコ講和条約発効後、GHQがいなくなった日本における主権者とはいったい誰なのでしょうか。

主権者、とりわけ領土領海に関する主権者がいなければ、そこは国際法上「無主地」ということになります。

そして「無主地」であれば、誰が領有を宣言しても構わない土地ということになります。

日本はそれで良いのでしょうか。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>GHQ去りし後の国家主権者
 私が思うに、其れに一番近い存在は、やはり、天皇陛下であろうと思います。

 然し、天皇は、GHQ憲法では、施政権を持たない、それ処か、国民の様な戸籍も無ければ三瀬政権も、選挙権/被選挙権の類も持たない「国民以外の日本人」で、日本の象徴と言う存在で有るとされて終った。

 戦前の欽定憲法でも、その権限は、実質、最終的な承認者であると言うだけで、軍に於いては大元帥で有り、帝国の主である天皇であったが、その実態は「象徴」で有る事に違いは無かった。

 然し、欽定憲法の場合、永い日本の歴史を反映して居て、実権は、国民の代表である閣僚や軍関係者が握って居たが、任命権や国家が褒章する場合、天皇陛下の名前で行われた。

 昭和天皇は、欽定憲法下で即位したので、天皇の立場についても、前例に従えばよかったが、今上帝は、「では象徴天皇とは何か?」と言う事を、真剣に考えざるを得なかったのである。

 何故なら、現行憲法が続く限り、象徴天皇は維持されるのが分り切った事ダカラ、時代に帝の座に着くモノ、次々代に継ぐ者も同じ立場に立つ事に成るが、彼らは、戦争で敗けて、日本が歴史上初めて、外国に占領されて、其れまでの歴史を無効にされたので、天皇の℗立場が如何に有るべきなのかを考える術が無い。

 すると平成帝が、御自ら「象徴天皇とは、如何に有れば良いか」を示さねばならないと言う事に成る。

 この前例がない難題を、帝は、固よりスメラミコトの本文が「国民の安寧と国の発展を神に祈る大祭司」で有り処から、災害や変事があって国民が不幸な目に有った場合に、駆けつけて、被害者の身になって、共に悲しみ、心に安寧が戻る事を祈念する事で、「国民に拠りそう皇室、天皇・皇后で有りたい」と言う解を見出したのでは、ないでしょうか。

 帝のこうした、日本伝統の「民は国のオホミタカラである」と言う精神を引き継いだ、行動は、平成時代の39年3ヶ月と23日、一日とて途絶える事なく続きました。

 帝とそれに付き添った皇后陛下に拠って、天災で家族を全てなくし、心が砕けて終った人々も、数多くTVの画面には登場しました、然し、両陛下は膝を折り同じ目線になって、被害者の訴えに耳を傾けて居らっしゃいました。 

 是は先帝陛下が、戦後始めた全国ご行幸でなされた事と内容は同じです、戦後の荒んだ人心の中、お命の危険も顧みず、集まった国民の前に進んで立ち、その話を聞かれて、涙を流された事で、集まった民衆も、共に泣いた。 

 「民と悲しみを共にする帝」のお姿が、日本の伝統の帝の在り方で有る事をお示しになられたのです、当時中学生~高校生の多感な時代に遭った、今上帝にとっては、好いお手本になったのでしょう、「日本の帝は、斯くあるべし」と。

 然し、ぶっちゃけた話で不敬を指摘されるかもしれないが、もし、私が皇位継承権の片隅にでも、入る話が来たとしたら、断固、断りたいですね。

 日本国民としての権利を一切認められないのに、生活の心配をする必要が無いと言うだけで、あらゆる自由を奪われて、昭和帝の様に、高齢の身で、意識すら無いのに、延命治療で、死なせて貰えない一種の拷問を半年間も受けられていたのは、考えるだに、寒気がしますね、「何の罰なのか」と、思う西が居ないでしょう。

 そう言う意味で、今上帝が行った、生前譲位は前例を作った事で、後に続く帝が、そうした悲劇に見舞われ無くても済む可能性が出てきました。 是も今上陛下が築かれた、「近代天皇の在り方」だと思います。

 確かに、現行憲法では、日本国の領土とは言っても、嘗てGHQが祖の主権者で有ったものが、GHQが居なくなれば、日本のっ区民になるのかと言う話は、オカシイですね。

 何故なら、主権者は、単数で無ければ確定しませんから、そしてそれを放置して居るカラ、反天連だの「無法者の集団」が、国民の代弁者と言う世の正義を自称して、国民に敵対行為をやっているのです。

 是は、現在のクズ野党も、同じ事ですね、彼らは、口先で葉マトモそうな事を云って居ますが、裏では、社会ンp破壊勢力や闇の勢力と手を結んでいる疑いが高い。

 現行憲法は、其れを行く精する処か、煽り立て。助長している面の方が、高いでしょう。 早急な憲法改正、或いは現行憲法棄却し、金て憲法を復活せしめ、その欽定憲法を現代に有った様に、改正する、と言う27年4月28日に施行すべきだった事を、67年の時を隔てて、行うべきなんですがね。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

日本の戦後の歴史は、終戦から1952年4月28日サンフランシスコ平和条約の締結が第一段階だったと思いますが、この期間はドイツが1949年5月23日に占領を終えて独立したのに比べると、かなり遅いと考えますけれど、朝鮮戦争がなければ、もっと遅かったと思います。

日本の憲法は、その占領期間の初期である1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行されたのですから、GHQは日本の独立など考えていなかった時期に、憲法を作らせたと思います。
GHQの主体であった米国は、独立国の主権である国防のことなど、日本が独立しなければ米国がこれを行いますから、日本の国の国防は必要なかったと考えていたでしょう。
残念ながらこの考えは、北朝鮮による朝鮮戦争の結果、破綻したから米国が日本の統治を出来なくなって、独立させることになったと思います。

それで、日本は独立したのですけれど、本来ならば普通の国として国防のためにも憲法を改正して、国を守らなければならなかったけれど、軍隊を作ったら朝鮮戦争に狩り出されるからこれをしなかったのは良かったのですが、これの後処理をしなかったために、未だに憲法が放置されてしまったと言うことです。
その結果、日本国内では国防だけではなく、国内の治安も十分に保つことが出来ず、日本国民は不安に晒された生活を送っていたのです。
この頃の歴史を、日本は義務教育で教えなければならないし、また国の成り立ちもGHQに教育することを禁止されたままですから、日本人の国であるならば知らなければならないことだと思います。
これは、少し前に進み出したことで、有難いことです。


国民主権について、原文は「最高権力が、国民とともにある」と書いている。」とされていたが、「GHQがなくなった現在の主権者はいったい誰なのか」と言うことが問題になるのは極めてシンプルなことなのですから、本来ならば、これを国民に広く遡及するべきなのですけれど、サンフランシスコ平和条約の締結後からは、70年近くも経過しており、余りにも長期間ですから今さらこれを言えず、改憲論議が進まない原因にもなっているのでしょう。

従って、これは政府が粘り強く改正の必要があることを説明しなければならない状況になっているのですから、努力する他ないと思います。努力の限界まで来たら、憲法の原文と現状の差を国民に明確化して、説明せざるを得ないと思います。
現憲法は、所詮は占領国の都合の良いように作られている物ですから、日本国民のための憲法が必要なのです。


天皇陛下についてですが、昭和天皇は臣下の者が決めたことを、日本の責任者は自分だとしていた史上まれに見る最高の日本の責任者でした。ですから、臣下もまた日本の国のために全力を奮えたのです。
また、今上天皇陛下(今日、御譲位されました。)も、憲法で定められた象徴と言うものを追及なされた素晴らしい天皇陛下であり、皇后陛下であったと思います。
昭和天皇が出来なかった大戦後の国内の行幸や、災害地へのお見舞いでの姿勢は、国民が感動するとしか言えないものでした。被災者の人々は、元気づけられたと思います。


比較するにも憚られることですが、民主党政権の首相を代表とする大臣を見ますと、失敗したときの責任を取ろうとした者はいません。
寧ろ、何かの物事を為したとき、責任を取ることを避けた者ばかりでした。このような者共が、国の中枢になろうとしたことが間違いだったのです。
此を支持する反日・在日・売国の輩は、日本の政権を始め、日本の省庁や裁判所、さらには弁護士として、日本の国を貶めるような立場になることを防止する制度が必要だと思います。

これには、憲法の改正だけでなく、スパイ防止法、弁護士法、放送法、外国人土地法、不敬罪等の整備及び改正と、国会議員を始めとする公職に就く者の国籍条項(日本人になってからの経過年数と、何代目)の制限が必要だと思います。

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
 薔薇が庭で最高に美しく、爽やかな香りを放っております。
このたびご譲位なさいます、≪今上天皇陛下も、憲法で定められた象徴と言うものを追及なされた素晴らしい天皇陛下であり、美智子皇后陛下≫を祝福するかのようです。
 こんなに心穏やかに平成最後の日を過ごせる国民ってなんと幸せな国民でしょうか!
 ≪駆けつけて、被害者の身になって、共に悲しみ、心に安寧が戻る事を祈念する事で、「国民に拠りそう皇室、天皇・皇后で有りたい」≫とソロさまが仰る通りでございますね!
 最後の最後まで「象徴としての天皇」を全うされたことへの感謝のおもいでいっぱいです!
お二人の寄り添い支えあうお姿は永遠に日本国民の心の中にあり続けることでしょう!!ありがとうございます。感謝!!

真の、
日本人による、日本人の為の日本人の日本国憲法

うたい文句ではない本当の日本国民主権の憲法に改正すべき
ことは明らかでしょう。

然しながら、今、不穏な力がそれに便乗すべく、牙を見え隠れさ
せながら、
♦自公→自維を目論んでいる。
(誤解なきように申し上げるが私は公明党も嫌いだ。唯、維新の
方が性質が悪い)

改憲に助力する代わりに、提案を呑んでくれとの画策有と推察する。

日本維新の会の憲法改正案
(平成28年3月24日)
(1)教育無償化(幼児~高等教育)
(2)統治機構改革(地域主権関係)
   →即ち、道州制
(3)憲法裁判所

https://pbs.twimg.com/media/D5CEHAQU8AEGC9D.jpg
https://pbs.twimg.com/media/D5CEHANUEAMa9RA.jpg
https://pbs.twimg.com/media/D5CEHALU4AAvzui.jpg
https://pbs.twimg.com/media/D5CEHANVUAApw7S.jpg

道州制を憲法に加える…非常にキケン極まりない!
否決された都構想に拘っている理由がよくわかると云った処です。

申し上げるまでもなく外資金融関係の
魔手ありと考えない方が不思議である。


余談に成りますが、「ヘイト条例制定」に於いて
共産党と他野党と共闘していたのは維新ですね。
当初、大阪自民は反対票を一党だけで投じていた。

いつもブログの更新を有難うございます。
天皇皇后両陛下のお優しいお気持ちに、私達国民はどれだけ救われてきた分かりません。深く感謝申し上げます。
日本国民として生まれてきたことを幸せに思っております。

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