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2019年4月21日 (日)

ということは、在日・反日勢力は、日本人をアホにすることに失敗したということになります

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

1618年から1648年にドイツ、フランス、スペイン、デンマーク、スウェーデンなどの欧州諸国が参戦した三十年戦争では、人口が半減したとされています。

この三十年戦争で戦災孤児となった主人公の半生を描いた、グリンメルスハウゼン著『阿呆物語』(岩波文庫)があります。

その中に、この時の傭兵たちの様子が詳細に描かれています。

ーー【望月市恵訳『阿呆物語』岩波文庫・上巻】から引用

それからはどの兵隊もそれぞれとんちんかんなことをやり始めた。

そのどれもが落花狼藉といった感じを与えた。

酒宴を始めるかと思われるほど何頭もの家畜を刺し殺し、それを煮たり焼いたりする。

かと思うと、1階から2階を風のように駆けめぐって、便所のなかまで探しまわり、コルキスの金羊皮でも捜し出そうとする。

ーー

布地や衣類やさまざまな家具を包みこんだ。

どこかで古物市でもひらこうとするつもりに見えた。

失敬して行くほどのものでないと考えたものは、たたき壊し、ばらばらにした。

ーー

敷布団から羽根をふるい出し、そのあとへベーコンをつめこんだりした。

そのほうが羽根布団で寝るよりも寝心地がよいとでもいうようだった。

また、これからは常夏がつづくとでもいうように、ストーブと窓をたたき壊す兵隊もあった。

ーー

銅の器物や銀の器物を打ち砕いて、折れ曲がった器物を包み込む者もあった。

寝台やテーブルや椅子やベンチを燃やす者もあった。

とにかく最後には鍋と皿が一つのこらず割られてしまった。

ーー

私たちの下婢(かひ)のアンは厩でさんざんな目にあい、厩から出る気力もないほどであった。

それをここで語ることさえ恥ずかしいほどである。

下男は手足を縛られて地面にころがされ、口へ木片を立てられて口をふさがらなくされ、臭い水肥(みずごえ)を乳搾りの桶から口へ注ぎこまれた。

兵隊たちはそれをスウェーデン・ビールと称した。

が、下男にとってはありがたくないビールであったらしく、百面相をしてもがいた。

ーー

それから短銃の撃鉄から燧石(ひうちいし)を取り外し、そこへ百姓たちの手の拇指をはさんで締めつけた。

百姓たちを魔女でも焼き殺すかのように責めたて、そのうちの一人などは、まだなんにも白状しないうちからパン焼き竃の中へ放りこまれ、火をつけられようとしていた。

他のひとりは頭のまわりに綱を巻きつけられ、その綱を棒切れで絞られ、口や鼻や耳から血が流れ出た。

どの兵隊もそれぞれ新工夫の手段で百姓を痛めつけ、どの百姓もそれぞれの拷問者に傷めつけられた。

ーー

しかし当時の私の眼に誰よりも運がよいと考えられた百姓は、私の夫(ちゃん)であった。

他の百姓たちは痛めつけられ、ひいひいと悲鳴をあげて白状しなければならなかったが、ちゃんはげらげら笑いこけて白状させられたからである。

ちゃんがその家の主人であったので、そのように敬意を表されたのにちがいない。

ーー

兵隊どもはちゃんを火のそばへ坐らせ、手も足も動かせないように縛り上げ、塩を足の裏へすりこみ、山羊にそれを舐めさせたのだ。

ちゃんはくすぐったがって、身をもがいて笑いつづけた。

私はちゃんがそのように長く笑いつづけるのを見たり聞いたりするのは初めてだった。

それがとても楽しい結構なことにちがいないと考え、お相伴するつもりで、もしくはほかに知恵も浮かばなかったので、一緒にげらげら笑いつづけた。

ーー

ちゃんは口を割り、隠してあった虎の子を取り出してきた。

それは百姓などには身分不相応なたくさんの黄金や真珠や宝石であった。

連れてこられた女や下婢や娘がどうされたかは、兵隊どもが私にそれを見せようとしなかった。

しかし、あちらの隅やこちらの隅から悲鳴がきこえたことは、今もよく覚えている。

ーー抜粋引用終わり

このころ、つまり江戸初期の日本では風神雷神図屏風が描かれたり、井原西鶴や松尾芭蕉が活躍していました。

それと同じ時代に、西洋ではかかる蛮行が日常として行われていたのです。

というと、映画やドラマなどで紹介される近世の西洋社会は華麗な宮殿や、美しくドレスアップした女性たち、背筋を伸ばした貴族たち、着飾った紳士淑女や、白馬に乗った王子様などです。

最近のは知りませんが、我々の世代ですと小中高生の女子たちが読むマンガは、まさに理想の西洋社会が描かれたものが多かったように思います。

「もし次に生まれ変わるとしたらどの国、どの時代?」などと聞かれると、一昔前ならフランスとかドイツ、あるいは北欧などと答える人がたいへん多かったものです。

ーー

けれども、それらは人口のわずか5%の貴族たちの世界でしかありません。

しかもその5%という数字さえ、奴隷を含まない市民の中での数です。

つまり奴隷を含めれば、人口の0.1%くらいの人たちだけの贅沢な暮らしでしかななった。

ーー

ところが、最近の「もし次に生まれ変わるとしたらどの国」というアンケート調査の結果では、「次にも日本に生まれたいと答える人が86.4%に達する」のです。

これはアサヒグループホールディングスが実施しているネット調査の結果ですが、推移を見ると、
 2007年=74.3%
 2013年=80.3%
 2017年=86.4%
と、この10年で12.1ポイントも「日本に生まれたい」と答える人の割合が世代を越えて上昇しているのです。

ーー

理由は
・海に囲まれて山もあり四季もある。(30代女大阪府)
・治安の良さ、社会保障の充実、身分差別がないなど。(20代女福岡)
・欧州で暮らしていましたが、やっぱり日本が一番!(50代女神奈川)
・水道水が飲めるし清潔だから。(40代女大阪府)
・素晴らしい歴史や文化伝統がある。(40代女大阪府)

どうやら、ネットや旅行で外国を知る機会が増え、日本に勝る国はないと考える人が、年々増えているのです。

ーー

敗戦後、1945年以来、占領政策が在日・反日勢力の協力によって推進され、日本人に「護憲、東京裁判史観、侮日」が強制されてきました。

つまり占領軍は、日本を嫌い、欧米に憧れる反日日本人を作ろうとしてきた。

ところが、75年経ってみると、在日・反日勢力が思い描いた、「反日日本人の生産」はうまくいかず、逆に日本を愛する日本人を生産してしまった。

ーー

つまり、普通なら政治と教育とメディアを奪って洗脳を行えば、その国の国民は頭の中が別なものになるはずなのです。

とりわけ日本の場合、漢字や文字の表記のしかたまで、漢字を当用漢字にするなど、また漢字の筆順まで変えて、日本の伝統を破壊し、日本人の弱体化を図り、それを70年以上続けてきた。

その結果が、逆に日本を愛する日本人を量産するという、まったく逆の結果になった。

ということは、在日・反日勢力は、日本人をアホにすることに失敗したということになります。

ーー

なぜこのような結果になったのか。

三万年の日本の歴史文化伝統は、たかだか数十年の教育や政治ごときで変えられるような底の浅いものではなかったということに尽きるでしょう。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>欧米が日本人を白痴化出来なかった理由
 結論から言えば、欧米文明の方が、歴史の底が浅すぎたからでしょう。 とはいえ、私も相当な年になるまで、欧米の科学文明に対して、明らかな敬意を持って居ました、ですが、一つだけ腑に落ちない事が有りました。

 それは、自然現象の中に見出した法則や現象なのに、何故、自身の名前を監視て、〇〇の法則だとか、公理だとか自己主張するのだろうか、と言う事です。
 
 私は、極自然に、「科学とは、自然の仕組みの謎を解き明かすモノ」であるから、科学者は、神に一番、親しい存在だろうと思って居たのに、法則が自分が見つけなかったらこの世には存在し無かった様な、傲慢さ、と言うか、自然に対する敬意や畏怖心の無さを感じて居ましたね。

 ですから、西洋人が信奉して居る神とは如何なるものか、と言う事に、興味を持っていました。

 聖書に有る西洋人の前に神が現れた時期は、紀元前10世紀辺りでしか無く、然も、シナイ山の頂上に突如現れ、モーシェは、神との間に、「そなた達を護る代わりに、我を信じ崇めよ」と言う契約を交わし、神はモーシェにに十戒を与えて、去って終う、と言うものですが、是は、明らかにユダヤ族の指導者たるモーシェだけ、若しくは、ユダヤ族だけの為の契約である十戒で有る事は明らかでしょう。

 然し、こんな話が、何故世界教の聖書の中に入って居るのか? 分りませんでした。 

 私が知って居る、日本で言う神は、御神木出遭ったり、奇妙な形をした大きな岩だったり、或いは、山全体が、神様の御神体であるとされて居たので、ユダヤの神の様に、まるで宇宙人との邂逅の様な、出現の仕方とは、違うモノだと言う感覚を持ちました。

 ひょっとしたら、と思いつつ歴史を調べて行くと、ローマ人迄の西洋文明を主宰して居た人種と、ローマが滅びてしまった後の人種とでは、同じコーカソイドでも、有色と白人種に分かれて居る事に気が着きました。 欧州史は、態とこの辺りを曖昧にして居る事に気が着いたのです。

 そうした観点で歴史を見直してみると、コーカソイド種は、元々青人が主流であり、古代のメソポタミア文明も、エジプト文明も、そして、アーリア人のペルシャやインド文明も全て、青人の文明であって、 白人種は、黒海北方沿岸のステップ地帯に棲んでいた、コーカソイド種の亜種(劣化種)で、謂わる「白子」なのだと言う事を知りました。

 白人種で、一番最初に、文明化したのは、ゲルマン人ですが、彼らはBC10世紀頃に、黒海に流入するドナウ川を遡り、シュバルツバリト「=黒い森」地方に到達し、其処で狩猟採集を始めるモノ、亦、今度は、違う河川を下って、バルト海や大西洋沿岸に出て、漁労海産を始めました。

 然し、其れだけでは、人口を養いきれなかったので、AC2世紀
頃、ドナウ川を下って、ローマ帝国に至り、其の傭兵として生業を得ました。

 然し、2世紀ごろのローマ人は、エジプトやカルタゴなど強敵を亡ぼして、平和になれ、怠惰な生活が、身に付いて居て、同じく白人種でも、小麦の生産を行う農耕民のケルト族(=ゲール、ゴール、ゴート、ブリトン、etc)の反乱の鎮圧等に、駆り出されても、青人の怠惰振りに、業を煮やしたゲルマン族は、何時しか、転覆させてやろう、と考える様になった。

 北方のゲルマン族の土地に、遊牧民フン族が侵入して来たのを機会にして、大量のゲルマン民族を地中海沿岸に移動させました3~4世紀の事です。 (ゲルマン民族大移動)

 是ですっかり、帝国の西半分のイニシアティブを失った青人は、その後、キリスト教を国教として、東ローマ帝国「≒ビザンチン」を創ります。 ゲルマン人は、民族の故地である黒海地方に遠征して、棲んで居た原住民「=白人」を、奴隷として連れ帰ります、是がスラブ(奴隷)人です。

 彼ら白人種は、固より独自の宗教は、持って居ましたが、ユダヤ教の様に人間の道徳規範となる様なモノは、持って居なかったので、強いものが全てを独り占めにする社会でした。 然し、其のままでは、平穏な時代は望むらくも無いので、ユダヤ教を基にしたムスリムやキリスト教に改宗するものが、多かった。

 すると、欧州文明が全て、キリスト教を母体にして居る事を考えれば、白人文明とは、青人文明の剽窃でしかないわけで、その起源は、ゲルマン人がローマ人から文明のイニシアティブを奪った、AC10世紀であり、文明開化して未だ千年しか、経って居ない事が分りますね。

 然も、その千年の間の殆どを戦争、或いは、侵略に費やして来たので、中身は未だ野蛮人のままで有る事が、ご紹介の「阿保物語」の中の兵士の気が違って鷹の様な、「理性喪失状態」を簡単に生み出し、その原動力となるのは、性欲、物慾でしかない。

 私達が憧れた、欧州文明は、0.5%の貴族層の話で有るし、その貴族層の出資が無ければ、音楽も絵画も発達し無かったし、印刷技術や輪転機の発明が無ければ、大衆に行き渡る程の書物すら生み出せていないのだから、残る、99.5%の大衆は無知蒙昧のママであった。この傾向は現代にも残って居ると思われる。 

 彼らが、科学技術だけでなく、音楽や絵画と言った芸術、法学・法制度、そして政治学と言った、その後、世界を動かして行く様な、人類に対する業績も、全て、0.5%の人々の間で。育まれ支持されたものでしかない。

 ダカラ、普段は敬虔なクリスチャンでも、戦争が起ると「地金」が剥き出しになり、有色人種相手に愚かしい事を散々やっても。他膿を犯した意識など持てないので有ろう。

 こんな未開な蛮族が、3万年も懸けて、その心性を磨いて来た日本人を、西洋人並みに、「アホ化」しようとするだけ、無謀な試みで有ろう。

 それ処か、理性が高いものから順に、キリスト教を棄教して仏教に改めるものや。日本の自然の中で生涯を終えようとするモノまで洗われている。

 我々、日本人も、忘れ去った日本を取り戻し、皆が平等李理性を、持って生きて行ける社会を、皆が楽しめる娯楽を共有する社会を、世界に広めて行かねばならないと、私は思いますね。

縦椅子様
 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
 今日のNHKの趣味の園芸の番組の中に「朝井まかての江戸園芸遺産」というコーナーがあり、
 幕末に日本を訪れたイギリスのプラントハンター、ロバート・フォーチュンがその探訪記の中で、
 「私は世界のどこへいっても、こんなに大規模に、売り物の植物を栽培しているのを見たことがない」とびっくりしたと書かれていると紹介されています。
 また彼はその著書の中で「花を愛する国民性」と題して、
 「馬で郊外の小じんまりした住居や農家や小屋の傍らを通り過ぎると、家の前に日本人好みの草花を少しばかり植えこんだ小庭をつくっている。日本人の国民性の著しい特色は、下層階級でも生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅうすきな植物を少しそだてて、無上の楽しみにしている。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人達に較べるとずっと優って見える。」とあります。
 江戸の昔から、「かくも見事な園芸文化が花開いたのは本草学などによる知識と栽培技術、日本独特の審美眼があってこそ」と朝井まかて氏は言っておられます。
 氏の『花競べ』や『先生のお庭番』などに、いかんなくその膨大な知識が詰め込まれていて、植物好きの人間にとってとても面白い読み物ですので、ぜひどうぞよろしくお願いいたします。。

>ばら様 ソロです。
>>日本人の園芸趣味、
 亦、良いお話をご紹介いただきました。
 日本人の園芸好きの極致は、盆栽だと思いますが、この趣味層は、高位の武家層、貴族層から、町屋、豪農が。買い手となり、それを商売にする、園芸職人までがいたようで、盛んな場所は、特定されているようですね。

 でも、盆栽は高いですからね、それに、自然の法則「=四季の移ろい、天候の加減」に抗うような、人工的なものより、私などは、季節の花を咲かせたら枯れてしまう、一年草が毎年花を咲かせるほうが、趣があった良いように思いますが、人それぞれで宜しいのでしょう。 

 でも、例えば、金沢の兼六園の松は、結構な大きさですが、もとは、盆栽の松であった、との話ですから、私と同じ感覚の人が、昔もいたんだなぁ、と嬉しくなりました。 経緯走りませんがね。

 そういう、自然のモノに対する関心があるとは、英国人も捨てたものではありませんが、「英国の下層の人とは大違い」とか言っているところを見れば、「下層の人」は、よほど余裕のない生活を強いられていたんだろうな、と、ふと思ってしまいました。

 左巻き歴史学者が言う、「江戸時代は、差別の酷い、地獄の時代であった」という説が、謬説であるということですね。

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