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2019年4月22日 (月)

古代人は神々を必要としていた

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

小林登志子『古代オリエントの神々』(中公新書)

著者はずばり言う。

「宗教は霊的存在である神を中心にした虚構であって、虚構を共有できれば信者である」

「神が人間を創造したのではなく、人間が神々を創造した」

「神々の創造は人間精神の歴史での、最高の発明であった」

「明日のことなぞわからない人生を歩んでいく人間の羅針盤であり、杖ともなって、そして精神を安定させる仕組みが、神であった」

「古代人は神々を必要としていた」

ーーと。

ユダヤ教成立以前、オリエントには無数の神々がいた。

多神教のオリエントからアジアにかけての世界にいつしか一神教が成立した。

それがユダヤ教であり、やがてそこからキリスト教、イスラム教が派生し世界三大宗教が成立する。

ユダヤ人は、ユダヤ教成立前には、ミトス教を信じていた。

また、ペルシアにはゾロアスターがあって、のちに出来たイスラム教と習合している。

インドのカースト制のもととなったヒンズーに対し、仏陀がカースト制を否定する形で仏教を創始し、それはインドから東へ広がった。

ーー 

日本でも神道という自然崇拝に仏教が習合した。

その習合前に、日本においても衝突があり、廃仏毀釈があった。

聖徳太子が仏教を国教化する前の時代、およそ百年間、廃仏毀釈が行われた。

明治維新前後の廃仏毀釈は、むしろ政治思想(イデオロギー)としての国学の復興が外来宗教に敵対した社会現象であったのだ。

しかし現在においてもなお仏教は、神仏習合によって維持されている。

ーー

文明発生の地は、諸説あるが、シュメール、メソポタミア、エジプトあたりとされる。

その際、幾多の宗教が、生まれたにもかかわらず、西オリエントでは、イスラムという一神教に統一されていった。

それは何故なのか、本書はこの謎に挑む。

ーー

著者曰く、

「多神教と一神教は截然と分けられるのではなく、分かちがたい関係にある」

日本人は、宗教論に興味を示す人が少ない。

一方欧米の研究者は多いが、自身がユダヤ教徒やキリスト教徒であるため、「古代オリエントの神々への視点は客観的とは言い難い」。

その虚(空白)を小林氏は衝いた。

ーー

ユダヤ教の発生以前に、太陽信仰のミトラ教はペルシャ・印度あたりで発祥し、民族の移動とともに西へ移った。

ミトラはギリシアからローマへと伝播した。

ミトラが広がった地にはゾロアスター教があった。

両者は対立し、年月を経て、それぞれの神が変形し、ゾロアスターの神もキリスト教に取り入れられ、あるいはイスラム教に取り込まれ変形した。

ーー

しかしゾロアスター(拝火教)の神殿はアゼルバイジャン、イラン各地に残り、いまもゾロアスター教徒がイランやインドにいる。

たとえば、「ミスラ神がギリシア語化したミトラス神は、ヘレニズム時代のアナトリア諸王国の守護神であった」(p82)

ミトラスは太陽神だった。

定住農耕民族にも、移動する牧畜民族にも太陽信仰は共通だ。

それゆえに遠い地に駐屯した兵士らにとってミトラスの神は、「不敗の太陽」であり、ミトラスの信仰が広がった。

ローマ帝国がキリスト教を国教とする前、人々はミトラス教を信じていたのだ。

ーー

そしてミトラスの密儀は多彩な祭祀となり、おもわぬ場所へあらわれる。

「『日本書紀』には帰化人で百済からやってきた味魔之が呉で学んだ伎楽を伝えた(とある)」

「また奈良の大仏の開眼供養には、当該伎楽が演じられた」

「(その)演者がかぶる伎楽面の種類とミトラス教の信者の位階が一致する(のだ)」(p92−93)

ーー

古代オリエントの神々に共通したもうひとつの特質は神々が死んで復活することである。

確かにキリスト教では、イエスが死に復活する。

かくして次の結論に至る。

「宗教は霊的存在である神を中心にした虚構である」

「その虚構を共有できれば信者となる」

「過去幾多の宗教が成立し、やがて混じり合い、そしてそれらに人々は精神を連れ去られ、ともに生きた」

ーー

通読しながら評者(宮崎)はしきりに縄文時代の自然崇拝、すなわち太陽信仰を考えていた。

アマテルはまさに太陽であり、天の岩戸は日蝕であろう、それら自然が日本人の信仰の対象だった。

たとえば大神(おおみわ)神社のご神体は三輪山それ自体であり、偶像はない。

縄文遺跡から出土する夥しい祭祀器具、副葬品としての土偶、翡翠、耳飾り等々。

明らかに神道の源流が縄文時代からあったことを証明している。

ーー

縄文人も神を祭っていたことが分かる。

縄文人が朝鮮半島に進出し、戦争を経験して内地に戻って以来、強力な軍事力の中心としての団結する必要から社殿が造られ祭祀を司る長が現れやがて仏教が伝わる。

本書を通読しつつ、縄文人の信仰に、思いを馳せたのだった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>古代オリエントの神が縄文日本に与えた影響
 著者のご説の中で、出て来るミトラ教は、ペルシャとインドで発生した、とありますから、古代文明の主役で有っただろうアーリア人の宗教だったんですね。

 そして、太陽神で有った事を考えれば、その起源になったのは、遊牧民より、寧ろ、農耕民であったであろうと思われるが、アーリア人自体、遊牧民的でな部分も持ち合わせて居て、シナの四蛮で言えば、南蛮と似て居る様な処が感じられる。 

 南蛮の民は、元来、焼畑耕作者である。故意に山火事を起こさせて、雑木林を焼いて、焼け跡を耕して、農作物を造る。 少ない労力で、広い耕地を、危険な動植物の害を回避する手法としては有効だが、誤れば、重要なものまで焼き尽くしてしまうので、火を放つ前に、地形の調査、生息する生物の存在、川や湖沼の存在、そして、当日の気象の読みが必要になる。

 彼らはこれで、測量術、気象学、動植物に関する知識、木材の伐採~運搬~木の加工術、更には、本草学を纏め、薬や麻薬に至る迄開発した、先進の民でもあり、スンダ文明を切り開いた民ではないか、と言われている。

 日本の縄文人を形成する海人族の祖、東夷族は、この民が定住化し、漁労海産まで手をのばして、更に、船を操り、遠く離れた処との交易まで始めたものを言います。

 アーリア人の先進的な要素が、アーユル・ヴェーダとして、或いは、ヨガとして、亦、ヒンドゥーの基礎となる、ウパニシャッド哲学等が、現代に残って居るのではないか、と思います。 

 然し是等、古代アーリア人の優れた業績を知って居ても、現在の古代歴史の研究は、欧州勢主導ですから、彼らに都合の悪い話は、核心部分を省略されたり、研究そのものが隠蔽されたりして、彼らの歴史に対する未開で、非科学的な姿勢を感じますね。

 代表的な青人である、アーリア人が創った文明が、如何なるものであったかは、白人文明のルーツを知る上で、無視して通れない事だと確信する。

 然しこの先は、3万年以上も前に遡れる、縄文文明と言う、今迄の世界の歴史学の常識では考えられない文明の存在を筆頭に、起源が2万8千年前の氷期最盛期とされる、長江文明、更には、多くの文明の源となったと考えられる、5万~1万2千年前の、スンダ文明迄、考えに入れて文明論を展開しなくては、人類の真実の歴史は、見出せないで有ろう。

 日本の縄文文明にも神が居た事が、遺構から祭祀に使ったと思われる装飾土器、装飾品や土偶等が出土する処から、確定しているが、どの様な宗教であったのかは、未だ分らない。

 3万年「=300世紀」の長い時間には、外来の神の進出は当然あったであろう、それがミトラ教の祭祀に共通点を見出す事が出来ると、聞いて、蓋し当然と言う思いであった。

 何せ、25世紀前には、アーリア系と思しき遊牧民が、山東半島にまで来ていた事が、分って居るのだから、黄河文明人自体が、アーリア系遊牧民で有った可能性すらあるのだから、彼らの宗教であるミトラ教が、古代シナで盛んであった可能性も出て来る。

 然し、日本の自然信仰は、神の為し事が、日本の多彩な自然現象其のままが故に、懐が深く、自然は生命に溢れて居るカラ、その奇跡、普段に目にする事が出来たから、外来の神もその一つとして扱われた。 だから、否定も排斥も、受けなかったが、盛んにはならなかったが、その祭祀や儀礼の一部が、影響を与えたかもしれない。

 ダカラ、その影響は太陽神を崇めると言う処までで有ろうが、固より日本の神道は、「お天道さま」信仰だと思われ、人間が創った神では無く、人間が気付いた神」なのである。 だから、神様が、自然の法則に則った、自然現象以外の事象を起こす筈が無く、神のご意志は、奇跡とされるモノは、そのタイミングになって現れると考えるべきでしょう。

 そして、東洋の神様は、自然そのモノですから、その神が起こす苛烈や猛威、或いは、安逸、平穏を、全ての生き物に対して、分け隔てなく与えます。 

 つまり、民族神では無いので、特に選ばれた民族だけ幸わう、と言った現象は起りません。 だから、我々地球上に生きるものは全て、等しい立場にあるのです。

 人類は周期的に、或いは、突発的に起こる自然界の猛威の周期やそれが起る仕組みを解き明かし、被害を少なくする態勢、互いに助け合う為の態勢を考え、天気予報で、皆に周知する迄に至ったが、未だ、気象を思い通りにする事等、出来はしない、何故なら、地球も惑星と言う、寿命を持つ宇宙生命体で有り、気象現象はその新陳代謝であると考えられているからである。

 神は、元一つで有り、民族も、元は一つであり、人種も元は櫃なのである。

 15~20万年と言う、人類にとっては、余りに永い時間が、その事を忘れさせている様に思えるが、魂に刻まれた記憶は、既視感「=デ・ジャブ」と言う現象で、我々の表層意識に上がって来る、その根源となる無意識こそ、魂の記憶であるといえ、その人間の、主に選択行動を支配していると、考えられる。

 然し、現代科学は未だ多寡志位の存在を確認できていない。まるで、我々が日常包まれている筈の、重力波の正体が突き止められない事に油に、未だ人類は、何も知らないのと、あまり変わらない。

 でも、この先キット、人類は、その謎を解明するだろう。

 そして、魂の正体とその存在を確認して、今迄とは全く違う神の実存を人類は知る事だろう。 私はその神に一番近いのが日本の神様だと思って居ます。

縦椅子様
  
 素晴らしいブログ有難うございます。

≪「神が人間を創造したのではなく、人間が神々を創造した」

「神々の創造は人間精神の歴史での、最高の発明であった」

「明日のことなぞわからない人生を歩んでいく人間の羅針盤であり、杖ともなって、そして精神を安定させる仕組みが、神であった」

「古代人は神々を必要としていた」≫から、神を創ったのだ。

ーーこれは目から鱗が落ちる、仰天の論であり、全く正しい論 であるにもかかわらず、なぜひとびとは、気づかなかったのであろうか。 という疑問が湧いてきます。
 その問に対して--宗教にのめり込み過ぎて、客観的に見るということをしてこなかったーーからと考えられますが…
 
≪「宗教は霊的存在である神を中心にした虚構であって、虚構を共有できれば信者である」≫--とは、

 宗教は小説のような、Fictionであり、神はその小説=(小説というより民族の抒情詩というべきか)の主人公(あるいは英雄的存在)と考えれば、辻褄が合うように思います。
 そして、信者とはその英雄を熱狂的に支持するFanのようなものと考えると、実に単純化されて、これでよいのかとおもえるほどですが、こういった感じになってしまうのではないか…とふとこういう考えが、頭に浮かんでしまいました。失礼の段お許し下さい。

ーーと。

縦椅子様
  
 素晴らしいブログ有難うございます。

≪「神が人間を創造したのではなく、人間が神々を創造した」

「神々の創造は人間精神の歴史での、最高の発明であった」

「明日のことなぞわからない人生を歩んでいく人間の羅針盤であり、杖ともなって、そして精神を安定させる仕組みが、神であった」

「古代人は神々を必要としていた」≫から、神を創ったのだ。

ーーこれは目から鱗が落ちる、仰天の論であり、全く正しい論 であるにもかかわらず、なぜひとびとは、気づかなかったのであろうか。 という疑問が湧いてきます。
 その問に対して--宗教にのめり込み過ぎて、客観的に見るということをしてこなかったーーからと考えられますが…
 
≪「宗教は霊的存在である神を中心にした虚構であって、虚構を共有できれば信者である」≫--とは、

 宗教は小説のような、Fictionであり、神はその小説=(小説というより民族の抒情詩というべきか)の主人公(あるいは英雄的存在)と考えれば、辻褄が合うように思います。
 そして、信者とはその英雄を熱狂的に支持するFanのようなものと考えると、実に単純化されて、これでよいのかとおもえるほどですが、こういった感じになってしまうのではないか…とふとこういう考えが、頭に浮かんでしまいました。失礼の段お許し下さい。

ーーと。

ナポレオン・ソロさま
 
 ≪固より日本の神道は、「お天道さま」信仰だと思われ、人間が創った神では無く、人間が気付いた神」なのである。≫

 ≪東洋の神様は、自然そのモノですから、その神が起こす苛烈や猛威、或いは、安逸、平穏を、全ての生き物に対して、分け隔てなく与えます。≫
 
 ≪つまり、民族神では無いので、特に選ばれた民族だけ幸わう、と言った現象は起りません。≫ --

 ≪神は、元一つで有り、民族も、元は一つであり、人種も元は櫃なのである。≫

 ≪魂に刻まれた記憶は、既視感「=デ・ジャブ」と言う現象で、我々の表層意識に上がって来る、その根源となる無意識こそ、魂の記憶であるといえ…≫ーー
 ーらのお言葉に多くのことを気づかせていただき感謝でございます。ソロさまのお言葉が深く浸透すれば、醜い宗教間の争いやテロなどが収まるでしょう・・・ほんとうに貴重なコメントをありがとうございます。

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