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2019年4月17日 (水)

日本もまた支那・南北朝鮮から暴力による脅迫にさらされている

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

L・ネヴィル著/床井雅美監訳『欧州対テロ部隊─進化する戦術と最新装備』(並木書房)

テロリズムとは、政治的な目的を達成するために暴力および暴力による脅迫を用いることを言う。

ミュンヘン・オリンピック(1972年)で、イスラエル人選手がテロリストによって殺害された。

ヨーロッパ各国政府は当時、このような事態に準備ができていなかった。

それゆえ、大きな衝撃を受け、それから数週間以内にドイツ、フランスなどの警察組織・法執行機関、軍の中にテロ対処専門部隊が発足した。

ーー

本書は主として対テロ戦の道を切り開いたイギリスのSAS特殊プロジェクトチーム、ドイツのGSG9、フランスのGIGNの誕生の経緯、実際の作戦をたどる。

そして、これらの部隊を手本にして発足した30か国以上もの欧州各国の対テロ部隊の現状を活写している。

ーー

2015年1月にパリで起きた『シャルリー・エブド』襲撃事件、さらに同年11月に発生したパリ同時多発テロ事件での特殊部隊「BRI-BAC」の対テロ作戦も紹介される。

その後もさまざまなテロ組織からの継続的かつ新たな脅威があった。

それに対して対テロ部隊の戦術と装備品が進化を続けたのだという。

ーー

東京オリンピック・パラリンピックを来年に控え、日本もテロ警備は他人事ではない。

さきにも書いたが、テロリズムとは、政治的な目的を達成するために暴力および暴力による脅迫を用いることを言う。

絶えずテロの脅威にさらされている現代の世界で、日本もまた支那・南北朝鮮から暴力による脅迫にさらされている。

ーー

監訳者・床井雅美氏はこう言う。

「本書の監訳にあたって、ドイツの対テロ部隊「GSG9」を訪問したときのことを思い出した」

「当時、GSG9の隊長を務めていたのは本書でも紹介されているウーリッヒ・ウェグナー氏で、取材に自ら丁寧に対応してくれた」

「対テロ任務という部隊の性格上、明らかにできないものもあっただろう」

「が、私の質問に対し、誠実に答えてくれたのが印象的だった」

「そのときの談話の中でとくに記憶に残ったものがある」

ーー

「それはGSG9隊員の選抜要件に関することで(あった)」

「体力・運動能力、戦闘・射撃技能、適性などについて答えが返ってくると予想しての質問だった」

「(しかし)ウェグナー氏がいちばんはじめに挙げたのは、志願者の性格、とりわけ沈着さと辛抱強さを重要視するとのことだった」

「本書にもあるとおり、隊員は国境警備隊や警察で数年の勤務経験がある者の中から選抜される」

「したがって、ある一定レベルの体力的、技術的な能力や適性はすでに備えているはずだ」

「ウェグナー氏の挙げた性格上の要件は訓練で獲得されるというより、持って生まれた資質や長い成長過程をとおして涵養されるものであろう」

ーー

「さらにウェグナー氏は、選考の際に同レベルの志願者2人のうち、どちらかを選ぶとき、1人が独身者で、もう1人が既婚者だとしたら、後者を採用すると付け加えた」

「家庭を持つ者のほうが、判断や行動において、冷静でしかも慎重な場合が多いからだとその理由を説明してくれた」

「実は、このような性格こそ特殊部隊の任務に最も重要なのである」

ーー

「対テロ作戦にしろボディガード任務にしろ、実力行使が開始されると数分、長くても10分以内に敵を制圧・無力化する必要がある」

「さもなければ人質や警護対象者に危害が加えられたり、事態が思わぬ方向に悪化してしまうからだ」

「実力行使は現場の指揮官や隊員が勝手に判断、実行できるものではない」

「事態解決のためのあらゆる手段が試みられ、最終的には国家指導者や政府レベルの高度な政治判断によって実力行使の許可が出される」

「それまでの間、現場に展開した部隊は、すぐに行動開始できる態勢で警戒を解くことなく、注意深く、そして辛抱強く待ち続けなくてはならない」

「だから、ウェグナー氏は前述した隊員の資質を最重視していたのだ」

ーー

著者のリー・ネヴィル氏はオーストラリア人の軍事ジャーナリストである。

アフガニスタンとイラクで活躍し、一般部隊と特殊部隊ならびにこれら部隊が使用した武器や車両に関する数多くの書籍を執筆している。

オスプレイ社からはすでに6冊の本が出版されており、さらに数冊が刊行の予定だという。

戦闘ゲームの開発とテレビ・ドキュメンタリーの制作において数社のコンサルタントを務めている。

ーー

また翻訳を担当した床井雅美氏はデュッセルドルフ(ドイツ)と東京に事務所を持ち、軍用兵器の取材を長年つづけるその方面での専門家だ。

とくに陸戦兵器の研究では世界的権威として知られる。

主な著書に『世界の小火器』(ゴマ書房)、ピクトリアルIDシリーズ『最新ピストル図鑑』『ベレッタ・ストーリー』『最新マシンガン図鑑』(徳間文庫)、『メカブックス・現代ピストル』『メカブックス・ピストル弾薬事典』『最新軍用銃事典』(並木書房)など多数ある。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>危急対処能力とは
 ご紹介のウーリッヒ・ウェゲナーGSG9隊長の話を読んで居て、漫画家の杉浦直樹氏の「パイナップル・アーミィ」と言う作品を思い出して居ました。

 是は、ご紹介の対テロ機関の英国版SASに所属して居た,
日本人の話でしたが、身体能力は、勿論、人並み以上に優れて居ましたが、描かれて居る人物像としては、特に際立った特殊能力が有るわけでも無く、何処にでもいる平凡な人間である、と言うものでした。

 リタイアした組織から、依頼される事案に処するに、先ず、「情報の出元を探って、その情報の確度を評価する事から始める」と言う様に、用心深く、安易な思い込みや既成概念を、予め、取り去った状態にして置いて、事案の全体像を把握すると言う。 私が商船学校で習った、危急事態発生の時の心得に、通底する処があったので、この作品は、とても面白く読めましたね。

 危急事案に対処するに、「なぜ起こったのか? 現状は、その危険の状態は、管理されているか?」が、現場に行く前に確認し無くてならない事が一番大事だが、其れを突き止める暇が無い場合、取り敢えず、現状の把握、つまり、危険状態の進捗度合いを正確に捉えて、其れに応じた対応を採る、と言う事で、危急事案を解決する役目を背負った自分が、出来る事を事前に確認して置く事で有る。

 その危険の評価、現状の見積もりを疎かにして居ると、何も出来ない裡に、死んでしまう事に成るからです。 是は勇気があるだけでは、出来無い事ですね。

 戦うべき相手を知らずに、その状況も把握できていないのに、急を要するからダケで動いたら、端に、事態が悪化して、自分も犠牲者か救出を要する一人になるダケで有ろう。

 そう言う危険に陥らない為には、現実の危険を正確に把握する事が大切だが、特に、自分を知る事が何より大切であり、自分の知識も、その程度を弁え、知って居る事と知らない事を峻別して置く事が求められる。

 全ては自分の命が懸って居るカラであろう、すると、同じ素養を備えた人材のどちらかを選別するに、家族を持って居る方を選ぶ、蓋然性になる。

 無暗に死を懼れていては、何も出来ないが、無駄に死ぬ事は、其れを救おうとする同僚の命も、自分と同程度、或いは、もっと悪化した状況の危険にさらす事に成るからだ。

 私は商船学校に受かった時に、逡巡が有りました。 其れは、テストではイージー・ミスが多くて、とても、受かっていないだろうと思って居たのに、合格通知が来て、最初は嬉しかったけれど、後で「高専自体、受かるより、無事に出る方が難しい学校だ」と聞かされて、「一体、どんな学校だろう」と、普通の高校しかイメージ出来て居なかった私は、次第に不安に駆られたのです。

 その不安は入学、入寮して、直ぐに現実になりました。 「世の中の常識より、30年以上遅れて居る」と感じる様な、寮内は、縦割りの厳しい格差社会で、「1年奴隷、2年人間、3年神様、4年、5年は、雲の上」と言う有り様で、そう言う校風に失望したのは、私だけでは無かった様で、5月の連休までに、3,4人、更に夏休みの帰って来なかったモノを合わせると、10人近くが、学校を辞めて居ましたね。

 その原因として、寮内では、「説教」と言う名もリンチが、毎晩何処かの部屋で行われていて、中には、リンチを懼れて、脱走して、山中に隠れて、朝一番のフェリーに乗って故郷に逃げ帰ったと言うものも居ましたね。 

 その後も退学者が続き、特に、高卒資格「=大学受験資格」がもらえる3年生終了時には、一遍に4~5人、然も成績上位のものが辞めて行きましたね。

 私は、些細な事で、或る教官と険悪な状況に成って終い、彼の強化である電子工学で、2度の留年を余儀なくされました。

 2度目に留年した時は、流石に辞める心算で、テストの点数を訊きに、行きましたが、「お前は、平常点が零点だ、俺に逆らえば、この学校は卒業できないんだ」とか、教育者の資格を疑う様な科白を吐かれて、「せめて、一太刀」と思いましたが、その瞬間に2人の教官が入って来て、私を羽交い絞めにして「暴力はイケない」ってww 「暴力揮ってンオはアンタだロ」って言い返しましたがね。

 まぁ、そんなこんなで、学校を卒業はしたんですが、今度は就職難で、高専5校に、大学2校で、毎年、千人を超す船乗り候補生を輩出するのに、海運界からの求人は、全国でたった5人、つまり最低でも5/1000人の中に入っていなくてはイケないww

 バカバカしくなってやっぱり学校に入る前の不安は、本当だったな、と、改めて思いましたが、不思議に後悔はし、て居ませんでした。 

 其れは、学校の座学で習った事よりも、危険を伴う現場で心構えや身の処し方を、実体験で味わえて、クソ度胸とでも言うよな、開き直りが出来て居たので、自分の体一つあれば、少々の荒事でも熟して見せる、と言う自信が着いて居ました。

 で、入った会社が、沖修理の会社でしたが、私は航海科の出身唖の出、機関居着いては素人同然、全部一から勉強でした、「一体何尾為に学校で苦労して勉強したのか分らんな」と思って居ましたが、苦手だと思って居た機械や電気は、航海科でやった実学とは違い、アカデミックな要素が多く、固より、学者志望だった私は、「はいる学科を間違えた」事に、その時、やっと気が着きましたwww

でも、危急時の対処法の留意点など、学び、現場に置かれた経験を持っていたので、「その後経験した、20m位の高さにある、損傷したブーム・レストやチョック、運転室の屋根についている、クレーンのワイヤーの滑車列の状況点検、深さ20mのホールド「=船倉」下のポンプスペースでの修理作業・・等々、何れも、高所作業、酸欠の心配がある仕事です。

 安全に作業を行う上での要点を作業者全員に周知させる等、現状を正確に把握して、危険を予知する事で、自分自身も恐怖心をコントロール出来たのは、やはり、航海科での経験が為になっていると考えるべきでしょう。

 仕事は、スリルとサスペンスに富んだ、半端、趣味の様な仕事だったので、嫁を貰うのが遅れて終い、母親には嫁さんを紹介した3か月後に死なれ、当然、孫の顔も見せてやれませんでした、結局子供は出来ませんでしたがね。

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