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2019年4月14日 (日)

日本統治時代の建物を見ると、古き良き時代への郷愁が掻き立てられる

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

片倉佳史『台北歴史建築探訪 日本が残した建築遺産を歩く』(ウェッジ)

日本人観光客の増加につれ本屋には台北のガイドブックが山のようにある。

しかし、日本統治時代の建物を提示し解説する本は少ない。

そこで、日本統治時代の建物ほとんどすべてを網羅した旅行案内書が企画された。

そんな画期的な企画によって誕生したのが本書である。

ーー

日本統治時代の建物を見ると、古き良き時代への郷愁が掻き立てられる。

そこに息づく先人の思いやりを感じて、文化伝統の正統なる継承が台湾においてもおこなわれていたことを私たちは知る。

ーー

それにしても、よくまぁこれだけの建物を探し当て、古老からその建物についての話を聞き出し、数多く撮影した写真の中から最もその話に合うものを選びだして掲載している。

その時間の掛かる過程を想像しただけでも、その労力と熱意に感嘆してしまう。

いやはやお疲れ様です。

ーー

台湾を半世紀統治した日本は、清国からは化外の地とされ、放置されていた台湾人に教育を施し、治安を刷新し、行政機構を徹底化した。

日本は敗戦で全ての資産を残して引き揚げたが、その後侵入してきた蒋介石軍は、日本が建てた建物を残らず接収し、自らの政府組織、軍の施設などに利用した。

総督府は、そのまま総統府となった。

ーー

掲載された写真をつぶさに眺めながら、評者(宮崎)も訪れた場所が数ケ所あることを思い出した。

総統府の内部には二回ほど入っている。

しかしドアの取っ手に「菊の御紋章」が残っていることには気がつかなかった。

ーー

中華民国となって戦前の台湾総督官邸は「台北賓館」となった(p20)。

ここは副大統領時代のニクソンが宿泊した。

評者は、2000年に連戦(当時国民党から総統選挙にでていた)が、茶会を開き、内部の庭に世界中から取材に来ていたジャーナリストが招かれた。

その席で質問を発したことをふと思い出した。

ーー

日本統治時代の台北市役所は、中華民国政府行政院となった。

日本で言う首相官邸である。

やはり内部に数回、なにしろここは外国人報道記者に応接する新聞局があった。

ーー

梅屋敷という立派な料亭があった。

典型的な日本庭園が自慢だったが、これは国父史跡記念館となって、躑躅(つつじ)の名園になっている。

そこには日本家屋がそのまま残る。

いまは無料開放されている。

三年ほど前に、散歩途中で見つけるまで、存在も知らなかった。

国父の命名は孫文が一度立ち寄っただけのことでしかない。

ーー

本書はカラー写真およそ700葉、現場を訪ねて撮影したポイントが二百ケ所に及び、総ページ364,これは図鑑のような永久保存版でもあり、てっきり3500円はすると思って手に取ると、わずか1800円。

よほど初版が多いのだろうと思った。
          ☆
たまたまここまで書いたときに、台湾の声のメルマガが届いた。

下記の案内があったので、併記しておきたい。
           記
「片倉佳史さん『台北・歴史建築探訪』刊行記念講演」
日 時 : 2019年4月7日(日)16時〜
会 場 : 新橋ビジネスフォーラム
        東京都港区新橋1-18-21第一日比谷ビル8階
        都営三田線内幸町A2出口からすぐ。
        JR新橋駅・東京メトロ新橋駅から徒歩4分
        ※2階にレストラン「フォルクス」が入っているビルです。
参加費 : 2,000円
定 員 : 100名
(なお同会場で18時半頃より懇親会を予定しています(+2,000円程度)。懇親会の参加を希望される方は、申込画面のメッセージ欄に「懇親会参加希望」とお書きください。
主 催 : 台湾漫遊倶楽部
申 込 : 必要です、下記へ
https://kokucheese.com/event/index/561007/

<片倉さんからのメッセージ>『台北・歴史建築探訪』はおかげ様で反響は大きく、私自身とても嬉しく思っています。

今回の講演では台北市内に残る歴史建築について、日本統治時代の都市計画や建築家たちの素顔、街歩きのポイントなど書には書けなかった取材秘話などとともに、皆さんと台湾の魅力を分かち合いたいと思います。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>台湾の歴史の悲劇
 台湾は、ご紹介の通りシナに征服され統治を受けたのは、戦後に成って蒋介石が米軍の力を背景に侵略して来てからの70年間にしか過ぎません。 棲んで居る人間や話す言葉が侵略者シナになって居るダケの事で、台湾は古より台湾です。

 とはいえ、日本の統治が台湾を近代化し、文明の風を吹き込んで居なかったら未だに、「化外の地」であったろう事は、確実である。 そして、台湾人もそれを認識している。 

 だから、現在のシナが主張している「1つの中国」は勿論、唯の侵略意図の強要でしか無いし、「2つの中国」も、単なる国民党の主張に過ぎない。 台湾の主張は「台湾は独立国で有る」と言う事だろう。

 ちゃんとした歴史を辿って看れば、台湾の主張が正しい事が分る、台湾は、独立国で有るべきだし、住民の意思さえ統合出来れば、日本領土に復帰するべき選択肢もあると思って居る。

 然し、此処へ来て、米支戦争が勃発して、米国は極東防衛の要石として、嘗てのフィリピンに有ったスービック海軍基地とクラーク空軍基地を併せたモノと同等、或いは、それを上回る規模の大軍事基地を台湾に、建設する計画を仄めかしている。

 台湾は、共産シナが、4つの軍事基地を埋め立てに拠って創りだして、した「マーレ・ノストラ(内海化)」した南シナ海に蓋をする様な場所に位置して居るカラ、此処に軍事基地を作るとなれば、共産シナの侵略に脅威を感じて居る、南シナ海沿岸国、フィリイン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、タイのASEAN主要国は、百万の味方を得たような気持になるだろう。

 逆にシナは、海南島の海中に在ると言われている潜水艦の基地が、バシー海峡を通過で機内が故に、陳腐化する惧れがでいぇ黒ばかりでは無く、4つの軍事基地も、リゾート地と手の転用、開発を沿岸国とのタイアップで図る事を、真剣に考えなくてはイケなくなるだろう。

 シナの南シナ海を支配下に置いて、此処を通行する船舶の安全を建てにして、政治経済を優位に運ぼうとする目論見が完全に崩れる。 ASEAN各国は、寧ろ南シナ海を政治・軍事の海では無く、経済交流とリゾートの海として。更なる投資を進めて行くだろう。

 然し、この米軍の進駐や南シナ海の状況変化が、台湾の内外政・経済に与える影響は、計り知れないものが有る、先ず南シナ海に進出する企業は台湾系が主になる可能性が有る、未だ資本力に懸けては、発展途上段階に在るASEAN諸国に一歩も二歩も先んじて居るカラだし、米国の投資家との連携も取り易いからだ。

 まぁ、埋め立てた4つの環礁の領有権の争いが予想されるが、それも、米支戦争の結果に左右されるだろう。 熱戦があれば、劉健は、沿岸国のモノに成るだろうが、揉めるのなら米国が統治する事にもなりかねない。

 何れにしても台湾は、シナ人の政治に占める割合が大きいので、政治よりも経済が祖の行方を握って居ると云えよう。 是は、シナ流の悪しき習慣である。 その根底にはシナの宗族主義が顕在しているのが明白だからである。

 国家は、政治単位で言えば、家族、地域、地方(道州)の上位にあるものであり、その多くは民族国家を形成している、然し、シナはその広大な土地から古から多民族国家で有り続けて来た、故に、一つの国に纏める為には、「漢民族の国」と言う、明らかな嘘を標榜する必要に駆られている。 

 4千年の歴史だの、97.5%の漢民族だの歴史を知って居るものには嗤い話にもならない。 それ処か、シナが危険な全体主義対国で有る証明の様なモノである。

 世界もこの事実には、とっくに気付いて居る。 然し、13億人の貧民の集団は恐ろしい、それが故に、人権無視の共産シナを放置して来たのである。

 こう言う実態の、共産シナの軛を脱そう、と言う台湾の蔡総統の気持ちは痛いほど伝わって来る、然し、台湾社会の中に居るシナ人は、已然として、宗族社会のシナ人なのである。 

 つまり、国家の政治如何よりも、宗族の利益が優先するのである。 この2月の統一地方選で、蔡総統の民進党は、Wスコアで大敗している、勝ったのは国民党である。 すると、次の総統選で、蔡総統が再選される可能性は低いであろう。

 今のままでは、米支戦争の結果に、逆行する事に成るが、台湾人派それでも構わないのだろうか? シナに接近する事は、国を亡くす事と同義である事を、多くの台湾人はb知って居る筈であるが、其れでも宗族優先を続けるのだろうか、そういう国家軽視が、何れ、大きな悲劇を呼び込む事に成りはしないか、と私は心配である。

 まぁ、山は米支戦争の結果だから、今年の7~8月から年末にかけてが、台湾にとっても焦眉の的になろう。 勿論孫豈急に巨大な軍事基地は作れないから、相変わらず、遥々横須賀から、或いは佐世保や沖縄からの日米の戦力の庇護下に置かれるだろう、詰まる所、米国が日本から軍事力を取り上げた事が抑々間違いで有ったと言う事で有る。

 ではいかなる形で日米の軍事力が均衡するのが良いのか、カギを握って居るのが、今や世界の要衝に位置する、台湾である事は、自明の理で有ろう。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

日清戦争の勝利によって清国から割譲された台湾ですが、この台湾、清国の領土になったのは割譲される僅か10年前でした。
それまでも、清国から見ても化外の地であり、実質的に清国の領土では無かったと思います(この点は、尖閣諸島と同じ扱いであったはずです。)。
ですから、清国は台湾を日本に割譲しても、何等痛みを伴わなかったと思います。

明国の鄭成功は、1661年に台湾に清国への抵抗拠点を確保しましたが、彼の病没後に息子(鄭経)が清国に降伏したため、台湾統治は終わっています。
それ以降、清国は台湾を統治せず、台湾は原住民の元にありましたが、実質的には化外の地でした。

>台湾を半世紀統治した日本は、清国からは化外の地とされ、放置されていた台湾人に教育を施し、治安を刷新し、行政機構を徹底化した。

台湾を植民地とした日本は、数多くの犠牲を払って、台湾を統治することに成功しました。
その結果、台湾の人々は文明化されましたから、終戦時には支那の住民よりも文化的な生活を送っていたと思います。
そして、その間に日本は台湾の統治に必要な施設だけでなく、住民の生活の向上のためにも様々な設備を建設しました。
その結果、台湾の人々は日本の統治の目的を理解し、日本を信じたと考えます。
だから、現在残っている建築物が丁寧に建設されて、良好な状態で残っているのだと思います。

縦椅子様

 ≪日本統治時代の建物を見ると、古き良き時代への郷愁が掻き立てられる≫--人は心の中に、郷愁を呼ぶ原風景をもっている。
 パリのシテ島に聳えているノートルダム寺院が15日、大火災に遭い、その映像が飛び込んできた。人々は自然に集まり、アヴェ。マリアをうたっている歌声流されている。尖塔が崩壊する瞬間、人々の悲痛な思いを感じた。1000年間も人々の支えとなっていた原風景が、大変なことになっている。お気の毒としか言いようがない。
 昔、ノートルダム寺院の薄暗い内部に座っていると、身も心も癒される思いをしたことがある。
 どうか被害が最小限度で済みますようにいのっております。
 火事のお見舞いを心から申し上げます       合掌
 

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