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2019年3月15日 (金)

日本人はおそらくイスラム教徒(ムスリム)を誤解している

日本人は欧米人は理解しにくいと考えてきた。

そして支那・朝鮮人は、同じ儒教文化圏に居て、お互い理解しあえると考えてきた。

ところが、ネット環境の出現で支那・朝鮮人の持つ文化が、日本人の文化とは大きく違っていることがわかってきた。

そして日本人の持つ文化はむしろ欧米人に近いことがわかった。

ーー

支那・朝鮮人の考える儒教と日本人が考える儒教に大きな違いがあったのだ。

さらに支那・朝鮮人は儒教が教える五徳とは無縁の人たちだった。

ーー

日本人は、イスラム教徒(ムスリム)については、燃料が石炭から大きく石油に替わるまで無縁だった。

それゆえ支那・朝鮮人に対する以上に大きな誤解をしている可能性がある。

以下を読めばその理由がわかる。

ーー以下「兵頭二十八ブログ」より抜粋編集

ストラテジーペイジの2019-1-6記事。

「GCC諸国はイスラエルのテロ封殺ノウハウを学びたがっている」

中東は例外なく部族混合国家。

そしてほとんどの国家で、マイノリティが社会を牛耳っている。

ヨルダンではベドウィンが。
シリアではアラウィ派が。
イラクではスンニ派が。
サウジではNejdisが。

そうなると「能力主義」は不可能である。

ーー

能力よりも忠誠が、出世のカギになる国家・社会ができる。

ーー

アラブ人はコーランを機械的に丸暗記する。

西洋人がその字句の意味について辞書で調べようとすると、馬鹿にして見下す。

コーランの翻訳じたいを喜ばない。

ーー

西欧諸国は、教科書をどんどんよりよいものに書き換えていく。

アラブは、けっしてそうしようとはしない。

ーー

アラブにはミドルマネジメントがない。

軍隊でいう下士官層が機能していない。

支配者とモブの2階層しかない。

誰もそのなかだちをしない。  

支配層は責任を取らない。

致命的な労災のような大事故が発生しても、誰もモブの犠牲などに気をかけない。

ーー

アラブの支配者は、部下(機関)の相互連絡・連携を嫌う。

部下が結託して政府を転覆するのではないかと疑うからだ。

アラブのリーダーは、他のリーダーが、約束した通りのタイミングで正確に仕事(作戦)をするだろうなどとは思っていない。

他人をまるで信用していない。

ーー

アラブのリーダーは、部下や同盟者(他国のリーダー)に嘘をついてもゆるされると思っている。

そしてそれを責められると「彼らは誤解している」と言い直るのが常である。

ーー

西欧人は、知識やスキルを他に分け与える教育に燃える。

しかしアラブ人は知り得たことは一人で独占しようとする。

というのは、他に誰も知らないことを知っていることが、アラブでは、人の値打ちだからだ。

誰に何を教えたかではなく。

ーー

米国のアドバイザーたちは学んだ。

アラブ人に技術を教えることはできる。

しかし「リーダーシップ」(指揮官/上司としての振る舞い)を教えることは不可能であると。

ーー

個人のイニシアチブ発揮も、アラブ人にはなじまない。

自分で何か考えて賭けに討って出るよりも、集団全体で確実に失敗する道の方がよほど安全だと考えられている。

アラブの上官は、部下のこまかいところまで監視し統制しようとする。

部下を統制できていることが、戦争に勝つことよりも大事なのだ。

ーー

アラブ人の指揮官は、米軍のアドバイザーに、なぜ自分が「決心」をしないのかは説明しない。

それで米軍のアドバイザーは怒る。

欧米の軍事学校に留学したアラブ人将校でも、けっきょく、同じである。

彼らが中堅指揮官や下級指揮官としてのイニシアチブを発揮することはない。

それは伝統文化に反するからだ。

ーー

中間指揮官にイニシアチブがないと、最先端の兵器・機材を現地で適切にメンテナンスし、修理するということも不可能である。

アラブ人将校は、すべてのメンテナンスを中央補給処がやってくれることを期待する。

自分の責任を免れるために。

ーー

したがってアラブ軍の装備稼働率は、低い。

ーー

中東地域で事業を展開する、非アラブのモスレム経営者たちも、この問題に直面している。

アラブ世界では、軍や公務の話は全部厳秘である。

ーー

西側軍隊では、将校の昇任は定期的に公示される。

官公署の人事異動も然り。

だがアラブでは、決してそのような情報はオープンにされない。

ーー

このため、外国軍や外国企業と協働してきたカウンターパートが、突如、何の予告もなく、転属・転勤していなくなってしまう。

築かれてきたネットワークはそこで断絶する。

チームスピリットは育ちようがない。

ーー

西欧社会は、新約聖書中に政教分離に都合のよい句が記されていたおかげで、政教分離できた。

しかしイスラム教では政教分離は不可能である。

まず「イスラム」とは「服従」を意味した。

そしてイスラム聖典は、人々の生活の細部についてだけでなく、政府の形態に関しても規定しているのだ。

ーー

ここから最初に抜け出そうとしたのは1920年代のトルコだった。

ついで1950年代のマレーシアが、英国システムを導入して経済的に成功した。

今日マレーシアにはイスラム過激主義に対して拒否的な精神風土があることは特筆される。

ーー

トルコは1928の法律によってアラビア文字からローマ字に国語表記を切り換えたのだが、最近トルコ内には、この法律を廃止しようという運動もある。

大衆は支持していないが。

ーー

※ストラテジーペイジの記事がほぼ無署名であるのには理由があるだろう。

このようなエッセイは、欧米の大手新聞ならば載せてはもらえない。

たちまち「レイシズム」のレッテルを貼られてしまうからだ。

しかし、イスラエル系の記者がアラブ世界について書くことが概ね本当の事実であったら?

日本がイスラエル発のこうした地道な英文宣伝活動に学ぶことは多いはずだ。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>ムスリム圏の常識
 ブログ主様のダイジェストを読んでみて、思ったのは「儒教圏には、正義が存在しないが、ムスリム圏には、信用が存在していないのだ」と言う事ですね。 然も、ご紹介の話なら、軍隊すらマトモに動かせないでしょう。

 是では戦争は未だに、中世の騎馬戦の域を脱して居ないとしか思えませんね。 是では軍隊を幾ら近代化しても意味が無いので、或る意味、平和を保つ為には、良いのかもしれません。勿論、皮肉な意味で、ですが。 其処に、最新鋭のバカ高い戦闘機を始めとする武器を売って居る米国って、底なしの悪ですね。 然も、核兵器は絶対に売りませんからね。

 「信なき社会」と言うよりも、階層社会でも、中間層が居ないので、相互不信が常在していると言うだけの事なんでしょうね。 是は全く知りませんでした。

 砂漠の1神教と呼ばれる、ユダヤ・キリスト・ムスリムで、世界の役半分以上を占めているのですから、勿論、無視出来るわけが無いのですが、何れも、その未開さには脱力を禁じ得ませんね。 そして、宗教()と言う分類も、実はこのYHWHを絶対唯一心とする3宗教だけだと思いますね。

 日本の神道は勿論、仏教やヒンドゥー教、ジャイナ教と言った、インド発の信仰者を持つモノが崇敬する神と、彼らの言う神とは、全く意味が違って居て、YHWHは、丸で、異星人の様な、少なくとも同じ地球上の生物とは思えない支配者の如きモノで、第一、顕かな死生観が存在しない、と言うのは、大きな違いですね。「人は死んだらドゥなるのか」と言う人間の基本的な疑問に全く答えて居ない。

 なのに、40億人モノ人々が、平伏して居るのは。何故なんだろうと言うのは、私の長年の疑問ですね。 特にムスリムについては知見が薄いので、判りませんでしたが、結果、知った事が「不信社会しか齎さない」では、是だけ通信機器が発達して、誰でも、他の世界の事を知る事が出来る様になっているのですから、少なくとも100年以内に、ムスリム社会は大きく変容するでしょう。

 一番早いのは、女性の解放ではないだろうかと思います。 オリンピックで、ムスリム圏の女性が、活躍し始めると、世界は、亦、新たな多様性を得て、人類の進化の行く手が、開けると、期待して居ます。

 まぁ、現状のイスラム社会と言うのは、実は欧米が創ったでっち上げ社会の可能性が高いので、上層階級はその秘密を護る為に、中間層の存在を許さず、上層と底辺層だけの断絶した社会に成って居るのでしょう。

 然し、抑々宗教と言うのは、社会を纏めて自分に利する為の道具ではありません。 経験則から、基本的に、民衆や部下を信じて居ないのでは、近代に云う、国民国家など達成は、むりでしょうね、そして、石油が主たるエネルギー源では無くなった時に、彼らの支配も終わる、唯それだけの事でしょう。 

 ムスリムが、世に出て約千年経ちますが、信者は増えたかもしれないが、「何故ムスリムなのか?」と言う問いに、明確な答えを出したものはいないと私は思って居ます。 是はキリスト教もユダヤ教も同じ事です、彼らは、一体人類の未来をどのように描いて居るのでしょうかね。

 社会改革と言う意味では、ムスリム支配の凡そ2000年近い伝統を持って居た、オスマン・トルコや、戦後、マハティール率いるマレーシアが、近代化の必要に目覚めて、国内改革に着手したのは、良いですが、両者とも、その後の経過が宜しくない。

 マレーシアでは、90歳を超えたマハティールが再登場して、腐敗し切った現状を打破・改革しようとしている有り様ですし、トルコのエルドアンは、自身の独裁体制を固めつつありますが、完全に、利権主義者なので、トルコに取ってが居にしかならない人物の様に思えます。

 どちらも、世界有数の親日国なので、日本に出来る事が有れば、お金だけでなく、協力したいと思いますね。 そうして、日本人が、自ら「労働信仰」や「和の精神」、そして「我らは神の子であり等しく神聖である」と言うジャポニズムを実践する事で、彼らが少しづつ変わってくれれば、やがて世界中が、自然=神の認識を持ってくれるでしょう。

 目先の金儲けの為に、環境を悪化させる様な事を止め、相互扶助の精神を拡張し、貧しさの為に失われる幼い命が一人でもなくなる様に、人類は宗教の別や偏見を超えて、「金儲けの為に、人を殺すのを何とも思ってない」連中を地球から一掃出来る日が近からん事を天に、祈ります。

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