無料ブログはココログ

« 戦後75年を考えるにあたり、支那・朝鮮人らが日本国の乗っ取りを企てている今こそ日本共産党に注目すべきだと思う | トップページ | 中国総破綻の予兆? »

2019年3月 8日 (金)

国がなければ人権などと言っていられなくなる

ーー以下「ttensanブログ」より抜粋編集

まずはBBCニュースから。

【IS参加の19歳女性、バングラデシュも市民権ないと 英は市民権はく奪】

バングラデシュ外務省は20日、イギリスからシリアへ渡航しイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に参加したシャミマ・ベガムさん(19)について、

バングラデシュの市民権はなく、入国を認めることは「絶対にあり得ない」と発表した。(2019/2/21 BBC)

ーーここまで抜粋引用

彼女シャミマ・ベガムさんはイスイスISIS山賊団ことダーイシュに参加した。

ところが旗色が悪くなったので英国に戻ると言い出した。

それでイギリス政府は英国籍を剥奪、バングラディシュも市民権を剥奪したと表明した。

ーー

物事には優先順位というものがある。

日本国がなければ、現在日本人が享受している、法による支配もなくなる。

もし法による支配を望むのなら、国を守る事の方を、人権より優先するべきなのだ。

国がなくなれば人権などと言っていられなくなるからだ。

ーー

まず彼女が、ダーイシュの工作員でない保証はない。

実際、欧州では移民の中に工作員がいて、テロを起している。

ダーイシュに参加した連中は、そもそもが「俺達の思い通りにできる国が作れるぜ!」 という考えをもっていたはず。

それが旗色が悪くなったので戻りたいという。

ーー

「自分かってをしたい」ために国を捨てた人物が、都合が悪くなったら「私は元々XX国民なのだから受け入れろ」という。

しかし誰が考えても、世界中のどこであろうと、こんな都合の良い話が受け入れられることはない。

ーー

2014年にシリアに渡った米国女性が、帰国受け入れを米国側に求めた。

ポンペオ国務長官は、この女性に対し、「いかなる法的根拠も有効な米国旅券もない」 とこれを拒否した。

トランプ大統領は、社会ネットSNSで、国務長官に彼女の帰国を認めないように指示したと表明した。

ーー

米国でも英国でもバングラディシュでも国を守る事のほうが、人権より上位にあることが分かる。

ーー

日本はどうなのか?

占領軍は、占領政策「護憲、東京裁判史観、侮日」を日本人に強制するために、在日・反日勢力を使った。

在日・反日勢力は、占領政策に協力することで敗戦利得を得て、戦後社会の政財界、教育界、言論・メディア、法曹界の支配者となった。

在日・反日勢力は、日本人を奴隷化するための手法として、日本人に対して「人権があらゆるものに優先する」という印象操作を行った。

ーー

その結果馬鹿総理大臣まで現れた。

彼は、人権、つまり人命優先などと言って国際テロ組織に活動資金(日本人の税金)を提供したのだ。

諸外国は、日本人の不見識を大いに笑いものにしていたのだが、日本の言論・メディアはその事実を一切報じなかった。

ーー

今も、在日・反日勢力の代理人である反日野党の議員は、敗戦利得を維持する為に人権を守れと絶叫している。

また在日・反日勢力が支配する言論・メディアも「人権を守れ」と絶叫している。

それは、その言葉で、バカ総理大臣やバカ国民を作り上げ、自分たちが戦後獲得した敗戦利得を維持する為なのだ。

しかし国が消滅すれば、その人権を守る仕組みもまた消滅する。

人権など国の存在なくしてはなんの意味もないのだ。

ーー

沖縄人もアイヌ人も日本人として長い間生活してきた。

しかも、遺跡から明らかになったことは、北海道の先住民はアイヌではなく和人だった。

在日・反日勢力は、そこに先住民という話をでっちあげて、日本人の分断画策をしてきた。

もちろんこの背後にいるのは、支那・朝鮮人らだ。

ーー

支那・朝鮮人らは、これまでの歴史で国民国というものを持ったことがなく、人民を奴隷としてきた人たちなのだ。

ーー

ヘイトスピーチ規制というのは、日本人に対するいかなる侮辱も合法であるとするものだ。

その一方で、「ウリたちは差別されたニダ!」と言えば対象者を処罰できてしまう。

「ヘイトスピーチニダ!」と言えば真実を語る日本人を黙らせることができる。

ーー

こんな法律は、日本人にとっては不要かつ有害である。

ーー

そんな規制を決めた橋下徹は、弁護士として、サラ金という在日産業の代理人として成り上がってきた。

彼の地盤は解同や在日だった。

彼は在日の特権を守る為の道具としてヘイトスピーチ規制をゴリ押しした。

ーー

これは結局、彼が在日・反日勢力の一味である事の証(あかし)とも言える。

ーー

「国を守ること」を人権が上回るなどあってはならないのだ。

しかし在日・反日勢力は、今も言論・メディアを支配している。

そして日本人に、「人権を守れ」と絶叫し、日本人を奴隷化することで、彼らの地位を維持しようとしている。

やがて、近いうちに日本人の多くがこうした事実を知り、国を守ることに目覚めるはずだ。

« 戦後75年を考えるにあたり、支那・朝鮮人らが日本国の乗っ取りを企てている今こそ日本共産党に注目すべきだと思う | トップページ | 中国総破綻の予兆? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>国家と人権の正しい認識
 「人名は地球より重い」とか言った、アホ総理は、嘗て東大の法科を記録的な成績で卒業した人で、当時の総理府から秘書官として仕えた、私の従兄は「数字に、物凄く強い人だ」と言って居ました。 秀才の誉れ高かった従兄が言うのですから、相当なものだと思って居ましたね。

 彼は 首相を退任後は「昭和の黄門様」を気取って居ましたが、余り、マスコミには相手にされなかったのを覚えて居ますね。 この人も、鳩山由紀夫と同じ類の、馬鹿だったんでしょね。

 私は思うに、固より「人権は天賦の権利である」なんて全く思って居ませんし、人間は、国や法律に拠ってこそ守られている存在だと思って居ます。 ダカラこそ、プラトンは、「悪法も法である」と言って、法の重要性を皆に知らしめたのでしょう。

 固より、国の保護や法律の援護が無ければ、個人の権利など風前の灯火に等しい存在だと思います。 特に、国の保護が及び難い海外に於いては、本人に何の落ち度が無くても簡単にテロの犠牲になって終う。 数年間にも南アジアで十数人の日本人我犠牲になりましたね。

 TVのニュースを看て居ると、現代人は、そう言う法律に対する考え方も、麻痺して居て、例えば、交通法規一つとっても、平気で信号無視をするとか、危ない事が分っていな乍、雑踏を自転車で猛スピードを出して、すり抜けようとする。 

 時にはスマホ片手に、耳にイヤホンを突っ込んでやる馬鹿者が多いし、もっと、酷いのは、自分の虫の居所が悪いと、自分を追い越したものを追いかけて、威嚇する「煽り運転」を始める、精神障碍を疑われるモノも居るが、全て、自分自身に対する甘さが原因だろうが、事故が起きた場合の結果は、重大である。

 特に「あおり運転」等は、今迄、法制化が必要無かった位、無かった事であるが、最近頻発している様に感じるのは「あおり運転の事実を証明できる」車載カメラと言う新たなアイテムの登場の所為もあろうが、明らかに日本人の劣化が有ると思う。

 然し、原則、法は確かに自分を縛る一面は有るが、それ以上に、自分を守って居る面が大きいと言う事を、自覚しなくては、一人前の大人とは言えまい。

 然し、あおり運転をやって、事故を誘発している人間の多くは、40~50代であるのは、眞に情けない、彼らには家族も仕事も有るだろうに、一時の激情だけで、それらを全部失っても悔いはないのか、全く理解し難い、是も、馬鹿の一種だと言う他は無い。

 そう言った激情にかられて行動をする人間は、昔から、よく「後先を考えない行動はするな」と、云われて来たのではない、だろうか? そう言う説教や助言は、他人がその人の事を案じて、注意してくれたことで有る。 

 人間同士の補い合いがあってこその社会なので、云い方だとか言われたタイミング等、冷静になって余計な部分を、取り除いて考えて看れば、相手は、自分の為を思って居る場合が多い事に気が着く、こうした人間同士のふれあいに拠って、気付きを深め、魂の向上に資するべきでしょう。

 頭が良いカラ、良い大学や会社に所属して居るカラ、人間の価値が高いのではありません。 人間は、集団に成らねば無力なのです、ダカラ、集団の力をちゃんと発揮出来る様に、集団の一員として秩序と法律はしっかり守らねばならない、そう言う事を皆に知らしめ、自分も自ら学んでゆく、是が日本社会、文明の伝統の社会の在り方です。

 この集団を「公」と読んで居ますが、公は、公私の別と言う様に、公とは自分を含む皆の事であり、私とは、個人的な権利や国から所有を許された所有物の総称を言います。 然し、基本に成って居るのは、国なので、国が無くなるとか、国籍を無くして、国民としての権利を喪失した場合、自分の人権を守ってくれる国も法も有りません。

 つまり、「人権は天賦のモノ」というのは、思い込みに過ぎません、もっと、云えば妄想です。 人は、大海の波の様な現象です。 常に顕在している加と思うが、時々刻々と変化して表層のに、現れた波も、直ぐに下層に潜り込み、亦、何時か、表層に現れる、この繰り返しでしかありません。

 固より、他の生き物と同じで、生まれて食物連鎖の上位に有るものの生きる糧に成って死ぬ、其れまでに、自分の種を遺す事に、生涯を懸ける、そう言う命の使い方が、生き物の基本である事は、論を俟ちません。

 神様「=自然」より、現状を大きく変える智慧を授かった人類には、キット、他の生き物とは違った命の遣い方が出来る筈である。 と言う事を考えるのが、宗教で無くてはなりません、ダカラ、日本の神道は、人の気付きで出来上がって居るのだと思います。 人間の気付きが、基に成って居るカラ、西洋の様な、戒律は持たないし、説教がましい事は云わないのです。

 そうした、日本列島に棲んで来た我々の先人が、気付きで築き上げた文明が日本文明ですし、神様は、人類の今以上の「気付き」を待って居る、と言えましょう。

縦椅子様

今日も素晴らしいブログ有難うございます。 
 橋本徹氏は「大阪をぶっつぶす」という都構想なる公約を掲げ、大阪府知事・大阪市長を歴任し、維新の会なる議員を縦横に使い、大阪をぶっ壊すことに専念した。それはならじと大阪を真に愛する人たちは何年か前の5月10日・「都構想の是非を住民投票」で戦い、僅差で都構想を否決したという経緯がある。
それにもかかわらず後を引き継いだ松井知事と吉村市長は今度の選挙で、知事と市長を入れ替わるいわゆるW選挙で「都構想の是非」を問う構えらしいが、大阪府民や大阪市民の大阪を愛する気持ちを顧みず、よほどうまい汁があるのか、自分たちの立場を固執している。
彼らは何をやったのか!去年大阪は地震や、台風に見舞われ多くの人が被災し、まだブルーシートの屋根が点在している。彼らには「都構想」ばかりで、大阪府民や市民の痛みに涙する心は見られない。
戦後焼け野原になった大阪は、在日・半日勢力に土地を奪われ、疲弊してしまっている。1920年戦争は終わったが、真の独立を得るまで占領されてしまっていたのだ。その間大阪は好き放題され、今もされている 彼らの好き勝手を許してはならない
「大阪をよみがえらせたいものだ」・・・と切に思う!!
I love Osaka

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

>国がなければ人権などと言っていられなくなる

これ程、当たり前のことはありません。
ですから、法律では常にその及ぼす対象を、「国民」と定めています。日本の法律では、法律が及ぼされる効力を「国民」とするのは当然であり、国民が法律を守ることで日本の国は成り立っているのです。

それが、対象を国民以外に拡大しますと、日本の国民の義務を知らない外国人が、日本の国民のために作られた法律の適用を求めてしまいますので、時に勘違いをしてしまうことになると思います。


かって、福田赳夫首相はハイジャックしたテロの要求によって、「人命は地球よりも重い」とその要求に屈し、彼等の要求によって刑務所に入っていた囚人を解放したり、資金を提供しました。
確かに、ハイジャックによって人質にされた人達の生命は助かりましたけれども、この犯人達と解放された囚人やその資金によって、その後どれだけの世界の人達が迷惑を被ったかは不明ですが、法治国家としてはとんでもないことをしたことは確かでした。それに、日本は無法者の言うことに、応じるとのイメージを与えたのです。


>支那・朝鮮人らは、これまでの歴史で国民国というものを持ったことがなく、人民を奴隷としてきた人たちなのだ。

支那・朝鮮人は徴兵された兵隊として弱く、日本の兵隊は大東亜戦争では10倍の敵を相手に戦っても負けなかった。此は、戦況が苦しくなった戦争末期でも、3倍の敵を相手にしても負けることがなかったと言われています。
此は、国民国家と言うのか、天皇陛下をいただいており、その庇護の元に戦う国であったからで、支那・朝鮮のように皇帝の独裁国家でなかったから、国のために戦うとの目的があったためと思います。

支那・朝鮮人は、独裁者のために戦うのは得にもならないし、個人を優先したから、危険が大きくなるとすぐ逃げ出して弱かったのです。
尤も、圧倒的な兵力がある場合には、危険を感じないから強くなりますし、弱いものをいたぶるのは面白くな李ますから、この時は残虐です。


>日本国がなければ、現在日本人が享受している、法による支配もなくなる。

此が分かっていれば、今の日本人はもっと賢くなるし、周りの人のことが分かると思います。お互いが気をつけ合っていたのが日本人ですから、それが分からず、我が身のことだけを考えていたら、戦後のGHQの占領政策が、サンフランシスコ平和条約の締結後も残っており、敗戦利得者の思っている状態のままです。
彼等が、日本人にはかなわないと思わせなければならないと思います。


>また在日・反日勢力が支配する言論・メディアも「人権を守れ」と絶叫している。

人権を守る前に、国を守らないと世の中成り立たないのです。
在日・反日勢力に負けてはならないし、日本は国民の人権を守るために、国を守る努力をしなければならないと思います。

大阪で選挙があるようです。
今までの市長と比べても、今の市長は遥かに優秀だと思います。
でも、私は忘れない、1月初旬にヘイトスピーチに関わる法案を提出、可決した、あなたたちを。

『国体護持は何より優る」
此の一語に尽きるでしょう。

道州制を試みた橋下、松井率いる「維新」の面々は
国民に沿った意見を持つ者も存在するかにも見せて
おりますが、信用に値しないとみるが肝心だと思います。
吉村も大概ですね。
目的を達成せんが為の芝居はお手の物でしょう。

州政府なぞというものが成立し、ほぼ治外法権的制度
を確立できれば彼らの天下となるのみ。

差別ビジネスの集合自治体が出来るだけと推察します。
そして日本人以外の集結自治区となり、顕わなディープ
ステートと為りましょうに。
その目的の為に『人権を天賦』のものという美辞にて賛
辞する方向性に持って行っているだけですね。

彼らの薄っぺらな魂を増長させてはいけません。

地球あっての生命体であるように、
国体あっての国民、人権です。国民を守ることができる
のは国家のみです。

個々の精神のレベルが総じて、低レベル化すれば当然、
環境も低レベル化、低俗化します。
ここで踏ん張りませんことには、自ら日本国体破滅を招
く事に。

国家の安全保障は何よりも優先され、国民主権を保持
するためにも国防に力を入れるのは当然。

国民主権が筆頭なのであるからして、国民に非ざる者の
人権は国民と同等に非ずでしょうに。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 戦後75年を考えるにあたり、支那・朝鮮人らが日本国の乗っ取りを企てている今こそ日本共産党に注目すべきだと思う | トップページ | 中国総破綻の予兆? »

最近のコメント

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31