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2019年3月13日 (水)

占領軍にとっては「事実」が不都合であった

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

宮脇淳子『満洲国から見た近現代史の真実』(徳間書店)

1949年に興った中華人民共和国(共産支那)は、支那人伝統のやり方で、自分たちに都合よい「満州」の歴史をでっちあげた。

それ以来、今日まで「満州の歴史」(満州人から見た満州の歴史)は語られなかった。

ーー

「満州の歴史」の事実は土中深くに埋められた。

占領軍が押しつけた東京裁判史観では「日本が侵略した」というばかりで、事実は何も語られていない。

占領軍にとっては「事実」が不都合であったからだ。

ーー

ならば、満洲で何が起きていたのか?

満州について書かれた記録を丹念に読み解き記述した。

それが本書である。

ーー

支那・朝鮮人は、これまで自分たちに都合よく「歴史」を捏造して「政治の道具」として駆使してきた。

彼らが言う「歴史」というのは事実を指すのではなく、彼らの単なる都合の良い主張「作文」に過ぎなかったのだ。

ところがその「作文」が日本人に対しては思いもかけずに、とても有効に機能した。

というのも日本では記録を捏造すること自体が稀であったからだ。

だから支那・朝鮮人らは、「歴史」を反日の道具として使ったのだ。

ーー

一方の日本人は、戦後社会の支配者である在日・反日勢力によって「護憲、東京裁判史観、侮日」いわば「過(あやま)てる認識」を強制されてきた。

そして言論・メディアを支配した在日・反日勢力は、支那・朝鮮人らが嘘を繰り返しても反論しないできた。

つまり、支那・朝鮮人らは言いたい放題できたのだった。

ーー

在日・反日勢力が支配していた言論・メディアは、連日、「支那・朝鮮人らの嘘」を事実であるかのように繰り返し報道した。

そのため、日本人はすっかり日本人が悪いと思い込んだ。

やがて反日は、支那・南北朝鮮の為政者にとって、自らの政治の愚劣さを隠蔽するための絶好の武器ともなった。

こうして支那・朝鮮人の嘘が、日本人の間に深く根付いてしまったのだった。

ーー

南京の「虐殺」は「大虐殺」となり、五万が十万、最近は当時の南京人口20万人より多い三十万となった。

ーー

ようやくネット上に、支那・朝鮮人の「歴史」というのは、日本人の事実に基づく歴史とは違って、為政者の単なる作文(でっちあげ)であると書かれるようになった。

それでは、例えば満州での事実はどうだったのか。

それを掘り起こす作業が、強く求められるようになったのだ。

ーー著者は

「日本が日露戦争に勝利して満洲に出て行き、満鉄を使って現地に投資した」

「(これは)『侵略』だったのか」

「(このことも)現代中国の政治的主張を離れて、根本的に考え直すことができる」

ーーという立場をとっている。

同時に共産支那でも革命後の歴史改竄の事実が白日の下(もと)に晒(さら)されるようになってきた。

共産党が自分たちに都合よく作り上げた「歴史」が事実によって検証されだしたのだ。

まさに時代が変わろうとしているのである。

ーー

これまでは事実を語れば、「修正主義者 revisionist(英)」と攻撃された。

ところが昨今多くの人々が、 revisionistのほうが正しいと言い出した。

ーー

たとえば「万里の長城」にしても、秦の始皇帝がつくったというのは法螺話の一種である。

宮脇さんは次にように言う。

「確かに、秦の始皇帝の時代にも万里の長城はありました」

「が、その時代のものはいまよいずっと北の、モンゴル草原のなかに崩れかけて残っています」

「これは、秦の始皇帝のほうが明よりも領土が広く、はるかに力が強かったことを意味しています」(p47)  

このように本書には、読者の目を見開くような事実が随所に埋め込まれている。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>満州の真実
 私が約3年近く名古屋の会社に勤めて居た時に、滞日10年以上のシナ人の社員が居て、仲良くさせて貰って居ました。

 彼には、シナの古典の杜甫や李白、白楽天の三代詩聖の本を紹介したりして居ましたが、私の目論見は、シナの歴史について、色々人を挙げて、シナでは、ドゥ評価されているか等を訊きたかったのですが、彼は当然理系の大学卒だったので、歴史については、端から「私は、歴史は苦手です」と言って居ましたから、モゥ一人、シナの古典好きの、此方は、工学博士業を持って居る、歳が近い日本人の話相手には、なれなかったでしょうね。

 印象的だったのは、彼が「満州と言う国は無かった」と言いだした事です。 然し、彼の出身が大連市ですし、朴訥で生真面目な感じが、私が母や祖父から聞いて持って居た、満州人のイメージだったので、「否、逆に満州は、大清帝国の故地で、日清戦争で日本の敗北する迄、漢民族に支配された歴史は無いよ」と糺すと、破顔一笑、「本当はその通りなんですが、国が、『満州族は、漢民族に吸収する、以後は皆漢民族だ』なんて云いだした、と私の親が云って居ました」、直勘は当たって居たのですねww 

 つまりは、シナが民族殲滅と言っていても、文化と言語を亡ぼされたダケで、具体的な殺戮は殆ど起って居ない様です。 

 まぁ、大清帝国を建てた、満州八旗軍の伝統を持つ満州族が、弱い者いじめしか能が無い漢民族に、むざむざと殺される様な事の方が、異常でしょう。ww

 然し、仄聞するに、満州の農地開拓が進捗して人口が爆発的に増えだして80年代迄は、5千万人程だった、人口が今や3倍の1億5千人に膨れ上がって、ロシアの国境を侵して、ロシア領内に、街迄作って居ると言う、「人口侵略」が起って居るそうです。

 そして、何より、特筆すべきは、所謂、朝鮮族と言われている民族の出自は、満州族「=女真族」の末端の一支族なのですね。

 ダカラ、日本が満州開拓に乗り出した時に、真っ先に参加したのは、朝鮮族だったわけですが、女真族内での地位が低いので、態々、日本名を名乗って、日本人のふりをして居たと言う零れ話も、祖父から訊きました。

 満州の情報について、シナが蓋をする様な態度を取って来たのは、現在のシナの東北軍「=瀋陽軍区」は、ソ連時代の国境紛争の所為もあって、ソ連軍の侵略に備えて、機械化が強化されてきて、今や、永らく最強を誇って居た広東軍区を抜いて、シナ最強にして最大の兵力を持つ軍に成長して居ます。

 然も、習近平の政敵である、江沢民派の牙城の様な存在だと聞きますので、もし、昔から親和性の高い日本と通じ始めたら、シナの政体そのモノが、不安定になるのは必定ですからね。

 私は、米支戦争で、もし、シナ共産党独裁体制が崩れて、シナ全土が群雄割拠状態になるとしたら、満州は一大勢力の地域に成り、将来は、独立の可能性もあると思って居ます。 国名は、古の金か、それとも、渤海になるかは知りませんがね。

 日本と満州族を構成する民族とは、古から交流が有ったものと思います。 彼らはノロ鹿と言う家畜を飼って、農業も行う民族で、朝鮮人の祖先だと一部で言われている、ツングース系のエベンキ族なども、その中に入って居ますが、ハンカ湖と言う、琵琶湖の6倍も有る大きくて浅い淡水湖の畔に、古くから棲みついて居るそうです。

 古代日本との交流は、交易も移民も、有った様で、現在の東北人の中には、その血を延いて居るかの様な、すき透る様に白い肌を持つ、所謂、赤人のツングース系の人々が居ますね。

 然し、朝鮮族と言うのは、李氏朝鮮と言う明王朝に拠って、下賜された国号を根拠として居るダケなので、その由来を古の民族に遡る事は、出来ません。

 飽く迄、女真族の一支族の李成桂が建てたと言うだけの事、実際の半島の民族は、大陸系の遊牧民族の混淆に、超古代に半島に渡った列島民の血を延く、少数の子孫が居ると言うのが、正しい認識でしょう。

 亦、ロシアの干渉も、大きなファクターに成ると思います。 只、ロシアが、プーチンが掲げる、大ロシア主義を貫徹して、極東ロシアを工業化する気が有れば、の話ですが、現状ロシア国民は、「笛吹けど踊らず」の状態ですからね

 シナの経済崩壊~共産と支配の政体の崩壊~大陸内での各自治区の独立運動の勃発~内戦化、となれば、周辺諸国が、是を放置して居ては、第三次世界大戦に繋がって終いますから、傍観と言うワケには行か無いでしょうが、「戦争の利得」が全く期待出来ない状況に有るのですから、戦争の意味も、従来とは大きく変わって居ると認識しなくてはイケませんね。

 そういう意味でも、日米の更なる緊密な連携が必要になりますので、こう言う状況に対処出来る政治家と言えば、安倍晋三を除いては、誰も居ないと私は、思いますがね。

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