無料ブログはココログ

« 支那・南北朝鮮人が近代を表現しようとすれば必ず和製漢語が必要になる | トップページ | 上杉鷹山の師・細井平洲(ほそいへいしゅう)のお話 »

2019年3月27日 (水)

同じ言葉を使っていても、日韓で意味が違う

ーー以下「 NEWS ポストセブン3/26(火) 7:00配信」より抜粋編集

1965年日本と韓国の両政府間で日韓請求権協定が締結された。

これは「完全かつ最終的に」締結されたものだった。

また2015年12月28日には、米国の立会いの下で、「最終かつ不可逆的に」日韓慰安婦合意がなされた。

ーー

ところが、これらの協定や合意を朝鮮人らは守ろうとしない。

ーー

この現状に、多くの日本人は困惑している。

その理由について、ソウル在住の報道記者・藤原修平氏は、「同じ言葉を使っていても、日韓で意味が違うからだ」という。

ーー

日本では、徴用工に対する補償等は、日韓請求権協定で解決済みと考えられている。

ところが、元徴用工だと主張し、日本企業に賃金支払いの保証を求めた原告に対して韓国大法院がその訴えを認め、昨年10月30日に新日本製鉄(現・新日鉄住金)に対して、元徴用工への賠償命令判決を下した。

そして原告は、新日本製鉄に対し、この判決に従うよう求め、資産の差し押さえ手続きを進めてきた。

以来、年が明けて3か月が過ぎようとする今も、日韓関係は「国交正常化以来、最悪」と言われる状態のままだ。

ーー 

日本政府は判決自体への抗議はもちろん、企業の資産差し押さえに対しても、その根拠がないと何度も韓国政府に抗議している。

日韓請求権協定では韓国政府に賠償責任があるからだ。

にもかかわらず韓国政府は、その責任を果たそうとしない。

日本側としては、暖簾に腕押しも甚だしい。

ーー

つまり日韓のあいだの意思疎通がうまくいっていないということだ。

たとえば、韓国通として知られる女優の黒田福美氏は雑誌の取材に、「韓国には日本の怒りが伝わっていない」と指摘している。

日本政府の遺憾声明は、韓国人にとっては怒りとは捉えられていないことになる。

韓国語の「遺憾(ユガム)」は日本語の遺憾より、その怒りははるかに軽いのだという。

ーー

私は長年ソウル暮らしをしているが、日韓では同じ言葉でも大きく意味が違っている。

特に、「パートナー」あるいは「共同」といった言葉だ。

ーー

韓国が興ったのは1948年のことであり、日韓は戦争していないので講和条約ではないが、併合などの処理として日韓基本条約が締結される1965年まで、日韓の国交はなかった。

そのとき同時に結ばれた「日韓請求権協定」により、日本が朝鮮半島に持つ資産への請求権を放棄する代わりに、韓国は日本への請求権を放棄するとし、日本からの投資(無償3億ドル、有償5億ドル)を呼び込んだ。

この8億ドルは当時の韓国の国家予算以上あり韓国の急速な経済成長の資金となった。

日本はその間に高度経済成長を遂げた。

ーー

日本は、韓国を経済パートナーだと認識した。

1998年に当時の小渕恵三首相と金大中大統領が合意し発表した日韓共同宣言(「日韓パートナーシップ宣言」とも呼ばれる)は、その象徴的な出来事であった。

ーー 

この「パートナー」という言葉が、厄介な問題を生む。

日本語での「パートナー」は末永い共存共栄を前提として使われる。

ところが、韓国語では、パートナーは末永い共存共栄を前提とはしていないのだ。

「パートナー」という言葉は韓国では、今この瞬間に自分に対して利益をもたらしてくれる存在を意味する。

だから朝鮮人はパートナーであっても、自分の役に立たなくなれば、関係をあっさりと切ってしまう。

ーー

2008年頃、日韓共同宣言から約10年後、ソウル在住の日本企業に勤める日本人からこんな話を聞いたことがある。

ーー

「取引先の韓国企業に行ったら、『何しに来たんだ』という対応でした」

「自分の会社が成長すれば態度をくるりと変えて、『もうお宅の会社は用無しだよ』と言わんばかりでした」

ーー

韓国社会に見られるこうした手のひら返しは今でも健在だ。

今年に入って韓国のオフィスを畳んだある日本企業の駐在員は、帰国前にこんなことを話していた。

ーー

「最初の頃は日本から出張してビジネスしていたのですが、そのうち共同事業を展開しようというリクエストが韓国企業側からあり、ソウルオフィスを開いたんです」

「でもそれから十数年たつと、向こうはうちの技術をすっかり習得」

「うちはもう不要扱いされたので、オフィスを畳むことになりました」

ーー

韓国社会はなぜそれまで認めていた相手との関係を、いとも容易に反故にできるのだろうか。

ーー

朝鮮人は、自分にとって有利となる相手とは「パートナーになろう」と言い合う。

ところが相手が、役に立たなくなると、あっさりと相手にしなくなる。

時には、パートナーを競争相手として蹴落とす対象とする。

ーー

ある韓国人サラリーマンはこう証言する。

「韓国では仲間を打ち負かしていかなくてはいけません」

「プロジェクト案の競争でも、一番を取らないと意味がないのです」

「一番のものだけが採用され、二番以下のものはたとえ一部分に良いところがあってもすべてボツです」

「なのでプロジェクトが動き始めれば、採用された案の発案者に他の同僚は従わないといけません」

「しかも二番以下が続けば、会社を去らねばいけません」

ーー

「中央日報」3月15日付コラムは、「かつてパートナーだった日本は、成長した韓国にはもう要らない」存在だと主張している。

ーー

つまり、韓国政府は、日本が不要の存在になった以上、1965年の請求権協定も不要になったと考えていることになる。 

そうなってしまった以上、日本が韓国に日本語の意味での「パートナー」をいくら声高に訴えたところで、無意味なのだ。

日本人は、朝鮮人が、日本語由来の言葉、あるいは和製漢語を使っていても意味が違っていることを肝に銘じておくべきなのだ。

そしてもし、協定や条約を結ぶ際には、日本語だけではなく、英語で意味を限定して対処すべきなのである。

« 支那・南北朝鮮人が近代を表現しようとすれば必ず和製漢語が必要になる | トップページ | 上杉鷹山の師・細井平洲(ほそいへいしゅう)のお話 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>信義が存在し得ない朝鮮社会
 私は固より、朝鮮族と言うのは、李氏朝鮮の祖である、李成桂が高麗王朝を裏切って、建てた王朝だし、王調設立の動機からして、自分に対する王の信頼を逆に「隙」として利用した、卑怯千万と言えるものですから、その何処にも審議と言うものが見当たらない、蛮族の為し事だったと思って居ますので、そういう歴史の欠片でも知って居れば、彼らを信用する方が悪いと言う他は無い。
  
 つまり、不可逆に壊れて終った韓国との関係の修復の可能性を議論するよりも、在日の朝鮮成分の排除の仕方を具体的に考えるべきなのではないかと、思います。

 朝鮮人と日本人の使って居る言語の意味が違うとの事ですが、単純に利己的な人は、自分の解釈でしかものを考えませんし、失敗したら他人の所為にします、只其れだけの事ですね。

 問題なのは、そのレベルを何の躊躇いも無く、国際関係で発揮する事でしょうが、是も、彼らは「国とは如何なる成因があって出来上がっているのか? 

 民と権力者の関係は、如何に有るべきなのか? 公と言う存在の定義とは何か?」と言った、国に関する基本的な認識が皆目、分って居ない、と言う事でしょう。

 然し、この辺り、米国が「世界一の民主主義の国」を自称しているのなら、その統治下で、寧ろ、朝鮮族を教化すべきでは無かったか?

 然し、米国がやったのは、朝鮮戦争であり、赤狩りに名を借りた、戦前日本の改革つぶしである自由農民の大量虐殺の黙認であり、洋公主と言う人権蹂躙で有った。

 つまり、朝鮮族に正義を示すべきで有った米国は、反対に「力に拠る悪事の押し付けが、正義である」事しか遺して居ない。 

 その上、軍政でやっと、国内が治まって居たのに、言う事を訊かないからと言って、朴正煕大統領を暗殺させ、代わりに、辺と無く戦争は建軍の司令官であった、2人の米陸軍士官学校「=ウエスト・ポイント」卒の、全斗煥と盧泰愚を続けて、大統領にしたが、二人とも朝鮮族社会の常識である贈収賄で、死刑判決!を受けて居る(のちに減刑)。

 是で、民生化した心算だったのだろうが、豈謀らんや、死刑判決を受けて居たのを救い出してまで匿った金大中は、隠れ共産主義者であったが、彼は元在日で、終戦直後のGHQ民政局の、コミンテルンの細胞共に拠る、日本赤化政策の洗礼を受けて居た事を知って居たのだろうか? それとも故意にやったのか。

 金大中大統領の登場によって、韓国の米国からの離間が始まったと言って良いでしょう。 つまりは、現状の米韓関係の基は、完全に米国側の「誤った民主主義化政策」に有ると言う他は無い。

 その裏側には、「日本で、上手く行ったのだから、韓国でも上手く行く筈だ」なんて、思い込みが有った可能性が高いが、抑々日本が米国に負けた原因の一つが、日本が韓国を信じすぎた事に有ると言って良い。

 そう言う状況解析なら誰でも出来た筈だが、都合の良い事だけしか、受け容れようとしない米国人なら、結局、米国人兵士が、韓国内で行って居る、強姦・窃盗・殺人を目的とした民間人襲撃と言う顕かな犯罪行為も隠蔽して来たのでは無かったか。

 ダカラ、朝鮮戦争休戦会談からネグられて怒った李承晩から、2万人の捕虜を脱走させると言う「裏切り」行為をされても、李承晩を罰せず、寧ろハワイに亡命させたので有ろう。

 これが、家に帰れば、血で汚れた手を洗って、敬虔なクリスチャンでございますと、云う偽善を許して来たから、70年代迄、今や同胞であると言って良い黒人に、人権を認めて居なかったと言う、恥ずべき、野蛮な常識を、捨てられないで居たのであろう。

 然し、そうは言っても、歴史は未来に資してこそ、価値があり、過去に拘泥して居ては、肝心の未来は、よりよいものには決してならない。 米国人の保守層には、真摯な反省を期待したい。

 然し、朝鮮族は、米国の悪い処だけ取り入れて居る様に思えるが、此の度、その米国から、愛想を尽かされて終って居る。 決定的なのは、米韓同盟の破棄と言う米国の選択だろう、 その可能性は、伝わって来る米国の態度から言って、日々高まって居る。

 現実的には、合同演習の無期限延期~中止、米朝会談での俎上に上がった、朝鮮に対する措置の中に、韓国に関する事が欠片も描かれて居ない点から言って、既に、米国は、韓国は朝鮮に吸収されている、と見做して居ると判断するしか無く、日本は、何時「米韓同盟廃棄」の公式声明が発令されるのか、米軍の家族の強制帰還が、何時始まるのかを待って居る状況である。

 現実は、こうした状況なのに、今頃、朝鮮族の翻意を期待する様な「在り得ない」議論は、マスコミだけに任せて置けば良いのではなかろうか。

 唯、何故こうなったのかを、解析して、我々の中の「世界は、同じ人間同士ダカラ、皆同じ」と言う、明らかに誤った認識を糺す糧に資するのなら、無意味ではないと思いますが。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 支那・南北朝鮮人が近代を表現しようとすれば必ず和製漢語が必要になる | トップページ | 上杉鷹山の師・細井平洲(ほそいへいしゅう)のお話 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31