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2019年4月 1日 (月)

統制経済より自由経済の方が良い

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

山本勝市著『社会主義理論との戦い』より

山本勝市博士は大正末期から昭和の初めにかけて、ドイツやソ連に留学し、そこでの統制経済や共産主義の実態を見聞している。

そして、帰国後、社会主義理論の誤りを訴え続けた。

ーー

日本では、大東亜戦争直前の昭和12(1937)年から統制経済が始まった。

戦時中には、それに反対する著書『計画経済』が革新派軍人たちから絶版を勧告され、教職から追放された。

このほどKindle版として復刻された『社会主義理論との戦い』を読みながら、私は、「社会科学とはかくも進歩しないものなのか」と思った。

ーー

山本は、戦後一時、国会議員として活動していたが、今度は共産主義者らによって、公職追放処分を受けた。

さらには追放期間に「統制経済より自由経済の方が良い」という講演をして、東京高裁から禁固8か月の判決を受けた。

追放が解除された後には、自由民主党政調副会長など要職にあって、自由経済による戦後復興を導いた。

ーー

今日においては、「統制経済より自由経済の方が良い」とは当然至極の「常識」になっている。

その「常識」は、山本博士のような人々の体を張った言論活動のおかげで根付いたものだ。

同時に、ソ連が崩壊した現代世界においても、山本博士の主張は今だ理解されていないのである。

ーー

統制経済とは、商品やサービスの価格を政府が人為的に決めてしまう「価格統制」が出発点となる。

たとえば、最低賃金を市場価格とかけ離れた水準に決める、これも価格統制の一つである。

山本博士は、最低賃金を上げる政策が「根本的誤謬」であることを、こう説明している。

ーー

昭和15(1940)年の『社会主義計画経済の根本的誤謬』より、

ーー

「他の労働者を犠牲にすることなくして労賃を高める方法は、資本の増加又は生産過程の改善によって、労働の一般的生産性を高めるといふ以外に方法はない」

「もし政府が単に最低労賃の立法によって自然労賃を高めるならば、企業のうち自然労賃で漸く引合ってゐたものは損失を免れない」

「従って生産を縮小して労働者を解雇する外はなくなる」

「かくて、外部からの人為的な市場労賃引上げの結果は失業労働者の増加といふ現象となってあらはれる」

ーー

「価格統制」が需給の歪みを引き起こし、それを抑えるために、今度は「需給統制」にまで手を広げざるをえなくなっていく。

こうして統制の網は限りなく広がっていくのである。

ーー

日本も他人事ではない。

世界一高齢者人口増加率が高い日本では、「2025年には介護人材が38万人不足する」と言われている。

経済企画庁経済研究所長などを経て、現在、大正大学地域創生学部教授の小峰隆夫氏によると、こうした労働力不足の計算は、賃金や生産性、企業の参入や撤退など、すなわち市場による調整を無視して計算されているという。

単純に需要と供給が現在の動向を続けたら、両者の時給の差がどれだけ広がるのか計算しているのだ。

ーー

市場調整が機能すれば、介護人材が不足すればその分野の賃金水準が上がる。

そうなれば、他分野から介護分野に入ってくる人々が当然でてくる。

また、企業側でも賃金上昇を吸収すべく、生産性向上に努める。

つまり介護作業がしやすい環境を作り、ロボットの導入等によって、介護士一人当たりのお年寄りの人数を増やすようになるはず。

こういう生産性向上が進まない企業は高い賃金を払えずに、市場から退場していく。

その分、生産性の高い企業が事業を拡大して、このプレーヤー交代だけで、業界の平均的な生産性も上昇し、不足人数も減る。

ーー

こういう市場による調整機能こそ、自由経済の本来的な強みなのである。

この市場による調整機能を無視し、需給のみを計算すると、需給予測を間違い、失業者を増やすことにつながる。

これは、まさに統制経済での官僚仕事そのものではないか。

ーー

市場の調整機能を無視した価格統制や数量統制はうまくいかない。

その例を、山本博士は戦時中の配給制度の経験で紹介している。

ーー

「過般も筆者は、山口県宇部市を訪問し、そこの肥料会社の首脳者から、肥料は倉庫に充満して仕末に困つてゐるといふ話から、統制会社の配給無能力に関する満々たる不平を聞かされた」

「然るに他方農民にとつて、肥料は赤子に乳の如き状況にあることは申すまでもない」

「であるにもかかわらず、それがなかなか配給せられず、たまたま配給せられても、適当な時期に届かぬといふ不平は、何人もしばしば聞かされてゐる所であらう」

ーー

山本博士は、この原因が戦争中の輸送能力不足とか、統制会社の無能力ではない事を、素人にも分かりやすく説明している。

輸送能力が原因ではない事は、日清戦争でも日露戦争でもこんな問題は起きておらず、ひとえに配給制度を採用した今次大戦でしか見られない現象であることから、明らかだという。

また、原因を「統制会社の無能力」に帰するのも間違いであるとしている。

博士は、その原因について、「そもそも厖大な商品点数、様々な生産地、消費地、流通経路を計画すること自体が、人智を超えた所業である」として、次のような例で説明する。

ーー

「北海道の石炭増産計画を成功せしめるためには、横浜や門司の荷上げ人足の募集計画のみならず、荷揚げ人足の住宅計画から、其の子供の学校教室の建築計画」

「そのための大工、左官の計画から、木材の運搬伐採の計画」

「運搬人、伐採人の住宅計画から米の計画……といふ如くに、世の中にありとある一切の生産配給の計画が総合的に樹立されてゐなければならぬ」

ーー

こんなことが人間にできるはずなどないのだ。

山本博士は、このように合理的、客観的に統制経済に反対したのだ。

そのため、統制(計画)経済を信奉している人々、戦前戦中は革新派軍人に、戦後は共産主義者たちに目を付けられ、公職追放処分を受けた。

ーー

ソ連などで、統制(計画)経済が失敗した、すると

ーー

「多くの社会民主主義者たちは、生産手段の公有制による中央集権的計画経済という手段を断念した」

「しかし、富と所得の平等分配という目的を放棄したわけではない」

「生産手段の私有制、市場メカニズムをそのままにして、富と所得の平等化という社会主義本来の目的を徐々に実現しようと考えるに至った」

「これがいわゆる「民主社会主義」の台頭であり、「福祉国家」の着想である」

ーー

「富と所得の平等分配」がうまくいかない、という事は、革命直後のソ連がすでに経験している。

ーー

「一九一七年秋の共産革命によつて大地主、寺院等から没収された土地は、細分して土地をもたぬ農民たちに分配せられた」

「そして自家用としての保有穀物を除く剰余は、すべて供出せしめる方式が採られた」

「ところが農民の供出成績は香(かんば)しく行かないために、都市住民の食糧不安となり、遂に、武装徴発隊を組織して強権を以て供出せしめようとした」

「が、至る所に農民の一揆を見たのみならず、農業生産は一路減退して、農民たちは辛うじて自家の糊口をしのぐだけを作るに止める、といふ傾向を示すに至つた」

「ここにおいて都市の食糧不安は容易ならぬ事態となり、一面では、農業の全面的社会主義化の提唱もあつた」

「それにもかかはらず、レーニンが事態の打開のためにとつた政策は、社会主義化とは正反対に「中農の要求を容れて、穀物の自由取引を認むる」ことを本質とするいはゆる新経済政策であつたのである」

ーー

国が生活保護を提供するのが当たり前になりつつある現代日本では「生活保護で貰ったお金をパチンコに使って、何が悪い」というような主張をする輩までいる。

それに対する明確な反論を山本博士は用意している。

ーー

「国家が保障するとか、全体の責任だとかいっても、事実国民のある人々が受取るものは、必ず国民の他の人々から与えられねばならないのだ」

ーー

この点に気がつけば、「他人が働いて稼いだお金を巻き上げてパチンコに使うのを、君は正しいと考えるのか」と反論できよう。

もう一点、山本博士が指摘するのは、「国家が保障するということは、実はその配慮を官吏の手に委ねる、ということである」という点だ。

ーー

「いわゆる福祉国家を追求する限り、政府の仕事は増える一方であり、歳出は増加する一方であり、従って税金は高くなる一方である」

ーー

ここから、「一般消費税の導入で財政は救えない」という博士の主張が出てくる。

今日でも通ずる、いや今日では忘れられた本質的議論である。

ただし、ここで留意すべきは、

ーー

「困窮者に対して国家がミニマムを保障するということの必要に関しては、原則的には何人にも異論はない」

「問題は、その程度とその組織と、ことにそれを動かす精神の如何だということである」

ーー

官僚が、福祉対策と称して、一部の国民から強制的に税金を取り立て、それで他の国民の暮らしの全般の面倒を見る。

これには反対だと、山本博士は言うのである。

しかし日本の野党のように反対だけするのではなく次のような提案をしている。

ーー

「個人の自助努力と家庭や近隣・地域社会等の連帯を基礎としつつ、効率のよい政府が適正な公的福祉を重点的に保障するといい」

「自由経済社会のもつ創造的活力を原動力とした我が国独自の道だ」

ーー

これはひたすらに「民安かれ」を祈られてきた皇室の伝統を、現代経済学の用語で語った理想と言えよう。

この理想を目指して、山本博士は「社会主義理論との戦い」を続けてきたと、自分の足跡を次のようにふり返っている。

ーー

「私は戦前、戦時を通して市場機能の崩壊を憂えて文章を書いた」

「そのために、著書は発禁になり、教職を追われて、ついに特高警察の監視下に置かれた」

「しかし、それでも勇気を失わなかった」

「それは、自分の考え方は陛下のみ心に背いていない、という自信でした」

「それが唯一の心の支えであったといっても過言ではありません」

「戦後もまた私は、占領軍から追放を受け、禁錮八カ月の刑の宣告までも受けました」

「が、陛下が宮中のお祭りやお歌会の行事を断たれないと聞き、また陛下が、私たちに幾倍もする御苦しみに堪えておられると思うと、追放も有罪判決も、それほど苦にはなりませんでした」

ーー

皇室の「民安かれ」の祈りをどう具現化するか、山本勝市博士の経済学は、そこを目指していたのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>山本勝市博士
 素晴らしい人のご紹介、有難うございます。 通読して思ったのは、博士が最初、留学されたのは、当時流行だった社会主義経済の分野であったのに、彼が帰国後展開したのは、その社会主義経済の誤りを指摘し、糺す活動であった処に、彼が固より、ご自分の頭に、理想社会と言うものが描けていたと言う事だと思います。

 そして、その社会とは、日本文明が伝統として来た「天皇陛下を頂点とした、秩序正しく、且つ、相互扶助社会」であったのではないだろうか、と思いました。 つまり、お若い時から、博士は「日本人としての素養を兼ね備えて居た」と言う事で、博士の家庭内教育や、幼年教育の素晴らしさが偲ばれます。

 然し、博士の境遇は戦前戦後を通じて、苦難の連続でしたが、其れは一貫して、「共産主義者との戦い」で有ったと私は思います。 

 共産主義とは、名称を変えただけの全体主義に相違ないので、基本的に人を支配する側とされる側にしか区分しないので、内容は実はどうでも良くて「反対者が悪」と言う判断をするからです。

 勿論、戦前の統制経済は、戦時中で有るので「已むを得ない」部分は有ったでしょうが、陸軍の一部の軍人には、革新派と称する、その実、近衛文麿一味と結びついて、「敗戦革命」を狙って居た、共産主義者が居た事は、確定的な事実ですからね。

 然し、博士は耐え抜かれましたが、今度は戦後に成ると、GHQの共産主義者に称揚された共産主義者の学者や官僚、そして、出獄して来た共産主義者との戦いが待って居た。 

 でも、天は博士を見捨てず、戦後、折角ついた教職も追放されて孤立無援だった博士に、自民党が声をかけて、一躍、政治家となられたのは、博士が持つ器量の為せる業であろうと、敬服いたします。

 でも、博士が戦前戦後の艱難辛苦に耐えられたのは、先帝陛下への厚い思いがあったからに相違なく、丸で遺書の様な、終戦のご詔勅を博士がどの様な気持ちでお聞きになられて居たのかと思うと、私は遂、涕泣するに至りました

 やはり「人は、自分を信じてくれる他人が居てこそ、苦難を乗り越える勇気が湧いて来るモノだ」と思いますから、陛下が、日本国民を心底から信じておられ、丸で、今わの際の慈父の様に、「日本を頼むぞ」と言っておられた事を思い出します。

 そう言った感性を博士と共有できている様な気がして、日本人で良かったと心底も居ます。

 戦場で自分の死生も顧みず、日本伝統の武を果たさんがために、戦って下された武人も、立派なご先祖ですが、戦場に出たわけでは無くても、博士の様に、こうして艱難辛苦を真っ向から受け止めて「自分の信じる正しい事を、貫いた生き方」を為され、天賦の「自分の持てる力を存分に発揮して、公共の為に資する御生涯を遂げられた」博士は、日本人が、鑑とすべき偉人であると思います。

 人の価値と言うものは、「神が与えし、自分の力を、終生を通して、存分に発揮して、以て世の為、他人の為に資する事」でなされるべきであり、金を稼いだが故に、尊いのでも、権力の座に永く居たから、偉いのでもありません。

 天賦の力は、神様が期待するから授けられたので有るからには、そのご期待に沿うだけの努力をして、その授けられた力を存分に発揮する事が、人としての務めだと思います。 つまり、人間界にとっては、成果も大事かも知れませんが、自分の力を出し切る事の方が、神様にとっては大事な事だと思います。

 例えば、身障者として産まれて来たとしても「神に期待されていないのではなく、逆に、数少ないが故に、健常者とは違う意味で、期待をされている」と、考える事も出来ます。 その渾身の生き方を以て、自分の存在を主張し、後に続く、障害を背負ったモノ達の目標になろうと、努力すべきす。 ヘレン・ケラーの様に、神様はご期待されていると思います。

 それを思うと、日本には、こうして名は、世間に知られて居ないが、その偉大さを、知る人ぞ知る偉人があちこちに居らっしゃると、思います。 そう言った先人の生き方、考え方、身の処し方を、私は是からも、学んでゆきたいですね。

>陛下が、日本国民を心底から信じておられ、丸で、今わの際の
慈父の様に、「日本を頼むぞ」と言っておられた事を思い出します。

ご存じかと思われますが昨年この動画がよく拡散されていました。

昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言
https://www.youtube.com/watch?v=inE1DSH0jrk

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

山本勝市氏は社会主義を研究して、社会主義の実態と誤りを訴え続けましたが、時代は日本が日華事変に向かうときであったため、日本が統制経済になるときであったから、山本氏は教職を追放され、戦後は共産主義者から公職追放処分を受けただけでなく、「統制経済より自由経済の方が良い」との講演をしたために、東京高裁から禁錮8ヶ月の判決を受けたとのことです。

戦後の共産主義が万能のように言われた時代に、共産主義の欠陥を指摘したことは、経済を見通す力が素晴らしいものだと思いました。

此を読むとき、経済はとても複雑なものですから、計画経済・統制経済の全体主義では、国全体の生活を把握し、上手く舵を取ることなど出来ないと考えます。

それから、「生活保護で貰ったお金をパチンコに使って、何が悪い」というような主張をする輩までいる。このような連中は国と納税者から生活費をいただいているとの、感謝の気持ちがないのでしょう。
国と納税者に感謝したくないのなら、しっかり働けと言いたくなります。

>日本国民さん ソロです。
 とても良いものをご紹介戴き、何時も乍ら感謝に絶えません。

 ご紹介のマッカーサーを陛下がお訪ねになられた時のビデオも基調でしたが、それに続いて、陛下ご夫妻が、昭和50年に、初めて、訪米された時に、陛下が、戦後の食糧難の時機に、米国からの無償の食糧援助に、感謝を述べられて、米国民の大きな感動を惹起したと言うお話も見せて頂きました。 此方は、私が知らない話で有ったので、感動して居ます。

 先帝陛下は、戦後最上級の成果を挙げた外交官であった、と言う事に成りましょうね。 それも、計算など、されておられる素ぶりも無く、真実のお気持ちを吐露されておられるので、人々の胸を打つのでしょうね。

 それにしても、日本のお上と民の関係は、肇国の時より変わらずに、太い紐帯で結ばれている事を再認識いたしました。

 有難うございました。

>ソロさん 日本国民です。
是非お目に掛けたかったので、喜んで戴けてなによりです。

本日、元号発表にあたり、過ぎし年月を振り返るにつけ、
日本人として、「大御宝」として、この世に生まれ出づる機会を
得られた幸運を噛みしめるばかりですね。
「大御宝」の名に恥じぬ様な生き方を全うしたいと、あらためて
気持が引き締まりました。

ひとつ嬉しかったのが、日本中の多くの方が新しい御代の年号
発表に心寄せていたという事実です。

「大御宝」がいっぱいです。

この幸福な気持ちを、世界中の方にも抱くことが出来るような
時代が来ることを、いえ、作り上げる事が今生の私たちの役割
なのだと思います。

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