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2019年1月 8日 (火)

彼らは宗族の論理によって突き動かされている

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

石平『支那人の善と悪はなぜ逆さまか 宗族と一族イズム』(産経新聞出版)

石平氏の現在の国籍は日本である。

しかしこの支那人論は、石平氏がもともと支那人であるゆえに書けたものと思われる。

ーー

論語の仁・義・礼・智・信の価値を認め身に着けようと努めた日本人は、支那人はそれらを体得していると思い込んだ。

ところが実際の支那人に接してみると、彼らは平然と嘘をついて人を陥れ、自分の利益のためには贈賄、女・妻の提供、人殺しなど何でもする。

つまり彼らは五徳の欠片(かけら)も持っていなかったのだ。

ーー

そんな支那人を日本人はどのように理解し、扱えばよいのかについての示唆(ヒント)をこの書は提供してくれる。

例えば、支那人にとっては「戦争も腐敗も善となる」という。

これは、法の支配、公的な正義を信じる日本人には、とても理解しがたい。

ーー

シンガポールは、支那移民(華僑)がマレーシアから引き離して独立させた人口国家だ。

今ではトランプ vs 金正恩の米朝首脳会談やらシャングリラ対話の開催地となり、日本人には「国際都市」の印象が持たれている。

しかし、この支那移民(華僑)の都市になぜかチャイナタウンがあるのだ。

「チャイナタウン in チャイナタウン」である。

ーー

シンガポールの下町を歩くと通りの名前が、金門通り、寧波通りなどとされている。

つまり支那人らは出身地別に居住区が異なっていることがわかる。

ーー

広東省の省都・広州市のど真ん中に観光名所「陳氏書院」がある。

立派なお屋敷跡である。

実はこの陳氏書院とは陳氏宗廟なのである。

ーー

ミャンマーの下町にも宏大なチャイナタウンが拡がっている。

横丁を丁寧に歩いてみると、ある、ある。

李氏宗家とか、黄氏宗廟とか、一族の名前が建物の入り口に冠されているのだ。

ーー

古都マンダレーへ行くと雲南会館とか、四川友好会館とかの立派な建物があちこちに目に飛びこんでくる。

そして支那のいたるところに、宗廟があって、世界中に散った一族が集まる習慣がいまも残っている。

これが、宗族、日本人に分かりやすく言えば、「一族主義(イズム)」である。

ーー

「支那人にとって、一族の利益、一族の繁栄はすべてであり、至高の価値である」

「それを守るためにはどんな悪事でも平気で働く」

「それを邪魔する者なら誰でも平気で殺してしまう」

「一族にとっては天下国家も公的権力もすべてが利用すべき道具であり、社会と人民は所詮、一族の繁栄のために収奪の対象でしかない」(p131)

ーー

支那人らは、「一族の究極の利己(エゴ)」を追い求める。

一族の誰かが権力を握れば、それに群がり、もし失脚すれば、一族全員がその道連れとなって破滅する。

ーー

習近平と王岐山一族が、いま何をやっているか、なぜそうするのか。

彼らは宗族の論理によって突き動かされているのだ。

正に一族だけの利権を追求し、一族だけが繁栄を究めるために動いている。

ーー

石平氏の結論はこうだ。

ーー

「支那共産党が『宗族』を殲滅したのではなく、むしろ、宗族の行動原理は生き残った上で、党の支那共産党政権自身を支配する」

「支那における宗族制度の原理の生命力はそれほど堅忍不抜なものであり、宗族は永遠不滅なのだ」(p185)

この原理は世界に散った支那移民の世界にいまも生きている。  

ーー

支那人が日本人の感性や規範、道徳、しきたりとまったく異なる伝統を保持していることがこの一冊で了解できる。

日本人が論語等の支那の書物をいくら読んでも到底解明できなかった事実である。

日本人支那研究家も中には、「宗族」のことに言及していたが、まさか「宗族」を守るために人殺しや売国まで平気でするとは言っていない。

この本によってようやく日本人は、支那人の行動原理の一つを、手にすることができたといえよう。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>シナ人が書いた支那人論
 「宗族第一主義」正にこれは、シナ人の真の姿を理解する為には欠かせない認識だと思いますね。 それが、シナ人自身によって語られた事も大きな事績だと思います。

 日本のシナ学者の通例は、「四書五経」を始めとする2千年以上前に、書かれた漢籍を読破して、シナ文明に浸り、漢詩などを作って悦に入って居る懐古主義者が多いが、現実のシナは、文化発信力の無い遊牧民出自の民族で構成された社会なのです。

 この前、蔵書の横山光輝画の「チンギス・ハーン」を再読したが、遊牧民の世界は、石平氏が書かれて居る様な「宗族社会」が一番近い形だろうと思う。 それに、徹底的な女性の「家財道具」扱いや「義兄弟」と言う他宗族との連合・契りの価値の低さ、その裏腹に、血縁関係の価値観の高さ等々、現代シナが、遊牧民社会を基礎にしたモノだと考えれば、良く分るように思いましたね。

 処が、シナ社会は広いので魯迅の「阿Q正伝」に描かれているシナ人とは、全く違う種類の客家(ハッカ)と呼ばれる一群が居て、独特の言葉とその進取の気性で、数多の偉人を輩出している。

 例えば、鄧小平、リー・クワンユー、李登輝と、高名な政治家が多いけれども、大抵の庶民は、3刀「=剣、包丁、剃刀」使う仕事、即ち軍人、料理人、散髪屋が多い人たちで、進んで海外に出て行って、宗族の紐帯と主に、客家としての団結力も強い様である。

 大陸島{=ユーラシア大陸」を3つに分けて観て看れば、東と西では、多くの民族が定住して、ごった煮状態になって居るのは、同じである。 然し、シナと欧州では、土地の肥沃度合いや緯度に拠る、気候の違いが顕著である、これは、農業生産高に大きく影響するので、土地が養いうる人口が元々欧州は低いと言う事が言えましょう。 

 島の中央部分を占める中央平原には、黒海とカスピ海を始めとする大きな湖が有って、先史時代の古代には、ケルト人やアーリア人という農耕民やスキタイ人、チュルク族と言った、乗馬に長けた遊牧民が、島を縦横無尽に駆け巡って居た様だが、島の両端部には、農耕民が築いた文明圏が栄え始め、遊牧民の生活圏は、ドンドン狭められていったと考えるべきでしょう。

 その最後が、大元帝国の出現でしたが、最長でも400年の統治の後、滅んでしまいました。 然し、彼らが東西の文明圏に遺した影響は大きく、シナでは、明が興り国を建てましたが、長江文明の遺産は、元に滅ぼされた南宋の時点で、既につきかけていたと言うべきで、寧ろ、朱子学と言う儒教をベースにしているが、偏頗な差別主義の思想がシナの良識を亡ぼして終った、と私は見て居ます。

 欧州では、古代の青人文明であった、東ローマ帝国(ビザンチン)が衰退の契機を創り、ゲルマン族が是に代わる商業文明を発達させ、欧州社会を白人文明に塗り替え始めて居ました。 更に、黒海の北方に在ったハザール帝国を、元が滅ぼし解体したので、欧州にその後、災厄の種となる、流浪の民であるハザール系ユダヤ人を発生させました。

 欧州世界は、南にアフリカ、東に中央ステップ地帯、南西にアーリア系の侵略民族と、敵に囲まれて居た上、氷河が表土を削り取った為に、岩盤が剥き出しになって居る処が多く、表土が残った一部を除けば、地味が瘠せて居たので、人口の流入量に対して、食糧の生産が追い付かず、結果、慢性的な食糧不足が潜在して居て、食糧源「=耕地」の奪い合いが、戦争の絶えない中世を創り上げたと思って居ます。

 其れに対し、シナの場合、2本の世界的な規模の太河の他、無数の湖沼地帯を抱えた肥沃な大地で有った事と、飢えた民族の侵入路は、北・北西の遊牧民(西戎)、若しくは、北東のツングース系の狩猟採集民(北狄)が、約200~300年ごとに起る気候変動に拠る渇水~旱魃~飢饉で、蝗化した飢餓民族の発生に対策を講じてきたが、万里の長城を覗いては、効果的では無かった。 結局、現状のシナは、侵略して来た歴代の遊牧民の子孫の吹き溜まりの様な状況であると言えるだろう。

 すると、国家等建てた処で、一時の平穏が有るだけだし、権力を握ったものは、国を使って私腹を肥やそうと言うものばかりになるのは、固より、非定住の民である、遊牧民が国と言うモノには親和性が薄いからだろう。 自分達さえ生き延びる事が出来れば、「後は野となれ山となれ」なのでしょうね。

 それに、生存環境が厳しいので、生き残る事が知っスの命題に成る。 ダカラ、信じられるものは「血縁」と言う事に成り、宗族主義になって行くのも、想像に難くない。 

 今にして思えば、昔付きあっいぇいた瀋陽出身の女性の父親とお会いした時に、郭と言う姓だったので「李白を援けた郭子儀将軍の郭さんですね」と言った処、「あぁ、私の先祖だ」と言ったのには、吃驚しましたが。強ち法螺では無いと思い始めて居ます。 シナは人が多いとはいえ、宗族も多く、其れは姓に拠って、繋がって居るカラです。

 この処、私に聞こえて来るのはシナの悪い噂ばかりで、朝鮮族と大差ないモラルの低さや、嘘吐き・暴力的・拝金主義・利己主義と碌なモノでは無い様に謂われて居て、若干癖易として居るのです。 其れでも、シナ崇拝主義者のアホさ加減を観ていると、日本人もシナ毒に侵されて居る人が、マダマダ多くて、日本の政治や経済の方向を歪めていると確信して居ます。

 唯救いは、それらの人々は、年寄の私より年かさの人が多いと言う事で、後10年もすれば、そういう世代の声は聞こえて来なくなります。 然し、ダカラこそ今、彼らの悪しき遺産がこの世に遺らない様に、我々が、排除して行かねばならないと思いますね。

 そういう意味で、この石平さんの一冊は、是からの日本人に取って、正しい満ちるべきに成るものだと思います

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

支那人が論語の価値を身につけていると思っていた日本人は、平然と嘘をつき、人を陥れ、自分の利益のためには贈賄、女・妻の提供、人殺しなど何でもすることを理解できなかったとのことですが、これは、支那人は支那の国を基本に置かず、自己の宗族を基礎として生きていると考えれば良いと思っています。

支那は、永きに渡って幾つもの政権部族が支配しては、倒れて崩壊してきました。
その政権を執った部族は、支那人のこともあれば、周辺の部族が侵略して打ち立てたこともあります。
日本の場合は、武家社会では「征夷大将軍」を天皇から任命されて、政権を作りましたけれど、支那の場合は自分が前政権を倒して、新たな政権を作るのですから、意味が全く異なります。

新たな政権は、部族も異なれば支那の地域外からの侵入者でもあり、官僚達はその権力者がどんな部族の者でも、受け入れてきたのです。
従って、支那に住む住民には、その国家の権力者を信じないということを前提に生きてきたと思います。

この場合、それでは住民は国の権力者を信じない代わりに、誰(何)を信じてきたのかというと、自分の部族(宗族)だったと思うのです。
彼等は、「面従腹背」と言えば良いのでしょうか、表では権力者に従いながら、裏では自分の部族(宗族)に従って生きてきたので、国の言うことより、自分の部族(宗族)を基本として生きてきたと思います。

日本は元より一つの民族で成り立つ国ですから、国民は国を信じて生きているので、国を信じない支那とは全く異なると思います。
これが、日本人の思考には含まれていないので、支那を理解できない。
彼等には、「同調」する感覚の無いことを忘れてはいけないと思うのです。

縦椅子様

 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
40年以上も前アメリカに住む伯母とシャトルの中華人街で食事を伊tことが思い出されます。どのまちへいっても中華人街があり、独特の雰囲気を醸し出しており、中にはいれない治外法権地帯を作り出しています。そして今や日本中のいたるところに中華人街がありますが、その実態は謎で彼らはアメーバのように増殖するばかりです。今日掲載していただいた≪彼らは宗族の論理によって突き動かされている≫ぶろぐは、その謎を解き明かしていただいており、大変ありがたくおもいました。

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