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2019年1月12日 (土)

日本の再興・再建は、日本人が公の精神を取り戻すことである

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声(稲村正治)」より抜粋編集

韓国駆逐艦が自衛隊哨戒機に火器管制レーダーを照射しました。

その国際法違反を日本に指摘されると、韓国側はそんな事実はない、日本の哨戒機が低空飛行で韓国艦を威嚇したという捏造画像を世界中にばらまいた。

そして加害国(韓国)が、逆に被害国(日本)に対して謝罪を要求したのです。

ーー

こうした一連の行為は、石平氏が、「宗族と械闘(かいとう)」の中で説明している「宗族」の内容そのものです。

つまり支那・朝鮮人は精神構造が全く同じだということになります。

ーー

他民族に支配され続けた支那人民(宗族)と、支那の傀儡に支配され続けた朝鮮人民とが同じ性質を持つことは、むしろ必然といえましょう。

ーー

石平氏は「宗族」について次のように説明している。

「宗族」は、その一員が犯罪を犯した場合、事実に関係なく、どんな手を使っても全力でその一員を守ろうとする、と。

まさに今回の韓国の行動そのものですね!

ーー

利己心(即自)のみで客観性(対自)が全くない、と云えると思います。

支那・朝鮮人の認識に、客観性(対自)が全くない原因は何か?

それは、国が公的な存在であると認識されたことがなかったことに起因するのです。

具体的には、支那・南北朝鮮では、公(こう、おおやけ)が成立しないということになります。

ーー

公の概念がないと、法も生まれない。

支那・朝鮮人民にとっての法は、支配者が人民を支配するために勝手に決めたものであるという認識になる。

結果、支那・朝鮮人は、法があっても守ろうとしないので法治が成り立たない。

ーー

逆に支那・朝鮮人が権力を握ると、自分たちに都合の良い法を定めて他者を支配しようとしてしまう。

それでは法に対する信頼など全く生まれないことになる。

ーー

そして、もう一つ大事なことは、客観的な事実(真理)を追求し記述するという学問が生まれないことだ。

支那・朝鮮人は客観的な事実(真理)を追求し記述するという学問的体験を持たない。

1、個人的感情に左右されない客観的真理に対する憧憬がない。

2、それを無視すると現実から手痛いしっぺ返しを喰らうという畏怖もない。

したがって、学問は作るより盗んだ方が早い、となる。

ーー

だから支那・朝鮮人は、公の場では事実のみが対象であることが理解できないので、堂々と嘘を吐く。

売春婦を慰安婦だと主張してその像や、南京虐殺をでっちあげてその記念館を作ったりする。

事実を無視して、自分側に都合のよい話をでっちあげ、それを・みんなに信じ込ませた方が勝ちだ、と考え実行するのです。

ーー

世界の中で、日本以外の国々は、その言語構造にもある通り、支那・南北朝鮮と同様、基本的に利己的な精神構造を持っています。

が、欧米は、学問をするという、それなりに公的(事実の記述)な行為をすることで、大人になることができました。

ーー

しかし、その西洋の憲法のはじまりは、公的と云えるような代物ではなかった。

国を私物化しようする国王と、それを阻止したい貴族の利己の妥協の産物でしかありませんでした。

したがって、それはまだ石平氏の説く支那における「械闘」とさほど変わるものではなかった。

ーー

その「械闘」」というのは、宗族間の争いのことです。

そこには、互いに皆殺しにならないように、規制がなされていた。

械闘の時・女たちは、戦う男たちに、食事を作り食べさせてから、送り出したという。

ーー

欧米において、王の持ち物(私物)だった国が、何とか公的な国の体裁を持つようになったのは、国民国ができてからのようです。

その時、国が私物ではないと、形式上はっきりと国と個人とが切り離された。

それでも、権力を握ると私物化しようとする輩は後を絶ちませんが・・・

ーー

その原因は、二つあります。

一つは、マルクスが、ヘーゲルの観念論哲学を否定し、唯物論だけにしてしまったことにある。

結果として、人類全体の認識において、利己が優位になって公が形骸化されてしまった。

ーー

ヘーゲルは「法の哲学」の中で、国の本質は公の精神であるとした。

そして公の精神を理念とする憲法をつくり国作りをすべきであると。

(その理念の象徴・体現者がすなわち天皇である、ということを述べた)

それがマルクスによってかき消されてしまったのです。

ーー

またヘーゲルは、公の精神を教育されることで、初めて国民になれる、とも述べる。

公の概念がないと、国民も生まれない。

つまり多様な利己は、公との統一があって、はじめて国が認める多様性ある個人となれる。

ですから、「同性婚を認めなかったから賠償金を払え」などというのは、公を無視した主張であり、身勝手な主張というべきです。

ーー

もう一つの原因は、ヘーゲルが完成させた論理学をぶち壊してしまったことです。

ヘーゲルは、「あれかこれか」の論理学から、「あれとこれ」とを統一する論理学(弁証法)を完成させた。

マルクスは、その弁証法もぶっ壊して、「あれかこれか」のもう機能不全状態となっている論理学に引き戻してしまった。

ーー

これによってマルクス主義者は、利己と公を論理的に統一出来なくなってしまった。

(革命のためには公を無視してどのような極悪非道をしても許されると)

つまりマルクス主義国では、公的存在の国と利己的な国民がバラバラのまま、混乱のままに存在することを意味する。

ーー

じつは日本は、人類史上、初めて利己と公の統一を成し遂げている。

日本は、縄文時代から、公と利己との、世界の二重構造を自覚していました。

つまり日本人は、利己ばかりでなく公の認識も、早くから持っていた。

だから、共存共栄の精神が育まれたのです。

ーー

そして、公の精神を国の理念として憲法をつくり、それに基づいて国創りが行われた。

その憲法こそが17条憲法に他なりません。

だから日本人の精神構造は、武士道(公のために死ぬ)に代表されるように、利己と公が一体なのです。

ーー

これはヘーゲルが理想的な人間像として説いた、まさにそれが具現化したものなのです。

ーー

日本はヘーゲルが説いた理想世界を実現して見せた稀有な国なのです。

そして、この日本精神は、敗戦後解体されるまで連綿と続いて、日本の見事な歴史を創ってきたのです。

ですから日本の再興・再建は、日本人が公の精神を取り戻すことであることがわかります。

今回の韓国のレーダー照射問題は、日本の再興・再建の示唆(ヒント)を与えてくれていると思います。           

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>ドイツ観念論の泰斗ヘーゲルと日本文明
 この稲村さんと言う方は、宮崎さんの処に寄宿する論客だと、認識して居ますが、前から、その哲学や日本文明に関する識見の卓抜さに、敬意を持って居ましたが、時々、この人は、職業は分らないが、多分学者系の人なのだろうなぁと感じる事がりました。

 それが、即自「=利己心、私」と、対自「=客観性、公」と言う哲学的な簡略で、哲学書を読み慣れて居ない人には、暗号の様なモノで、読者を遠ざける一因に成って居る恐れすらあります。 其処を、縦椅子様がダイジェストで分り易くしてくれたのは、非常に有り難いことでした。

 然し驚くべきは、大抵、その難解さに圧倒されて終う、西洋哲学に真正面から挑み、18世紀の欧州世界で模索されて居たに共産主義の完成に結びつけたマルクスの業績が、実は、ギリシャ・ローマ以来、西洋文明が育んで来た、哲学を弁証法で完成させたヘーゲルの業績を全否定する事で、ぶち壊して西洋人を蒙昧の暗闇に突き落としたと、喝破した事でしょう。

 そして、壊されたヘーゲルの哲学を修復するが如く、その神髄に迫り、それが、公と私「=対自と即自」の分離であり、然も、私「=即自」のみでは、社会は為政者の私物から抜け出せない事を、ヘーゲルが批判していると、明らかにしました。 

 つまり、18世紀までの絶対王政下では、公と言う観念は、ギリシャ・ローマの昔からあったが、具現化して居なかったと言う事だろう。 だから、その言い訳の様な、「王権神授説」等の宗教紛いの言説が、その「都合の良さ」から、王たちに取り上げられる様なレベルの社会で有ったと言う事でしょう。

 然し、考えて看れば、「王」の存在と言うのは、集団を編成して、その集団が、どんどん大きくなり、違う性質の複数の大きな集団に成った時、其れを纏める上で必要な、省庁で有り、要である事は、メソポタミアやエジプトの古代文明でも、王朝が誕生して居る処から考えても、「集団を纏める上で、力学的な必然」と考える事が出来ましょう。

 ですが、ヘーゲルは、「其処に公と言う、非本能的な観念が、存在し無ければ、社会は成り立たない」と言う結論に辿り着いて居ます。 公とは、「自分を含めた全体」を意味しますが、自身は、「生ある限りの存在」であり、「自分が消えて終えば、世界も消えて終う」(自分原理)と言う、考えも、或る意味、正しいので、公に覚醒し無くても困らない。 

 そう言った公に覚醒できていない君主が、愚かにも「不死」を願い、例えば、エジプトではミイラを創ったのでしょうし、シナでは、秦の始皇帝は、家臣の徐福に命じて、日本に不死の薬を探しに、多くの子供達と共に、遣わして居ます。

 然し、ヘーゲルに天啓の様な降臨した「公」と言う考えは、支配者に自身も、一人の人間でしかない事を思い出させ、自分自身が永遠の命を持つよりも、人間を存続させる事で、、人類は永遠の命に近づける事を悟る。 即ち、人間の本来の本能である、遺伝子に刻み込まれた、人間の生物としての「種の保存の欲求」を解き明かしたのが、現代科学の大きな業績だと私は思います。

 日本の天皇が、人類の当初の認識である、「王は、神の預言者『=神のみ言葉を預かったモノ』であるべき」という、考えを体現出来、其れを維持しているのは、やはり、3万年と言う日本の文明の歴史の長さの故であると思いますが、其処に、中世の欧州の混乱の中で、辿り着けたヘーゲルの思考力は敬服に値します。

 思えば、日本の戦後の文化後進国の米国に拠る、文化破壊は、確かに日本文明の危機ではありましたが、日本文明は日本人が生きて居る限り再生します。 それが3万年に亘文化継承の強靱さだと思うからです。

 人間は不死身ではないし、肉体は生きて居る限り、或る時を過ぎれば、劣化し始めるモノだが、「公の価値を知って居る民族は永遠に生き続ける事が可能である」と言う事を我々の先祖たちは、早い時期に気付いて居たから、天皇家をスメラミコト「=預言書の依代」として、保存して、公の象徴として、権威の帝とする政体を守って来たのです。

 即ち、皇室・皇統と護る限り、日本文明は、不死身だし、逆に、外乱を自らの成長の代えてと成せるだけの、文化賞火力が有ると思って居ますが、先ずは、日本の中枢に食い入った、朝鮮族共を、日本から叩き出す事から、始めなければ、イケませんし、日本人に、真の日本人とは、何であったか、何故3万円モノ文明を維持出来てきたのかを、気付いていただく事が、致命的に重要な事だと思いますね。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

>つまり支那・朝鮮人は精神構造が全く同じだということになります。

ネットで投稿始めてから気がついたことに、支那・朝鮮人の精神構造である発想と論法が極めて似ていることです。
よく言われる朝鮮は「怨」の国と言うことも、考えてみれば「怨」と言うものの、実態は物を持っている者から掠めるための理由作りに過ぎないのに、これを精神的なものに転化することで正当化しているだけです。

尤も、他の民族に支配され続ける支那人に、支配され続ける朝鮮人という構図は、朝鮮人はより過当に置かれるのです。
しかし、大東亜戦争の終戦によってGHQが日本を統治する際に朝鮮人の優遇があったため、朝鮮人はこれに乗っかって考えたことは、日本に彼等に下に置くことであった。実は、朝鮮人は明治以降に日本へ渡航した際に、ことあれば日本人に害を為そうとして関東大震災の時には暴徒化していたのですが、それは日本の官憲に押さえ込まれていました。

大東亜戦争の終戦時には、日本の官憲がGHQに無力化されていたため、好き放題に出来たのです。
この時には、「怨」など忘れたのではないでしょうか。東大の元教授は、「この頃の朝鮮人は元気だった」と表現していました。
しかし、終戦からサンフランシスコ平和条約を経て、日本が独立を取り戻しますと、彼等は元に戻され暴動も起こすことが出来なくなったと思います。

彼等のやりたい放題の時代は終わったのですが、以後は反日勢力、敗戦利得者として日本の暗部で勢力を温存しました。
これ以降は、朝鮮民族が日本に於いて「宗族」として、存在することになったのかも知れません。


>逆に支那・朝鮮人が権力を握ると、自分たちに都合の良い法を定めて他者を支配しようとしてしまう。

これが、行き過ぎた人権擁護なのではないでしょうか。
日本人は、誰しも人権を守り、みな平等であるというのは、言葉が綺麗ですし、良いことですから、できる限り守りたいと思います。

しかし、朝鮮人にとっては違うのです。
彼等は、自らを保護される対象として、これを主張するのです。
そして、外国人としての特権を要求するのです。
考えてみれば、彼等と他の外国人の差は、終戦以後、彼等が暴動によって勝ち取ったものは、それに当たります。
日本の法律は、日本人を対象にしたものですが、彼等は何故かこれの恩典に良くしているのです。

彼等は戦前は植民地だったと言いますが、日本の法律にも、韓国の法律にも、一言もそんな文章はありません。併合地とされたために、日本は日本国内以上にインフラを整備しました。(これを植民地というNHKや他の民法とこれに類するは、法律を読んでいません。)
そして、彼等の多くは戦前から日本にいたのではなく、戦後に日本に密入国してきた者と、その末裔なのです。
その者達が、終戦後の日本でGHQの統治下にあるときに、暴力で恩典を掠め取ったのです。
この朝鮮民族のやり方は、日本人には見られないものだと思います。


>1、個人的感情に左右されない客観的真理に対する憧憬がない。

彼等の発想は求めるものが先にあり、それを獲得するために理由を作るのですから、客観的心理は必要がありません。

>2、それを無視すると現実から手痛いしっぺ返しを喰らうという畏怖もない。

畏怖はないのですが、無視した相手が強力であるときには、そのアトの処罰に対する恐怖は持ち合わせています。

だから、朝鮮は支那に対して無闇に反抗しません。米国の場合には、処罰が論理的ですし、耐えられるものですから反抗するのです。


日本は、世界最古の歴史を持ち、その間地形として地震、台風等の自然災害を乗り越えてきて、天皇の統率の元、大和民族としてまとまって行動して現代に至るのですが、その間にあらゆる困難を乗り越えてきました。

唯一、民族が多国と戦って敗れたのは、本当の意味では大東亜戦争だけです。
その意味では、経験の無かった敗戦ですが、この敗戦では誠に意味で酷い目に遭いましたけれど、それから70年以上を経過しました。
ボチボチ敗戦処理の際の過ちにも気付いて、朝鮮半島に住む朝鮮族の扱いも分かったと思います。
これで、今後は、日本民族の住む日本列島を守って行けると思います。

韓国のレーダー照射問題は、今後の日本外交の指針となるものだと思います。

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