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2019年1月14日 (月)

日本では古来から、武はどこまでも混沌を鎮め、正道に導くために用いられる

ホツマツタヱは全編がホツマ文字(オシデ)七五調で記されている歴史書である。

その中にこんな話が出てくる。

アマテルカミが、出雲の知事が贅沢に暮らしていると知らされ、それを咎(とが)める。

(アマテルカミは一部の人たちだけが豊かに暮らすことを許さなかった)

責任者(タカミムスビ)は、出雲の知事(オオナムチ)を諫(いさ)めるために、アメワカヒコを派遣する。

ところがアメワカヒコは現地で懐柔され任務を果たそうとしない。

そのことを聞いたタカミムスビは「返し矢」によってアメワカヒコを処罰(暗殺)する。

ーー

アメワカヒコの葬儀(通常の喪は許されなかった)の席に、親友のアジスキタカヒコが出席する。

彼はアメワカヒコとうり二つだった。

そのため、アメワカヒコの両親は息子が生き還ったと思い、アジスキタカヒコに縋(すが)り付いてしまった。

ーー

アジスキタカヒコは死者と間違われたことに激怒し暴れだす。

彼を間近に見た(アメワカヒコの妹)シタテルオグラ姫は、

あめなるや おとたなばたの うながせる たまのみすまる みすまるの
あなたまはやみ たにふたは たらすアジスキ タカヒコネぞや

(アジスキタカヒコさま、私の夫になって一族の根(ネ)となってください、お気に召すように大切にします)

と求婚の歌を詠む。

ーー

突然の求婚に驚き、怒りを収めたアジスキタカヒコは、次の歌を返す。

あまさがる ひなつめのいは ただせとい しかはかたふち かたふちに
あみはりわたし めろよしに よしよりこねい しかはかたふち

(田舎に住まいする身、急いで葬儀にやってきただけ、急に仲人も立てずに求婚されても、お受けできかねます)

ーー

結局二人は結婚しアジスキタカヒコはアジスキタカヒコネとなる。

ーー

古事記には、アジスキタカヒコの歌は記されていない。

そのため話のつじつまが合わなくなっている。

日本書記は、ホツマツタヱに割と忠実なのだが、それでも、アジスキタカヒコの歌は

天離(あまさか)る 夷(ひな)つ女(め)の い渡らす迫門(せと) 石川片淵(いしかわかたふち) 片淵に 網張り渡し 目(め)ろ寄(よ)しに 寄し寄り来ね石川片淵

とされており、七五調を崩したために歌の意味がわからなくなっている。

ーー

このことからすると、記紀については、七五調で読んでみるとその意味がより明確になる可能性が出てくる。

それで古事記を七五調で読んでいる人がいたのでお目にかける。

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

あまつかみ 於是天神

もろみこともて みことのり 諸命以詔

いさなきいさなみ ふたはしら  伊耶那岐命伊耶那美命 二柱神

つくりかためよ ただよへるくに  修理固成 是多陀用幣流之国

ーー

ぬほこたまいて ことよさす 賜天沼矛而言依賜也

かみうきはしに たたしては 故、二柱神 立(訓立云多多志)天浮橋而

ほこさしおろし かくはしほ 指下其沼矛以画者塩

ーー

ここををろろに かきなして 許々袁々呂々迩(此七字以音)画鳴(訓鳴云那志)而 

ひきあげしとき さきしたる 引上時 自其矛末垂落

しほつもりなる おのごろじま 之塩累積成島是淤能碁呂島(自淤以下四字以音)

ーー

この段での重要語は3つです。

諸命以(もろみこともて)  
修理固成(つくりかためよ)
天沼矛(ぬほこ)

なかでも「諸命以(もろみこともて)」は、古事記を通底する重要語です。

何事も神々の命(みこと)のままに、という意味になります。

ーー

この世に「自分のもの」など実はなにひとつない。

すべては神々のものであり、神々のつくられた世界で、神々から与えられた環境下で、神々の命ずるままに生きることこそが大切であると。

これが古事記の最大の主張です。

ーー

神恩に対し感謝の心を根底に置かなければ、すべては我儘に至ってしまうのです。

ーー

このことを補強しているのが「修理固成(つくりかためよ)」です。

すべては神々のもの、我々はたとえば道具ひとつを作るにしても、我々自身がゼロから作り出すものなど実は何もない。

すべては神々からいただいたものを、我々が使いやすいように、加工して使わせていただいているだけ。

ーー

日本人がものを大切にするのは、この「すべては神々のもの」という考えが根底にあるのです。

そして、そうした価値観が崩れて混沌としたとき、混沌を治めるものが「天沼矛(ぬほこ)」です。

沼矛(ぬほこ)は、玉(ぎょく)の矛(ほこ、武器)です。

日本では古来から、武はどこまでも混沌を鎮め、正道に導くために用いられる。

これが日本人が古来から身に付けた知恵です。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>日本の古文献を使った日本古代史の解明
 ねずさんの日本の古代史解明への意欲たるや、素晴らしいものが有りますね、既に、千音の学者の域を超えている様に思えます。

 然し、こうした自民族の古代史解明への挑戦が可能なのも、そういう資料が現存しているカラですが、多くは、偽書だとか、根拠のないモノとされているのは、戦後の左巻きの歴史学者や維新以来の舶来信仰から抜け出せない上に、共産主義に被れた「識者」の所為だと思います。

 古代史の文献を全て偽書であると言うなら、現代の小説は、全て偽書ですし、戯曲もそれは同じでしょう。 つまり文芸は全て嘘っ八だと言う事に成る。 小説や戯曲は事実をしたが気にして書かれている事を、考えれば、偽書を歴史資料にしないと言う考え方は、歴史学そのものを否定していると思います。

 是が共産主義の、文化や伝統の否定に繋がって居るワケですよね。 本当に共産主義は、全てを亡ぼすし、何物も生まれませんね。 人類を絶滅させる思想だと思います。

 さて、大ナムチが、別名、天醜男(あめのしこお)と言う蔑称を持って居た事は有名ですが、同時に、大国主命(オオクニヌシノミコト)であった可能性も指摘する人が居ます。

 この辺り、私の妄想を許していただくとして、20万年以降の日本列島は、氷期の度に大幅な海進・海退現象を繰り返して来たので、海岸地帯は遠浅の潟や泥濘地帯が多く、多くは葦の原で、丁度、秀吉に家庚が与えられた関東平野の様な土地で、平地に人が棲めるような場所は、極、限られて居たと思います。 

 然も、そうした沖積平野を形成した河は、大抵、流域が短く、勾配も急な為に、チョットした雨が降るだけで、氾濫を起こすので、人々は川のそばは危険で、随い、山の麓に集落を構えていたと思います。

 亦、日本を取り巻く海流・気流は、日本列島を終着点、或いは、変化の起点とする様な流れだし、地理的なものも大陸の辺縁で有ると言う事で、氷期の度に、海退・海進を繰り返して、北からオホーツク海、日本海、そして東シナ海を包接して、内海化して居ますが、列島自体は、4つのプレートの継ぎ目に当たる場所で有る為に、火山由来の隆起で出来上がった島国です。

 この火山は、当然今も活発に活動して居て、時折、大災害を起して居ますが、科学的にそのメカニズムが解明され始めたのは、前世紀中葉に成ってからではないでしょうか。 ですから古代は、火山の無い大陸から見れば、恐ろしく巨大な何かが、暴れまわって居て、空に黒煙や火柱を噴き上げる「恐ろしい場所」と言う認識しか無かったでしょうね。

 私が妄想するに、このアマテル族は、数万年も前に居た、旧人の流れを組む人々で、寿命が短かった原日本人よりも、余程長生きで、蓄積した知恵や工夫を持って居たので、原日本人からは、神様「=尋常ではない、畏きモノ」として崇められていた。

 ご紹介のアマテル神と大ナムチの話は、明らかに「国譲り」の話ですが、私の勝手な妄想を加えて書いてみます。

 出雲地方に住むナムチ族は、是も、古くから列島に居た旧人系「=天人族」の部族で、その当主大ムチは、出雲、丹波、飛騨・美濃、信濃地方まで支配域を持つ実力者であった。 

 是に対して、アマテル族は、一番考えられるのは、火山の終局的噴火や大地震で、生活圏が危機的な状況に成って、或いは、生存域を大幅に狭められて、人口が維持できなくなったので、出雲に使者を出して、救援と移住を打診したが、にべもなく断られました。

 生存権を脅かされ始めたアマテル族は、終に出雲を、武力を以て侵略して、出雲地方を占領し、ナムチ族の支配下に有った、諏訪湖迄、敗走した大ナムチの息子達も追い詰め平定して、大ナムチを降伏させた。 然し、アマテルは、大ナムチの復讐心を宥める為に、出雲に大社を建立した。

 但し、この争いでの死者は、いなかったか、非常に少数だった為に、天人族の戒めに反した行いで有った「侵略」と言う事実の隠蔽が図られ、謎の国譲り物語りに成って居ると思います。 つまり、国譲りと言うのは、已むを得なかったとはいえ、詭弁です。

 この時、先頭に立って戦ったのが、天沼矛(アメノヌボコ)と言う、名もなき武将で、一説には、額に角が有って「ツヌガアルヒト」とも呼ばれていたと言います。(この辺りは、安彦良和「=機動戦士ガンダムの著者」の「神武」の筋を参考にしました)

 この様に、日本の古代史には、多くの謎が有りますが、凡そ1万6千5百年にも喃々とすると言われている列島の縄文時代に、争いが一件も無かったのは、単に、云われている様な「和」の心だけでは無く、人口が少なかった、或いは、生活圏が限られて居たと言う、自然条件の要素もあった事でしょう。

 それが証拠に、弥生期に大規模水耕稲作が急速に普及して、人口が激増した紀元前5世紀~紀元迄の裡、300年間は「倭国大乱」」と言う大戦争時代でしたからね。

 列島の過酷な自然に対して、非力な人間同士の援けあいこそ、生き延びる唯一の答えであった事は否めませんが、例えば、火山の噴火や地震で、棲んで居た土地が棲めなくなった場合、こうした争いは起り得ると私は思います。

 そして、こうした歴史を知って、過剰な人口集中や、生存条件が厳しくなった処への援助や救済が行わなければ、必ず戦争屋侵略は起こるものである事を、人類は学ぶべきでしょうね。

縦椅子様
 
 今日も素晴らしいブログ有難うございます。
≪なかでも「諸命以(もろみこともて)」は、古事記を通底する重要語です。
何事も神々の命(みこと)のままに、という意味になります。≫
ーー
何事も神の命ののままーに動けば、なんとかおさまるということを、昨晩体験しました。昨晩の9時半、次男から胃が痛いとのこと迎えに来て、とのことで自宅に連れて帰り、病院さがし、受け入れてくれる病院探して予約が取れ、ひとまず次男を病院へ、病院で処置をしてもらっている間、熱でうなっている長男を迎えに自宅へ戻り、また病院に引き返して長男を見てもらい、揃って自宅に帰ったときは、午前3時でした。その病院は亡夫を救ってくれた病院で、そのときどうしたらいいかわからず、 いつもかかっている主治医の先生に、電話をしました。闇の中の一筋の光明にすがって、ずっときました。今回のその時と同じようにやれば、すべてうまくいきました。≪何事も神々の命(みこと)のままに≫ーーを実感しました。ありがたさに涙が出てまいります。感謝でございます。今は二人とも、普通の日常に戻っています。感謝!!

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